第108話 ボルタリア王位争奪戦①

 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト


「ん? うるさいな~、何?」


 僕は、目を覚まし周囲を見回す。やかましい音と、激しい振動で目を覚ましちゃったじゃないか〜。


「ブフッ」


 僕の愛馬が僕の顔を見て、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。先代もそうだったが、お前も僕を馬鹿にするのか。この野郎〜。



 ん?


 いやっ、何だ、この状況?


 僕は、冷静に状況を判断する。



 僕は、荷馬車に乗せられているようだった。しかも、縄でぐるぐる巻になっている。身動き出来ない。何これ?


「フルーラ! アンディ! エリスちゃん!」


 僕が、叫び声をあげると、同じ荷馬車に乗っていたのか、エリスちゃんが、僕の顔をのぞき込む。


「おはようございます、グーテルさん」


「うん、おはようエリスちゃん……。じゃなくて、どういう事?」


「う〜ん。レイチェル様が、こうでもしないと、グーテルさんは国王に成らないと言われて」


「えっ? レイチェルさんが?」


「はい。私は、あの男あまり好きじゃない。だそうです」


「えっ、何で?」


「さあ? それは、人の好みでしょうから」


「う〜ん? あの男って、ヒンギル従兄にいさんだよね?」


「そうだと思います」


「嫌いなんだね」


「はい。会ったら、やっぱり何か違うそうですよ」


「ふ〜ん」



 えっと、どういう事だろ? 僕は、冷静になって考える。



 とりあえず、僕は誘拐されたようだ。それも家族も一緒に。というか、先に同意済みだったようだ。そして、その指示はレイチェルさんからの命令っぽい。


 レイチェルさんは、やはりこの結婚が嫌なのだろう。だけど、僕を誘拐してどうするんだ? このままじゃ僕は、反逆者になっちゃうぞ。


 う〜ん?


 その後も、ぐるぐる巻のまま、僕は運ばれる。



「はい、グーテルさん。あ〜ん」


「あ〜ん。モグモグモグ。うん、美味しい……。じゃなくて、エリスちゃん、この縄をはずしてよ」


「駄目ですよ。到着するまでの辛抱しんぼうです」


「えっ、どこ行くの?」


「さあ? パウロさんは、どこって言ってませんでしたので、知りませんが」


「えっ、パウロさん、いるの?」


「はい」


「じゃ、パウロさん呼んでよ〜」


「駄目ですよ、到着してからだそうです。我慢してください」


「え〜!」



 周囲を歩く、人々の数が徐々に多くなってきていた。いやっ、人々だけでなく、馬のひずめの音もかなりの数だ。それに、ガルプハルトの大声も時たま聞こえてくる。これは、やる気だな。仕方ない。さて、どうなるんだろう?





「え〜と、どういう事?」


「本当に申し訳ありません。ですが、閣下しか考えられないのです」


 目の前には、ヤルスロフ2世さんと、パウロさんがいた。ここは、ヤルスロフ2世さんの領地であるボルーツ伯領のボルーツにあるヤルスロフ2世さんの屋敷だった。


 そう屋敷なのだ。戦える場所では無い。どうする気なのだろう?



 ヤルスロフ2世さんの後を受け継いで、パウロさんが話す。


「まあ、ボルタリアの人達は、よそ者がやってきて、我が物顔で振る舞うのが許せないんでしょうね。まあ、元々は私も、グーテルさんもよそ者なんですがね」


「そうだよ、よそ者だよ」


 僕も、言うが。


「閣下は、父も言っておりますが、ボルタリア王国の為に貢献しておられます。それに、エリサリス様は、先々代王の養女です。王位継承権的にも問題なく、第一位なのです」


 う〜ん。第一位では無いな。前にも言ったが、血のつながり的には、マリビア辺境伯カレルさん。そして、叔父様の弟の……。誰だっけ? そうだ! ヨハネさんとその息子なのだ。まあ、皆、王位継承的には、駄目だけど。そうなると、僕なのか?



「一位ではない気がするけどね……。で、どうするの?」


「は?」


「いや、僕とヤルスロフ2世さんと、パウロさんだけじゃなくて、他の大臣方もいるんでしょ?」


「はい」


「で、どうするの?」


「え〜と。ここにボルタリア臨時政府を立ち上げまして……」


「うん」


「ここから、ボルタリア諸侯に号令ごうれいを発します」


「そう。で、戦うの?」


「そうですね~。あちらが、戦うというのであれば……」


「ふ〜ん。で、どうやって戦うの?」


「それは、閣下が考えてください。我々には、とても無理です」


「そうそう」


 ヤルスロフ2世さんの言葉に、パウロさんがうなずく。



 えっ! 僕を誘拐して、戦いは、僕まかせ? う〜ん、まあ、良いか~。



 ヤルスロフ2世さんが、僕の目の前に自領やその周辺の地図を出す。


「味方ですが。諸侯の半数は、こちらに助力じょりょくしてくれるそうです。それに、チルドア候も、ウリンスク諸侯の皆さんも。さすがにマリビア辺境伯は、だいそれた事をおかした事もあり、王家の味方を、せざるおえないようですが」


「そう」


 おおよそボルタリア王国を半分に割っての、戦いになりそうだった。そうなると、真正面から戦えば大きな被害が出る可能性が高い。


 なので、出来れば戦いにしたくなかった。さて、どうするか?



 僕は、ヤルスロフ2世さんが置いた、地図に目を通す。


 ここボルーツは、ヴェルダから西にあり、ヴェルダにも流れるモルヴィウ川に流れ込む、モルヴィウ川の支流バルンカ川が流れていた。


 僕は、バルンカ川を地図で辿さかのぼる。そのバルンカ川は、ヴェルダの南でモルヴィウ川から分かれ西に走り、ボルーツの近くで南西へと流れを変えている。


 そして、僕は、2ヶ所に目をつける。


「ここって、どうなってんの?」


 それは、ボルーツから半日程、離れた場所だった。バルンカ川は二股ふたまたに分かれ、そして、すぐに合流していて、中洲となっていた。


「え〜と、さすがに分かりませんが。かしこまりました。今から、どんな土地なのか見てこさせます」


「そう? じゃあ、お願い」


「はい、かしこまりました」


 ヤルスロフ2世さんが、人を呼び指示をだす。その間も、僕は地図に目を落としていた。



「で、ここは?」


 僕が再び指を指す。そこは、ボルーツの街から北東の郊外だった。


「ここですか? 橋がある以外、何もない場所ですが?」


 ヤルスロフ2世さんは、首を傾げるが、僕にとっては良い場所に思えた。



 その場所で、バルンカ川は二股に分かれている。だが、今度は合流することなく、そのまま二つの川としてそれぞれの方向に、流れて行く。


 だが、問題はそこではない。バルンカ川が、二つに分かれ川幅かわはばが狭くなり、そこに、石橋が作られているのだ、ボルタリアの石橋は、かなり強固きょうこだ。



「近いし、とりあえず見に行こうか」


「かしこまりました、すぐに用意させます」


「うん、よろしく」





 僕達は、川と川に挟まれた草原に立っていた。前方から、バルンカ川が流れてきて、左右に分かれ、後方へと去っていく。


 そして、左右に分かれたそれぞれの川に石橋がかかり、今立っている草原へと続いていた。


 だが、何でこんな所に石橋を作ったのだろうか?



 僕は、後方を振り返る。少し遠いがボルーツの街が見え、そして、左右の川を渡る渡し舟に乗った人々の姿が見えた。どうやら、ボルーツの街に入るには、渡し舟に乗るのが一般的なようだった。



「何で、こんな所にこんな立派な石橋があるんだろ?」


 僕が、つぶやくと、ヤルスロフ2世さんが、


「何でも、ヴェルダに石橋が建設された時に、わたしの先祖がうらやましくなって作らせたそうですよ。ただ、予算の関係上ここになったそうですが……」


「ふ〜ん。お金の無駄遣むだづかいだね」


「いや、全くその通りでして、面目めんもくもありません」


 ヤルスロフ2世さんが、頭をかきつつ恥ずかしそうに言うが、パウロさんが。


「ですけど、グーテルさんは、それを有効活用するんでしょ」


「えっ」


 ヤルスロフ2世さんが、驚いた顔をして、僕を見る。


「うん」


「わあ、悪そうな顔……。じゃないな、面白いおもちゃを見つけた子供の顔かな?」


 パウロさんが、僕の顔を見て言う。



 さあ、では、始めましょうか。僕は、早速、人を集め指示をだす。





「フルーラ、アンディ、ガルプハルト、何か言う事は?」


「えっ? え〜と。何っすか?」


 アンディが、おろおろと返事する。


 だが、フルーラは、堂々と言い放つ。


「エリサリス様が、グーテル様を連れ出して、ここに行くと。そう言ったからです」


「えっ。え〜と、フルーラは僕の家臣だと思うんだけど……」


「はい、その通りです」


「じゃあ、僕の言う事を……」


「軍事面、政治の面ではそうですが、家の事は、エリサリス様を優先させて頂きます!」


「はあ。なるほど」


 僕は、そう言われればそうか~。と思う。


「ガハハハ! 確かにフルーラの言う通りですな~。ガハハハ」


「ふん」


 僕が、いじけると皆が笑い始めた。


「ガハハハ」


「ハハハハハ」


「笑い過ぎだよ。それよりも、カッツェシュテルンでしばらく呑めないね〜、ガルプハルト」


「そうですな~。まあ、グーテル様が、さらっと戦いを終わらせて下されば」


「う〜ん、難しいね〜」


「えっ、グーテル様が、苦戦されそうなんですか?」


「いやっ、ただ……」


「ただ?」


「あまり戦いに発展させたくないからね。多分、長期戦になると思うよ」


「そうですか……。だったら、マスターをまた、誘拐してきますか?」


「ハハハ、良いね~」


 それを聞いていたのか、エリスちゃんが近づいてくる。


「グーテルさん、止めてくださいよ。冗談ですよね?」


「うん? だって、エリスちゃんも会いたくない?」


「それは……。って、止めてくださいね。絶対ですよ!」


「は〜い」


「返事は短く!」


「はい」





 その夜、僕は2通の書状を書く。一つは、叔父様宛おじさまあての書状だった。


 僕は、正直にヒンギル従兄さんを国王としてもり立てて行くつもりだったが、他の大臣達にかつがれて、ヒンギル従兄さんに敵対することになった。と書いた。


 さて、これをどうとるかは、叔父様次第だった。



 そして、もう一つは、トンダル宛の書状だった。川を使った補給路の確保の要請だった。


 ヒンギルと、トンダルは兄弟だ。フランベルク辺境伯領は、ヴィナール公国と敵対しても、トンダルは、表向きは、ヒンギル従兄さんと戦いたくないだろうと、補給の手助けだけをお願いしたのだ。



 さあ、後は、待つだけだ。

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