第128話 グータラ皇帝の即位式③

 即位式が終わると、諸外国からの列席者が退席する。すると、代わりに領邦諸侯の家臣団が入場して、席に座る。


 ちょっとしたマインハウス神聖国皇帝と領邦諸侯、そして家臣団による臣下しんかの礼が行われる。


「我ら一同、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世陛下に、忠義を誓います」


 フォルト宮中伯ランドルフさんの号令で、皆が膝をつき、頭を下げる。そして、僕も儀礼ぎれいに沿って。


「その忠義に心から応えよう。大儀たいぎであった」


 僕は、玉座から立ち上がり、臣下しんかの礼に応える。



 しかし、まあ。


「なんでこうなったかな〜?」



 グータラ殿下こと、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世は、こう心の中でつぶやきつつ、玉座ぎょくざから主聖堂を埋めくす、頭を下げる家臣団を眺める。



 この中で、自分に心服して、心から忠誠を尽くしてくれてる人間っているのかな?


 いや、まあいるんだろうが。この国の成り立ち上、少ないだろうな。皇帝なんてただの飾りだと思っているだろうし。


 マインハウス神聖国。皇帝をトップに中央集権国家ではない。領邦と呼ばれる諸侯が集まって国を形成している。一応、国家元首は皇帝だが、選帝侯という皇帝を選ぶ権限を持つ強大な力を持った者達を頂きに、帝国議会が形成され、そこが中枢機関となっている。僕もその選帝侯の一角なのだけどね。



 なんて考えながら家臣団を見回していると、その忠誠を尽くしてくれてる人達と目が合う。フルーラは、号泣している。それを見てニヤニヤ笑っているのはアンディ。ガルブハルトは、しかめっ面をして、こちらをにらんでいる。何か悪い事したかな?


 そして、従弟のトンダルキントは、いつもの柔和にゅうわな笑みを浮かべてこちらを見ている。


 そして、領邦諸侯の方々のうちの何人かからも熱い視線が送られる。ミハイル大司教とか、トリスタン大司教、トリンゲン公とか、チルドア侯にバーゼン辺境伯とか……。まあ、ありがたい事だよね~。



 これで、かたっ苦しい儀式は終わった。



 列席者が退席すると同時に、ミハイル大司教ペーターさん、キーロン大司教ジークフリートさん、そして、トリスタン大司教ヴェルウィンさんが集まってきて、王冠、王笏おうしゃく宝珠ほうじゅ等を回収し、僕の頭に軽い王冠を乗せる。


 そう、これらは国の宝なのだ。回収して宝物庫に納められるのだ。つけるのは式典の時くらいだろうか?



 さらに、僕の家臣団もよって来た。今日ばかりは、僕の護衛は皇帝近衛団に任せて、皆が正装だった。


「うぐっ、ひっぐ。うう~」


「フルーラ、泣きすぎだよ。お化粧落ちちゃうよ」


 いやっ、すでにちょっと怖い感じになっていた。まあ、薄化粧なのだが、顔に塗られた白粉おしろいが、涙で流れていて、顔色がまだら模様になっていた。


 元々、フルーラは、化粧しないし、エリスちゃんも式典の時以外は、ほとんど化粧っけがない。まあ、元々色が白いというのもあるだろうけど。


 白粉は鉛という金属で出来ている。鉛の板を積み重ね、この下に酢を入れた容器を置き、炭火で沸騰させた蒸気を当てて、精製して白粉になるんだそうだ。そして、 水に溶いて肌に塗るとまるで陶器人形の肌の様にスベスベに仕上がる。


 が、どうも肌に良くないのか、顔色が黒くなりやすいそうで、どんどん厚化粧になる方もいるそうだ。元々、肌の白いボルタリアは薄化粧だったり、しなかったりで、そういう方はあまり見た事ないけど、ランド王国の宮廷には、いるそうだ。



「そうっすよ、隊長」


「だじぇ、だじぇ。えううえっ」


 フルーラを半笑いで見るアンディの横で、ガルプハルトが僕をにらんでいる。


「ええと、ガルプハルトはどうしたの?」


「ふぐっ、何でもありません!」


「そう……」


 しゃべろうとして、肩を震わせる。どうやら泣くのを我慢しているようだった。よ〜し。


「ガルプハルト、本当にありがとう。ガルプハルトの忠節のおかげで今があるんだ。感謝しているよ」


「ふぐっ、も、もっだいない、お、おぐっ」


 途中から、言葉にならなくなった。そして、両眼から涙があふれる。すると、エリスちゃんが、寄ってきて。


「わざわざ、泣かせましたね。本当に性格悪いんですから、グーテルさんは」


「てへっ」


「はいはい」


 エリスちゃんが、呆れた顔で僕を見る。



 さて、そろそろ移動しないとな。僕達は、話しながら移動を開始した。そして、途中で、エリスちゃん、フルーラと分かれる。女性陣は、パーティーを別にやるのだ。


 最後まで嫌がっていたフルーラだったが、エリスちゃんを守護する数人の近衛騎士に引きずられるように、連れていかれたのだった。


「ぐ~~てるさま〜〜〜!」





「グルンハルト陛下、マインハウス神聖国の皇帝への即位おめでとう」


 即位式が終わり、いよいよ即位記念のパーティーとなった。叔父様の時は、少しは食事したり、飲んだり出来たが、今回は、不可能だろう。ひたすら挨拶攻勢だろうな〜。胃が痛い。



 そんな中、会が始まる前にいち早く僕のところにやって来たのが、ランド王国国王フェラード4世だった。



 ランド王国の象徴的な色である、青地に金の刺繍ししゅうの入った荘厳そうごんな服をまとったフェラード4世。端麗王たんれいおうと呼ばれるだけに美しい気品がある顔だ。さすがに400年続く王家の家系。


 だがそれだけではない、妙な迫力がある。おそらく自分に対する絶大な自信のあらわれなのだろう。



 王弟殿下はいない。チャルロさんが、マインハウス神聖国の君主になれなかった事に嫌味でも言われるかなって思ったのだが。


「フェラード陛下、わざわざの御足労ごそくろうありがとうございます」


「いやっ、まあなに。チャルロの事もあったのでな。もとから来るつもりだったのだ」


「はあ、申し訳ありません。王弟殿下が、君主になれませんで……」


「ハハハハ、もとから期待はしておらん。ただ、なれればラッキー程度にしか思っておらんよ。気にされるな」


「はあ、そうですか……」


 そう言って後、フェラードさんの顔がきつくなる。


「それよりもだ。ニーザーランドでは、世話になったな」


「はい? ニーザーランド?」


「ああ、市民兵共が持てるはずもない、ハルバートにパイク、そして密集方陣みっしゅうほうじん。そして、素人とは思えない訓練された兵士達。いずれも、グルンハルト陛下の得意としている物だと、聞き及んでおりますが?」


「そうですかね~? 民主同盟あたりからの技術供与じゃないですか?」


「ツヴァイサーゲルド地方の小組織である民主同盟に、そのような余裕があるとは思えぬが……」


 うん、これは。フェラードさん鋭いな~。まあ、僕もある程度は、ばれると思っていたけどね。これ以上のランド王国の急成長は、マインハウス神聖国にとって害でしかない。ちょっと釘を刺しておかないと。


「そうですかね~?」


「その後も、まあ色々とエグレス王国まで、ニーザーランドに首を突っ込んできて」


「へ〜、そうなんですか~」


 それは、僕は関係ない。


「まあ、これで我が国としても戦費に余裕が無くなった。しばらくは身動きがとれぬ……。引き続き我が国との同盟よろしく頼む。だが、覚えておいてもらおう」


「はい、かしこまりました」


 フェラードさんは、そう言って、マントをひるがえし去って行った。そして、自分の席に座る。


 何を覚えておくのだろうか? 怖いですね~。だけど、ランド王国の目は、ニーザーランドや、エグレス王国に向いている。今のところ、マインハウス神聖国ではない。


 だけど、覚えておいてもらおう。という事は、どこかで僕の邪魔をするぞって事かな?


 まあ、良いけどね~。





 僕は、立ち上がると声をあげる。


「皆様、今日は即位式に参加いただきありがとうございました。これよりおおいに食べ、おおいに飲んで頂きたいのですが、その前にマインハウス神聖国宰相トンダルキント卿。お願いいたします」


「はい」


 トンダルは、前に出て来て僕の横に立つ。そして、


「これより、マインハウス神聖国皇帝グルンハルト1世陛下に代わり、私、マインハウス神聖国宰相トンダルキントが、領邦諸侯の皆様に、今後の政策について話させて頂きます」


 と政策が発表されたのだが、まあ、叔父様の時と同じであまり代わり映えしない話なので、たいして反応はない。


 ただ、最後。


「国外への交易路を積極的に開発し、国外との貿易を活性化させます。例えば、ニーザーランドとの関係を強化し、ニーザーランド経由で、航路で海外へと貿易を行ったり、ツヴァイサーゲルド地方や、ザーレンベルクス大司教領を通って陸路、ダリア地方と貿易を行いたいと思います」


 どよどよと、ざわめきが起こる。帝国自由都市の北部同盟の方々や、南部、西部の領邦諸侯が話し合っているようだった。


「お静かに」


 トンダルに言われて、場が静まる。


 だが、おおむね反応は良好なようだった。北部同盟は意外だったが、トンダルいわく、ニーザーランドの都市も北部同盟に巻き込んで、寄港地として利用しつつ、交易を活性化させたかったそうで、文字通り渡りに船だったそうだ。

 




 そして、いよいよ即位式のパーティーが始まる。ちなみにエリスちゃんや、子供達は、別のパーティーをやっている。女性陣と子供達、楽しそうだな~。



 シュプーニエのスパークリングワインで、乾杯し、しばしの歓談となる。


 すると、バラバラと前にやってくる。



「グルンハルト陛下、マインハウス神聖国皇帝への即位おめでとうございます」


「ありがとうございます。バルデヤフさん。じゃないですね、バルデヤフ陛下」


「陛下ですか……。ワーテルランド王国国王に関して、ありがとうございます」


「いえっ、何がですか?」


 バルデヤフさんのありがとうの意味が分からず、思わず聞き返す。


「ヴェーラフツ3世陛下が病死された後、ワーテルランド王国に介入されなかったので、私が王になれました」


 ヴェーラフツ3世陛下の死因は、暗殺だが、出来るだけ隠蔽いんぺいした。一応、公的には病死である。そして、バルデヤフさんは、暗殺に関わりなく、病死と思っているようだった。


「そうでしたね。まあ、どちらかというと、その余裕がなかったが正解ですが。次期国王で揉めましたし」


 揉めた原因は僕なのだが。ヒンギル従兄にいさんと戦い。ヒンギル従兄さんは死んだ。そして、僕が国王に。


 その後も、叔父様と戦ったりワーテルランド王国にかまっている暇は、正直なかったのだ。


「そうでしたね。ですが、ワーテルランド王国と、ボルタリア王国の平和の為に、今後とも宜しくお願いいたします」


 まあ、こんな感じで次々と挨拶にやってくる。


 それを、適当に挨拶していく。いやっ、もう途中から意識が朦朧もうろうとしてきた。

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