第102話 閑話 それぞれの幕引き

「えっ、なんで?」


「さすがに、我々も良い年齢です。息子に役目を譲って、悠々自適ゆうゆうじてきの生活をしたいのです」


「え〜。ヤルスロフさんと、デーツマンさん、居なくなると困るんだけど」


「いえっ、息子達は長い間、私達の仕事をそばで見ております。閣下に迷惑かけないようには、鍛え上げているつもりです」


「そう?」


「はい」


「じゃあ、良いけど。二人一緒じゃないと駄目?」


「はい、我々は、色々と言われております。どちらか一方が辞めれば、らぬ下衆げすかんぐりが入るかもしれません」


「確かに、そうだね。分かったよ。じゃあ、今までご苦労様でした」


「いえっ、今すぐ辞めるわけではないのですが……」


「春までは、仕事させてください」


「そうだっけ? じゃあ、それまではよろしく」


「はい」



 外務大臣でありボルーツ伯であるヤルスロフさんと、内務大臣でありロウジック伯であるデーツマンさんが息子への代替わりを望んできた。


 優秀なお二方であるが、結構良い年齢なのだ、致し方ないだろう。そして、さらに軍務大臣であるデコイランさんも引退。ボルタリア王国は、一気に代替わりを迎えたようだ。



 まあ、ボルタリア国内は安定しているし、よい機会なのかもしれないな。まあ、世代交替と言っても、僕よりは年上だ。それに、確かにそれぞれの側で、それぞれの働きを見ている。まあ、問題無いだろうな~。


 後は、実力だが、マインハウス神聖国はじめ、家柄いえがら至上主義の国が、ほとんどだ。まあ、しょうがないだろう。


 だが、実力ないなら大臣など、やらせるわけにはいかない。容赦ようしゃなく辞めてもらおう。じゃないと、僕がらく出来な……。じゃなくて、大変になる。ある程度、家柄も大切なのかもしれないが、必要なのは実力なのだ。頑張ってもらいたいものだ。





 僕達が、ボルタリアに帰国してしばらく経つと、リチャードさんがドレーゼンの街にきたとの情報が入る。



「じゃあ、行こうか?」


「どこへですか?」


 エリスちゃんが、僕に聞いてきた。


「どこって、リチャードさんの所だよ」


「そうですか……。子供達、どうしましょう?」


「う〜ん、連れて行っても良いんじゃない? 乳母うばの方々にも、付いて来てもらってさ」


「そうですね。では、行きましょうか」


「うん、行こうか」



 僕達は、準備を整えると、出発したのだった。今回は子供達もいるので、川を船で行こうと思う。


 モラヴィウ川に浮かぶ川船に乗り、川を下るのだ。



 フルーラ、アンディに代表される護衛騎士さん達や、身の回りの世話をしてくれる、執事しつじさん達や、使用人さん達。さらに、料理人さんや、給仕きゅうじさん達。およそ100人近い人達が、船に乗り込んだ。



 子供達は、流れ行く景色が珍しいのか、甲板かんぱんに出て、お付きの方々と共に景色を眺めていた。



 まあ、そうだよね~。外出と言っても、クッテンベルク宮殿の中庭や、ヴェルダ城の中を歩くぐらいで、その外に出る事はほとんどなかった。比較的治安の良いヴェルダの街だが、何か起こるか分からないから、自由に歩き回る事は出来ない。



 昔、僕は自由に外出していたが、ここは、ハウルホーフェ公国とは違うのだ。だから、本当に珍しいのだろう。きずに景色を眺めていた。


 僕とエリスちゃんは、部屋でのんびりしつつ、時々景色を眺める。



 船はひたすら北上する。モルヴィウ川は、ボルタリアのムニューク付近でデルヴェ川と合流し、デルヴェ川としてフランベルク辺境伯領を流れる。


 デルヴェ川自体の源流げんりゅうは、ヴェルダの東、ワーテルランド王国に近いズベーレン山地に、その源流があった。



 デルヴェ川を下り、2日程で立派な船着き場に到着した。船着き場から石段を登ると、直接、宮殿の入口となっており、綺麗な装飾そうしょくのされた灰色の屋根と、あわい黄色の外壁がいへきの美しい建物が見えた。ピウニッツ宮殿に、到着したのだった。



 僕達は案内されて、シンメトリーの美しい中庭や建物を見つつ、回廊かいろうを進み、奥の建物へとやってくる。



 すると、回廊の出口に、リチャードさんと、マルグリットさんが、待ち構えていた。


「リチャード様、お初にお目にかかります」


「お〜、セーラさんでしたかな? お初にお目にかかります」


 う〜ん、女の子は年齢よりも、ませているな~。おしゃまさんって言うのだろうか? ダンディなリチャードさんを前に、セーラちゃんは、しっかりと挨拶をしている。



 そして、挨拶がすむと、マルグリットさんやエリスちゃんや子供達は、奥の方へと向かっていった。



 僕は、リチャードさんと部屋に入り、フルーラや、アンディは前回と同じように、部屋でお菓子を食べ始めた。



「しかし、リチャードさんも、大変でしたね~」


「うん? ああ、ちょうど隠居いんきょの時期を、考えていたのだ。よい機会だ」


「そうですか。しかし、3歳の子供が、跡取あととりですか?」


「そう言うな。我が、唯一の男子の孫なのだ。それに、トンダルがいる」


「確かにそうですが。だったら、トンダルに継がせても」


「う〜ん、それは面白くないからな。ヴィナール公の思惑おもわくどおりというのは、気にくわん」


「まあ、そうですね」



 今回は、リチャードさんも隠居したからか、ワインをお互い飲みながら話となっていた。この辺りの白ワインだろう。キリッとしているが、華やかな味だ。うん、美味しい。



「ところで、トンダルにも聞いたが、バラミュル2世の暗殺について、詳しく聞いたそうだな」


「ええ。まあ」


「で、実際のところ、どう思う?」


「え〜と?」


「黒幕は、誰かという事だよ」


「黒幕ですか〜。分かりません」


「そうか。トンダルは、クロヴィス公バルデヤフではないかと言っていたが」


「う〜ん、どうでしょう? 会った時は、そんな事をやる人には見えませんでしたけど」


「そうか。という事は分からずじまいか」


「はい。ですが……」


「?」


「暗殺なんて手段を用いるのが、騎士らしくないと思って……」


「ああ、そうだな。騎士道に反する行いだな。確かに」


「はい。それで、ヴィナール公国の動きに興味があって……」


「ほ〜。どうだったんだ?」


「それが、まるっきり動きが無かったんですよ。それは、静かなもんでした」


「そうか、それが何かあるのか? 静かなら良い事ではないのか?」


「叔父様の事です。他国でも何かあったら、首を突っ込みたくなるのが、普通ですよ。だけど、まるっきり反応をしめさず」


「そうか……。グーテル君は、ヴィナール公国が、関わっていると思っているのかな?」


「いやっ、さすがにそれは……。暗殺なんて、叔父様の趣味じゃないですし」


「そうか……。では、どういう事なのだ?」


「う〜ん、少なくとも、自分達の目的が達成される事は知っていた。それが、バラミュル2世の暗殺なのか、それ以外なのかは、分かりませんが……」


「ふむ」


 リチャードさんは、腕を組み考え込んでしまった。


 僕の頭の中に、一人の人物の顔が浮かんでいた。しかし、そこまでするかな~? それに、証拠はない。


 少なくとも、ヤコブなる人物の足跡は、ヴィナール公国にはないし、叔父様周辺で、家臣の移動もない。気にし過ぎだろうか?



「やめだ、考えても分からん!」


「そうですね。ところで、リチャードさんは、今後どうするつもり何ですか?」


「どうするとは?」


「リチャードさんが、ただ隠居するというのは……」


「フッフッフッ。ただ隠居するぞ。後は、知らん」


「えっ?」


「充分に、フランベルクにはくした。後は、トンダル達に任せる」


「そうですか……」


「新しい風が必要なのだ。フランベルクにも、マインハウスにもな」


「そういうもんですかね~」


「そうだ」



 その後は、リチャードさんと他愛ない話をしつつ、飲み。そして、家族を交えて食事会を行った。楽しかった〜。この後も、近くにいるリチャードさんとお互いに、行き来し、楽しい交流をした。



 そして……。





 元フランベルク辺境伯リチャードは、ドレーゼンにあるピウニッツ宮殿で、短い隠居生活を過ごし、眠るように亡くなったという。1298年リチャード63歳の事だった。


 巨星墜きょせいおつ。時代は、再び激しく動き始めた。

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