第111話 ボルタリア王位争奪戦④

「三軍に軍を分けて、そのまま三軍で攻略するつもりかな?」


「そのようですな」


 グーテルは、城壁の上に顎をつき、面倒くさそうに、迫りくるヒンギルハイネの軍を見ていた。


「え〜と、ガルプハルト」


「はい」


「とりあえず。作戦はね〜」





 ガルプハルトは、1000程の重騎兵と共に、川沿いの小さな森に隠れていた。


「しかし、本当に雑だな」


 ガルプハルトは、あきれていた。ヒンギルハイネ軍は、到着してもボウリッツ要塞だけを見て、周囲を警戒する事もない。




 戦い慣れていないというよりは、やる気が無さそうだった。



 それに対して、こちらは、ヒンギルハイネ軍が到着するまでに、充分な訓練をつんでいた。


 ガルプハルトは、戦場を見る。



 ボウリッツ要塞の一部となっている、ガルプハルトが任された出丸には、ライオネンが残りの騎士や兵士を率いて、防備をになっていた。


 攻城兵器が近づくと、油の入った壺が投げつけられ、火矢が放たれる。そして、大炎上。


「馬鹿なのか?」


 攻城兵器は、あっさりと焼け落ちた。



 今だな。ガルプハルトは、ついに動いた。



「突撃〜!」


「お〜!」


 ガルプハルトの声に大声で返し、重騎兵が突撃を開始する。


 ドドドドドドドドドッ!


 戦場に砂ぼこりが舞い上がり、馬の駆ける重低音のひずめの音が響く。


 そして、目の前に敵軍が迫り、ガルプハルトはウォーハンマーを振るい、敵軍を蹂躙じゅうりんする。


 すると、あっという間に敵は、逃げ出し始める。



「撤退するぞ~」


 そして、戦場に響く。敵軍の撤退の声。ガルプハルトも、戦いを止めて、出丸へと馬を向けた。


「訓練にすらならん」





 それからは、ヒンギルハイネ軍と、グーテルハウゼン軍のにらみ合いが数日続き。



 そして、ヒンギルハイネ軍が動く。ヴィナール公国軍は、船を下船。上陸した後、遠回りして、ボルーツ方面に向かい川を渡河とか。そして、ボウリッツ要塞の背後に回り込み布陣したのだった。


 これで、ボウリッツ要塞は、一応、ヒンギルハイネ軍によって包囲された形になった。



「国王陛下」


「何だ、デーツマン?」


「良い策を、思いつきました」


「何だ?」


「はい。我々は、バルンカ川に船を浮かべ、補給路を遮断しゃだんしているはずなのに、ボウリッツ要塞は、充分に補給が行き渡っているように見えます」


「まあ、そうだな」


 ヒンギルハイネは、楽しそうな笑い声まで聞こえる、ボウリッツ要塞の様子を思い出す。戦場だというのに、食事の時に、酒が振る舞われているようだった。


 全く忌々いまいましい。


「そこで、補給がどこから来るのか考えたのです。そして、思いつきました。ボルーツの街から補給されているのではないかと」


「うむ」


 正直、誰でも思いつきそうな話だった。しかし、その事に、今気付いたヒンギルハイネに、その事を指摘する事は出来なかった。


「ですので、船はこのままに、こちらの補給路は断ったまま、ボルーツ側に回り込み、ボルーツからの補給路を断ち、敵軍を疲弊ひへいさせるのは、いかがでしょうか?」


「なるほどな。では、やるか」


「はい」



 という訳だったのだが。補給路を断って、1ヶ月たち、2ヶ月たち。だが、ボウリッツ要塞は、相変わらずだった。疲弊する素振りもない。


「どういう事だ、デーツマン?」


「さあ?」


「さあではない! 探れ!」


「は、はい」



 で、ボウリッツ要塞が疲弊しない理由は、補給路が完璧に保たれているからだった。


 ボルーツ方面にまわった、ヴィナール公国軍を見て、さすがに、ミューゼン公国の補給艦は、近づくのを躊躇ちゅうちょした。


 そこで、グーテルハウゼンの指示通り、補給物資を、たるに詰め、夜の闇にまぎれて川に流したのだった。


 樽は、上流から下流に流れ、石橋に張られた網に引っ掛かり、補給物資はボウリッツ要塞に回収される。


 こうして、ボウリッツ要塞は、なんの不自由無く生活していた。そして、半年近くが経つ。





「グーテル様、長い戦いになりましたな」


 ガルプハルトが、城壁に立つ。グーテルに声をかける。


「まあね。元々、長い戦いにするつもりだったから予定通りなんだけどね。だいいち、最初からこちらに負けは無いから。こんな簡易的な要塞だけど、攻める側は、守る側に対して、多くないと攻略出来ないって言うしね」


「なるほど」


 それを聞いていた、アンディがグーテルに聞く。


「だったら、グーテル様ならどうやって、この要塞を攻略するんすか?」


「ん?」


「こらっ、アンディ。そのような事を……」


 フルーラも聞いてみたいものの、失礼かなっと思いアンディを注意するが。


「フルーラ、良いよ。え〜とね。戦わなきゃいけない状況にすれば、良いんだよ」


「はいっす。で、どんな?」


「そうだね~。今からだったら、ボルーツの街を攻める。いやっ、攻めるふりでも良いかな? 僕達は、ボルーツの街を守る為に、要塞から出て戦わなきゃいけない」


「なるほど」


 ガルプハルトがうなずく。


「ではでは、今で、なければ?」


 フルーラが、目を輝かせて聞く。


「隊長だって、聞きたいんじゃないんすか?」


「そうだね~。僕だったら、最初からボルーツに向かわず、こちらにくみした、諸侯の領土を攻めるね。チルドア候国とかね」


「なっ!」


 ガルプハルトが、驚きの声をあげた。


「だって、そうしたら、諸侯達は、慌てて領国に帰るよ」


「ふんふん」


 ガルプハルトや、アンディは、完全にドン引きしていた。フルーラのみが、目を輝かせて聞いている。


「そして、あらかた引き上げさせたらボルーツを攻めて、のこのこ要塞から出てきた軍勢を叩く。まあ、これで勝てるよ」


「さすがです、グーテル様」


「うん」


「ですが、現実のこの戦いですが、どう終わらせるつもりですか?」


 ガルプハルトが、頭を振りつつ僕に、訊ねる。


「まあ、そろそろ終わりだよ」


 僕は、そう言って、ボルーツ方面に布陣するヴィナール公国軍を指差す。その軍勢の数は、確実に減っていた。勝手に帰国したのだろう。


「なるほど」


 ガルプハルトが、大きくうなずく。



 そして、運命の日はやってきた。1302年6月3日だった。



 ヒンギルハイネは、数日前から、ひどい下痢に悩まされていた。微熱が続き、食欲も無かった。


 ヒンギルハイネは、喉の渇きを癒やす為に、川の水を直接飲んだのが原因かもと思っていた。綺麗に見える川の水だが、下水も兼ねている。何が入っているか分からないのだ。



 ヒンギルハイネは、自分の陣で人払いし、だるそうに横になっていた。


「ヒンギルハイネ様、カールケント様からの使いです」


 うつらうつらしていると、突然、声をかけられ、ヒンギルハイネは慌てて起きる。


「どうやって入った! まあ、良い」


 カールケントが、最近、こういう者達を使っているのは知っていた。気味が悪い。ヒンギルハイネの正直な感想だった。


「で、何のようだ?」


「はい。カールケント様より、これを」


 そう言って、その男は、小さな瓶を渡してきた。


「何だ、これは?」


「毒にございます」


「何! 毒だと! 俺に死ねと言うのか?」


「いえ、確かに飲み過ぎれば死にますが、少量なら」


「薬にでもなるのか?」


「いえ、やはり毒です」


「何が言いたい?」


 正直、ヒンギルハイネは、イライラしていた。


「少量の毒で、わざと病気になり、グーテルハウゼンと講和するのです。病床に呼び、病気だからグーテルハウゼンに王位を譲り、ヴィナール公国に帰ると」


「なるほど、カールケントの策か?」


「はい」


「そうか」


 なるほど、良い策のように思えた。ボルタリア王として、君臨くんりん出来なかったのは、残念だったが。ヴィナール公国に帰れば再び、跡継ぎとなるのだ。不満は無い。最初から、こうすれば良かったのかもしれないと、後悔もしていた。



 そして、ヒンギルハイネは顔を上げるが、そこには誰も居なかった。本当に気味が悪い。


「誰かある!」


 ヒンギルハイネは、ベッドに横たわると、人を呼ぶ。


「はい、お呼びでしょうか?」


 デーツマン2世が入ってくる。


「講和だ。俺は病気だから、もう戦うのは無理だ。グーテルを呼んでくれ」


「えっ? 宰相閣下ですか? 敵陣に来るでしょうか?」


「ああ、来る。グーテルは来る」


「そうですか。で、どうなさいますので?」


「俺は、ボルタリア王を降りる。次の王は、グーテルだ」


「そうですか。かしこまりました。至急、使いを出します」


 正直、デーツマン2世も、ほっとしていた。長期間に及ぶ出兵で、疲れていたのだった。



 デーツマン2世が出ていくと、先ほどの小瓶を取り出す。そして、一気にあおる。


 喉に入った液体は、喉が焼けるかと思う程熱かった。そして、胃に入る。猛烈な痛みと、吐き気、そして、強烈な目眩めまいが起き、ヒンギルハイネは、血を吐きつつ昏倒こんとうする。


「ガハッ!」


 朦朧もうろうとした意識の中で、そう言えば少量の毒でと言っていた事を思い出す。飲みすぎたのか……。



「ヒンギル従兄にいさん! ヒンギル従兄さん」


「グ、グーテル」


「良かった。今、医者を呼んでます」


 ヒンギルハイネは、懸命に目を開けたはずだが、目がかすみ見えなかった。だが、小瓶があるはずの場所を震える指で指す。


「ど、毒……。カ、カール……」


「毒? カールですか?」


 ヒンギルハイネは、コクっとうなずき。そして、


「グーテル、国王は……、おまえ……、だ……。あ、とは……、たの……。ウッ」


 ヒンギルハイネは、再び喀血かっけつし、意識を失う。



 アンディが、素早く駆け寄り、首筋に手をやる。そして、静かに首を振る。


「そう、ありがとう」


 グーテルは、そう言うと、静かに手を合わせる。そして、


「オーソンさん、この小瓶調べて」


「はっ、かしこまりました」


「デーツマン2世さん、ヒンギル従兄さんは病死ね」


「はい、かしこまりました」


 真っ青な顔で、返事をするデーツマン2世。


「フルーラ、パウロさんを呼んできて、簡単に葬儀を行って、エンバーミング処理を行い、遺体はヴィナール公国に送ろう」


「はい、かしこまりました」



 グーテルは、手早く処理すると、一人、部屋に閉じこもった。



 そして、数日後。


「この毒は、ウルシュ大王国に攻められて滅んだ、暗殺教団が良く使う毒のようです。致死量は極微量ごくびりょう。小瓶に口をつけただけで、ほぼ即死でしょう。それを全部飲んで、意識を保つ。なんという精神力」


「そう。それで、暗殺教団?」


「はい」


「ふ〜ん。で?」


「どうやら、その暗殺教団の残党をカールケント様が、庇護ひごされたようです」


「カールがね」


 僕は、ようやく繋がった一連の暗殺事件の糸の先にいた人物を、はっきりと認識した。ワーテルランド王国国王バラミュル2世、ボルタリア王国国王ヴェーラフツ3世、そして、ボルタリア王国国王ヒンギルハイネ。



「カール……」


 自分にとって、正真正銘しょうしんしょうめいの敵としてそれを自覚した。


「許さないぞ、カール」

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