第114話 ボルタリアのグータラ王ととある結末③

「グーテル達は、デルヴェ川沿いの丘の上に布陣しているようです」


「そうか。ご苦労だった」


 アンホレストは、カールからボルタリア王国軍の場所を聞き、立ち上がると馬に乗る。


「進軍する!」


「お〜!」


 ヴィナール公国軍は、ボルタリア王国軍が布陣している丘に向かい進軍を開始する。



 そして、翌日。街道から近くの草原に布陣し、丘の上のボルタリア王国軍に正対せいたいする。



 アンホレストは、丘の上のボルタリア王国軍を見る。さて、どうするか?


 数で言えば、こちらが上回っている。しかし、丘の上に攻め上がれば、不利なのはこちらだ。そして、相手はあのグーテルだ。何か策をろうして来るかもしれない。


 アンホレストは、戦場での豊富な経験を元に考える。しかし、グーテルの意表を突ける策は思いつかなかった。



 だが、そこに、カールケントがやってくる。そして、


「父上」


「何だ、カール?」


 最近、こういう時のカールは、有益ゆうえきな情報をもたらしてくれる。アンホレストは、そう思っていた。


「ボルタリア王国軍の動静どうせいを追っていた者の、話ですと、この辺りは、朝方、濃いきりおおわれるそうです」


「ふむ。それで?」


「で、私は考えたのですが。このような作戦はいかがでしょうか?」


「どんなだ?」



 カールケントは、アンホレストに自分の考えた作戦を話し始めた。



 まずは、軍を二つに分ける。そして、自分は半数を率いて、朝霧の中、姿を隠しボルタリア王国軍の背後へとまわる。


 残りの軍は、父親であるアンホレストが率い、前方にとどまる。そして、まだ霧の晴れぬうちに、両軍タイミングを合わせて丘へと駆け上がり、前後から挟撃きょうげきする。そんな策だった。なるほど。アンホレストは、正直に関心していた。


「さすが、カールだ。うむ、それでいくか」


「はい、かしこまりました、父上」


 カールは、深々と頭を下げつつ。再び、ニヤリと笑う。事は、カールの思惑通り進んでいるようだった。





「ガチャガチャガチャガチャ、うるさいね〜。霧で姿隠されているからって、音までしないとでも思っているのかな~?」


「さあ、それは、どうでしょうか?」



 ガルプハルトは、グーテルに呼び出され、グーテルの命令を聞いたところだった。


 ガルプハルトが耳をすますと、確かに、霧の中を移動するかなり大勢の騎士達の金属製の鎧が、こすれる音がかすかに聞こえていた。


 敵の作戦を読んで、そういう動きをするだろうと予測しているから、敵の動きが手に取るように分かり、グーテル様は音がうるさいと感じているのだろう。と、ガルプハルトは考えた。つくづく、自分は運が良い。


「だけどこんな作戦思いつくのは、叔父様じゃないよな? カールか? だけど……。他に思惑が、あるのかな?」


 グーテルが、独り言のようにつぶやく。だが、ガルプハルトにとっては異次元の話であり、答えようもない。



「そろそろかな」


「はい」


「じゃあ、ガルプハルトよろしくね」


「かしこまりました」



 ガルプハルトは、戦列に戻り、突撃の準備を行う。



 グーテルいわく、背後に、まわった軍が、前方の軍とちゃんと距離をとり、容易に合流出来ないタイミングを狙うのだそうだ。



 グーテルが、片手を挙げる。


「全軍、突撃〜!」


「お〜!」


 ガルプハルトは、大音声だいおんじょうで突撃の合図を出す。すると、重騎兵を先頭にボルタリア王国軍は、丘を下る。


 勢い良く先頭を駆け下るのは、ガルプハルト率いる重騎兵1500。それに続くのは比較的軽装のハルバートを抱えた兵士達6000。そして、最後方を重い鎧に重い盾を持つ重装歩兵1500がグーテル達と共に駆け下る。



 ドドドドドド〜!


 馬のひずめの音が響き、丘を揺らし砂ぼこりが舞う。





「重騎兵早く、用意しろ!」


 アンホレストは、あわてて突撃の準備をしていた。いやっ、用意はしていたのだ。しかし、まだ時間はあると思い、自分も鎧を脱ぎ、リラックスしていた。相手は、あのグーテルだという事を完全に失念しつねんしていた。


 これでは、ヒンギルハイネの事を言えぬではないか。


 アンホレストは、戦いの中に生きてきた。そして、どんな相手でも油断することなく、事を進めてきた。勝とうが負けようが。


 そして、今回も油断していないはずだった。まあ、強いて言えば、カールに、


「まあ、私達が、敵軍後方に回り込むには、時間がかかります。父上もあせらずのんびりと準備して下さい」


 と言われた事が、心のどこかに影響したのかもしれない。ふと、そう思った。



 そして、準備の整わぬうちにボルタリア王国軍の突撃を受ける。だが、アンホレストは懸命けんめいに指揮をとり、その場をしのごうとする。


「重装歩兵は、後退しつつ防御陣形、時間ときを稼げ! 重騎兵は、重装歩兵の後方に回り込み、準備整い次第、反撃する!」


 だが、重装歩兵はガルプハルト達に、よってあっという間に蹴散らされ、重騎兵へと襲いかかる。


「くっ、速い速すぎる。なんとか、建て直さぬと」


 そう思っているうちに、今度はハルバートを持った兵士達が突っ込んできて、馬上の騎士達に向かい攻撃を加える。


 アンホレストは、慌てて駆けて、兵士達を蹴散らす為に剣を振るう。


「ただの兵士達の分際で、生意気なまいきなのだ! 下がれ! 下がれ!」


 しかし、ボルタリア王国の兵士達は良く訓練されていた。数の多い兵士達に囲まれ、馬上の騎士達は、一人、また一人と討ち取られていった。


「くっ、カールは、まだか?」


 カールケントは、丘の反対側にいるのだ。そんな簡単に来れるわけがない。それに、この状況を知っているはずもなかった。



 じわじわと後退しつつ、ボルタリア王国軍の攻撃をなんとか凌いでいたが、ヴィナール公国軍は、崩壊寸前だった。



「わ〜!」


 そして、そんな状況の中、後方にいるはずの兵士達の悲鳴が聞こえてくる。どうやら、後方から突撃を受けたようだった。


「終わったな」


 アンホレストは、負けを悟った。しかし、恐ろしい男だ、グーテルは。アンホレストは、あらためて、そう思った。さらなる伏兵を用意していたのか……。



 しかし、後方の軍勢は、フランベルク辺境伯軍、自分の三男であるトンダルキント率いる軍勢だった。トンダルキントの見事な策だった。


 そう、策だった。



 丘の反対側にまわったカールケントが率いているはずの、ヴィナール公国軍は、濃い霧の中、丘を登っていた。


 そして、ある程度登った所で、周囲に軍勢の気配がして、


「敵だ〜、敵がいるぞ! 周囲を囲まれているぞ!」


 などと、声が響く。しかし、周囲を見回しても、味方しか見えない。濃い霧の中に気配だけはする。


 そして、カールからの指示も無く。各部隊で個別に動くと、霧の中から攻撃を受ける。慌てて反撃すると、目の前にはヴィナール公国軍、要するに味方が。そして、また霧の中から攻撃を受ける。等と繰り返し、混乱の中、同士討ちを開始する。



 トンダルは、後方に僅かな兵を送り、周囲を走り回らせ、声をかけて混乱させて軍の動きを止めたのだった。そして、見事に同士討ちをさせた。だが、カールの指示があれば、まだ違ったのかもしれないのだが、カールは、この軍から離れていた。





 ヴィナール公国軍は、前後から挟撃され逃げまどい、アンホレストも死地を脱出するために、馬を走らせる。


 そして、アンホレストはいつの間にか川沿いに追い詰められていた。周囲には、わずかな味方が必死にアンホレストを守護していた。だが、多勢に無勢。ついにアンホレスト一人になった。



「父上!」


「おお、カール。無事だったか」


 アンホレストの下に、カールが手勢を率いて現れる。


「はい。ですが、申し訳ありません。完全に、私の失策です」


「いやっ、気にするな。次に勝てば良いのだ」


「はい」


 なんて、会話しながらカールの手勢が、敵兵を蹴散らす。カールの手勢は数は少なかったが、強かった。



「父上! どうやら味方のようです」


「ん?」


 カールに言われて、アンホレストが川の方を見ると、一艘いっそうの船が近づいて来ていた。確かにヴィナール公国の旗を掲げていた。アンホレストは、一瞬なぜこのような場所にヴィナール公国の船が? と思ったが。


「父上、あの船で離脱して下さい。我々が、敵兵をひきつけます」


「いやっ、しかし」


 アンホレストは、悩んだ。しかし、


「父上、早く! どうやら船は、岸にはつけられないようです。父上、鎧を脱いで泳いで船に」


「ああ。分かった」


 そう言って、アンホレストの鎧を脱がせ始めた。まわりの者達も、手伝う。



 アンホレストは、考える事をやめ鎧を脱ぎ、川に飛び込むと少し泳ぎ船にたどり着く。そして、船に上がると、ヴィナール公国の騎士らしき者達が船上にいた。


「ご苦労だった。で、どこに向かうのだ?」


 アンホレストの背後で、そっと剣が抜かれる。


「グッ!」


 アンホレストは、突然背中に熱い何かを突きつけたれたように感じた。そして、強い痛みが走る。


 振り返る。そこには、剣を持った男がいた。誰だ、こいつは?


「貴様!」


「父のうらみだ!」


「父?」


「私の父は、貴様の弟だ」


「ヨハネか?」


「そうだ!」


「怨みというが、何の怨みだ?」


 怨みに心当たりのない、アンホレストには、この男が何を言っているのかが分からなかった。そして、


 背中に再び熱い衝撃を受ける。アンホレストの体に、剣が刺さり、そして、引き抜かれる。


 アンホレストは、再び振り返る。


「グッ! 貴様等!」


 だが、周囲にいた複数の男達によって、次々にアンホレストは刺され、やがて動かなくなる。



 そして、アンホレストの弟の息子と名乗った男は、血まみれのアンホレストの亡骸なきがらを見下ろす。



 アンホレスト・ヒールドルクス、マインハウス神聖国皇帝ジーヒルホーゼ4世の息子として産まれ、自らの才覚さいかく一時代いちじだいを築きあげた男の、あっけない最期さいごだった。享年63歳。1303年5月1日の事だった。



「ハハ、ハハハ、ハハハハハ! どうだ、アンホレスト。父の怨み思い知ったか」


 アンホレストの弟のヨハネは、かつてヴィナール公国の宰相だった。そして、ヴィナール公国の共同統治者だった。


 しかし、その職務に耐えられず精神のバランスを崩し、職をして引きこもったのだった。その後、歴史の表舞台に戻る事もなく、死んだ。そして、その息子だったこの男も、冷や飯ぐらいとさげすまれていたのだった。


 その事を、恨みに思った犯行のように見えた。



 船は、静かに岸に寄せられた。そして、男達は、アンホレストの亡骸なきがらを板に乗せ、降りて行く。



 すると、その男達のまわりを大勢の人間が取り囲む。そして、リーダーらしき男が声をかける。


「殺せ」


「はっ」


「えっ! カールケント、なぜ!」


 取り囲んだ大勢の人間は、どうやらカールケントの手勢のようだった。


 あっという間に、男達は斬り捨てられる。


「ハハハ、ご苦労だったな。ヨハネ2世さん。だが、マインハウス神聖国の国王の暗殺者を、生かしておくわけにはいかないだろう? そんな事も分からないのか? ん?」

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