第118話 マインハウス神聖国の未来③

「国王って大変だよね~」


「はい?」


 パウロさんと、ヤルスロフ2世さんが、僕の前で、二人して首をかしげていた。



 公務時間になり、ヴァルダ城の本宮殿の執務室で、パウロさんとヤルスロフ2世さんから、朝の報告を受けたのだった。



 そして、その時の僕の一言だったのだが、二人して首を傾げてしまったのだ。そして、パウロさんが、


「あれですか? 朝の報告が苦痛だと?」


「まあね。だって、時間早いでしょ」


 僕のその言葉を受け、ヤルスロフ2世さんが、


「早いですか? 朝かどうかも微妙な時間ではありますが……」


「そうかな~?」



 結局、僕の望みはかなうことなく、引き続き、朝の報告は定時に行われていった。


 まあ、優秀な大臣の方々のおかげで、僕の仕事は、ほぼ朝の報告だけで仕事が終わってしまうのだ。


 執務室に、大きなソファーでも、持ってくるかな~。さすがに、国王が公務中に執務室を離れるわけにはいかないだろう。さて、何をして時間を潰すか……。


 それが、僕の最近の重要案件だった。


「さて……。く〜、く〜」



 バン!



 執務室の扉が、壊れるかの勢いで開く。慌てて近衛騎士達が、剣に手をかける。


「グーテル、いますか? あらっ、グーテル。よだれが垂れてますよ。はい、き拭き」


「んあ?」


 入って来たのは、お母様だった。お母様は、最近、激しくハウルホーフェ公国とボルタリア王国を往復していた。本当に凄い体力だ。結構な年齢なのに、まあ元気だ。そして、その有り余った体力で、子供達の良い遊び相手にもなっていた。



「グーテル、私、そろそろ帰ります。あの人が、帰って来いってうるさいし」


「そうですか。お父様もさみしいでしょうからね~」


「そうなのかしら? あの人も一緒に来れば良いのよ。どうせ、何もする事ないんだから」


「ハハハ、でも、お父様は、あの地が好きなんですよ」


「そうなのよね~。あのど田舎がね」


「お母様」


「あらっ、ごめんなさい」


 そう、近衛騎士。フルーラはじめ、ハウルホーフェ生まれの者もいるのだ。言葉には、気をつけないと。お母様は、失言しつげんも多いのだ。良い意味でも悪い意味でも気をつかわない人なのだ。



「でも、あれね」


「ん?」


 お母様が、視線を上に上げて、話し始めた。


「ジークちゃん。弟の子供の頃、見ているみたい」


「叔父様ですか?」


「そうよ」


 お母様は、どうやら長男のジークが、お母様の弟、アンホレスト叔父様に似ているという事らしい。確かに、ジークは、武芸ぶげいが好きらしい。朝早く起きて、剣を振ったり、馬を走らせたり、元気だ。たまに、お母様に叩き伏せられても、立ち向かっていくジークを見かける。


 ジークは、9歳だが、身体も大きい。お父様に似た体格の僕と違い、お母様の血が出たのだろうか?



「それに比べて、シュテファンちゃんは、グーテル似ね~。完全に」


「まだ、5歳ですよ。まだまだ、分からないですよ」


「そうかもしれないけど。やる事なす事そっくり、なんですもん」


「そうですか〜」


「そうよ」



 シュテファンの方は、僕に似ているそうだ。だけど、まだ5歳。昼まで起きなくても何ら問題はない。と思う。


「それじゃあ、元気でね」


「お母様も、お気をつけて」



 お母様は、その後もちょくちょくやって来て、お父様も、お母様に引きずられるように、たまにやって来た。


 そう言えば、叔父様の葬儀には、二人ともちゃんとやって来て、まあ、お母様が叔母様と、またやり合っていたが、それは、どうでも良い話だった。





 季節はうつろい、1304年の春となった。


 その間に、ポルファスト8世聖下の崩御ほうぎょの一報も入り、混乱の中、神聖教教主庁はコンクラーヴェに入り、すぐに63歳のベネディット11世を選出した。



 ベネディット11世は、100年ほど前に設立されたドミニカ会の出身者だった。正式名称は、説教者兄弟会。そして、黒衣こくい外套がいとうを着たことから、黒衣の修道会とも呼ばれた。名前だけ聞くと、絶対に関わりたくない気がするが。



 ドミニカ会は同時期に成立したフラメンゴ会同様、清貧せいひんを特に重んじたため併せて「托鉢たくはつ修道会」と呼ばれていた。


 清貧を重んじる会派が、二つも設立される。まあ、それだけ教主庁を始めとする、聖界の腐敗ふはいが進んでいたかと言う事だ。


 で、そのドミニカ会の方々は、神学の研究にはげみ、学者を多く輩出はいしゅつして、異端審問いたんしんもんの審問官に任命されることが多かったため、「ドミニカ会士 (Dominicanis)」をもじって「主の犬 (Domini canis)」とも呼ばれていたそうだ。ちなみに、ラテン語読みね。


 この呼び名は反対者にとっては畏怖いふ揶揄やゆであり、ドミニカ会士達にとっては誇りであったそうだ。


 そんな、堅苦しそうな、真面目な教主様が、選ばれた。とりあえず、落ち着いて欲しいものだ。



 そして、僕も、選帝侯会議に出発するための準備をしていた。



「やっぱり、エリスちゃんも行かない?」


「行きません。子供達の世話もありますし、宮殿を守る者も必要でしょう」


「え〜、お母様、お父様もこちらに来るって言うんだから、良いじゃない?」


「良くありません、ああ見えて、もう若くないのです。お父様、お母様の負担も考えてくださいね」


「ぶ〜」


「ぶ〜じゃありません。ボルタリア国王でしょ、良い歳して……。それに、昔は、私がやってて、私の事を注意したでしょ」


「は〜い」


「返事は短く!」


「はい」



 こうして、僕はボルタリア王国の王都ヴァルダを出発する。お供には、外務大臣のヤルスロフ2世さん。選帝侯会議にて、僕が動けない時に、何か交渉事があるといけない。


 さらに、ガルプハルトに、ボルタリア王国軍の第一兵団の兵団長ライオネンさんと、騎士の方々1000名。今回は、やや大勢おおぜいだ。


 別に選帝侯会議を軍事力で云々うんぬんとかではなく、一応、カールの動きを警戒してだった。帝都に入るのは、約定やくじょうどおりの兵数だが、残りは、近郊の都市に滞在予定だった。



 そして、フルーラ、アンディ率いる近衛騎士団、100名。


「番号!」


「1.2.3.4……99」


「うん? 一人足りないではないか! 番号!」


「1.2.3.4……99」


「やはり、一人足りないではないか!」


 近衛騎士達が、フルーラの号令ごうれいのもと、人数点呼を行っているようだ。アンディが「1」と叫んで次々と、数字を叫んでいた。近衛騎士団の数は、ちょうど100名。皆さんも、分かっているよね?


「フルーラさ〜」


「はい?」


「次は、フルーラが、番号「1」って言ってから、やってみて」


「はい、かしこまりました。番号1」


「2.3.4.5……100」


「あれっ? 人数合いました、なぜでしょう?」


 フルーラが、こちらに顔を向けて、顔に?マークを浮かべている。


 うん、フルーラの面白い冗談ではなかったようだった。



 まあ、準備が整い、僕達はヴァルダ城の城門を出る。城門前の広場には、大勢の民衆が集まっていた。普段は、開放されていないが、今日は特別に高位こういの貴族達の屋敷がある広場も、入場可能になっていた。僕は、軽く手を挙げて、民衆の声に応える。


 石畳いしだたみの広場を抜けて、同じく石畳の坂道に入る。こちらにも、多くの民衆が手を振る、それに応えつつ僕達は坂道を下り、石畳の道は折り返し、城下町であるマージャストナへと入る。


 マージャストナは、騎士達や、貴族や、大商人の家々が多いが、一般庶民の家や、商店もある。そのマージャストナを通行している時だった。


「あれっ、殿下じゃん。また、どっか行くの?」


 この声は、ミューツルさんか? 近衛騎士達が動くが、それを軽く制する。


「ミューツルさん、ちょっと帝都に出かけてきます」


「ふ〜ん。ところでさ、国王って、どこいんの?」


 ミューツルさん、近衛騎士達が殺気立ってますよ~。一応、国王陛下ね。


「さあ、どこですかね?」


「そっか~、じゃあ、探してみるわ~」


 そう言って、ミューツルさんは去っていく。ヤルスロフ2世さんの方が、外見立派だから、国王と認識するかな?


「さあ、どこですかね? って、グーテル様、ひどいですね~」


 アンディが、馬を寄せてくる。


「だって、その方が、面白いでしょ」


「まあ、そうですが……。また、ミューツルさんを、いじって遊ばないで下さいよ」


「は〜い」



 僕達は、モルヴィウ川にかる、立派な石橋を渡ると、ヴァルダ市内に入る。そこにも、民衆があふれ、手を振っている。


「何か、人気者になった気分だね」


「人気者になった気分ではなく、人気者なのですよ、グーテル様は」


 フルーラが、自慢気じまんげに僕に話す。ふ〜ん、人気者なんだ、僕。ちょっと、気恥ずかしい。


 ちょっと、馬の速度を上げて、ヴァルダの街中を抜けると、一路、マインハウス神聖国の帝都フローデンヒルト・アム・マインへと向かう。


 そう言えば、叔父様は帝都をフローデンヒルト・アム・マインに定めた。帝国議会場があり、繰り返し帝都になっていたので、不思議ではないが、ほとんど帝都には行かず。帝都と呼ぶのもどうかな~? という状態だった。


 だったら、ヴィナール公国の公都ヴィナールを帝都にしても良かったのにと、ちょっと思った。経済力は分からないが、圧倒的にヴィナールの方が大都市だ。



 ちなみに、ヨーロッパ最大の人口を持つ都市は、ランド王国王都ルテティアであり、マインハウス神聖国内の最大都市は、ヴァルダだったりするのだ。


 今のところヴィナールは、その次の次くらいだった。そして、そのヴァルダですら、ルテティアの人口の半分以下らしい。一度、行ってみたいな〜、ルテティア。



 まあ、言っちゃえば、マインハウス神聖国は、田舎なんだよね。文化、芸術、食に関しても、ランド王国や、ダリア地方、続いて、ヴィナール公国や、ボルタリア王国が中心であるんだよね~。



 そんな事を考えつつ、途中、フランベルク辺境伯トンダルキントと合流し、二人して、帝都に向かう。



「グーテル、戦争でもするのかと思いましたよ」


「そう?」


「だって、騎士1100名って、かなりの数でしょ。充分、他の選帝侯への圧力になるかなって思わない?」


「まあ、そうだけどね。一応、安全の為に連れていくだけだよ」


「そうですか」


「うん」


 まあ、ちょっとは、威圧いあつの意味もあるかも……。


 こうして、僕達は、マインハウス神聖国帝都フローデンヒルトに到着した。

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