第四章 グータラ殿下の朱夏

第116話 マインハウス神聖国の未来①

 戦いが終わり、勝利に浮かれていた僕とトンダルに衝撃的しょうげきてきなニュースが入ってきた。叔父様が暗殺されたという事だった。



 叔父様が暗殺されたニュースは、マインハウス神聖国のみならず、世界中を駆け巡った。



 暗殺犯、ヨハネ2世・ヒールドルクスは、アンホレストの息子カールケント・ヒールドルクスによって、討ち取られたが、叔母様の怒りは凄まじいもので、ヨハネ2世の亡骸なきがらは、ヴィナール公国公都ヴィナールにてはずかしめられた上に、広場にさらされ、さらに、ヨハネ2世の一族も男性女性問わず、処刑されたようだった。


 助かったのは、ボルタリア王国に亡命してきた、ヨハネ2世の母親アネシュカさんと、ヨハネ2世の弟の奥さんと、その子供の幼子おさなご一人きりだった。


 ボルタリア王国としても、二度と歴史の表舞台に出ることなく、ひっそりと暮らしていただくだけだった。



 そして、叔母様は叔父様の暗殺された地に女子修道院を建て、自らもそこに入り出家して、二度と歴史の表舞台に立つことはなかった。叔母様の叔父様に対する愛情はそれだけ深いものだったようだ。



 そして、僕と、トンダルはというと、ヴィナール公国軍の撤退後、ボルタリア王国軍と、フランベルク辺境伯軍を合わせて駐留ちゅうりゅうさせ、メイデン公国にて、メイデン公国の女公爵さんと話し合い、ご主人であったザイオン公国の分家の方に、正式にメイデン公となって頂き、ルクセンバル公の言い分を却下した。



 で、このメイデン公国なのだが、後々、ザイオン公国本家の跡取りが居なくなると、ザイオン公国本家となり、フランベルク辺境伯領と、領土の交換などを行い。メイデン公国と、フランベルク辺境伯領の南部をザイオン公国の本国として、続いていく事になる。


 そして、フランベルク辺境伯領は、南部を失った代わりに、ザイオン公国側に伸長し、裕福な港湾都市こうわんとし内包ないほうし、発展していくことになるが、それは、先の話であった。



 僕と、トンダルは、メイデン公国の問題を解決後、共にフランベルク辺境伯の首都に向かい、トンダルのフランベルク辺境伯就任式を行い、ようやく、ボルタリア王国へと兵を、引き上げたのだった。



 やれやれ、ようやくのんびりは……。出来ない!



 叔父様が亡くなったのだ。ヴィナール公国は良いとして、マインハウス神聖国の君主に空席が出来たのだ。というわけで、選帝侯会議を行い、新たな君主を選ばないといけない。


 マインハウス神聖国の君主か~。誰が良いのかな?



「グーテルに、決まっているでしょ?」


「えっと、誰?」


「だから、グーテル。あなたしかいないでしょ? それとも、カール兄さんにやらせるんですか?」


「いやっ、それは絶対嫌!」


「だったら、グーテルがマインハウス神聖国の君主……。皇帝ですかね? になるしかないでしょ」


「え〜」


 とりあえず、フランベルク辺境伯に就任した、トンダルと話していたら、次代のマインハウス神聖国の君主に話題がなり、それで、こんな話になったのだった。


 で、僕? 僕か~、僕ね~。マインハウス神聖国の未来を僕に、たくして良いのだろうか? まあ、選帝侯会議は来年だ。少しゆっくり考えるか〜。





 叔父様の葬儀がヴィナール公国の公都ヴィナールで行われる。僕も、トンダルも、もちろん参加した。さらに、大勢の領邦諸侯りょうほうしょこう、ヴィナールの領内諸侯も参加して、故人の冥福めいふくを祈った。



 表面上は穏やかであるが、圧倒的な畏怖いふを感じさせるお祖父様と違い。直情的で冷徹だった叔父様だったが、そのマインハウス神聖国の国王としては、高評価であった。


 ランド王国をした、新たしい政策を取り入れ、特段問題の起きなかった、1294年から1303年までの10年間の叔父様の治世ちせいは、終わったのだった。



「グーテル。葬儀に出席してくれて、ありがとうございました」


 えっと、気持ち悪い。叔母様が、僕に感謝の言葉をのべる。


「いえっ、叔母様も気落ちなさらずに。まあ、最後に叔父様と戦った、僕が言う事じゃありませんが」


「そうですね。ですが、戦場での事、それにグーテルが殺したわけじゃありませんし」


「はい」


 すると、叔母様は、下を向き。ため息をつく。


「ふ〜。グーテル、私は、あなたの事が、憎かったのですよ。お義父様とうさまも、あの人も、あなたの事ばかりめて」


「はあ、申し訳ありません」


「ですが、今なら分かります。グーテル、あなたは、真っ直ぐに生きているのですね。トンダルもその影響を受けて、立派になりました。ありがとう」


 えっと、どういう事?


「真っ直ぐですか?」


「ええ。何事にもぶれない真っ直ぐな心と意志。素晴らしいわ」


「ありがとうございます」


 そこで、再び、ため息をつく。


「ふ〜。私が言うのもなんですが、カールには、気をつけなさい」


「えっ?」


「あの子は、とても恐ろしい子よ」


「はい、それは」


 理解しております。


「私の悪い所だけを抽出ちゅうしゅつしてしまったようなの。あの人もヒンギルも、あの子が手を下したのかもしれない、そう思えてならないのよ。グーテル、あなたも気をつけなさい。昔は馬鹿だけど、かわいい子だったのに」


 叔母様は、そう言い残して去っていった。


 叔母様が、言うならそうなのだろう。叔父様まで、カールが? そうか、そうなのか?



 ヴィナールで、行われた叔父様の葬儀に集まった、マインハウス神聖国の領邦諸侯のもっぱらの話題は、次期マインハウス神聖国の君主の話題だった。


 そして、かなりの数の人物が、僕に挨拶しつつ、その話題を振るが、僕は、あえて誤魔化ごまかし、話題をらし続けた。対して、自分を積極的に売り込んでいたのが、カールだった。



 まあ、そんな感じて叔父様の葬儀は終わり、1303年の後半はようやく少しのんびりと、過ごせそうだった。





「殿下が、国王ですか~。いやっ、感無量かんむりょうですね~」


「マスター、やめてよ。褒めても、何も出ないよ」


「褒めてはいませんが、ですが、国王ですか~」


 ここは、ボルタリア王国ヴェルダにあるカッツェシュテルンという名の、居酒屋だった。



 僕が、クッテンベルク宮殿からの僕の誘拐事件、そして、ヒンギルとの戦い、そして、僕の国王即位、そして、叔父様との戦いに、トンダルのフランベルク辺境伯の就任、そして、叔父様の葬儀と、バタバタしてて、なんと、およそ2年ぶりにカッツエシュテルンに行くと、マスターが大歓迎してくれたのだった。



「いや〜、週二回以上来てくださって、高いワインをポンポン空けてくれる殿下がいないと、どうも売上がね~。良かったです、本当に良かったです」


 だそうだ。



「だって、ガルプハルトとか、アンディだって、久しぶりでしょ?」


 僕は、共に来ていたアンディを見る。アンディは、芋のフリットを口に入れた所で、ハフハフやっていた。


「まあ、そうですけど、殿下が凱旋がいせんしてから、ちょこちょこ顔を出して頂きましたし」


「そっか~。確かに、僕は、即位式から忙しかったからね~」


「はい。お二人から、聞いておりました。昼寝する暇も無く、夜、疲れてすぐ寝てしまっていたと」


「うっ」


 二人とも余計な事を。それじゃあ、僕が子供みたいじゃないか〜。ちゃんと、朝、早起きしていたからだからね。


 まあ、良いけど。



「で、久しぶりの一杯は何を?」


「冷えたピルスナー頂戴ちょうだい。キンキンにひえたやつね!」


「はいよ!」



 こうして、無事に平和で穏やかな生活を取り戻した僕は、オープン前のカッツェシュテルンで、キンキンに冷えたピルスナーを飲みつつ、芋のフリットを食べて、手を止めず仕込みをする、マスターと話に花を咲かせる。



「そう言えば、僕の居ない間に、何か変わった事あった?」


「そうですね〜。最近来ませんけど、変なお客さんが来ましたね~。殿下が来なくなった直後から」


「ふ〜ん。変なお客さん?」


「はい。何か、やたら高圧的こうあつてきなのに、常連客さん達に、ずけずけと親しげに話しかけて、そして、やたら人の話を聞きたがるくせに、きると自分の話をし始めるという。全く、困ったお客さんでした。すぐに、来なくなりましたが」


「ふ〜ん」


 多分、僕の知ってる人だ。もう、亡くなったけど。


 なるほど、僕の真似して、庶民しょみんの店に行くって話してたが、そんな感じだったのか~、ヒンギル従兄にいさんは……。アーメン。



「その人、先代の国王だね~」


「えっ、ああ、殿下に殺された」


「殺してないよ! そんな噂あるの?」


「あれっ、違いましたっけ? 先々代でしたか?」


「それも違うよ。それじゃあ、僕が悪い人みたいじゃない?」


「そ、そうで、し、した、か、も、申し訳、あ、ありません」


「マスター、おびえたふりしないの、その外見でやられても、怖いだけだよ」


「そうですか? テヘッ」


 舌べろをちょろっと出し、ウインクしてみせるが。いやっ、おじさんがやると、気持ち悪いな、これは。


「気持ち悪い」


「殿下〜。冗談なんですから。真面目な顔で返さないでくださいよ〜」


 そこには、本気であわてるマスターがいた。



「で、他に何かあった?」


「そうですね〜。そう言えば、アンディさんの子供達、かわいいですね」


「えっ、アンディ、子供いるの?」


「はい、ご存じなかったのですか?」


 僕は、同じくカウンターに座っていたアンディを見る。


 すると、フルーラよろしく、あれっ、俺、言ってませんでしたっけ? という顔をしたアンディがいた。何か、しゃべれよ。


「うん。だって、ボウリッツ要塞にも連れて来なかったし」


「そうですか、可愛かったですよ~」


「そうなんだ~、今度会いたいな~」



 と、言っているうちに、開店時間になり、常連客が集まってくる。


「お疲れ〜。マスター。あれっ、殿下、久しぶりだね~。どっか行ってたの?」


「ええ、ちょっと」


「そうなんだ~、へ〜」


 興味ないんだったら、聞かないでくださいよ〜、ミューツルさん。



「おっ、陛下じゃん。って、やべっ! え〜と殿下さん、久しぶりだね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「何が、めでてーの?」


 ペットルさんの挨拶に、反応するミューツルさん。


「おめ〜みたいな馬鹿には、関係ない事だよ」


「なんだとー!」


「はいはい」


 ガルプハルトが、二人を引きはがす。


 うん、日常が戻ってきたな。今日も平和だここは。



 久しぶりのグータラライフを満喫まんきつしよう。

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