第91話 グータラ宰相の優雅?な一日②

 僕が出した2通の書状によって、銀の価格高騰かかくこうとうは、早期におさまることとなった。



 フッカー家への書状には、丁寧に改善策のアドバイスに、専門家の派遣についても書いた。


 そして、叔父様の方には、フッカー家の銀鉱山の鉱夫、銀の精錬せいれん職人さんの扱いに対する非難を、強い口調で書いた。



 叔父様は、チルト伯領に強い関係を持っていた。叔母様が、チルト伯家の出身なのだ。チルト伯家は、フッカー家がもたらす富で繁栄はんえいしている。そして、帝国自由都市の自治権の拡大、フッカー家への採掘権さいくつけん譲渡じょうとなどからして、叔父様とフッカー家は強い結びつきがあると考えたのだ。



 フッカー家は、叔父様に鉱夫さんや、職人さんのボイコットの件を、隠しているだろう。それを教えてあげれば叔父様は激怒して、フッカー家に対して怒りを向けるだろう。慌てたフッカー家は、僕の言葉に飛びつく、そして、採掘開始。


 まあ、そんな感じだった。



 その後は、特に何もなく。のんびりと政務時間は終わった。まあ、何をしていたかは、分かるよね?



 そして、政務時間が終わったら。


「お昼、お昼、美味しいお昼!」


 と、口の中でボソッと歌い、クッテンベルク宮殿へと戻る。





 さて、これから一日で一番しっかりとした食事が出るディナーの時間だった。そして、このディナーの時間は、外交や、家臣との交流の場でもあった。


 というわけで、今日のお客様は。



「グーテルさん、お帰りなさい。お客様がお待ちかねですよ」


「ただいま〜、エリスちゃん。ありがとう。ええと、どちらにおられるかな?」


「書記官長様達は、応接間おうせつまにてお待ちです。もう一方の方は、適当にクッテンベルク宮殿の中を歩いていると、言われて……」


「そう。じゃあ、まずは、応接間だね」


「はい」



 僕と、エリスちゃんは、応接間へと、向かう。



 執事しつじさんが、先回りし、書記官長さん達に僕達の来訪らいほうを告げ、応接間の扉を開ける。



「お久しぶりです、キーガンさん」


「ご無沙汰致しております。宰相閣下」


 そこには、直立不動の帝国書記官長キーガンさんと、そのお仲間さんの計3名が立っていた。


 帝国書記官長キーガンさんは、わざわざ帝都フローデンヒルト・アム・アインからやってきたのだ。



 今日から少し滞在たいざいし、明日から本格的にマインハウス神聖国の件で、話し合いを行うのだ。まあ、今日は、リラックスして、話しましょう。というわけなのだが。どうもかたい。まあ、こういう人なのだろう。



「これは失礼しました。ええと、これなるは、帝国書記官のヴェルナーと、ジョルジュです」


「宰相閣下。お初にお目にかかります。よろしくお願い致します」


「こちらこそよろしく。で、ジョルジュさん?」


 すると、キーガンさんは、僕の疑問の意図に素早く気づく。ヴェルナーは、マインハウスに多い名前だが、ジョルジュという名前は、聞いた事がない。


「ああ、ジョルジュは、ランド王国出身です。ランド王国の政策にも明るく、助かっておりますよ」


「キーガン様、そんな事恐れ多いです」


 ジョルジュさんが、恐縮きょうしゅくしている。


「へ〜」


 って、そうだ! 僕も忘れてた。背後から、強い圧迫感を感じた。


「失礼しました。これは、妻のエリサリスです」


「皆様方、はじめましてクッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンの妻エリサリスです。よろしくお願い致します」


「おお、これはこれは、綺麗きれい奥方様おくがたさまですな。グーテルハウゼン閣下が、うらやましい。私、マインハウス神聖国帝国書記官長キーガンです。よろしくお願い致します」


 ジョルジュさん、ヴェルナーさんも挨拶して、5人で応接間を出てダイニングへと向かう途中で、もう一人のお客さんに出会う。


 また、挨拶合戦が始まる。面倒くさいので、省略。



「さあ、行きましょう」


「はい」


 僕達は、ダイニングに入り席につく。



 ディナーというと、ランド王国の宮廷きゅうていだったら、ランド料理のフルコース。アペリティフに前菜2品、スープにパン、そして魚料理に肉料理、そして、チーズ、そしてデザートとなるのだが、ここは、マインハウス神聖国。さすがにそんな贅沢ぜいたくには、食べない。


 それでも、お酒を飲みつつ前菜、スープとパン、メインディッシュにデザートなんて感じで食べる。まあ、充分だね。



 そして、ここはボルタリア。マインハウス地域よりは、美味しい物が食べられる……。と思う。



 給仕きゅうじさんが、皆に、食前酒をついでまわる。皆が、お酒飲める事は確認済みだった。


「ほお、さすがグーテル様。これは良いスパークリングワインですね」


 パウロさんが、スパークリングワインの香りをいでそう言った。


 そう、もう一人のお客様は、パウロさんだった。フォルト宮中伯家出身のパウロさんは、ミハイルの居心地いごこちが悪かったようで、僕に他の管区かんくの教会への移籍の手伝いを頼んで来たのだが、まあ、とりあえずヴァルダの司教として来てもらったのだ。


 まあ、飲み友達も増えるしね。まあ、それよりもだ。



「この良き日に皆と出会えた事、そして、素晴らしい食事が食べれる事を神に感謝致しましょう。では、乾杯!」


「乾杯!」



 こうして、ディナーは始まった。シェフの工夫で、ランド料理みたいに、一口オードブルが置かれる。シュプーニエのスパークリングワインを飲みつつ、一口オードブルをつまむ。



 小さく焼かれたワッフルの上に、いろんな料理が置かれていた。一つは、鹿肉のタルタル。スパイスと合わせ鹿肉の独特の風味を消しつつ、鹿肉の旨味が美味しかった。


 さらに、人参のマリネ。人参の甘みがオリーブオイルが引き出され。さっぱりと食べれた。


 最後は、チーズリゾット。少量だが、チーズの風味が強く、充分満足出来る味だった。



「いや、さすがグーテル様が言っていただけあって、美味しいですね~」


「良かった、パウロさんに気に入ってもらって」


「うむ、確かに美味しいですな。マインハウス中央域と味付けが、また違いますね」


「そう。キーガンさんは、どっちが好きですか?」


「そうですな~。はっきり言うと、我々の貧乏舌でも、こちらの方が美味しく感じます」


「良かった」


「グーテルさん、あまり無理じいするような事は……」


 エリスちゃんに、注意された。美味しいって強制したかな?


「いえいえ、奥方様。無理に言ってはおりません。本当に美味しいです」


「そうですか、良かったですわ」



 さらに料理は進むのだが、前菜はアスパラガスのバニラオランデーズソースだった。さっぱりとしたホワイトアスパラと違い、強い野菜の味と旨味がある。そして、サクサクとしているものの歯ごたえがあり、それをバニラの味がするオランデーズソースが、優しく包む。


 で、これと合わせるのは。



「皆様、何を飲まれます? このままスパークリングワインでも良いですし、白ワインも冷やしてありますが」


「そうですな~。我々は、旅の疲れもありますので、あまり飲み過ぎてご迷惑かけるのも失礼です。ゆっくりと、このスパークリングワインを飲ませて頂きましょう」


 と、キーガンさん。それに合わせて、部下の方二人は、引きつった笑みを見せる。どうやら飲みたいようだった。


「パウロさんは?」


「私は、白ワインを頂きましょう」


「そうですか、じゃあ、僕も。エリスちゃんは?」


「私は〜、夜も飲むのでしょ? 少し控えておきますわ」


 だそうだ。



 僕と、パウロさんのところに、白ワインが配られる。すると、パウロさんが給仕さんに何やら耳打ちする。すると、ヴェルナーさんと、ジョルジュさんの目の前に少量だが、白ワインが配られる。二人は、不満そうに、それを飲み干す。すると、給仕さんがいっぱいの白ワインを注ぎ、二人は満足気だった。


 白ワインは、最近お気に入りのポルトゥスカレ王国のグリーンワインだ。



「しかし、この2年本当に平和でしたな~。さすが国王陛下と言ったところでしょう」


 そう、確かにマイン平和令の期間、とても平和なマインハウス神聖国だ。まあ、少なくとも表面上は。


「そうですね~。さすが、叔父様の威光いこうが天下に鳴り響き……」


「ぷふっ」


 パウロさんが吹き出すが、慌てて否定する。


「いやっ、これは失礼致しました。ワインがつっかえて。ゴホッゴホッ」


 わざとらしいな~。


 まあ、叔父様の威光云々いこううんぬんは、言い過ぎだったかな?


 その後も少し、この2年についてキーガンさんや、ヴェルナーさん、ジョルジュさんと話す。まあ、特段大きな動きは無かったね。という感じだった。



 と、続いては、オニオンコンソメスープ が出てきた。春取れの玉ねぎのコンソメスープ。たっぷりと柔らかくなった玉ねぎが入り、スープの中に玉ねぎの甘みが広がる。そして、しっかりとしたコンソメの味が、玉ねぎの甘みをくどくさせていない。バランスの取れた美味しいスープだった。


 そして、それに合わせてライ麦と小麦粉のパンが出る。焼き立てのようだった。少しちぎって、バターを少しつけて口に放り込むと、微かな酸味と濃厚な重みのある味が広がる。


 ワインは引き続き、ポルトゥスカレのグリーンワイン。エリスちゃんや、キーガンさんも白ワインを飲み始めた。



「パウロさんは、ボルタリアの生活いかがですか?」


 エリスちゃんが、パウロさんに聞く。


「そうですね。何と言っても、白く繊細せんさいな陶器のような美しい女性達。まあ、マインハウスの女性と違い、ごつく無く。とても美しいですね~」


 この生臭坊主なまぐさぼうず。いきなり、女性の話か?


「え〜と、そういう事ではなく……」


 エリスちゃんが、戸惑いつつ返す。酒場で給仕やっていたくらいだから、こういうのに動じないが、思っていたのと違う答えが返ってきて、戸惑っていた。


「おっと、失礼致しました。奥方様のように綺麗なボルタリアの女性を見て、思わず本音が。そうですね。ボルタリアの国民性なのでしょうか? 最初は、クールでシャイな方々が多くて、教会内でも、自分と関わりたくないのかと思ったのですが、徐々に、慣れてくると基本的に優しく親身しんみになってくれて、居心地が大変良いです」


「そうですか、良かったです」


「それに何より酒場ですね。飲むと皆さん陽気で楽しい人ばかりで」


「そ、そうですか。あまり、飲み過ぎませんようにしませんと」


「はい、ありがとうございます、奥方様」


 そうだよね~。パウロさん、飲むの大好きだから。一回紹介したら、毎日のように、カッツェシュテルンに言っているようだった。


「そうだよ~。飲み過ぎはいけないよ~」


「グーテルさんには言われたく無いって、パウロさん思っていると、思いますよ」


 エリスちゃんに言われて、パウロさんに聞く。


「そう?」


「はい」


 だそうだ。まだまだ、食事会は続く。

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