第87話 叔父様の即位⑤

 叔父様の即位式は、1294年8月24日に行われた。場所はミハイル大司教領ミハイル大聖堂だった。


 ミハイル大聖堂の中には、1000人を越える人々が着席し、その時を待つ。



 僕は、その最前列中央通路をはさんで、左側の一番通路寄りに座っていた。隣にはリチャードさんが、そのさらに隣には、フォルト宮中伯ランドルフさんがというように、選帝侯が並び、その後方には領邦諸侯が座る。


 中央通路を挟んで反対の席には、ランド王国国王フェラード4世が、その隣には、ダールマ王国国王アンドラーテ3世が座っていた。さすがにその隣には誰も座らず、その一列後方から、海外からの来賓らいひんが座っていた。



 大聖堂の扉が開く。教会の中に太陽の光が入り、明るくなる。そして、聖歌が修道士、修道女さん達によって歌われる。



 その中を叔父様、その隣には叔母様が進む。その後ろにミハイル大司教ペーターさん、そしてトリスタン大司教バーモントさん、キーロン大司教ジークフリートさんがゆっくりと進む。



 叔父様は、白地に金の刺繍ししゅうを施された荘厳そうごんな服装だった。叔母様は、真っ赤なドレスを来ている。


 そして、固い叔父様の顔に対して、叔母様の顔はとてもほこらしげだった。お母様がいたら何か一言、言いそうだったが、今回は、お父様もお母様もいない。


「あんなのの誇らしげな姿は、見たくないわ」


 だそうだ。



 叔父様、叔母様の後ろを歩くペーターさん達は、それぞれ、マインハウス神聖国の宝物ほうもつを持っていた。ペーターさんが、赤地に金の刺繍が施されたマントと、その上に置かれた王冠を。バーモントさんが、王笏おうしゃくを、ジークフリートさんが、宝珠ほうじゅを持ってゆっくりと歩く。



 マントは、叔父様の為に新しく作られた物だが、王冠、王笏、宝珠は違う。どこから使用されていたか分からないが、歴代のマインハウス神聖国の君主が即位式の時に使用したものだった。



 マインハウス神聖国の王冠は円形ではない珍しい八角形の形をしている、22金のゴールドで作られ、八角形の前面部には、十字架が取り付けられていた。


 王冠に取り付けられた宝石は、144個のサファイア、エメラルド、アメジスト等で、古のダリア帝国では、気品きひんの象徴と言われた緑や青の石だった。さらに、ほぼ同数の真珠で飾られている。


 宝石は、丸みを帯びた形状に研磨されている。この技法は古のダリア帝国の技法であり、このような宝石の加工は、「カボションカット」と呼ばれるそうだ。真珠と宝石は金属に切り込まれた開口部に入れられ、細いワイヤーでとめられていた。その効果は、光が当たると、宝石はまるで内部から輝いているように見えるのだそうだ。


 まあ、要するに、素晴らしい王冠だった。いくらするんだろ?



 続いては、宝珠だった。神聖教の発展にともない、世界に対する神聖教の神の支配権の象徴として、球体の上に十字架が付けられた。球体は世界の象徴であり、十字架は神聖教の象徴だった。こちらも22金で作られていたが、宝石などはなくシンプルなものだった。


 最後に王笏だ。王笏とは、杖の事であり君主が持つ象徴的な物だった。この王笏も22金で作られ、先端に大きな青い宝石と十字架が取り付けられていた。


 この王冠、宝珠、王笏がマインハウス神聖国の君主の象徴だった。



 叔父様は祭壇さいだんに昇り、そこに設置された玉座ぎょくざに座る。その隣には、叔母様も座って、いよいよ即位式が始まる。



 そして、即位式の進行役は、


「これより、マインハウス神聖国国王アンホレスト陛下の即位式を行います」


 なんと、キーロン大司教ジークフリートさんだ。ジークフリートさんは、ダリア王国大宰相して、ダリアの大書記官長。だからなのだろうか?



しゅよ、私たちの祈りとあなたのしもべの祈りを聞いてください。全能の神よ我々を穏やかに見つめ、あなたの栄光の下、全能の永遠の神のあなたのしもべ……」


 ジークフリートさんが、祈りの言葉をささげ神に祈る。


 すると、修道士、修道女さん達が、


「見よ、私は私の天使を送る……」


 とおごそかに、アンティフォナを歌う。


 アンティフォナとは、簡単に言うと、掛け合いのように歌う聖歌である。男声と女声の掛け合いのアンティフォナが大聖堂に響く。


 そのアンティフォナが大聖堂の中に響く中、ジークフリートさんの祈りの言葉が続く。ラテン語なので、所々しか分からない。もっとちゃんと勉強しておけば良かったのだが。


「人類を知っている神……。天と地の全能で永遠の神……」


 そして、ジークフリートさんは、叔父様の方を向き、質問を始める。まあ、これも伝統であり、儀式なのだ。


「あなたは、聖なる信仰を擁護しますか?」


「擁護致します」


「あなたは、聖なる教会を守りますか?」


「守ります」


「あなたは、ダリア王国を守りますか?」


「守ります」


「あなたは、マインハウス神聖国の法律を維持しますか?」


「維持します」


「あなたは、正義を維持しますか?」


「維持します」


「あなたは、神聖教教主さまたへの正当な服従を示しますか?」


「示します」


 ジークフリートさんは、


「では、アンホレスト陛下。先程の言葉が嘘ではない事を、神に誓ってください」


 すると、叔父様は立ち上がりひざまずくと祭壇に二本の指を当てて、


「誓います」



 すると、ジークフリートさんはこちらを向いて、


「選帝侯会議において、アンホレスト陛下が、マインハウス神聖国の国王に選ばれました。あなた方は、それを受け入れますか?」


 僕達は、立ち上がると大声で。


「受け入れます、受け入れます、受け入れます」


 三回繰り返し、答える。



 これを聞き、ジークフリートさんは、また祈りの言葉を捧げる。僕達は座る。



 いや、これは眠くなる。


「く〜」


 リチャードさんに、つつかれてあわてて起きる。危ない、危ない。



「祝福しなさい、主よ、この王、アンホレストに祝福を。父と子と聖霊の御名みなにおいて、アーメン」


 ジークフリートさんは、そう言いながら、叔父様の頭、胸、肩に聖油せいゆを注ぐ。もちろん少量だが。



 それから叔父様の両手の手のひらを取り。


「王と預言者に油そそがれ、サムエルがダビデに油を注いで王になるように、これらの手に油を注がせてください。あなたの神は、あなたに支配と統治を与えました。彼はそれを保証し、父と聖霊と共に生き統治します」


 そして、叔父様の両手の手のひらに聖油を注ぐ。



 すると、今度は、トリスタン大司教バーモントさんが、叔父様の前に立つ。そして、マントを広げ、


「この王族の尊厳そんげんのしるしである、マントを授けます」


 という言葉を叔父様にかけつつ、叔父様の肩にマントをかける。そして、叔父様の頬に頬を寄せる。



 続いては、ミハイル大司教ペーターさんが、


「王笏、美徳びとくの棒を受け取りなさい」


 そう言いながら、叔父様の右手に王笏を渡す。そして、叔父様の頬に頬を寄せる。



 続いて、キーロン大司教ジークフリートさんが、


「宝珠、栄光のしるしを受け取りなさい」


 そう言いながら、叔父様の左手に宝珠を渡す。そして、叔父様の頬に頬を寄せる。



 最後に、三聖者が共同で、王冠をかかげる。


「王のしるしにして、権威と名誉のあかしたる、この王冠を受け取りなさい」



 そう言いながら、三聖者は、かがみ頭を下げた叔父様の頭の上に王冠を置く。



 そして、三聖者は祈りを捧げる。


 そして、ジークフリートさんは、祭壇にあらかじめ置かれていた叔父様の剣を手に取り。叔父様の肩に当てる。


 そして、ジークフリートさんが、祈りを捧げる。


「名誉と栄光は、無限の時代を通してあなたのものです。アーメン」


 続いて、ペーターさんが、剣を受け取り。


「この剣は、価値はないが、聖なる使徒たちの場所と権威に奉献ほうけんされています、私たちの手によってこの剣を受け取り、私たちの祝福をもってあなたに届けてます」


 最後に、バーモントさんが剣を受け取り、祈りを捧げる。


「神聖に定められた聖なる教会の防衛のためにつかえ、誰が預言よげんしたかを思い出してください」


 それに対して叔父様は、バーモントさんからうやうやしく剣を受け取りつつ、立ち上がると。


「私は、神の目の前で約束し誓います」


 と宣言すると、叔父様は立ち上がり剣を頭上で振る。


 そこで、修道士、修道女さん達が、レスポンソリウムを歌う。レスポンソリウムは、独唱とそれに応じる合唱で、


「私の魂はあこがれです。そして王は、しっかりと立ち、しっかりと握りなさい……」


 というような歌が、大聖堂に響く。



 続いて叔母様だ。



 今度は、ミハイル大司教ペーターさんと、トリスタン大司教バーモントさんが共同で、祈りを捧げつつ叔母様の頭に聖油を注ぎ、叔母様の頭に、王妃の冠をのせる。


 叔母様は、これで終わりだ。



 その後、僕達はラウドインペリアーレを歌う。ラウドインペリアーレは、皇帝を祝福する歌だ。まあ、叔父様は国王だけど。



 ラウドインペリアーレが響く中、叔父様と叔母様は、祭壇に向かい。


「全能の永遠の神、泉、そして善の源……」


 等と祈りつつ、叔父様はパン、ろうそくを祭壇に捧げ、さらに三聖者にワインを注ぎ、叔母様は聖杯に水を注ぐ。


 その後、叔父様はこちらを向き、両手を左右に大きく開き斜め上に挙げる。そして、


「主の名において、私、国王アンホレストは、神と祝福された使徒の前で、私がこの神聖なる教会の保護者であり擁護者ようごしゃであると約束し、誓約せいやくし、保証します。しかし、私の知識と能力に応じて、神の援助によって支えられている限り、多くの人を助ける事を誓います」


 これが、叔父様のマインハウス神聖国国王としての宣誓文せんせいぶんだ。そして、


「私はこのマインハウス神聖国が、列国に負けない強く、そして発展的な国になる事をせつに願う。そして、その為に心血しんけつを注ぐ事を誓う」


 そう力強く宣言する。


 そして、ジークフリートさんが、高らかに宣言する。


「ここに、マインハウス神聖国国王が誕生しました」



 大聖堂に万雷ばんらいの拍手が響いた。

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