第113話 ボルタリアのグータラ王ととある結末②

「申し上げます。ヴィナール公国軍が、こちらに真っ直ぐに向かっております」


 ヴィナール公国軍の動きを追っていた、オーソンさんが、駆け寄ってきて報告する。


「叔父様が?」


「はい」


 僕は、少し考えて。


「オーソンさん、どこかにヴィナール公国軍を、避けられる場所ある?」


「はい、少し先の左方に、少し小高い丘があります」


「よし、そこに案内して。あっ、その前にガルプハルトを呼んで」


「はい」


 アンディが慌てて、馬を飛ばして駆けて行く。



 そして、すぐに、ガルプハルトがやってくる。


「はい、お呼びでしょうか?」


「うん、ガルプハルト。余っている荷馬車ある? そこにボルタリア王国旗おうこくきの一部を差しておいて、この脇の森に置いておく」


「余っている荷馬車はありませんが……、かしこまりました。荷駄隊にだたいの荷物を急ぎ積み換え、用意致します」


「うん、よろしく」



 そして、僕達は準備を整えると、オーソンさんの案内で、小高い丘に向かう。



 しばらくすると、ヴィナール公国軍が、かなりの勢いでやってきて、ボルタリア王国の旗に向かい、クロスボウにてかけると、そのまま斬り込んだ。どうやら、宣戦布告も無く、不意討ちするつもりだったようだ。


「いないぞ! 探せ!」


 ヴィナール公国軍の大声が、聞こえる。



 それを見たグーテルは、静かに指示を出す。ボルタリア王国軍は、さらに森の奥へと消える。





「それは、本当なのか、カール?」


「はい」


「そうか」


「ええ。私は、毒を兄さんに渡し、それで病気のような症状を出し、兄さんがグーテルと講和して、ヴィナール公国に帰ってくるという策だったのです。しかし、兄さんは死んだ。グーテルに謀殺ぼうさつされたと考えるのが妥当でしょう」


「そうだな……。グーテルめ」


 マインハウス神聖国国王にして、ヴィナール公アンホレスト・ヒールドルクスは、片手のこぶしを強く握り、さらにもう片方の手の平で、自分のこぶしを握り潰すかのように強く握る。



 アンホレストが、もう少し若く、さらに、現在の後継者であるカールケントの才能に、多大な期待を寄せてなければ、グーテルが、絶対にそういうことをしない人間だと、冷静に判断出来ていただろう。


 むしろ、そういうことをするのは、目の前の男だと。


 だが、アンホレストは、息子であるカールの言葉を信じた。自分に似て、才覚さいかくあふれ、謀略家ぼうりゃくかとして、今やヴィナール公国になくてはならない存在。


 グーテルや、トンダルに言わせたら、どう考えてもアンホレストには似ていない、その頭脳も外見も母親似だろう。あくまで、謀略家としてなのだ。



 そして、トンダルキントにとっては、カールケントは、合わせ鏡のような存在だった。冷徹れいてつに、そして、合理的ごうりてきに人を殺す事も出来る男。だから、トンダルは、子供の頃から、微笑み、そして、穏やかであろうとした。そして、人生の師ともいうべき、2人の存在も大きかった。いとこのグーテルと、フランベルク辺境伯リチャードという存在だった。



 そして、アンホレストは決断する。


「こうなったら、卑怯ひきょうと言われても構わん。先に卑怯な事をしたのはあっちなのだからな、呼び出して、闇討ちでも、不意討ちでもしてくれる。良いな、カール?」


「はい」


「では、ついて来い」


「はい」


 カールは、父親の命令に従い、頭を下げる。


 そして、頭を下げつつ、また、ニヤリと笑う。何を思ったのだろうか?



 アンホレストは、軍を整える。不意討ちだの、闇討ちだのに反対しそうな、ヒューネンベルクや、ネイデンハートには、残ってもらう。まあ、2人とも、ダルーマ王国での後始末で、まだまだ忙しそうだったが。



 そして、出発間際、カールから、ある人物を連れて行くよう、要請ようせいされる。


「誰だ、それは?」


 アンホレストには、その人物に心当たりが無かった。


「父上の弟の息子ですよ」


「弟……。いたな、そう言えば」


 正直、アンホレストは、今まで弟の存在すら忘れていた。無能で役立たずの男だと、ちょっと記憶があった。


 そして、数年前に死んだはずだった。という、記憶はあった。


 俺のように、偉大な父上に似ず、母上に似たのだろうか?



「そうだ、ヨハネか。あいつに息子などいたのか?」


「ええ。まあ、父親に似て、大した人間ではありませんが」


「ふん、そんなのを連れて行く必要性が、あるのか?」


「父上、お忘れですか?」


「何をだ?」


「ヨハネ。おっと失礼致しました。叔父上おじうえ奥方おくがたは、ボルタリア王国の出身」


「おお、そうだったな~。え〜と?」


「亡きボルタリア王カール2世の娘、アネシュカ様ですよ」


「そうだったな~。なるほど」


「はい、グーテル亡き後、ボルタリア王に。まあ、傀儡かいらいの王ですがね」


「そうか、さすがにカールだ。で、名は何だったか?」


「ですから父親と同じ名、ヨハネを名乗っております。ヨハネ2世とでも呼べば良いんじゃないですか?」


「そうか、ヨハネ2世。その男を連れて行くぞ」


「はい」


 カールの思惑通り、あっさりと決まった。


 こうして、ヴィナール公国軍12000は、出兵したのだった。



「我々は、亡きヒンギルハイネの敵として、ボルタリア王国軍を討つ!」


 ヴィナール公国軍は、アンホレストの言葉に驚くが、絶対的に信頼するアンホレストの言葉を信じ、攻撃準備を開始する。


 重騎兵が最前列に、その後ろに重装歩兵、そして、最後方に兵士達を並べると、ボルタリア王国軍が通るであろう街道に待ち伏せをかける。



「ボルタリア王国軍、こちらに向かい進軍中です」


「そうか……。では、仕掛けるぞ。ついて来い!」


「お〜!」



 アンホレストは、自ら先頭にたって馬を走らせる。そして、見えてきた。しかし、ボルタリアの旗は少ないし、森の中にいるのか? 確実に様子がおかしい。


「全軍止まれ!」


 アンホレストは、森の中をのぞき込むが、森の中は薄暗うすぐらく様子が見えない。


 グーテルの策か?



 アンホレストは、少し考えて。


「クロスボウ用意! 放て!」


 後方にいた兵士達が、クロスボウを放つ。しかし、何の反応もない。


「突撃する! 続け!」


「お〜!」


 アンホレストに率いられたヴィナール公国軍の重騎兵が突撃するが、森の中には、ボルタリア王国の旗が差された荷馬車が複数台あるだけだった。


「読まれたか……。グーテルめ」


 そして、アンホレストは指示を出す。


「ボルタリア王国軍を探せ!」


「はっ!」


 アンホレストは、偵察の兵を周囲に放つ。しかし、容易には場所を探れなかった。



 だが、しばらくして、カールケントの手の者から情報が入る。


 どうやら、ボルタリア王国軍は迂回うかいして、メイデン公国に向かい街道を進んでいるようだった。


「グーテルは、どこに向かうつもりだ?」


 メイデン公国へは、自分と会談するために、行くはずだったはずだ。だが、それは、かなわぬ事とさとったはずだ。当然、ボルタリア王国へと帰ると思っていた。


「何を考えるグーテル」





「大丈夫っすかね?」


 ボルタリア王国近衛騎士副団長であるアンディは、不安そうに聞く。


「大丈夫だよ……、多分。だって、トンダルからの提案だから」


「そうっすか」


 ボルタリア王国軍は、メイデン公国内、フランベルク辺境伯領からの街道と、ボルタリア王国からの街道が交わる地点、そこの街道脇の小さな丘の上にいた。ここからなら、軍が街道を動いてくれば、位置を把握はあく出来るし、戦いやすい。



 そして、トンダルの提案というのは、フランベルク辺境伯軍と、ボルタリア王国軍が連合し、ヴィナール公国軍を破り、撤退してもらおうという作戦だった。ボルタリア王国軍9000と、フランベルク辺境伯軍6000で、ヴィナール公国軍12000を挟み打ちにしようというのだった。


 その為に、フランベルク辺境伯軍6000を率いて、トンダルはこちらに向かっているようだった。



 ヴィナール公にして、マインハウス神聖国国王アンホレスト・ヒールドルクスの三男トンダルキント・ヒールドルクスは、今のところ、フランベルク辺境伯領で宰相をしているが、現状、フランベルク辺境伯の最有力候補であるようだ。だが、反対する勢力もあり、めているはずで、動けない状況だと思っていたのだが。



 トンダルいわく、反対勢力が反対する理由は、ヴィナール公国、というか叔父様の影響力であり。この戦いで、ヴィナール公国軍を破る事により、叔父様の影響力下に自分がいないことを示し、支持を取り付けたい考えのようだった。だが、本音は。


「フランベルク辺境伯になりたいわけでもないんですけどね。ですが、他に人はいないし、グーテルがボルタリア王位についた前歴もありますしね」


 だそうだ。いやっ、僕のせいって言いたいのか?



 まあ、そんな感じで、僕達は丘の上に布陣しているのだが、さっきも言ったが、ここにいるのは、トンダルの提案だった。そして、トンダルは、叔父様の息子。だから、アンディは、その事を不安視して、僕に声をかけたのだがだった。


 僕は、トンダルを信じている。



 だけど、少し不安もあった。


 この丘は、街道も近いが、川も近い。フランベルク辺境伯領を流れたデルヴェ川は、メイデン公国へと一旦入る。そのデルヴェ川が、近くを流れ。この時期、そこから発生する川霧が辺り一面を覆うのだ。



 なので、朝方は丘の上から下は、全面の白い景色だった。


「綺麗ですね~。一面が、白いほわほわの絨毯じゅうたんのようです」


 なんて、フルーラなんかは、のんきに言っている。


「歩けるんじゃない?」


「本当ですか?」


 そう言って、馬を走らせようとしたフルーラを、アンディが慌てて止める。


「団長! 止めてくださいっすよ。グーテル様の冗談なのですから」


「え〜、そうなのですか、グーテル様?」


 う〜ん。フルーラのこの行動。冗談なのか、本気なのか? フルーラって確か40歳近いよな~。


「見てて歩けそうだよねって、思っただけだよ」


「えっ、では?」


 目をキラキラさせて、フルーラが聞いてくる。うん、どうやら本気のようだ。


「残念ながら、川霧の上は歩けないよ」


「そうなのですか~」


 かなり、残念そうなフルーラだった。

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