第89話 閑話 蠢動

「カール、呼び戻した意味は、分かるな?」


「はい。それで狙いはどこですか? グーテルですか?」


「馬鹿を言うな。あんなのの相手したら、こちらがどうなるか。お前も分かるだろ?」


「ええ、まあ、はい」


「ふん。まあ良い。狙いは、フランベルク辺境伯領だ。トンダルをフランベルク辺境伯に成らせる」


「トンダルの馬鹿自体に、興味が無いと思うのですが?」


「そこは、関係ない。強制的に成らせるのだ。その為に、フランベルク辺境伯の娘と結婚させたのだからな」


「そうでしたね」


「出来るか?」


「はい、やってみますよ」


「頼んだぞ」


 マインハウス神聖国国王アンホレストが、息子であるカールケントを呼び戻した理由は、これだった。狙いは、フランベルク辺境伯領の掌握しょうあく


 マイン平和令の中、アンホレストの野望は静かに、見えない場所で広がる。





「オーソンさん。例の件どう?」


「はい、今のところ上手くいっております」


「そう、良かった」


「ですが、よろしいのですか?」


「うん、大丈夫だよ」


「そうですか、だったら良いのですが……。グーテル様にしては、思い切った事をと」


「そう?」


「はい。ですが、予定通り進めさせて頂きます」


「よろしく」


 何やらグーテル君も、動いているようだ。





「しかし、困ったもんだな」


「はい、ですね」


 フランベルク辺境伯リチャードは、珍しくいらついていた。トンダルは、それに対して答えつつ、難しい問題に立ち向かっていた。



 それは派閥争いだった。フランベルク辺境伯リチャードに対して、絶対的な忠誠心を持つグループ。トンダルの意向いこうは無視して、トンダルをかつぎ上げ、ヴィナール公国と組もうとするグループ。さらに、ボルタリア王国、ヴィナール公国の影響力を排除し、強いフランベルク辺境伯領の構築を掲げる国粋こくすい主義者のグループ。


 厄介やっかいなのは、この国粋主義者のグループだった。


 リチャードは、ワーテルランドに娘を送り込んだだけのつもりだった。しかし、ワーテルランドとの関係を構築し、ワーテルランド王国の力を利用して、国粋主義者グループはフランベルク辺境伯領での勢力争いに勝利しようとしたようだったが、結果は、ワーテルランド王国国内に混乱をもたらせただけだった。



「ワーテルランドに兵を送るわけにもいかんし、言う事は聞かない。全く困ったもんだな」


「はい。まあ、ワーテルランド王国の内戦に乗じて潰そうとしたのですが、ワーテルランド国王派と結びついて逃げられましたし」


「うむ。しばらく放置するしかないか」


「はい、申し訳ありません」


 フランベルク辺境伯リチャードは、腕を組んで天井を見上げた。


 こういう派閥争いが起きた理由は、明白めいはくだった。フランベルク辺境伯家に、男子の子供が産まれない事だった。


 元々、リチャード自身もフランベルク辺境伯の直系ではなかったが、親族の中で産まれた唯一の男子の子供だったので、養子に入り後継者となった。


 そして、今、フランベルク辺境伯家の中で男子の子供は、やはり一人だけだった。自分の娘の子供なのが救いだが。まだ幼いし、病弱なのも心配だった。


 この子を養子として、後継者にするしかない。と思っていたのだが、トンダルの存在がリチャードに悩みを生む。その悩みが、派閥争いを生み、混乱を生んでいた。


「迷いは捨てる。良いな、トンダル」


「はい、もちろんです」





「失礼致します、ヤコブです」


「ヤコブか、入れ」


「はっ」


 入って来た男は、いかにも出来る男という外見だった。知的ですずやかなひとみ。キリッと引き締まった顔。そして、均整きんせいの取れた肉体。だが、その男の本質は、人のふところに飛び込み、り寄り生きる寄生虫。それが、カールの感想だった。


「ヤコブ、ワーテルランド王国の王都にいる、この男達の誰かの家臣として入り込め」


 カールは、ヤコブに男達の肖像画しょうぞうがを投げる。ヤコブは、それを拾い上げ眺めると。


「かしこまりました。誰でも良いのですね?」


「ああ、構わない。フランベルク辺境伯の家臣で、国粋主義を掲げる烏合うごうの衆だ。誰でも良い」


「かしこまりました。では、さっそく」


「ああ、頼む。おって連絡をする。その指示通り動いてくれ」


「はい、おおせのままに」


 カールケントの毒牙どくがは、みどころを見つけたようだった。





「オーソンさん、ご苦労様。で、どう?」


「はい、上手くいきそうです。協力者を見つけました」


「そう、ありがとう」


「はい、それで、その協力者が、是非、グーテル様にお会いしたいと申しておるのですが、よろしいでしょうか?」


「もちろんだよ。で、どこの誰?」


「はい。ダリア地方のゼニア共和国元首アルオーニ・スコピーニ様です」


「そう、会おう」


「かしこまりました」



「マインハウス神聖国宰相グーテルハウゼン様。お初にお目にかかります。ゼニア共和国元首アルオーニ・スコピーニです」


「スコピーニさん、はじめまして。グーテルハウゼンです。今後とも宜しくお願いしますね。で、さっそくだけど」


「はい。グーテルハウゼン様のお手伝い、是非、ゼニア共和国艦隊にお任せください」


「お願い致します」


「はい。ポルトゥスカレ王国ポルトの港で、エスパルダと、ポルトゥスカレのワインを積み込み、ランド王国、ニーザーランドの沿岸を進み北海ヘ。ハンベルクの港で、ハンベルクの商人に渡し、デルヴェ川を使いヴァルダへと運ぶ。いかがでしょう?」


「うん、任せるよ。ありがとう。これで、ヴァルダへのワインの安定供給が出来て、ワインの値も下がる」


「はい、それで提案なのですが。ポルトゥスカレと、エスパルダのワインだけでなく、ランド王国西岸のワインや、海産物などを追加で運搬するのはいかがでしょう?」


「そうだね。ヴァルダだと、川魚だけで、なかなか海の魚とか食べれないし、良いね。お願いいたします」


「かしこまりました」


 こうして、グーテルの野望は結実けつじつしたようだった。目的は、ポルトゥスカレとエスパルダのワインの安定供給。そして、ヴァルダに、やや高いものの海産物が入り売られる事となった。


 なんともグーテルらしい、呑気のんきな野望だった。



「マスタ〜。エスパルダのワイン頂戴。後は、マグロのあぶりステーキね~」


「はいよ!」

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