第109話 ボルタリア王位争奪戦②

「なっ! どういう事だ?」


 ボルタリア王になるはずだった、ヒンギルハイネ・ヒールドルクスは呆然ぼうぜんとしていた。意味が、分からなかった。



 王妃となるはずのレイチェルとの結婚式、そして、自分の戴冠式たいかんしきの準備をするために、グーテルの所に使いを送ったのだが、クッテンベルク宮殿はもぬけのから


 そればかりか、グーテルがボルタリア王国の政治を動かす為に構築した、政治体制のかなめであるはずの、大臣達も誰一人としていない。との報告を受けたのだ。


 さらに、結婚相手のレイチェルも、やまいで、ふせってしまい部屋から出られないという。



 唯一の家臣らしき者は、侍従長じじゅうちょうである、デーツマン2世という男と、王都防衛軍でもある、ボルタリア王国第一師団師団長である、フェルマンという男のみだった。



「どういう事なのだ?」


 ヒンギルの問いに、デーツマン2世が答える。


「申し訳ありません。ですが、戴冠式の準備は急がせます。それに王妃様との結婚式ですが、病気が治り次第すぐに……」


「そうか、それは良い。だが、グーテルはどこに行ったのだ?」


「さあ? もし必要なら探させます。まあ、居なくてもボルタリア王国は、安泰あんたいだとは思いますが」


 デーツマン2世は、自分に任せてもらえば良いという顔で応えるが、即刻そっこく否定される。


「もし必要なら? 貴様は馬鹿なのか? 必要に決まっているだろ! 宰相さいしょうが居なくて、どうすれば良いというのだ!」


「ひっ、失礼しました。すぐに探させます」


 デーツマン2世が、慌てて出て行った。そして、いつの間にかフェルマンという男も居なくなっていた、



「くそっ、俺の何が、いけないというのだ」


 今回、ヒンギルハイネに落ち度はない。ただ単に、ボルタリアの人々が、ヒールドルクス家を嫌いだというだけだった。



 ヒールドルクス家。山の中の小国の人間が、今やヴィナール公国を統治し、さらに、ボルタリア王国、ダルーマ王国、フランベルク辺境伯領等に影響力を持ち、さらに、一人は皇帝、一人は国王ではあったが、2代にわたりマインハウス神聖国の君主を出した家柄となっていた。しかし。


「ふん、成り上がり者が」


 正直なボルタリア王国の国民の思いであり。したっていた国王カール2世を殺された恨みは、およそ30年経っても、父から子に、子から孫へ受け継がれていたのだった。



 だが、元々は、数代にわたりマインハウス神聖国皇帝を輩出した、マインハウス神聖国屈指の名家の出身で、それもボルタリア国内で絶大な人気を誇るグーテルハウゼンが支持をし、宰相として支えていれば、変わっただろうが、そのグーテルハウゼンはいない。どこかに消えてしまったのだ。



 ヒンギルハイネは、父親にあわてて書状を書く。グーテルハウゼンの行方不明と、大臣達の失踪しっそうについて。そして、援軍の要請と人材の派遣についてだった。


 手元には、ヴィナール公国軍3000はいるが、ボルタリア王国第一師団がどう動くか分からず、さらに、大臣達がいないので、内政をするために人材を派遣してもらおうとしたのだった。





「ふんっ、そんな事、出来るわけないだろ? そんな事も分からぬのか、ヒンギルは?」


「父上、どうされたのですか?」


「おお、カールか。お前の兄からの援軍要請だ」


「へ〜、ですか」


 カールケントは、父親であるアンホレストに近づき、その差し出された書状を受け取る。



 ここは、ダルーマ王国の、とある城だった。ダルーマ王国は、王位継承戦争の真っ最中だった。



 現在、ダルーマ王国は2派に分かれ争っていた。そして、そのうちの1派があろうことか、ダルーマ国王としてミューゼン公ローエンテールをかつぎ上げたのでだった。当然、アンホレストは反対し、敵対勢力に味方する。


 そして、ダルーマ王国に出兵。大貴族が味方する、ローエンテールを相手に奮戦中ふんせんちゅうだった。


 だから、援軍などける余裕はない。正直な思いだった。



「正直、ボルタリア王は、どちらでも良かったのだ。だが、グーテルが嫌がっている風だったので、ヒンギルの奴をボルタリア王にしたのだ。それを……。まあ、仕方が無いか」


 アンホレストは、そう言いつつ、もう一つの書状を取り出し、カールケントに渡す。


「ん? こっちは何ですか?」


「グーテルからだ」


「へ〜、グーテルね」


 カールケントは、書状を受け取ると、目を通す。そこには、大臣達に誘拐されて、強引に国王候補にまつり上げられたが、こうなった以上は、大臣達を守るために戦うと書かれていた。


「で、どうするんですか?」


「カールの考えは?」


 アンホレストは、カールケントを見つめつつたずねる。


 カールケントは、少し考えると。


「ヒンギル兄さんを、呼び戻すしかないんじゃないですか? 兄さんじゃ、グーテルには勝てませんよ」


「馬鹿を言うな。そんな事をすれば、良い笑い者だぞ。マインハウス神聖国の国王が決めた事をひるがえすなど……」


「じゃあ、どうするんです?」


「悪いがカール、お前が行ってくれないか?」


「嫌ですよ。ボルタリア王国は、駄目です」


「何かしたのか?」


「まあ、そうですね。バレたら命が危ないですかね」


「う〜む、そうか。それでは仕方が無い。援軍だけ送っておくか」


「どこにそんな兵が?」


「現状、落ち着いているザーレンベルクス大司教領の国境守備の兵の一部と、一応、民主同盟と講和中のヒールドルクス公国の兵の一部を、まわすしかあるまい」


「そうですか……。烏合うごうの衆ですね」


「まあ、そう言うな」


 ダルーマ王国の王位継承戦争に、優先的に精鋭せいえいをまわしている。当然、残っている兵に強兵はいない。



 カールケントは、戦いが起きた場合について考えを巡らせ。


「でも、あまり長期戦になると、ヴィナールの兵に不満が出ますよ」


「それはお前に任せる。なんか良い策で、講和させるなり、ヒンギルを連れ戻すなりしろ」


「かしこまりました、父上」


「うむ」


 カールケントは、深々と頭を下げて、父親であるアンホレストの命令を受諾じゅだくする。


 そして、カールケントは、深々と頭を下げつつ、ニヤリと笑う。さて、どうしてくれよう。しかし、昔、グーテルや、トンダルの自分に向けられていた言葉の意味が、最近になって分かった気がしていた。


「馬鹿の扱いほど、面倒くさい事はないよな、グーテル、トンダル」


 心の中で、そっとつぶやく。





「なっ、父上は何を考えているのだ!」


 ヒンギルハイネは、ヴェルダ城の本宮殿で絶叫ぜっきょうする。



 ヒンギルハイネが、父親であるアンホレストに書状を送って1ヶ月。ようやく援軍が到着したと思ったら、わずか3000だった。しかも、装備もバラバラの寄せ集めだった。さらに、政治の出来る人材の派遣は無かった。


「そっちでどうにかしろ」


 アンホレストからの伝言だった。



 王妃レイチェルは病にふせっていたが、1301年10月16日、王妃不在で結婚式を挙げ、さらに同日、戴冠式も行った。


 まあ、ヴェルダの大司教は、グーテルと共に居なくなったそうで、デーツマン2世が連れて来た、ロウジックの司教の代行だったが。


 だが、それでも自分は、正統なるボルタリア王なのだ。なのにだ、ボルタリア王国の領内諸侯のうち2割しか戴冠式に出席せず。さらに、ボルタリアの王冠領と呼ばれる諸侯のうち、チルドア候は呼び出しにも応じない。



 そして、反対派の諸侯がグーテルを担ぎ上げ、兵をつのっていると聞き、こちらも兵を募ったのだが、集まったのは領内諸侯の2割と、マリビア辺境伯の軍のみだった。


 それならばと、ヴィナール公国から送られて来るはずの大軍を待ったが、3000のみ。そこで、こうなった。


「なっ、父上は、何を考えているのだ!」



 それでも、ヒンギルハイネは出兵を決意する。戦い勝利し、ボルタリア王である事を、認めさせるしかない。自分が総大将として戦陣に立つ。


 副将として、ボルタリア王国第一師団師団長フェルマンが、そして、軍師として、侍従長デーツマン2世を任命する。


 兵は、ヴィナール公国軍6000。ボルタリア王国第一師団6000。諸侯軍2400。そして、マリビア辺境伯軍4500。総勢18900という軍勢だった。騎士6300名、兵士12600名という軍容ぐんようだった。



「では、進軍を開始する!」


「お〜」


 1301年の12月、ヒンギルハイネ率いるボルタリア王国正規軍は、ヴェルダをたち、西に向かい進軍を開始したのだった。





「ふわ〜、暇だね〜」


「グーテル様、しっかりなさってください。そろそろ敵も、攻めて来るはずですよ」


 フルーラが、だらっとだらしなく、椅子に座るグーテルに声をかける。


「うん。で、敵って何だっけ?」


「ヴェルダから出兵した、ヒンギルハイネ様の軍ですよ」


「敵ね~、敵か〜。まあ、そうか、一応」


 グーテルは、完成したボウリッツ要塞の中にいた。



 ボウリッツ要塞は、その地域の名前をとってつけられた名前だった。


 川が二股に分かれる場所の、川に挟まれた場所をぐるっと城壁で囲う。内部には、軍が駐屯ちゅうとんできる簡易的な駐屯施設が作られた。


 さらに、左右の川にかかる石橋を防御施設にするために、見張り台と防御施設を複数設置。そして、左右の石橋の対岸には、少し土を盛り上げ、石壁で囲い、出丸でまるのような物を築きあげた。



 うん、これで良し。左右どちらかの陸から攻められたら、出丸で攻防後、不利なら出丸を放棄ほうき。石橋の上に敵軍を集め、城壁の上から射撃すれば良いし。


 川から攻められたら、石橋で敵をせき止め、出丸と石橋、そして、城壁から射撃すれば、敵は容易に攻撃出来ないだろう。


 という感じだった。



 グーテルの下には、それなりの兵が集まり、城壁の中で、にぎやかに騒いでいた。



 軍勢は、ガルプハルト率いるボルタリア王国第三師団6000。そして、ボルタリアの領内諸侯の半数の6000。そして、チルドア候ヤンさんが率いる4500。そして、ウリンスク諸侯軍2400が集結していた。


 総勢18900。まるっきり、正規軍と呼ばれる敵軍と同数だった。騎士6300、兵士12600という軍容だった。



 そして、補給は、川から充分に補給出来ていた。


 現在は、ヴェルダ側からトンダルの助力によって補給していたが、もし、そちら側からの補給を絶たれても、上流側、ミューゼン公国から補給出来るように準備をしていた。


 ミューゼン公ローエンテールは、ヴィナール公でありマインハウス神聖国国王アンホレストと、ダルーマ王国の王位継承で敵対しており、喜んでグーテルに協力すると伝えてきていた。



「グーテルハウゼン率いるボルタリア王国反乱軍18900は、ヴェルダから来るヒンギルハイネ率いるボルタリア王国正規軍18900の攻撃を受け、ボウリッツ要塞に貝のように閉じこもる」


「グーテル様、そのような事を」


 グーテルは、オーソンさんからの報告で、正確に軍勢の数を把握していた。



「まあ、果報は寝て待てだよ」


「はあ、かしこまりました」

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