第103話 揺れ動くボルタリア①

「引き続きクッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン卿に、外交権、内政権、軍事権を貸与たいよ致す。後見人こうけんにんとして働いてもらいたい」


「えっ?」


「どうした?」


「いえ、大変失礼致しました。このグーテルハウゼン、喜んで陛下の御為おんためはげませて頂きます」


「うん。よろしく頼む」


 あ〜あ。引き続きか~。



 1300年の秋、ボルタリア王国国王ヴェーラフツ3世は、16歳になった。


 成人年齢は21歳と言われている、後見人なしで対外的にも全権の国王として、君臨くんりん出来る年齢だ。


 しかし、16歳になると後見人はいるものの、国王として政治の表舞台にはたてるのだが、引き続き僕が表舞台に立つようだ。外交権、内政権、軍事権の全権ぜんけんを貸与され、再び委任されたのだった。何でだろ?


 面倒くさ……。光栄な事だ。



 国王ヴェーラフツ3世のかたわらには、王太后おうたいごうレイチェルさんと共に、侍従長じじゅうちょうとなったデーツマン2世さんがいた。少し前に、内務大臣の職をし、わざわざ、国王陛下の侍従長となったのだ。


 先代のデーツマンさんや、ヤルスロフさんが激しく反対したが、デーツマン2世さんはかたくなだった。



 頭が切れ、能力にすぐれ、プライドがに高いデーツマン2世さん。僕の下で、あるいは、ヤルスロフ2世さんと、立場を同じくして働くのが嫌だったようで、国王の侍従長となった。


 国王の侍従長として、国王陛下の意見として自分の意見を取り入れて命令するのか? とも思ったが、国王陛下は仕事する気は無いようだった。はて?



 そして、内務大臣が居なくなって困るか? と思ったが、そんな事も無く。



「国王は、何て言ってました?」


「いや、パウロさん。一応、国王陛下とお呼び下さいよ。一応」


 僕の執務室で待っていた、ヤルスロフ2世さんと、パウロさんが不敬ふけいな事を言う。まあ、どうでも良いが。



 パウロさんは、ヴェルダ大司教となっていて、さらに寄付を受け、小さいながらも土地持ちとなり、聖界諸侯せいかいしょこうとなっていた。そこで、内務大臣になってもらったのだった。パウロさんは、的確に仕事をこなし、効率良く働いてくれていた。


 入ってきた仕事をいちいち大袈裟おおげさにして、ねくり回すデーツマン2世さんより仕事は早かった。



 そして、ヤルスロフ2世さんは、お父さんと同じく穏やかで優しい感じの人だ。外交には、向いている。やや皮肉屋ひにくやで、したたかなところがあって、僕的には最高の人材だった。



「そのまま後見人として、僕が全権を掌握するそうです」


「そうですか。それは重畳ちょうじょうです」


 とヤルスロフ2世さん。


「本当に、デーツマンさんの事があったから心配してましたよ」


 とパウロさん。


「だね。まあ、今後とも宜しくお願いいたします」


「はい」





 そして、翌、1301年。僕は32歳になっていた。僕は、さすがに違和感あるか~。でも、俺っていう感じではないし、私だと、かたっ苦しいし。自分。不器用っすって感じでもないし。まあ、僕で良いか?



 エリスちゃんは34歳。長女のセーラちゃんは9歳、長男のジークも7歳、そして、次女のマリーちゃんは4歳。次男のシュテフも3歳になっていた。僕は、4人の子持ちだった。まあ、この時代としては多く無いが、少なくも無い。


 そう言えば、トンダルのところも、子供が産まれた。まだ1歳になっていないが、可愛かわいかった。それと、本人は言っていないから分からないけど、子供は、叔父様の意向いこうによるものらしい。



 長男のヒンギル従兄にいさんのところは、奥さんもいないし、何故なぜか再婚もしない。カールのところは、何故か子供が夭折ようせつしてしまう。さらに、四男のオルセン君は、ミューゼン公の娘さんと結婚したばかり。まだ、子供はいなかった。それに対して、叔父様は不安を感じたようだった。


 まあ、大変だよね。子だくさんの叔父様、叔母様からしたら、不安なのだろう。この時代、病気や怪我での死亡率は高い。その為に、高位の貴族は、多くの子供を産み育て家を繁栄させる必要があるのだ。そのくせ、三男、四男とかは教会に入れるのにね。まあ、長男、次男が亡くなって、還俗げんぞくする方々も多いけど。



 その1301年の夏だった。僕は、国王陛下から呼び出された。


「グーテルハウゼン卿、余は、ワーテルランド王国にて、戴冠式たいかんしきを行う事にした。母上の母国ぼこくだ。是非とも、一度訪れたいのだ」


 えっ! ワーテルランド王国へ? いや、ちょっと、待ってくれ。


「それは、お待ち下さい」


「ん? グーテルハウゼン卿は、反対か?」


 そう言いながら、ボルタリア国王ヴェーラフツ3世は、横を向く。そこには、侍従長であるデーツマン2世さんがいた。


「グーテルハウゼン卿の心配は当然です。しかし、今こそ陛下の御威光ごいこうを、ワーテルランド王国に響かせる時なのです」


「だそうじゃが、いかがかな?」


 僕は、チラッと玉座ぎょくざの横に座る王太后レイチェルさんを見る。その顔は、迷惑そうな顔だった。レイチェルさんも、反対なのだろう。


「反対というわけではありませんが、時期が悪いかと」



 そう、ワーテルランド王国は、いまだ動乱の真っ最中だった。講和したはずなのに、1299年にクロヴィス公バルデヤフさんは、クワトワ公エンラート3世さん、タヴォル公コルト1世さん、そして、ウリンスク諸侯さん達の同盟軍に破れ、国外逃亡し、クワトワ公エンラート3世さんの勢力が、一時的に一気に増大した。この時なら良かった。


 しかし、バルデヤフさんが国外に亡命すると、エンラート3世さんは、コルト1世さんや、ワルツロフ司教ルーミカさん、そして自分の弟であるジャガン公ロンラート2世さんと戦い始め、さらに、ワーテルランド王国は混乱し、バルデヤフさんは、ルーシュ公国の助力もあって、ワーテルランド王国に復帰した。まだ、この時なら良かった。


 そして、バルデヤフさんは、ルーシュ公国、そして、プールセン傭兵ようへい騎士団と同盟し、一気に勢力を挽回ばんかいしていた。これに対して、エンラート3世さんは、ボルタリア王国に援軍を求めていたが、僕は、それを拒否していた。


 わざわざ、他国の戦いに首を突っ込む事ではないし。バルデヤフさんの勢いが強すぎて、今は戦うべきではない。と思ったのと、ウリンスク諸侯も、ルーミカさん達も、動いていないのも理由だった。むしろ、反エンラート3世勢力として動いていた。



「ですが、グーテルハウゼン卿。時期が悪いというが、向こうが援軍を求めているのだ。少なくとも、ワーテルランド王国国王であるヴェーラフツ3世陛下が、ワーテルランド王国の動乱を治める為に動くのは自然な事であろう」



 デーツマン2世さんが言う。まあ、その通りではあるよな。


 だけど、エンラート3世さんは、どうも信用出来ない。会議でバルデヤフさんと境界線を決めたのに、コルト1世さんや、ルーミカさん達と和睦わぼくすると、今度は同盟してバルデヤフさんを攻撃。


 バルデヤフさんが、居なくなると、再び、コルト1世さんや、ルーミカさん達と争う。そして、弟が離反りはん


 そして、バルデヤフさんが戻ってきたら、ボルタリア王国を頼る。これで、どう信じろというのだろうか?


 ボルタリア王国も、良いように利用されるだけだと思うのだが。



「陛下が、出兵を望むのなら、止めはいたしません。しかし、くれぐれも慎重にお願いいたします」


「ハハハハハ、グーテルハウゼン卿は心配症ですな~。ボルタリア王国軍が動くのです。何の心配もいりますまい。いかがでしょう、陛下?」


「ああ、大軍で行くのだ。グーテルハウゼン卿は、心配せずヴァルダにて、ボルタリア王国の統治をしていて欲しい」


「はい、かしこまりました」


 こうして、ボルタリア王国の第二次ワーテルランド遠征が決まった。



 僕は、ボルタリア王国の国内諸侯、そして、チルドア候ヤンさんや、マリビア辺境伯リンジフさん、ウリンスク諸侯にも招集をかけた。再び大軍が集結する事になった。


 ヤルスロフ2世さんには、先にワーテルランド王国に入ってもらい。軍務大臣デコイラン2世さんには、陛下に同行してもらう事にした。もちろん、王太后レイチェルさんも行くようだ。



 今回は、僕と、パウロさんや、残りの大臣がお留守番だった。そして、ガルプハルト率いる第三師団が、ヴァルダの守備を担当し、第一師団が出兵する。そして、その第一師団の師団長は、フェルマンさんだった。



 フェルマンさんは、出兵前に、僕に面会を求めてきたのだった。


「この度の戦い、如何いかがして戦えばよろしいでしょうか?」


「如何してか〜」


 僕は、ちょっと考える。


「戦いには、ならないと思うよ」


「へっ?」


 だって、27000という数の大軍だ。ワーテルランド王国の全軍にも匹敵ひってきする数だ。そんな相手に、戦いをいどんだりしないだろう。そして、エンラート3世さんのねらいもボルタリア王国の大軍を背景に、講和に持ち込む事だと思う。


 だから、戦う事はない。と思うんだけど。どう?



「まあ、だけど。誰がどう動くか詳細しょうさいは分からない。不意討ふいうちとか、夜襲とか、暗殺とか。くれぐれも注意してね」


「かしこまりました」


 暗殺とかか〜。それは無いよな。同じ手を二度は使ってこないだろう。誰かさんもね。誰かさんて誰だろ?



 ヴェーラフツ3世の初の外征がいせいに、ヴェルダの人々は沿道に集まり、ヴェルダ城を出た軍勢を見送り手を振る。大勢の群衆を前に意気揚々いきようようと進むヴェーラフツ3世陛下と、デーツマン2世さん。そして、引きった笑顔を浮かべ、群衆に応えるレイチェルさん。



「なぜ、止めてくれなかったのですか?」


 レイチェルさんは、少し怒ったような口調で、話す。


 僕は、国王陛下に呼び出された翌日、あらためて、レイチェルさんに呼び出されたのだった。


「と申されましても、誰が考えついたとしても、陛下のご希望であり、しかも正論で返されては、どうしようもありません」


 まあ、僕はワーテルランド王国に行って痛い目を見れば良いと、考えていたわけではない。決してない。多分。


「そうですか……。グーテルハウゼン卿なら、何とか言いくるめられると思ったのですがね」


「買いかぶりですよ」


「そうですか? まあ、良いでしょう。しかし、デーツマン2世卿にも困ったものです。物知りで、知恵も優れていて、そして、顔も良く。独身になられましたし……」


「はい?」


「オホン! いえ、そこは、どうでも良いのですが……」


「はあ?」


「とにかく、陛下を変な方にあおるのは、やめて頂きたいのですよ」


「そうですね。ですが、デーツマン2世卿は、侍従長。私には、手の出しようがないのですが」


「そうですか。ですが、ボルタリア王国を10年以上統治していたのは、クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン卿。貴方なのですから、もっと強く出て良いと思いますよ」


「そうですか……。では、次回から、ちゃんとします」


「次回から……。分かりました、よろしくお願いいたしますね」


「はい、かしこまりました」

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