第90話 グータラ宰相の優雅?な一日①

「いや〜、ねむねむ〜」


「セーラ、そろそろ起きなさい。誰に似たのかしら?」


「いえ、それは一目瞭然いちもくりょうぜんかと」


「そうね」


 クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンの妻エリサリスと、グーテルハウゼンの護衛騎士隊長フルーラは、ベッドで横たわるグーテルハウゼンと、その娘セーラを見下ろしていた。



 エリスは、なかなか起きてこないセーラを起こそうと部屋に行った。しかし、セーラの姿は無く、クッテンベルク宮殿の中を探していたのだが、フルーラが、グーテルを起こそうとしている声を聞き、グーテルの寝室に入ると、グーテルの上ですやすやと眠るセーラを発見したのだった。


 まったく、もう。


「グーテル様、そろそろ起きませんと、政務時間に遅れますよ」


 フルーラも、グーテルに声をかける。


「ん〜。もう少し……」



「セーラ、起きなさい」


「や〜、ねむ〜」


「は〜」


 エリスが、セーラを起こそうとするがこちらも手応えなし。さらに、声をかけようとするが、フルーラが、止める。


「エリス様、私にお任せください」


「えっ! そうね、お願いフルーラ」


「はい」



「グーテル様、起きてください! グーテル様、グーテル様。えいっ!」


「グホッ!」


 グーテルは、ベッドの上で跳ね起きる。グーテルのその動きに、セーラはベッドの上を転がり、ベッドの端で止まる。そして、そのまま足からベッドを降りるようにすべり立ち上がる。


「はい、セーラ、おはよう」


「む〜。おはようございます。お母様」


 セーラは不満そうだが、エリスにちゃんと挨拶をする。



「ふ、フルーラ。おはよう」


「おはようございます、グーテル様」


 グーテルは、痛みに震えながら、フルーラに挨拶する。そして、


「あっ、エリスちゃんも、おはよう。セーラもおはよう」


「おはようございます、グーテルさん」


「む〜」



 グーテルは、起き上がり急いで着替える。昔と違い、新品の服というわけでは無いが、ほつれを直したりしていないきれいな服だった。


 そして、セーラをかかえ。


「セーラ行くか」


 そう言って、前方に移動。そして、


 ガンッ


「痛い〜」


 グーテルは、壁に向かって直進し、抱えられていたセーラは、壁に激突する。


「む〜」


「ああ、セーラ、ごめん」


「や〜」


 セーラは、嫌がっているが、グーテルは抱えて廊下へと出る。まずは、


「朝のお祈りをしよう、セーラ」


「や〜、おろす〜」


「ああ、ごめんごめん。じゃあ、行こうか」


 グーテルは、セーラを下ろすと、手を取り歩き始めた。慌てて、フルーラがついていく。


「私は、ダイニングに行っておりますよ」


「はい、かしこまりました」


 エリスの言葉に、フルーラが応える。



 手をつないだ二人は、ふらふらと廊下を進み。そして、


 ガンッ!


「いてっ、あっ、ごめんなさい」


「ごめんちゃい」


「グーテル様、セーラ様。相手は壁です。謝ってもしょうがないかと」


「そ、そうだね」


「お父様は、どじね〜」


「セーラ〜」


「キャハハハ」



 まあ、そんなこんなで、クッテンベルク宮殿の礼拝室れいはいしつにやってくる。


 さすがのグーテルも、娘の前では、キチンと礼拝をし、祈りの言葉を捧げる。



 グーテル、セーラ、フルーラは、礼拝室の床にひざまずき、十字架に手を合わせる。


「天にします我らの父よ、 願わくは御名みなとうとまれんことを、 御国みくにの来たらんことを、 御旨みむねの天に行わるるごとく地にも行われんことを。 我らの日用のかてを 今日我らにあたたまえ。 我らが人にゆるごとく、 我らの罪を赦したまえ。父と子と精霊の御名みなにおいてアーメン」


 祈りが終わると、立ち上がり。


「さあ、行こうか。お母様が待っている」


「はい」


 3人は連れ立って、クッテンベルク宮殿のダイニングへと、向かう。



 ダイニングルームに入ると、テーブルに2人の人物がいた。もちろん一人はエリスで、その隣に子供用の椅子に座った、グーテルと、エリスの息子ジークハウゼンだった。



「おお、ジークはちゃんと起きてたのか、おはよう、ジーク」


「ぐ〜ぐ〜、ね〜ね〜、フリューニャ、おはおう」


 どうやら、ぐ〜ぐ〜とは、グーテルの事のようだった。この年齢にしては、しっかり話せていた。



 僕達が座ると、野菜スープに、パン、チーズに、ソーセージという、朝食が運ばれてくる。


 ハウルホーフェ時代よりは、だいぶ裕福ゆうふくになった生活だが、朝食は、そんなに変わり映えしない。



 僕は、パンを割って、チーズをはさむ。温かいパンの熱で少しチーズが柔らかくなったところで、ソーセージを押し込み、最後に、やや甘いマスタードをる。噛むと、パンの酸味と、チーズの塩味、そして、ソーセージの肉汁にくじゅうが合わさり、バランスが良い。うん、美味しい。最高だ。


「グーテル様は、相変わらずですね」


 そう言いながら、フルーラも同じようにして食べている。


 セーラも真似して食べている。まあ、あまり行儀の良い食べ方ではないのだが、家族だけだから良いだろう。



 僕は、手早く朝食を済ませると、立ち上がる。


「エリスちゃん。じゃあ、行ってきます」


「はい、お気をつけて。ほら、セーラも、ジークもお父様に行ってらっしゃいって、言わないと」


 セーラは、いまだ夢中になって、パンを食べていた。ジークは、ソーセージを手づかみで食べていた。


「いってらっしゃーい」


「いっしゃしゃーい」


「行ってきます。セーラ、ジーク」



 こうして、僕は政務時間ギリギリになって、クッテンベルク宮殿を出て、同じヴァルダ城内にある、本宮殿へと急いだ。



 僕は、本宮殿の自分の執務室へと入る。さて、今日は忙しいかな?



 ハウルホーフェ時代は、政務官だったアンディの父親コーネルの助言の下、領主の仕事をこなしていた。


 それは、領内の穀物の収穫、それ以外の農産物の収穫の報告。狩猟の許可や、その成果の報告。さらに、税金、関税、などのお金に関する報告。そして、家臣達への報酬ほうしゅう等の支払いや、家臣や領内諸侯達の収入の報告。他には、 自分の領土内の家臣や領民の裁判、不平や論議を解決したり、結婚の承認をしたりもする等、多岐たきに渡る仕事があった。



 だが、今は、だいたい大臣達が、それらの仕事をこなし、僕は最終報告や、最終判断をするだけだった。



 外務大臣であるヤルスロフ伯、内務大臣であるデーツマン伯、軍務大臣であるデコイラン伯、財務大臣であるキシリンカ子爵、法務大臣であるベネスビー子爵。いまだ変わらず、大臣として腕を振るっていた。



 僕は、昨日の残っていた書類に目を通す。


 一晩考える為に保留にしていたのだが、さすがに指示を出さないと。


「ヤルスロフさんを呼んで」


「はっ、かしこまりました」


 護衛騎士の一人が出ていく。


 しばらくして、護衛騎士に案内されて、ヤルスロフさんがやってくる。


「お呼びにより、まかしました。グーテルハウゼン閣下かっか


 そう、最近閣下と呼ばれる事が多い。マインハウス神聖国宰相になったからのようだ。


「うん。さっそくだけど、ワーテルランド、やっぱりまずそう?」


 僕は、オーソンさんからも情報を得ていたが、あらためて、ヤルスロフさんにたずねる。


「はい、フランベルク辺境伯軍の一部が、ワーテルランド王国に居座いすわっておりまして、それが過激化し、暗殺事件が起こっているそうです」


「そう、暗殺事件ね〜」


 その暗殺対象が、国王派の封臣ふうしんだったり、フランベルク辺境伯の家臣だったり、反国王派の人間だったり。どうやら報復合戦ほうふくがっせんとなっているようだった。


王太后おうたいごう様は、あらためて出兵を求めておられますが……」


「さすがに、それはね」


「はい、ボルタリアの軍事介入で、国際問題になると厄介やっかいですからね」


「うん」


 いや、国際問題になるのも問題だが、ワーテルランド、ボルタリア、フランベルク、さらにローシュ公国の戦いに突入するのも、嫌だった。


「それで、ウリンスク諸侯ですが。手を貸してくれておりますが、これ以上は……」


「うん、だよね」


 チルドア侯ヤンさんの手を借りて、ワーテルランド国内で、こちらに手を貸してくれる人を探したのだが。それが、ウリンスクの諸侯達だった。


 そして、ワーテルランド国内の騒ぎを仲裁ちゅうさいしてくれているのだが、なかなか騒ぎは落ち着かない。


 だが、これ以上は打つ手がないのが現状だった。リチャードさんとも緊密きんみつに連絡しているが、あちらはあちらで大変なようだった。


「ウリンスク諸侯達の報告聞きつつ、その場その場で、対処していくしかないね」


「かしこまりました。では、そのように」


「うん」


 ヤルスロフさんが、外に出ていく。


 さて、これで一つ片付いた。後は……。



 と、外で警邏けいらしていた護衛騎士が入ってくる。


「キシリンカ子爵が、面会を求めておられますが、いかが致しましょう」


「えっ、キシリンカ子爵が? 何だろ? お通しして」


「はっ!」


 護衛騎士に案内されて、キシリンカ子爵が入ってくる。


「グーテルハウゼン閣下。ありがとうございます」


「うん、それで用件は何?」


「はい、最近、銀の価格が高騰こうとうしておりまして、クッテンベルク銀鉱での、銀の増産をしてはどうかと思うのですが、いかがでしょうか?」


「そう」



 銀は、まあ、貨幣かへい代わりや、貨幣として広く流通していた。もちろん、金貨きんかが基本だが、金貨は、普段の生活でほとんど使わない。銀が庶民の生活を支えていると言っても良かった。その銀の価格の高騰は、放っておいて良い問題ではない。


「増産は、しないとね。だけど、銀の価格高騰の原因は?」


「フッカー家の銀鉱山での、鉱夫こうふと職人達のボイコットです」


「フッカー家か。ボイコットの原因は?」


 フッカー家は、ミューゼン公国内にある、帝国自由都市、オーゲルブルックを支配する大商人だった。そして、チルト伯領にある、大きな銀鉱山の採掘権さいくつけんを持っていた。



「健康被害です」


「健康被害?」


「はい」



 キシリンカさんの説明によると、ちゃんとした対策の行われていない銀鉱山にて、事故や、粉塵ふんじんによる健康被害が出て、鉱夫さん達の不満が高まっていたところに、最近開発された新しい銀の銀鉱石からの抽出方法で、健康被害が多発して、職人さんがボイコットを開始、それに、鉱夫さん達が同調したのだそうだ。



 新しい抽出方法は、水銀アマルガム法といった。


 銀鉱石を砕石さいせきして粉末にし、水銀と混ぜて水銀アマルガムを作り、それを熱して銀を得る方法だった。水銀アマルガム法は、品位ひんいの低い鉱石からも純度の高い銀を抽出できる利点があった。しかし、粉塵や水銀による健康被害が出ることが問題であったのだ。


 もちろん、新しい方法は、クッテンベルクの銀鉱でも採用していたが、精錬せいれん職人さんや、専門家の方々で話し合い、安全対策をとって行っていた。用法用量を守り、正しくお使いくださいというやつだ。違うか?



 僕は、叔父様と、フッカー家に書状をしたためると、キシリンカさんに渡す。そして、


「この書状をよろしく。後、増産に関しては、無理のない量で、それにフッカー家の問題が片付いたら、すぐに減産してね」


「かしこまりました」



 これで終わりかな?


 僕は、窓の外を眺める。良い天気だった。芝生に寝転がったら気持ち良さそうだった。

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