第110話 ボルタリア王位争奪戦③

 ヒンギルハイネは、軍勢を三軍に分けて侵攻していた。これは、デーツマン2世からの助言だった。



 まずは、第一軍として、川船にヴィナール公国軍が乗船。モルヴィウ川をさかのぼり、バルンカ川へと入り、さらに上流へと遡る。この川の最上流は、ミューゼン公国内にある、かなり長い川だ。



 そして、第二軍として、ボルタリア王国第一師団が、フェルマンに率いられ、バルンカ川の東岸を進む。だらだらと進み、完全にやる気が感じられなかった。



 最後に第三軍だが、マリビア辺境伯軍と、ボルタリア諸侯軍だった。バルンカ川西岸を進む。


 マリビア辺境伯カレルは、父親の汚名おめいをそそごうと、必死だった。それが、マリビア辺境伯軍全体に伝わり、ピリピリと殺気だっていた。


 対して、ボルタリア諸侯軍は、なぜ戦うのかとの思いで、やる気が感じられなかった。


 その諸侯軍の姿を見て、さらにマリビア辺境伯軍は、さらに殺気だち。崩壊寸前だった。



 そして、一番ピリピリしているのが、この男だった。


「デーツマン! グーテルは、とりでに閉じもっているのだな?」


「はい。この先にあるバルンカ川が、二股になる場所に砦を築き……」


「その砦から、密かに出てどこかに潜んでいるような事は無いな?」


「はあ、多分」


「多分ではない! 早急さっきゅう偵察ていさつしろ!」


「は、はい、かしこまりました!」


 ヒンギルハイネは、慌てて去って行くデーツマン2世を見て、忌々いまいましく思っていた。本当に、役に立たない。ヒューネンベルクが居てくれたら……。いやっ、グーテルが居てくれたら……。



 ヒンギルハイネは、恐怖に支配されていた。クッテンベルクの戦い、反ヒールドルクス同盟の戦いにおいて、グーテルと戦う事の恐怖心は、ほねずいまで叩き込まれていた。


 だから、ただ怖かった。


「なぜ、戦わなければならないのだ。なぜ……。」





 その頃グーテルは、ボウリッツ要塞でのんびりと過ごしていた。大臣や、諸侯の方々と語らい美食を堪能たんのうし、美酒びしゅを味わう。



「う〜ん、そろそろかな? オーソンさん、どんな感じ?」


「はい、完全に三軍バラバラですね。いやっ、四軍ですかな」


「四軍?」


「はい、バルンカ川西岸を進む軍ですが、マリビア辺境伯軍は、あせったように進み。諸侯軍は、だらだらと進軍しておりますので、両軍の間に、一日以上の差が出来ております」


「そう」


 グーテルは、戦いにしたくないと思っていたが、戦いにすらなりそうもないというのが、現実だった。


「引き続き、ヒンギル従兄にいさんの軍の動きをよろしく」


「はっ。しかし、皮肉なものですな」


「ん? 何が?」


「いえっ、戦いたくないものどうしが戦う、きわめて不幸な事です」


「うん、そうだけど。ここに閉じ籠もっていて、時間だけはあったから考えたんだけどさ~」


「はい」


「やっぱり、どう考えても上手くいかなかったと思うんだよね~」


「はい?」


「ヒンギル従兄さんが王になって、僕が宰相でってなって、最初は上手くいくかもしれないけど、ヒンギル従兄さんが、選帝侯として、あるいは叔父様の跡継ぎとしてマインハウス神聖国の国王として、表舞台に立つ事を僕は、許せないだろうな~って」


「無能だから、ですか?」


「無能……、じゃないな。確かに、戦闘に能力は片寄っているけど」


「では?」


「う〜ん、なんて言えば良いんだろ?」


 僕は、腕を組んで考える。オーソンさんは、僕の答えを待ち、静かに僕を見つめる。そんなに見つめちゃ照れちゃうよ〜。


「そうだね。人を信頼出来ない事かな〜」


「そうでしょうか? 随分ずいぶん、グーテル様の事を、信頼なさっているように思えますけど」


「うん。僕や、ヒューネンベルクさんとか一部はね。それこそ妄信的もうしんてきにね」


「はあ」


「だけど、他人ひとに仕事を信頼して任せられない人は、他人ひとからも信頼されないんだよ」


「なるほど」


「だから、いずれ破綻はたんする。だったら、今でも良いんじゃないかなってね」


「そうですか。グーテル様も国王となる決心がついたと」


「まあね。結局は、やる事は変わらないから」


「そうですか、それはご苦労さまです」


「うん。だけど、戦いが終わって、そして、ヒンギル従兄さんを無事に送り届けてからになるから、当分、先だけどね」


「あの世にですか?」


 オーソンさんが、かなり物騒な事を言ってきた。


「違うよ〜。ヴィナール公国にだよ。叔父様からも、そう言ってきたしね」


「そうなのですか?」


「うん、一度言った事を、叔父様が引っ込めるわけにはいかないから、なんとかしろって」


「そうですか……」


「しかし、どうやって?」


「さあ? 時間はあるし、ゆっくり考えるよ」


「そうですか。かしこまりました」


「うん、よろしく」





 そして、ヴェルダを軍が出発したと聞いてから1ヶ月も経って、ボウリッツ要塞にヒンギルハイネ軍は、ようやくやってきた。


「遅いよね~。ようやく来たよ」


「そうっすね」


「全くです。早く戦いたいです」


 僕の言葉に、アンディとフルーラが同意する。しかし、フルーラさん。相変わらず、戦うの好きですね~。


「フルーラ〜。戦うったって、僕は前線には出ないよ」


 そう、だからフルーラが戦う場面はない。なにせ、フルーラは僕の護衛騎士隊長なのですから。


「グーテル様の戦いを見ているだけで、実際戦わなくても、興奮するのですよ」


「ふ〜ん」


 フルーラは、目をキラキラと輝かせて僕に言う。相変わらず、純心ですね~。



 まあ、良いか。さてと。



 僕は、左右を見る。右の出丸と石橋にはガルプハルト率いるボルタリア王国第三師団6000が、左の出丸にはチルドア候ヤンさんが配下の軍4500を率いて入り、石橋にはウリンスク諸侯軍2400が入った。


 そして、要塞の城壁の上には、ボルタリア諸侯軍の皆さん6000が並ぶ。手には、クロスボウを持ち。臨戦態勢だった。


 さて、どう来るかな?


 僕は、眼下のヒンギルハイネ率いる軍を見つめた。





「攻城兵器、船より降ろし、組み立てました。準備完了です」


「よしっ! ご苦労!」


「はっ!」


 ヒンギルハイネの下に駆け寄ってきた、伝令が一礼して去っていく。さらに、


「マリビア辺境伯カレル様より、攻撃準備完了との事です」


「まあ、焦るな。そう伝えよ!」


「はっ!」


 ヒンギルハイネは、グーテルの評価とは裏腹に的確な指示をだす。


 だが、要塞を攻略する方法などを思いついているわけではなく、三軍に分けた軍をそのままぶつけるつもりだった。


 左右の出丸を攻略、石橋を渡って、三方向からの同時攻略。それが、ヒンギルハイネが思いついた精一杯の作戦だった。


 その為に、船で攻城兵器を運び、組み立てているのだ。



 攻城兵器は、専門的な知識を持った人物による調整が必要な兵器である、カタパルトの入手は出来なかったが、ベルフリーと呼ばれる攻城塔と、破城槌はじょうつちは確保出来た。



 ベルフリーは、最上部に小型の投石機を装備し、城壁と同じ高さに調整された内部が階段になっている木製のもので、それを人力で動かすのだ。


 矢を避けながら人力でベルフリーを運び、上部が前面に開き城壁に橋のようにかかって、そこから兵士達が城壁に突入するのだ。



 破城槌は、大きな木製の矢避けの屋根がついた、その屋根の部分から大きな丸太がられていて、その丸太を門にぶつけ、門を破壊するための兵器だった。



 左右の陸上の軍は、攻城兵器を先頭に、準備を開始する。



 ヒンギルハイネを、船上から両岸を眺める。慌ただしく動き回っていた兵士達が、静かになる。



「全軍、突撃〜!」


「お〜」


 ヒンギルハイネの大声が周囲に響き渡るが、返されるのはやや気が抜けたようなかけ声だった。



 だが、左右の両軍がゆっくりと前進を開始する。ベルフリーと、破城槌を兵士達が運び、その周囲を騎士達が盾を構え、兵士達を守るように進む。


 そして、ある程度まで出丸に近づいた時だった。素焼きの壺が攻城兵器に投げつけられた、そして、すぐに火のついた矢が放たれる。


「なっ!」


 ヒンギルハイネは、驚いた。攻城兵器が燃え始めたのだ。普通、木製の攻城兵器は、組み立てる時に、水でらし火で燃えにくくするのだ。


 だが、油をかけられ火矢を射られた攻城兵器は、あっという間に激しく燃えて、燃え落ちていった。


「馬鹿な。攻城兵器を濡らして無いのか? それとも、何か特殊な油なのか?」


 ヒンギルハイネがつぶやくと、近くにいたデーツマン2世が答える。


「攻城兵器って濡らすんですか? 知りませんでした」


「なにっ?」


 普段から戦いの中にいるヴィナール公国と違い、ボルタリア王国にはほとんど戦いがなかった。グーテルハウゼンは、そこまで認識して細かい指示を出すが、ヒンギルハイネは、そこまで頭がまわっていなかった。それに、普通は軍師の役割だ。



 ヒンギルハイネは、デーツマン2世を睨みつける。


 デーツマン2世は少しヒンギルハイネから離れ、前方を眺める。


「我が軍も、そろそろですね」


「うん?」


 ヒンギルハイネは、慌てて前方を見る。すでに射程範囲内だった。


「構え! 放て!」


 だが、その言葉よりも早く、城壁から、そして、左右の石橋から、放たれた矢が雨のように降り注ぐ。


 川に浮かんだ船から放つより、城壁などから放たれた矢の方が、高低差的にも有利なのだ。


 あっという間に、不利になる。



「後退だ! 後退しろ!」



 ヒンギルハイネは、慌てて船を後退させて、射程の外に出る。


 そして、ヒンギルハイネが落ち着いて状況を把握しようとした時だった。



 左右両岸が騒がしくなる。見ると、背後から敵軍の重騎兵に突撃されて、蹂躙じゅうりんされていた。


 しまった。またしても、グーテルにやられた。ヒンギルハイネは、そうさとった。


 おそらく、周囲の隠れられる所に、重騎兵を伏兵として潜ませていたのだろう。


 ヒンギルハイネは、素早く決断する。



「撤退する!」


「はっ!」


 元気な、声が返ってきた。



 ヒンギルハイネは、ボウリッツ要塞から距離を取り、陣を築く。初戦は、これで終わった。

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