第88話 叔父様の即位⑥

 叔父様の即位式が終わると、もちろん、叔父様の即位を祝う食事会が行われる。場所はミハイル大聖堂の別棟べつむねにある、大広間だった。



 僕はリチャードさんと、さらにトンダルも合流して、部屋に入る。そして、さっそくテーブルに置かれていたスパークリングワインを手に取る。即位式のお祝いだ。安物のスパークリングワインであるはずがない。シュプーニエのスパークリングワインだろうか?



 僕がそんな事を考えていると、とんでもない人に捕まった。


は、ランド王国国王フェラード4世だ。貴殿きでんが、噂のグーテルハウゼン卿か?」


 なんと、ランド王国国王フェラード4世さん……。陛下へいかだった。


「これは、失礼致しました陛下。こちらから挨拶にうかがわなければいけないところ、わざわざお出向き頂き、感謝致します。私が、クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンです。以後お見知り置きを」


「いや、良い。たまたま通り掛かって、目に入ったのでな。うん、噂通りだの」


 噂通りって、どんな噂なんだろ? どうせろくでもないのだろう。


 ランド王国の象徴的な色である、青地に金の刺繍ししゅうの入った荘厳そうごんな服をまとったフェラード4世。端麗王たんれいおうと呼ばれるだけに美しい気品がある顔だ。さすがに400年続く王家の家系。


 だがそれだけではない、みょうな迫力がある。おそらく自分に対する絶大な自信のあらわれなのだろう。


「噂ですか。どうせろくでもない噂でしょう」


「うん? ハハハハ、違うぞ。アンホレスト王も言ってたが、抜けてるように見えてなかなかの策士だと」


 抜けてるように見えて……。まあ、そっちは当たっているか? 少なくとも外見は。


「ええと、策士ではないかと」


「そうか? だが、王位継承戦争の事、アンホレスト王の政策の事聞いたぞ」


「ええ、助言はしましたが……」


「そうか、うむ。そうだったか」


 そう言って、フェラード陛下は、ニヤリと笑って何か一人で納得したようだった。なんだろ?


「ハハハハ、では、今後とも宜しく頼むぞ。マインハウス神聖国宰相グーテルハウゼン卿」


「はい、宜しくお願いいたします」



 フェラード陛下は、そう言いながら去っていく。ふ〜、凄い圧迫感だった。



 ランド王国国王フェラード陛下が去ったのを見て、リチャードさん、トンダル、そして、トリンゲン公フロードルヒさんがやってくる。


流石さすがだな、一国の国王。凄い存在感だ」


 リチャードさんも凄い存在感だけど、その方が言うのだから、その通りなのだろう。


「ええ。ですが、外務大臣はリチャードさんなんですよ。これから一番あの御方おかたに会うことに、なるのはリチャードさんでしょ?」


「そうだったな」


 リチャードさんは、そう答えながら視線をフェラード陛下へと向ける。見ると、一番の上座の位置で、叔父様と談笑だんしょうしていた。


「アンホレスト王とフェラード陛下では、役者が違うな。アンホレスト王が踊らされなければ良いが……」


 まあ、そうだよね。だけど、ある程度は踊ってもらった方が良いかな?



 何て、僕が考えていると、トンダルが、僕に話しかける。


「まあ、フェラード陛下の目は反対を向いておられますから、とりあえずこちらとは仲良くでしょう」


「そうだね」


 フェラード陛下の目的は、ランド王国から南西にあるヴァスコニアや、ランド王国から北西にあるフランダースだ。そして、その背後にあるエグレス王国だった。


 元々アンデュなる一族が、現在のランド王国の半分近くを領有しつつエグレス王として君臨するという、アンデュ帝国等とも呼ばれるゆがんだ状態だった。


 それを1204年当時のランド王国国王フェラード2世が戦いで破り、アンデュ帝国の大陸領土のほとんどを奪い取り、ランド王国はマインハウス神聖国に並び立つ大国となった。いや、こちらが領邦諸侯の集合体だということを考えると、上回ったが正解かもしれない。



 そして、今のフェラード4世陛下は、大陸に残った、残りのエグレス王国の領土が目的なのだ。


「まあ、これ以上こちらに目を向けてくれない方が良いよ。シュプーニエを取られたのに、さらにブルニュイまで取られたら……」


 1284年シュプーニエのフィアナ女伯がフェラード4世陛下と結婚して、シュプーニエは、ランド王国の直轄領となったのだ。


「グーテル、ワインの話は、やめましょう」


「はい、ごめんなさい」


 トンダルに怒られた。真面目な話だったんだけどね~。



 上座にて、叔父様が立ち上がる。


「皆の者! 我の即位式に参加して頂き感謝する。心ゆくまで飲み食べ、楽しもう。だが、皆が酔っ払う、その前にだ。グーテル!」


「はい」


 僕は、前に出て叔父様の横に立つ。そして、


「これより、マインハウス神聖国国王アンホレスト陛下に代わり、私、マインハウス神聖国宰相グーテルハウゼンが、領邦諸侯の皆様に、今後の政策について話させて頂きます」



 僕は周囲を見回す。面倒くさいな〜、早く飲ませろよという顔が多い。まあ、そりゃそうだ。ここで長々と政策について語っても、良いことはない。簡潔かんけつに話そう。



 そして、出席者にとって耳障みみざわりの良い話題、悪い話題があるだろう。どういう順番で話すかと、ちょっと考えつつ話を進める。帝国自由都市の話か、ランド王国にそくした政策の話か、マイン平和令へいわれいの話か、それとも……。よし!



「まずは、本日より2年間の期限を設けまして、マイン平和令の公布こうふを行いたいと思います」


「お〜」


 領邦諸侯の反応はまちまちだったが、おおむね良い反応の方が多そうだ。そして拍手が起こる。



 まあ、2年間は、国境に関するめ事なども、争ってはいけないという事で、保留あるいは講和しないといけない。


 野心の持っている方から見たら嫌だが、仕掛けた方が処分される。とりあえず、2年間は我慢せざるおえないが、2年の間に国力を充実させて、と考えているだろう。


 そして、平和で安定した暮らしを望む、ほとんどの諸侯は大歓迎だろう。



 さて、次は、僕はランド王国国王フェラード4世陛下を見て、軽く会釈してから正面を向く。僕の前に並んだ領邦諸侯の視線も、フェラード陛下を見る。視線誘導しせんゆうどうというやつだ。


「ランド王国の政策を取り入れた、土地政策に関してですが……」


 皆の顔が若干じゃっかんゆがむが、フェラード陛下を前に嫌な顔は出来ず、微笑む。



 僕は、簡単に土地政策を話す。土地管理をフープマイスターという名の官僚を使い徹底し、徴税を安定させるというものだった。


 領邦諸侯の中で、戸惑ったような表情を浮かべる人が多い。


「公布致しますが、しばらくの間、移行期間を設けまして、各自の判断での運用をお願いいたします」


 叔父様が、少しムッとした表情を浮かべるが、その隣で、フェラード陛下が手を叩く。


 それに合わせて、大広間に拍手が広がる。振り返ると叔父様も、フェラード陛下と顔を見合わせ笑っていた。良かった~。



 さて次は、一番、嫌われる話だ。


「次に帝国自由都市に関してですが、帝国自由都市の大商人を財務官ざいむかんに任命し、さらに自治権の拡大を、行いたいと思います」


 大広間に、どよめきが起こる。帝国自由都市は、マイン河沿がわぞいに比較的集中していた、その為、マイン河沿いの領邦諸侯から反感を持った視線が、向けられる。



 帝国自由都市は、皇帝直属となった都市だ。本来、帝国都市と、自由都市と呼ばれていたが、最近は、帝国自由都市と一緒に呼ばれていた。


 帝国都市は、諸侯から独立し、軍役ぐんえき等の任務も負う。自由都市は、大司教、司教から独立し軍役の任務を負わないので自由都市と呼ばれたが、騎士での戦いが全盛期の今、軍役はほぼ無くなり、帝国自由都市と共通して呼ばれていた。


 今度の政策によって、帝国自由都市の自治権が拡大すれば、元々、支配していた諸侯や、大司教、司教との関係がさらに薄くなり、入ってくる利益も無くなるのだ。



 さて、だいぶ盛り下がってきました~。


「続いては、メイデン公国ですが。ルクセンバル公ハイネセン卿。前にお願いいたします」


「はい」


 おどおどと、長身の壮年そうねんの男性が歩いて来た。そして、僕の目の前に立つ。


「このハイネセン卿にメイデン公国の統治をお願いしようと思います。ただし、メイデン公国の継承権はハイネセン卿の直系のみに継承され、ルクセンバル公国には統治権はありません。さらに、ルクセンバル公国ですが、ここには居られませんが、ハイネセン卿の弟君、ヴァレロン卿に統治して頂きます」


「お〜」


 そして、大きな拍手が沸き起こる。


 これに関しては、先の戦いがメイデン公国の支配を賭けた戦いではなかったと広く表明する事となった。叔父様の評価も上がる。



「最後に、先の戦いですが、廃王はいおうアーノルドにくみして戦った、ミューゼン公、フォルト宮中伯、フリーデン公に恩赦おんしゃあたえ、罪は問わない事と致します。さらに、オルテルク伯領は、アーノルドの息子ラーフィヘルトに継承して頂き、オルテルク伯領にも、なんの制裁せいさいさない事と致します」


「お〜」


 再び、盛大な拍手が沸き起こる。よし。盛り上がった。



 そこで、再び叔父様が立ち上がり、


「さあ、堅苦しい話はここまでだ。おおいに飲み、語り合おう!」



 こうして、叔父様のマインハウス神聖国国王即位の祝いの宴は始まった。ちなみに、叔母様達は、婦人だけの集まりをしているそうだ。



 そして、宴が始まると、周囲を取り囲まれ、身動き取れなくなった。ああ、面倒くさ〜。途中、トイレ行くか、新しい飲み物を取りに行く時くらいしか解放されず。延々と、話した。疲れた~。



 そして、深夜。



「グーテル、ご苦労だったな」


「叔父様も、お疲れ様です」


「うむ。だが、まだまだこれから行事が続く。疲れた等と言っておられんよ」


「そうでしたね」


 叔父様達は、まだまだ儀式が続く。初代皇帝が即位した、ニーザーランド近くのアーデンという街にある聖堂で、さらに即位式をして、歴代君主に即位の報告をしたり、カイザー教会に参って、歴代君主に即位の報告をしたり、忙しいのだ。


「グーテルは、どうするのだ?」


「僕は、子供産まれてすぐに旅立ってしまいました。とりあえず、帰ってゆっくりしようかと」


「そうか、気をつけて帰れよ」


「はい。叔父様も、忙しいですが、無理はなさらず」


「ああ、ありがとう」


 そう言った後、叔父様は顎をしごきつつ上を見て。


「しかし、マインハウスの君主。望んでいた地位だが、なってしまうとこんなものかと思う自分がおる。大変な道のりだったはずなのだがな」


「そうですか」


「ああ、だがグーテルには感謝している。この地位になれたのも、グーテルのおかげだ。ありがとう」


「いえ、大した事はしていませんよ」


「そうか」


 叔父様は、そう言うと、視線に力をこめる。


「ヒンギルハイネに、ヴィナールの統治は任せる。そして、カールケントを手元に置く。ヒールドルクスの統治は、オルセンに任せる。あやつも、17歳だからな。そろそろ、大丈夫だろ」


「そうですか、カールケントを手元に……」


「気になるか?」


「はい」


「そうか……」


 叔父様の目に、暗い光が一瞬揺らぐ。


「まあ、気にするな」


「はい」


「では、気をつけてな」


「はい、叔父様も」





「ふ〜、ようやく帰って来た〜」


「そうですね。ヴァルダの街並みも懐かしいです」


「そうっすかね~」


 僕の言葉にフルーラが応え、アンディが首をひねる。



 僕は、こうして、ボルタリア王国ヴァルダへと、およそ4か月ぶりに帰ってきたのだった。

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