第126話 グータラ皇帝の即位式①

 僕は、ミハイルに到着すると、さて。


「駄目ですよ! 何を考えてるんですか!」


「え〜」


「え〜、じゃありません!」


「だって〜、前は行ったよ」


「前は、宰相でしょ。と言っても名前だけですが、今回は皇帝です。少なくともちゃんと、マインハウス神聖国の頂点ですよ」


「別に、マインハウス神聖国の絶対の支配者ってわけじゃないし……」


選帝侯せんていこうが頂点って言うのなら、その選帝侯の中でも、絶対的に力があるのは、グーテルなのです。それを……」


「はい、わかりましたよ。出かけませんよ」


「だったら、良いのですが」


 ミハイルに到着して、夕方にワイン小路こみちに行こうとしたら、トンダルに見つかり怒られた。ぶ〜。



 まあ、確かに、マインハウス神聖国の頂点が、ホイホイ出掛けるのは不味まずいか。ワイン小路行きたかったな~。



 まあ、仕方がない。だけど何をしよう。トンダルは、前回の僕と同じように、帝国書記官の方々と話し合いをしている。ひまだ。早くエリスちゃん来ないかな~。



 何て言って、暇を持て余していると、オーソンさんが飛び込んできた。


 僕の部屋は、前回、叔父様が滞在していた、部屋と同じだった。ミハイルにある皇帝宮こうていきゅうの一室。



「大変です。グーテル様」


「オーソンさん、どうしたの?」


 僕は、寝そべっていた椅子から半身はんしんを起こし、オーソンさんを見る。


 オーソンさんは、そばに来ると、ひざまずき、話し始めた。


「ヴィナール公が、ダリア国王への即位を公表するようです」


「えっ! ダリア国王?」


「はい」


 ん〜。どういう事だろ? ダリア国王か〜。



 今回、僕はマインハウス神聖国の皇帝となる。まあ、厳密げんみつに言えば、マインハウス神聖国皇帝及びダリア国王だ。だけど、実際に就任するのは、マインハウス神聖国皇帝であり、ダリア国王の即位式とかもしない。だって、ダリア地方に領土は無く、支配もしていないのだ。


 いにしえのダリア帝国を継承するマインハウス神聖国。その為、ダリア国王の方が、格上なんて意識も若干じゃっかんある。


 まあ、ダリア国王でございますって、主張したところで、ダリア地方で従う人はいないだろうけど。


「そうか、ダリア国王か……。意外と盲点もうてんだったな~」


「いかがいたしましょう?」


「う〜ん、そうだね~」


 僕は、これは使える。と、考えていた。カールは、こちらの盲点をついた作戦のつもりのようだったが。僕は、これを利用させてもらおうと考えた。


「トンダルを呼んで来て」


「かしこまりました」


 近衛騎士の一人が、素早く部屋を出ていくと、しばらくして、トンダルがやってくる。


「グーテル、どうしました?」


「うん」


 トンダルが対面たいめんの椅子に座ると、僕は、オーソンさんから聞いた話をトンダルにする。


「なっ! ダリア国王……。なるほど……」


 トンダルが、何か考え込む。そして、


「グーテル、カールに帝国追放令ていこくついほうれいをだしましょう」


 帝国追放令。これはお祖父様と敵対したボルタリア王カール2世が、かつて出され。そして、敗北した。そういう意味でも、かなり有効的な方法だと思う。だけど、


「何で?」


「何でって? このマインハウス神聖国に二人の人間が、並び立つのはまずいでしょ」


「並び立ってないじゃん」


「はい?」


「あっちはダリア王、僕は、マインハウス神聖国皇帝」


「もしかして……。認めるつもりですか?」


「うん」


「え〜と、なぜですか?」


「だってダリア国王って言ったって、支配地域はないし。マインハウス神聖国国王っていうんだったら、こちらとしても敵対理由はあるけど、そうじゃないんだったら、争う根拠も無くなるでしょ。あちらにも」


「なるほど。あえて、形式的なダリア国王の地位は、譲るって事でしょうか?」


「そうそう」


「ですが、カール……。カール兄さんの事です。認めたら認めたで、何か仕掛けてくるかもしれませんよ。ダリア国王の方が、格上かくうえだとか言って」


「まあ、それについても考えがあるというか」


「そうですか……。わかりましたよ、グーテル。では、そうしましょう。しかし、カール兄さんも、グーテルからの、ダリア国王として認めるという書状を読んだら、どんな顔をするでしょうかね?」


「さあ?」



 グーテルは、すぐに書状を書く。


「え〜と、ダリア国王就任、おめでとうございますっと……」





「くっ! 何なのだ、これは?」


「いかがされたのですか、陛下へいか?」


「アーレンヒルト卿、陛下は止めてください」


「これは、失礼いたしました。ですが、カールケント卿、いかがされたのでしょうか?」


「ええ」


 ヴィナール公カールケントは、ザイオン公アーレンヒルト2世に、ボルタリア王グーテルハウゼンからの書状を渡す。


「え〜と、カール従兄にいさん、ダリア国王就任おめでとうございます。って! えっ!」


「ああ。すでに私が、ダリア国王に即位宣言することを知っていると、言いたいのだ」


「そんな、まさか……」


「それに、ダリア国王就任おめでとうございますだと。私がダリア国王になると言うことを認めるという事か……。分からない」


 カールは、グーテルの書状を再度、読みながら、考え込んだ。



 カールは、グーテルのマインハウス神聖国皇帝の即位と合わせて、大々的に発表し、グーテル達の動揺を誘い、さらに、ザイオン公など同調してくれる、領邦諸侯と共にマインハウス神聖国をかきまわそうと思っていたのだが、あっさりとかわされた。


 帝国追放令でもだしてくれたら、さらに、ランド王国も巻き込んでなどと考えていたのだが、予想外の結果だった。


「さて、どう動く……」





 グーテルの皇帝即位式の準備は、順調に進んでいた。そして、ヴァルダからエリスちゃん達が、やってくる。


「お父様〜」


「おっ、シュテファン良く来たね~」


 僕は、シュテファンを抱き上げる。


「あ〜、ずるい私も〜」


 今度は、マリーがせがむ。僕は、シュテファンを降ろすと、マリーを抱き上げる。


「良いな~、マリーちゃん。私も〜」


「姉上、もう良いお年なのですから、そんな事を……」


 ジークが言うが、セーラは構わずせまってくる。セーラは12歳か〜、多分、大丈夫だろ。


 僕は、マリーを降ろすと、結構大きくなったセーラを持ち上げる。おっと、ちょっと重い。


「はあ、まったく……」


 ジークが、頭を抱えため息を吐く。ジークは、大人ですな~。ジークの身長は、すでに僕と同じくらいある。もちろん、ジークは抱え上げられない。



「グーテルさん、マインハウス神聖国の皇帝おめでとうございます」


「ほらっ、あなた達も、お父様におめでとうって言いなさい」


「はいっ、お父様おめでとうございます」


 セーラが、ジークが、シュテファンが、マリーがグーテルに声をかける。


「ありがとう。だけど、まだ、皇帝ではないんだよな~。ところで、エリスちゃん」


「はい?」


「エリスちゃんも、高い高いする?」


「いえっ、結構です」


 エリスちゃんには、拒否された。



 まあ、これで家族がそろった。後は、即位式だ。だが、その後のんびり出来ぬまま、家族全員即位式の準備におわれる事となる。服の採寸さいすんや手直し、そして、儀式ぎしきについて間違わないように予行練習を繰り返す。


 忙しい、忙しい。



 ようやく夜になり、ちょっと休めた。そして、睡眠前にトンダルがやってくる。


「ふ〜」


「お疲れのようですね、グーテル」


「ああ、トンダル。お前もご苦労。で、何だったかな?」


「何ですか、それ?」


「叔父様の真似まね


「父上の、そうですか……」


「で、どんな状態?」


「あっ、はい」


 トンダルは、あきれたように突っ立っていたが、僕の前の椅子に座り話し出す。


「帝国書記官長からの報告ですが、政治政策の公表の準備は整いつつあります」


「うん」


「ですが、良いのですか? グーテルの即位の目玉となる政策は、ありませんが……」


「良いの、良いの。世の中、見た目は平和なんだから、下手に動かない方が良いんだよ」


「それなら、良いのですが……」



 叔父様の時に、マイン平和令へいわれいを出した。それに目玉政策のランド王国の政策を真似た、土地政策に、帝国自由都市の政策。さらには、神聖教以外の宗教の容認や、農奴解放。


 これらを試行錯誤しこうさくごしながら、先代の書記官長キーガンさんと共に、僕はつめてきたのだ。


 正直、これ以上の変革へんかくは混乱を呼ぶと思う。マインハウス神聖国は、まだまだ封建的ほうけんてきなのだ。後々、さらなる変革は、僕の孫あたりにやっていけば良いと思う。


 あっ、そうそう。帝国書記官長もギーガンさんは、引退された。今は、確か。え〜と、ヴェルナーさんだ。今度は、トンダルとヴェルナーさんが、色々と話し合っていくことになるだろう。



「そして、これが、宣誓文せんせいぶんの草稿です。出来るだけちゃんと、このまま読んでくださいよ」


「分かってるよ。僕の御先祖様がやらかしたんでしょ」


「そうでしたね。父上の即位式の時に聞いていましたか?」


「うん、そうだよ。トレンティーノ3世」


「そうですか。なら、心配はいりませんね。はい、どうぞ」


 僕はトンダルから、宣誓文の草稿そうこうを受け取り目を通す。


「そうだ。あれだよね? 宣誓文を読んだ後、何か一言、言うのは自由なんだよね」


「そうです。考えておいてくださいね」


「うん。え〜と。私はこのマインハウス神聖国が、列国れっこくに負けない強く、そして発展的な国になる事をせつに願う。そして、そのため心血しんけつそそぐ事をちかう」


「父上のですね。良く覚えてましたね」


「そりゃね。まあ、僕は、あれほど威厳いげんもないし、参考には出来ないけどね」


「それは、そうですね。外見がいけんだけだったら、ヒンギル兄さんが威厳あったのですがね……」


「暗殺されちゃったからね~」


「はい。で、カール兄さん……。カールをどうするつもりですか?」


「ん? からんでこなきゃどうもしないよ」


「絡んで来たら?」


「それは〜、それなりにね~」


「そうですか。カールも不幸ですね」


「ん?」


喧嘩けんかを売った相手が悪い。では、失礼致します」


「誰のこと?」


 と僕が、声をかけた時には、トンダルは部屋を後にしていた。まあ、良いか~。

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