第117話 マインハウス神聖国の未来②

「そいや〜、また、国王代わったんだってな」


 僕が、芋のフリットをかじりつつ、ピルスナーを飲んでいると、ミューツルさんが、そんな事を言い始めた。ええ、代わりましたよ。僕に。


「ミューツルさんさ~。本気なの? 冗談なの?」


 仲良いのか悪いのか、良く分からない関係のペットルさんが、隣でミューツルさんに聞く。


「ん? 何が?」


「わかってねーのか、ただの馬鹿だったか」


「なんだとー!」


 二人が、揉め始めると、ガルプハルトが二人を引き剥がしつつ。


「代わったよ、確かに」


「ほ〜ら、やっぱり代わってんじゃね〜か」


「それは、みんな知ってるよ。じゃあ、今の国王陛下の名は、知ってるか?」


 ペットルさんが、子供をさとすように話しかけている。


「さあ?」


「は〜。まあ、良いや。ボルタリア呼びだと、グルンハルト陛下だよ」


 へ〜。そうなんだ~。グルンハルトって良いな。グータラ言われなさそう。


「グルンハルト? けったいな名だね~」


「そうですね」


 ついに、ペットルさんが諦めたようだ。話を打ち切った。何だったんだろ?



「おまたせ〜。今日は、ブルスケッタからね~」


「ブルスケッタ?」


 僕が、マスターに聞くと。


「ブルスケッタは、ダリア地方中部の郷土料理なんだけど、まあ、意味は、炭火であぶるって意味なんですけど……」


 マスターいわく、ブルスケッタは、カットしたパンを炭火で焼いた後に、パンにニンニクをり込み。色々、トッピングした料理だそうだ。


「本来は、トマトとオリーブオイル、塩コショウだけなんですが。今回は、三つ用意して、鹿のタタラーク乗っけたやつと、スモークサーモン、そして、マグロのタルタルを乗っけたやつにしました。ああ、殿下のとかは、鹿のタタラークも炙ってあります」


「ありがとう、マスター。では、頂きます」


 と、ガルプハルトが。


「へ〜、鹿のタタラークか。マスターも、やれば出来るじゃない」


「はいはい、黙って食べてくださいね」


 なんて、じゃれている。うん、これもなつかしい。



 僕は、ブルスケッタを食べ始める。まずは、スモークサーモンか。スモークサーモンのブルスケッタには、ケッパーとディルの葉。そして、レモンが絞りかけられていた。


 で、まずは、ケッパーだけど、地中海沿岸に自生じせいするフウチョウボク科の木のことで、 ケッパーは、この木のつぼみを酢漬けにしたものなのだ。わざわざ、ダリア地方から、船で運ばれて来ている。


 そして、ディルの葉は、古くから使われている香草こうそうなのだが、これも遠くダリア地方から運ばれて来たものだ。


 さらに、スモークサーモン。これは、ゼニア共和国の商船が新たに、北欧から持ち込んでくれたものだった。塩漬けされたサーモンを塩抜きした後に、白樺しらかばやブナで燻製くんせいしたものだ。


「カリッ」


 一口噛むと、硬いパンの食感の後に、微かな酸味と、しっかりしたサーモンの味。そして、薫香くんこうが口の中に広がる。そして、ディルの葉の風味。さっぱりしているようで、脂の乗ったサーモンの味わいがしっかりと残る。うん、美味しい。


「マスター、美味しいよ」


「ありがとうございます」


 他の皆も美味しそうに食べている。まあ、それぞれ違うブルスケッタに、噛み付いてはいたが。



 さて、次は、マグロのタルタルだ。ちなみに、タルタルもタタラークも一緒の意味だ。西ヨーロッパは、タルタル。東ヨーロッパというか、ボルタリア呼びだとタタラークという感じだ。


 どちらも、ウルシュ大王国の一部族タタール人から来ている。タタール人は、戦場に馬を連れて行き。食料が不足すると、馬を解体し、生肉を細かくして香草などで、味付けして食べたのだそうだ。


 そして、これが、ヨーロッパに伝わり、牛を材料にして、タルタルステーキになったりしたのだ。で、マグロのタルタルは、塩漬けマグロを塩抜きして、細かく叩いたものだった。塩漬けされていたので、味付けは、オリーブオイルと、胡椒こしょうと香草のみ。


 う〜ん、これも美味しい。


 サーモンよりは、脂が少なくさっぱりと感じるが味はしっかりとしている。加えられた香草や、オリーブオイルの風味が口の中に広がり、何より、オリーブオイル、胡椒と合わさったマグロが、何とも言えない。


 とろっとした食感に、ややさっぱりとしているが、マグロの旨味。良いね~。



 で、最後は、やっぱり鹿でしょ。味がタンパクな方から濃厚な方に食べているが、あっているだろうか?


 と、その前に。


「マスター、赤ワイン頂戴ちょうだい


「はい、どこのワインにしますか?」


「そうだね~。久しぶりにランド王国の南方のワインかな?」


「はいよ!」



 僕の前に、グラスワインが置かれる。そして、鹿のタタラークのブルスケッタを口に入れる。


 うん、パンのカリッとした食感、後に、炙られたために、やや主義主張のはっきりした鹿の味がドンとくる。だけど、新鮮だからだろうか、野性味あふれる感じではなく、素直な鹿の味がする。うん、美味しい。


 さらに、赤ワインを口の中に注ぎ込むと、赤身肉の旨味を赤ワインが包み込む。うん、美味しい。やや、甘みのあるランド王国の南方のワインが合う。



「え〜と、誰だっけ?」


 ほらっ、ここで結婚式の時の猟師りょうしさんが、この鹿を獲ってきてくれたんだよね?


「はい?」


 マスターの目が、点になる。


「ほらっ、猟師の。結婚式で、え〜と……」


「ああ、猟師のライネさんね。そうなんですよ、彼のおかげで、定期的に新鮮なジビエが入るんですよ。今後も、期待していてください」


 なんて、僕が話していると、ミューツルさんが、食欲を無くさせるような話をしだす。


「そう言えばさ〜。人間の肉って美味しいのかね?」


「えっ、お前、なに怖いこと言ってんの?」


 隣にいた、ペットルさんが顔をしかめて、ミューツルさんを見る。


「いやっ、なんとなく、そう思っただけだから。で、どうなのよ?」


 ドン引きした視線を送っていた、皆の視線が、ガルプハルトに集まる。


 そう、この男が、一番人間を殺しているだろう。


 すると、ガルプハルトは左右に首を振り、さあ? 分かりませんって顔をする。


 すると、僕に視線が集まる。えっ、僕は、そんなに人殺して……。いやっ、戦場で一番殺しているのは、僕か……。


「ええと、美味しくないと思いますよ。多分。だって、美味しい物を焼いたら良い匂いがするけど。人間が焼けると、嫌な匂いがしますから……」


「ふ〜ん」



 うん、なんか変な空気になった。どうにかしてよ。


 と、こういう話を気にしない方が、やって来て、僕達の前に料理を置く。どうやらグラーシュのアレンジ料理のようだ。スパイスは入っていないが、キノコや野菜が多い。人参に、カブに、ブロッコリー、アスパラなど。


「そう言えば、昔故郷で旅の商人に、東の国で、昔は人肉饅頭じんにくまんじゅうっていうの作って売っていたって聞いた事ありますね。あっ、これは人肉じゃなくて、牛肉ですよ」


「ブッ」


「汚ねーな~」


 その話を聞いて、ペットルさんが吹き出す。ミューツルさんが、それをせめる。


「で、マスターは、食べた事あんの?」


「いいえ、ありませんよ」


「え〜、そうなんだ~」


「はい」


 カウンターに座っていた。ミューツルさん以外の人間が、グラーシュを眺める。ちょっと、不安になったようだった。



 え〜と、話題変えよう。え〜と、何か……。



「え〜と、ペットルさん、お店の景気はいかがですか?」


 僕は、無理矢理、ペットルさんに話をふる。


「殿下、おかげさまで良いですよ。ヴェーラフツ3世陛下が亡くなって、一時的に人出ひとでが悪くなりましたが、すぐに回復しましたし。戦いもヴァルダからは離れていたので、景気に影響無しですからね〜。そう言えば、バーラを呼びますか?」


「ええと、別に……」


「ハハハ、殿下は真面目まじめですな~」


「はあ、どうも」


 真面目か〜、真面目なのかな~?



 と、ここで、お店にオーソンさんが、入ってきた。オーソンさんも、店の常連客だし、僕の家臣でもある。


「どうも、お疲れ様です、皆さん」


 そう言いつつ、入ってくる。すると、アンディが立ち上がり一個詰めると、オーソンさんは、僕の隣へと座る。


 そして、僕の手元を見ると。


「私にも、ワインを下さい」


「はい、ええと、どこのワインにします?」


「うん、そうですね。では、ポルトスカレのグリーンワイン下さい」


「はいよ」


 オーソンさんが、ブルスケッタとポルトスカレのグリーンワインを合わせて飲み始めた。そして、そっと、僕にささやくように話し始めた。



「ポルファスト8世聖下ですが、とんでもない事になっているようです」


「ああ、神聖教教主の。アナーニさんだっけ? フェラード4世とめてる」


 そう。ランド王国フェラード4世陛下と、神聖教教主ポルファスト8世聖下は、激しくやり合っていた。


 フェラード4世は、教会に課税し国費をまかなうとし、ポルファスト8世は、教会は不可侵ふかしんであるという強権的な方針で、圧力をかけている。



 神聖教を絶対視するマインハウス神聖国では、あまり考えられない事態だった。


 だけど、確かに、神聖教が絶対とは言えないんだよな~。それに、フェラード4世は、ランド王国の国民を味方につけ、教主権力からの脱却だっきゃくをはかっている。


「で、大変な事態って?」


「はい。教主様が、パラーリに滞在中、襲われたようです」


「えっ!」


 パラーリは、ダリア地方中部、教主庁がある地から南東に少し離れた場所にある。だけど、神聖教教主の勢力圏内せいりょくけんないだ。


「誰が……」


「ランド王国の手の者と、ダロウナ家の者のようです」


「そう、ダロウナ家か〜」


 ダロウナ家は、中部ダリアの有力貴族で、ポルファスト8世と敵対し追放されていた。ランド王国を頼っていたのか?


「で、どうなったの?」


「なんでも、激しく殴られたようです。救い出されたようですが」


「そう」


 そう、あまり好きじゃないんだよね、アナーニさん。だけど、殺されて良いわけでもない。


「まあ、良かった。とりあえずは。引き続き、その辺の動きも探っていて、ランド王国と、ダロウナ家とか」


「はい」


 この時、僕はオーソンさんの話を聞きつつ、ちょっとだけ、別の思いも持っていた。


 マインハウス神聖国にとっての限界である、天上の存在、神聖教教主に対するとある考えだった。


「う〜ん、どうするかな~?」


「はい?」


 オーソンさんが、少しおびえた表情で僕の顔を見る。

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