第104話 揺れ動くボルタリア②
国王陛下が出兵し、王都ヴェルダは静かになった。と、すればやる事は一つ。
僕は、パウロさんに声をかける。
「少し早いけど、カッツェシュテルン行こうか?」
「そうですね。行きましょう」
僕達は、アンディや、護衛騎士に合流し、ヴェルダ城から、城下町に下る急な石段を下る。
「マスター、来たよ~」
「どうもです」
僕とパウロさん、アンディが、カッツェシュテルンに入り、マスターに声をかける。
マスターは、忙しそうに動き回っていた。それはそうだろう。開店時間までは、まだ時間があった。
「殿下、パウロさん、アンディさん、いらっしゃい。まだ、仕込み中なので、ビール注ぐんで、少し飲んで待っていてもらって、良いですか?」
「良いよ」
僕達は、そう言いつつカウンターに座り、店の奥を見る。すると、そこには、Heute gechartertと書いてあった。本日貸し切りという感じだろう。
「あれっ、今日貸し切りだった?」
すると、マスターは顔を上げ、こちらを見る。
「いえ、カウンター席は、大丈夫ですよ。奥のテーブル席で、人が集まって結婚のお祝いするんだそうですよ。今、その仕込みで忙しくて」
「へ〜」
忙しく動き回る、マスターや、雇われた料理人さん。そして、女性の給仕さんが、僕達の目の前にビールを置く。もちろん、冷えたピルスナーだった。
「はいどうぞ、殿下、パウロさん、アンディさん」
「ありがとう〜」
「じゃあ、乾杯!」
「乾杯!」
僕とパウロさんは、ジョッキを合わせ、ビールを飲む。
うん、美味しい〜!
店の中に、良い香りがただよっていた。今日は、どんな料理が出るのだろうか?
店がオープン時間をむかえ扉が開き、常連客さんが入ってきた。
ガルプハルトに、オーソンさん、そしてミューツルさん。そして、最近良く来る方でペットルさんと、バーラさん。良くお二人で来るが、夫婦ではないらしい。ペットルさんは、けっこう年配の男性で、バーラさんは、若い女性だった。どういう関係なんだろ?
ミューツルさんの大声が響く。
「ビールちょうだい! キンキンに冷えたやつね!」
皆が、それぞれの飲み物を受け取ると、飲み始めた。
オーソンさんが、僕の隣で、ぼそっとつぶやく。
「陛下は、マリビア辺境伯領に入りました」
「そう、ありがとう」
すると、今度はガルプハルトが。
「今回は、暇ですな~」
先に出兵してから、5年の月日が経っていた。ガルプハルトは、その事も含めて言っているのだろうか?
いやっ、違うな。純粋にヴェルダの守備だけって仕事が、暇なのだろう。
「暇な事は、良い事だよ」
「まあ、そうですが……」
「それに何かあったら、動いてもらう事もあるから、準備だけはしておいてね」
「かしこまりました」
なんて話していると、マスターが、
「はい、お待ちどう様」
そう言うと、僕達の目の前に料理が置かれる。
「はい、キャロットグラッセね〜」
すると、ガルプハルトが、
「えっ、ニンジン? 俺、馬じゃないんだけどな~」
「あれっ? ガルプハルトさん、ニンジン嫌いでした?」
「いやっ、嫌いってほどじゃないけど、ほらっ、こう、がつっとしたものを食べたいというか」
「後で出しますから、とりあえず食べてくださいよ」
「ああ」
ガルプハルトは、不満そうに食べ始めた。僕も、キャロットグラッセを食べる。
グラッセは、バター煮といえば良いのだろうか? ランド王国の料理で、バターを加えた煮汁で茹でる料理だ。マロングラッセは、それにさらに糖衣を施すが、このキャロットグラッセは、バター煮して、さらにバーニャカウダソースが、かけられていた。
バーニャカウダは、ダリア地方北部の郷土料理だ。そのバーニャカウダのソースは、オリーブ油に、ニンニクとアンチョビを加えて作るのだそうだ。
僕は、キャロットグラッセを切って、口に運ぶ。一口噛むと、ニンジンの甘みが口の中にジワッと広がる。そこに、しっかりとしたバーニャカウダソース。ニンジンの旨味を増して、ベストマッチだった。
「うん、美味しいね」
「ありがとうございます。殿下は、絶対そう言って下さると思ったんですよ」
「確かに美味しいです」
「本当だね」
「美味しいですわ」
オーソンさんと、パウロさん、バーラさんが続く。そして、
「まあまあだね」
「まあまあじゃね」
ミューツルさんと、ペットルさんの声が重なる。バーラさんの顔が、少しくもる。
「余計なこと言うなよ、ハゲ」
「お前も言っただろうがよ」
「俺は、言いの。長年の常連だから。ね〜、マスター」
マスターは、完全無視。
「はんっ、無視されてやんの」
「あっ?」
ミューツルさんが立ち上がり、ペットルさんも立ち上がる。
「ガルプハルト!」
「はい!」
僕が、ガルプハルトに声をかけると、
「うっ」
二人は、ガルプハルトを見て、大人しく座る。
と、ここで。扉が開き。ゾロゾロと着飾った人々が入ってくる。
「すみません、予約の……」
「はい、お待ちしておりました。どうぞ奥へ」
どうやら、奥の貸し切りの方々のようだった。20人くらいの男女が奥のテーブル席につく。
「けっ、結婚なんて人生の墓場だぜ」
「まったくだね」
「貴様ら、そう言う事を言うな」
ガルプハルトの突っ込みも入るが、今度はペットルさんと、ミューツルさんの意見が合う。というか、さっきも意見合ってたか。同類?
そして、チラッとバーラさんを見るが、特段反応していない。というか、いつの間にかアンディが隣にいて、話している。こらっ、アンディ結婚してるだろ!
「はい、次はカブのホワイトソースね~」
「だから、ガッツリしたものをって、マスタ〜!」
マスターが、次の料理を出すと、ガルプハルトが再び文句を言う。
「申し訳ありません。ですが、奥の方々の注文で、前半は美味しい野菜をってことなんですよ。後半は、期待してください」
「じゃあ、俺は、ビールだけ飲んでるよ」
「じゃあ、俺も〜」
「私も同じくです」
ガルプハルトの言葉に、ミューツルさん、そして、ペットルさんも同調する。
僕の前に、料理が置かれる。それは、白い雪玉のようだった。
「カブなの?」
「そうですよ。ホワイトソースがかかってますが、中にはスープで炊いたカブが入ってますよ。柔らかいですよ〜」
「へ〜」
僕は、カブを切ってホワイトソースをつけて、口に入れる。ジュワとスープが口の中に流れ出す。トロットロのカブから、溢れ出るカブの旨味と、濃厚なホワイトソース。これ大好きだ。
これだと、カブのホワイトシチューも良いな~。きっと。
「マスター、これ良い。うん、美味しいよ〜」
「ありがとうございます」
オーソンさん、パウロさん、バーラさん、そして、アンディも気に入ったようだった。
「美味しいですわ~」
「ですな」
「ですね~」
うん、野菜シリーズ美味しいね~。次は、何だろ?
すると、マスターが
「次は、トルティージャね」
「トルティージャ?」
「そう、まあエスパルダ風オムレツってところですかね?」
マスターは、大きな皿に大きな卵焼きを抱えていた。それを切って出すようだった。卵焼きからは、湯気が立っていた。
ジャガイモ、タマネギ、ホウレンソウ、ベーコンを炒め、塩で味付けをした卵に混ぜ、フライパンで焼く。そして、フライパンの丸い形のまま焼き上げるのだそうだ。
これぞ
「皆さん、食べますか?」
「良いね~。ビールで、卵焼き最高じゃん」
「馬鹿か。卵焼きじゃねえよ、オムレツだ」
「どっちだって良いじゃねえか、ハゲ」
「貴様、ハゲって言うな!」
「ハゲにハゲって言って、何がわりぃんだよ」
「うるせえ〜」
間に挟まれた、ガルプハルトが迷惑そうな顔をして、二人を引き離す。
僕は、トルティージャを切って口に入れる。ベーコンの旨味が染み込んだホワホワの卵焼き。そして、ジャガイモ、玉ねぎ、ほうれん草の味と食感に、それぞれの味わいが口の中に広がる。う〜ん、最高。
すると、パウロさんが、
「美味しいですね~マスターの料理、やっぱり最高ですね」
「ありがとうございます。パウロさん、こういうのがお好きですか?」
「そうですね、確かに」
「良かったです」
僕も、便乗する。
「うん、本当に美味しいですね~」
これに関しては、皆が、料理を褒める。用意したトルティージャが、一瞬で無くなった。
「最初から、こういうのを出していれば良いんだよ」
ハゲが、ほざき始め……。じゃなくて、ペットルさんが、ほざき……。じゃなくて、まあ、良いや。
「ふん、味が分からない人間は、やだねえ」
ミューツルさんが、また、事を荒立てる事を言う。が、ガルプハルトに止められる。
「貴様ら、少し黙れ!」
二人は、
と、隣に座っていたパウロさんが、話しかけてきた。
「そう言えば、国王、今どこら辺なんですかね?」
「パウロさん、国王陛下か陛下だよ。まあ、良いや。今、マリビア辺境伯領に入ったみたいだよ」
「そうですか。しかし、なぜ国王は、ワーテルランドで
「ん? それは、デーツマン2世さんが、陛下の
「デーツマン2世ですか。親とは、随分違いますね」
ん? それはどうだろうか? デーツマンさんも、プライドは高かった。それを最初にへし折っておいたから、あんな忠実な方になったのかもしれない。
「似たようなものかもしれないけど。まあ、能力はあるから自信は持って良いけど。
人のやれる事には限界がある、だから、協力して行うのだ。僕なんか、ほとんど人任せだ。僕は指示するだけ。やれる人を的確に配置して、指示すればスムーズに事は運ぶのだ。
「その無駄な自意識のせいで、
「まあね。デーツマン2世さんは、前回の出兵と同じ事をして陛下の評判を、しいては、自分の評価を高めたいんだよ、世間にね」
「ふん、グーテルさんに並ぶですか? 無理ですね」
「僕は、そんな
「分かってないな~、グーテルさんは。自分の存在がボルタリアにとって、どういうものなのか」
「ボルタリアにとって? ただの、グータラ閣下じゃない?」
「はあ~」
何故か、パウロさんがため息をついた。
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