第112話 ボルタリアのグータラ王ととある結末①

「そうか、ご苦労だった」


「はっ」


 ヴィナール公国に、ヒンギルハイネの亡骸なきがらが運ばれてきた。



 アンホレストは、ダルーマ王国から兵を引き、ヴィナール公国に帰っていた。だが、負けて引き上げてきたわけでも、ヒンギルハイネの死を知り撤退てったいしてきた訳でもなく。自分の支持する人物をダルーマ王として即位させ、大貴族達と講和こうわして、兵を引き上げてきたのだ。



 アンホレストは、一人、ヒンギルハイネの亡骸を見下ろす。


「馬鹿が」


 ポツリとつぶやくと、黙ってヒンギルハイネの顔を見つめた。長い長い時間が流れる。



 グーテルの話だと、川の水を飲み、腹を壊して、それが悪化したようだった。綺麗な水の流れるヒールドルクス公国で幼年時代を過ごした事がいけなかったのだろうか?


「馬鹿が」


 アンホレストは、そう言い残し部屋を出る。



 ヴィナール公国アンホレスト・ヒールドルクスの長男ヒンギルハイネは病死。享年きょうねん42歳だった。



 アンホレストの後継者には、次男だったカールケントが繰り上がる。


 これで、次男カールケントがヴィナール公国の後継者、三男トンダルキントがフランベルク辺境伯領の宰相。四男のオルセンがヒールドルクス公国の代官という形におさまった。


 カールケントが、後継者として正式に決まったのだった。カールケントの思惑通りだったのだろうか?





は満足じゃ、良きに、はからえ〜」


「グーテルさん、似合わないですよ」


「え〜、駄目?」


「はい」


 僕は、新宮殿に入っていた。



 戦いが終わった後、僕がヴァルダに帰ると、凱旋がいせんパレードのような大歓迎を受けた、そして、そのままヴァルダ城の聖スヴァンテヴィト大聖堂にて、僕の戴冠式たいかんしきが行われる。



 そして、僕達は、クッテンベルク宮殿から新宮殿へと引っ越す。そして、レイチェルさんが、クッテンベルク宮殿に引っ越しのはずだったのだが……。



「ふ〜、これでようやく私も自由に生きられます」


「それは、良かったです」


「はい。では、これで」


「えっ! レイチェルさん、どちらに?」


「ロウジックです。私は、ロウジックにて隠居いんきょ致します」


「はあ」


 僕が、わけが分からずにいると、隣にいたエリスちゃんが、ちょんちょんと、脇腹をつつく。そして、そっと指を指す。僕が、視線をそちらに向けると、デーツマン2世さんが、真っ赤な顔をして立っていた。


 へ〜、そういう事か。デーツマン2世は、ロウジック伯だった。そして、奥様を亡くされている。そして、敗北の責任をとって、侍従長の職をし、家督かとくをまだ若いデーツマン3世にゆずって、じゃなくて、ヤンさんか?


 チルドア候もヤンさんだからややこしいので、デーツマン3世としておこう。



 まあ、僕がデーツマン3世と言うと、怒るけど。まだ、若いからね〜。とりあえず、今は、執政官しっせいかんとしてパウロさんの下で、勉強してもらっている。頑張ってね。



 それで、レイチェルさんだが、デーツマン2世さんと共に、ロウジックに行き、まあ、結婚はしなかったものの、愛人? として、共に生き。そして、11年間共に過ごす。


 デーツマン2世さんが亡くなると女子修道院を建造したり、挿絵さしえつき讃美歌さんびか集の制作に出資したりしている。


 そして、デーツマン2世の死去から6年後、ロウジックで死去し、自分が通っていた教会の床に、デーツマン2世さんの遺体と隣り合う形で埋葬まいそうされた。


 意外と自由で奔放ほんぽうなレイチェルさんの、本当に自由で奔放な17年間だったようだ。





 さて、僕が新宮殿と本宮殿を往復する忙しい国王ライフをスタートさせ、あっという間に1302年は終わる。



 僕の願いは、来年こそ、のんびりした一年を過ごしたいだったのだが、その望みはオーソンさんのこの一言で、終わりを告げる。



「大変な事になりました」


「えっ、何が?」


 僕が、本宮殿の国王執務室にいると、オーソンさんが飛び込んできた。新年早々の事だった。



「メイデン公ハイネセン卿が亡くなられました」


「えっ、暗殺?」


「いえっ、それは確実に病死なのですが、男系の後継者がおられず。長女を女公爵として、後継者にと考えていたようですが。それに、ルクセンバル公が異を唱えられまして」


「えっ、また余計な事を……」


 ハイネセンさんは、ルクセンバル公国の出身で長男。それを僕は、揉めに揉めていたメイデン公として就任させて、ルクセンバル公には、ハイネセンさんの弟さんを就任させていた。



 ただし、僕は、その時にこう言ったのだ。


「ハイネセン卿にメイデン公国の統治をお願いしようと思います。ただし、メイデン公国の継承権けいしょうけんはハイネセン卿の直系のみに継承され、ルクセンバル公国には統治権はありません。さらに、ルクセンバル公国ですが、ここには居られませんが、ハイネセン卿の弟君、ヴァレロン卿に統治して頂きます」



 だから、余計な事をなのだ。決め事を破ると、激怒する人がいる。そう、叔父様だ。



 これを知ったら、その事を理由に出兵するだろう、メイデン公国に。そして、ハイネセンさんの系統も排除はいじょして、自分の息子。多分、四男のオルセン君かな? を、メイデン公として、就任させようとするだろう。


 さて、どうしよう?



 メイデン公国は、ボルタリア王国の北西でフランベルク辺境伯領と、ボルタリア王国の中間にある。場所が悪い、悪すぎる。



 ボルタリア王国の人々も、フランベルク辺境伯領の人々も、叔父様に良い感情を持っていない。下手に動くと、僕も叔父様と戦わなきゃいけなくなる。


 だが、叔父様は、マインハウス神聖国国王、そして、僕は、マインハウス神聖国宰相。マインハウス神聖国にとって、まずい事になる。これを阻止そしするために、選帝侯や、他の領邦諸侯を巻き込むと、大事件になる。



 なんて、事を考えていたら、さらなる出来事で、さらなる混乱がうまれる。


 叔父様に手紙を書いて、直接話し合う算段をとったり、選帝侯の招集したりしようと、していたのだが。



 今度はトンダルから急報があった。フランベルク辺境伯が亡くなったのだ。わずか10歳。風邪をこじらせ病死。こちらも、オーソンさんの調べで、暗殺ではなくちゃんと病死だった。


「ご冥福めいふくをお祈りしますっと」


 トンダルの返書をしたため、送ると。僕は考える。そして、再び、叔父様に書状を送る。


「出来るだけ早く、お会いしてお話したいのですが……」



 そして、返書が返ってきた。


「ヴィナール公国軍12000を率いて、メイデン公国の治安維持の為に向かっている。グーテルも、ボルタリア王国軍を率いて出兵し、そこで話し合わないか?」


 と。


 叔父様らしくなく、のらりくらりと日延ひのべをしていたのだが、ようやく会談に応じてくれそうだった。だけど、この文面も叔父様らしくない。兵を率いてとか、治安維持の為とか……。そして、フランベルク辺境伯領は、メイデン公国の目と鼻の先だ。



 うん、一応、警戒しておこう。


「オーソンさん」


「はい」


 僕は、叔父様からの書状を持ってきてくれた、オーソンさんに頼む。


「一応だけど、ヴィナール公国軍の動きを探っておいて」


「はい、かしこまりました」



 さて、僕も準備するか。僕は、出兵の準備を整える。ただし、ボルタリア王国の正規軍のみとした。そのうち、3000をヴァルダの守備に残し、残りの9000を率いた。



 ああ、そう言えば、ボルタリア王国第一師団、第三師団となっていたボルタリア王国軍は、再編成し4兵団へいだんにした。そして、この4兵団をまとめる、ボルタリア王国騎士団長にガルプハルトを、副騎士団長にフェルマンさんを任命した。後は、第一兵団長にライオネンさんとかね。そんな感じだった。



 それ以外のボルタリア王国の政治体制は変わらず、宰相は置かずに、僕が直接統治し、内務大臣にパウロさん、外務大臣にヤルスロフ2世さんとなっていた。



「じゃあ、ヤルスロフ2世さん、パウロさん、留守の間、よろしくお願いいたします」


「はい、かしこまりました」


「また、戦いですか、グーテルさんは、国王になっても、戦い好きですね?」


「ハハハ、パウロさん。戦い好きじゃないんだけど、何故か、巻き込まれるんだよね~」


「ご苦労様です。では、お気をつけて」


 ヤルスロフ2世さんは、全幅ぜんぷくの信頼を寄せてくれている。パウロさんは、少し心配そうに送り出してくれた。



 ああ、そう言えばエリスちゃんは、王妃って事で、かなり喜んでいた。綺麗な宝石のついたティアラを頭につけて、喜んで踊っているところを見てしまい。そっと、エリスちゃんの部屋の扉を閉めたのは、内緒だった。


 まあ、普段、贅沢ぜいたくしないエリスちゃんだ。それくらいは、許して欲しい。



「じゃあ、行こうか」


「はっ!」


 ガルプハルトが、全軍に命じる。


「しゅった~つ!」



 ボルタリア王国軍は、メイデン公国に向けて出発した。ヴァルダより四方八方に伸びる街道のうち、北西に進む。



「グーテル様、今度は戦いになるのですか?」


 フルーラが、僕に、馬を寄せて聞いてくる。すると、アンディが反対側から馬を寄せてくる。


 フルーラも、アンディも変わらず、僕の護衛をつとめてくれている。だが、呼び名が変わった。近衛騎士団長と、副近衛騎士団長だった。純白に金の縁取りされた鎧をまとう、2人。かなり様になっていた。僕が着たら、どこかのサーカス団のピエロのようだろう。



「団長〜。グーテル様が出発前に、言ってたっすよね~。今回も、戦いにならないって」


「そうか? そうなのか? だけど、私は、戦場特有のピリピリとした空気を感じるのだが……。気のせいか?」


 ん? フルーラの野生のかんはかなり、鋭い。ちょっと、気をつけて進んだ方が良いかな?



「あの、グーテル様」


「ん? 何?」


「野生の勘って、私は、動物では無いのですが……」


 どうやら、久しぶりに独り言を言っていたようだった。


「だって、野生の勘でしょ?」


「いえっ、その……。騎士としての直感とか?」


 フルーラが、不満そうに言うが、


「アンディは、何か感じる?」


「いえ、全くっす」


「ほらっ、騎士としての直感に優れる、アンディが感じられないものを、感じられる。フルーラの素晴らしい野生の勘じゃない?」


「うっ、ううう。う〜」


 フルーラが、不満そうにうなるが、反論出来ないようだ。


「ハハハハハ」


「グーテル様、笑い事じゃありませんよ〜」



 その後、ガルプハルトに指示を出して、警戒してもらう。



 そして、僕は、フルーラの野生の勘に感謝する事になった。

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