第129話 グータラ皇帝の即位式④

 式典が終わり、翌日から来賓らいひんの方々や、領邦諸侯が帰って行き、ミハイルの街は徐々に静かになって行く。



「お父様、お母様、わざわざ遠くまでありがとうございました」


「何言ってんのよ〜。息子の晴れ舞台、見ないわけにはいかないでしょ。お父様の時も良かったけど、息子の時は格別よね。ねっ、あなた」


「ああ。立派だったぞ、グーテル。我が家から、久しぶりのマインハウスの皇帝か。これで御先祖様に、顔向け出来るな」


「そうね。没落貴族の面目躍如めんもくやくじょよね」


「ありがとうございます」


 ん? お母様は、何を言っているんだ? 没落貴族の面目躍如? 没落貴族と、面目躍如があっていない気が……。まあ、良いか。


 すると、子供達と話していたエリスちゃんが、こちらにやってくる。


「お父様、お母様、子供達をよろしくお願いいたします」


 エリスちゃんが、頭を下げる。


「気にしないでいいのよ〜、エリスちゃん。私達にとって、かわいい孫達なんだから〜。これくらいなんでもないわよ」


 そう、僕とエリスちゃんは、まだ少し用事がある。



 初代皇帝が即位した、ニーザーランド近くのアーデンという街にある聖堂で、さらに即位式をしたり、カイザー教会に参って、歴代君主に即位の報告をしたり、忙しいのだ。


 それにちょっと行きたい場所がある。帰るのはちょっと先になりそうだった。だから、ライオネンさんと共に先にヴァルダに帰ってもらおうと思ったのだが、だったら、お父様、お母様もヴァルダに一緒に行ってくれる事になったのだった。


 まあ、護衛もいる、子供達の世話係もいる。だから、お父様お母様が必要か? って話になるかもだが、そこは、ほらっ、愛情とかの問題だ。家族がいたほうが良いだろうって事だった。


「気をつけて行って来るんですよ」


「はい、行って来ます」



 というわけで、僕とエリスちゃん。そして、ガルプハルトに、フルーラ、そして、アンディというメンバーは、皇帝近衛団500名と共に、出発する事になった。


 そう言えば、ガルプハルトがなぜいるかというと、皇帝近衛団の所属ではないが、皇帝直属の騎士団の団長を任命したら、あっさりと承諾。それで、今回もついて来る事になったのだった。


 そして、今回の行程は、まずは南下、皇帝教会のあるシュタイナーに行き、今度は北上、ミハイルを通り過ぎキーロンへ、そして、西に方向を変えて、アーデンにという感じだった。まあ、とりあえずは、だけど。



 お父様、お母様、そして子供達を見送ると、僕達も出発となった。そして、2日程で、シュタイナーに到着すると、皇帝教会に向かう。



 三聖者がミサを行い、祈りをささげる。ちなみにミサとは、七つの秘跡時ひせきじのみに行われる。


 七つの秘跡は、洗礼・堅信けんしん聖体せいたい・ゆるし・病者の塗油とゆ叙階じょかい・結婚である。


 この七つの秘跡は、神聖教入信の秘跡(洗礼・堅信・聖体)、いやしの秘跡(ゆるし・病者の塗油)、交わりと使命しめいを育てる秘跡(叙階・結婚)。


 信者は洗礼の秘跡によって新たに生まれ、堅信の秘跡によって強められ、聖体の秘跡によって養われるとされる。いやしの秘跡は、聖者様が、この二つの秘跡によってご自分のいやしと救いのわざを、教会が続けていく望まれたものとされている。



 今回は、叙階。本来、叙階は、神聖教において神父さん達の出世?に関する儀式なのだが、今回は、僕がマインハウス神聖国皇帝として、聖者の仲間入りをすると言う意味で行われるのだ。



「お祖父様、なんと僕がお祖父様の次のマインハウス神聖国の皇帝になってしまいました。しかも、まだこんなに若いのに。お祖父様は、どう思います?」


 祈りの最中、お祖父様に報告してみる。まあ、声は返って来ないけどね。だけど、


「まあグーテル、頑張れよ。お前なら出来るぞ」


 なんて、言われた気もした。お祖父様は、やたら僕の事をかっていたしね。自分に似ているって言って。


 なんか、皇帝教会の雰囲気なのか、随分と前向きな気持ちになった。



 そして、翌日。今度は北上を開始。また2日程でミハイルに戻り、さらに北上。



 すると、



「申し訳ありません。我々は、誰かのせいでキーロンに入れませんので、グルンハルト陛下はどうぞキーロンの街を御堪能ごたんのうください」


「ありがとうございます、ペーターさん。で、誰かのせいって何かあったのですか? イテッ!」


 脇腹をエリスちゃんにつねられた。知っているでしょ、やめなさいって事だろう。だが、ペーターさんは、それに気付かず?


「はあ、キーロン大司教であるはずの、ジークフリート様が、キーロンの街を追放されておりまして……」


「そ、そうでしたか……」


 ペーターさんの隣で、うなだれるジークフリートさん。かわいそうに……。イテッ!

 また、エリスちゃんに抓られた。どうやら、半笑いだったようだ。



 というわけで、三聖者と分かれ、僕達はキーロンの街に入る。


 キーロンの名物は、一際ひときわ大きな大聖堂……。だったのだが、60年ほど前に燃えてしまって、現在は再建中だった。だけど、建築中なのに、その威容いようは遠くからでも見ることが出来た。


 今は、まだ尖塔せんとうは作っていないが、内陣がほぼ完成していて、全長が144m程、幅が86m程あり、さらに高さは50m。


 ヴァルダにある聖スヴァンテヴィト大聖堂が、尖塔こそ100m程あって、高さでは勝っているが。全長は130m程、幅が70m程なのでキーロン大聖堂の方が、一回り大きい。



 僕達は、キーロンの街のおえらいさんに出迎えを受けた。市長さんや、参事官と呼ばれる方々だ。


 人口4万人のキーロンの街を支配するのは、3つの商人ギルドで作る門閥組合もんばつくみあいだった。その門閥組合によって、市長、参事官や、街の人事が決められる。


「皇帝陛下、ようこそキーロンへ」


 こうして、僕達はキーロンの街中を見学する事になった。



 まずは、キーロン大聖堂に、出迎えてくれたのは、


「ドミニク会より派遣された司教で、キーロン大司教より、この大聖堂をお預かりしております」


 だそうだ。素晴らしい大聖堂に、ドミニク神学校、そして、商人ギルドの立派な建物や、住宅街の色とりどりの可愛らしい建物を見つつ、エリスちゃんと話す。


「元々は、キーロン大司教の街だったはずなのに、今や完全に商人の街だね」


「はい、本当に。こんなに活気があって、それに凄い建物の数々。大聖堂も神学校も商人さん達の寄付ですよね?」


「多分ね。それに、ドミニク会。清貧せいひんを重んじる……。まあ、キーロン大司教は、その反対だから、街から追い出されたってところだろうけど……」


「けど?」


「商人さん達は、価値のある物にお金は惜しまないけど、不要な物にはお金はかけない。はっきりしているな〜って」


「そうですね」


 エリスちゃんは、僕が何を言わんとしているのか分からず、僕の顔を見ている。


「いやっ、マインハウス神聖国は、神聖教の国だけど、神聖教の為の国じゃないんだよって思ってね」


「グーテルさん……」


 エリスちゃんが、少し不安そうに僕を見る。


「ごめんごめん、エリスちゃん。さあ、そろそろ食事でしょ。楽しもうよ」


「はい、そうですね」



 というわけで、僕達は、市長さん達に、要望して、キーロンの名物料理を出してくれるお店に案内してもらった。


「しかし、よろしいのでしょうか? かなり庶民的なお店でして、陛下の御口おくちに合うか、わかりかねますが……」


「良いの良いの」


「かしこまりました」


 市長さんは、困惑しつつ僕達を案内してくれた。庶民的なお店と言っていたが、かなり立派なお店だった。


 とは言っても料理はマインハウスの料理。とかく珍しい料理が出て来たわけではない。


 ワインビネガーで漬け込んだ牛肉を蒸し焼きにして食べるザウアーブラーテンとか、フレンツと呼ばれる血のソーセージとか、後は、ムール貝の白ワイン蒸し。ムール貝の白ワイン蒸し、これは美味しかった。始めて食べたが。海の味がした気がした。


 マイン川の水運を利用した北海のムール貝と、マイン川上流の白ワインが出会い。素晴らしい料理が出来たそうだった。


 そして、キーロンと言えば、楽しみは。これだ。


 僕は、コースターに乗ったビールを飲み干す。すると、新しいビールが置かれる。店員さんが店の中をふらつきつつ持ち歩くビールの容器を、空いた容器を見つけると素早く置き換えるのだ。これは、容器の上にコースターをふたのように置かない限り続く。


 これぞキーロン名物の椀子わんこケルシュだった。


 ケルシュは、キーロン周辺のビールだ。フルーティーになる上面発酵用の酵母こうぼを用い、すっきりとした味わいになる下面発酵で冷やしながら作る。フルーティーな香りで、すっきりとした喉越し、そして苦味が少ない。


 薄い黄金色と、きめ細かい純白の泡。僕は、ケルシュを喉に流し込む。


「グーテルさん、飲み過ぎですよ」


「大丈夫、大丈夫」


「ハハハハ、本当に良い飲みっぷりですな〜。さすがは、皇帝陛下。それに目のつけどころも素晴らしい」


 と、門閥組合の会頭さんが言う。どうやらこの方がキーロンでは一番偉いようだった。


「そう? ありがとう」


「はい。マインハウス神聖国と周辺国との交易を活性化する。素晴らしいお考えかと」


「うん。ここキーロンもそうだけど、物の流れに合わせて、人も流れ、自然に人も増える。今のままのマインハウスでは、駄目なんだよ」


「その通りだと思います」


 キーロンは、マインハウス神聖国の第二の都市。ヴァルダ、キーロン、ヴィナールと言ったところだろうか? だけど、全てマインハウス神聖国の外縁にある都市なのだ。マインハウス神聖国の中心部に大都市が無い。


 それに、そのキーロンでさえ、ダリア地方の諸都市や、ランド王国のルルティアに比べると小都市なのだ。


「マインハウス神聖国全体がにぎわえば、商人として、これ程喜ばしい事はありません」


 最後に、会頭さんがしみじみと言う。


 そう。マインハウス神聖国全体なのだ。北部同盟の存在によって、皇帝の直轄領でもある帝国自由都市は栄え始めていた。問題は、領邦諸侯。


 農作物を作り、それを売るだけでは駄目なのだ。商人に物を運ばせ、流通させる。物と人の流れを作る。そして、お金と人が流入する。


「出来るだけやってみるよ。これからのマインハウス神聖国の為にね」


「期待しております。ですが、陛下のお邪魔になりそうな、古臭い貴族が多いですからな~、マインハウス神聖国には」


 僕は、それには答えず。デザートを食べる。デザートは、さくらんぼのシロップ漬けがのった。パンケーキだった。


 甘いな~。

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