第86話 叔父様の即位④
「乾杯!」
僕達は、シュプーニエのスパークリングワインを口の中に流し込む。口の中で細かな泡の粒が弾け舌を柔らかく刺激する。青りんごのような香りと、わずかな酸味、微かなハチミツのような味が口の中に広がる。
美味しい。これは、高いな。僕が店を貸し切って、来るのが
そこへ、
「お待たせしました。シュパーゲルのオランデーズソースです」
パウロさんが、料理の皿を持って入ってくる。パウロさんが、わざわざワイン小路の他のお店に料理を取りに行ってくれたのだ。
「ほお、シュパーゲルか。わたしは、シュパーゲルに目がなくてな」
「
トンダルの制止の声も聞かずリチャードさんが、パウロさんがテーブルに置くよりも早く手を伸ばし、シュパーゲルのオランデーズソースを口に運ぶ。そして、
「うむ、うまい。太くしっかりしたシュパーゲルだな。それを
リチャードさんの言葉に皆が、
そして、パクパクとさらにシュパーゲルを食べるリチャードさん。
「ごめんなさい、パウロさん。シュパーゲルのオランデーズソースを追加で」
「かしこまりました」
カウンターに自分のスパークリングワインを取って座ろうとしていたパウロさんに申し訳ないけど、料理を追加で取りに行ってもらう。アンディ達もいるが、あくまで今回は護衛だ。手伝ってもらう事は出来なかった。ごめんなさい、パウロさん。
一皿食べてしまったリチャードさんが、もう一皿を食べる前に、僕達も
やや野菜とスパークリングワインを組み合わせると、野菜の
だけど、僕は、冷やしてもらっていたボルトゥスカレ王国の白ワインを開け、グラスに注ぐ。
ホワイトアスパラの旨味を強調し、青臭さも感じない。
「皆様もいかがですか? ポルトゥスカレ王国のグリーンワインです」
「もらおう」
一度飲んだ事のあるリチャードさんは、スッと一番最初にグラスをつき出す。それを見て、トンダルや、フロードルヒさんも。
「では、わたしも」
「グリーンワインですか? では、わたしも
そして、口に。
「うん、これは面白い。スッキリとしているが、コクがある。また、マインハウスの白ワインとは違う味わいですな」
と、フロードルヒさん。どうやら気に入ったようだった。
そして、パウロさんが戻って来て席につくと。
「あっ、こちらミハイルの街の司祭のパウロさん。フォルト宮中伯家のご出身だそうです」
「ほお、フォルト宮中伯家の……。まあ、宜しく」
リチャードさんはじめ、皆がパウロさんと挨拶を交わし。あらためて。
「では、乾杯!」
再度、グラスを合わせた。そして、会話が始まる。
「パウロ司祭」
「ええと、リチャード様、ただのパウロで良いですよ」
「そうか。じゃあパウロ。フォルト宮中伯家なのか? 直系か?」
「はい、というかあれの弟です」
パウロさんが言う、あれとは、現在のフォルト宮中伯家の
「うむ。随分と印象が違うが……」
「それは、兄はフォルト宮中伯家のプレッシャーの中で生きていますが、私は、自由に生きさせてもらってますから」
「そうか。だが、そうだな。精神面でパウロの方がタフに見えるぞ。自由に生きているとはいえ、その分のプレッシャーは受けているだろうが」
「そうですかね? まあ、兄は真面目なんですよ」
「そうか。そうなのかもしれんな。逆だったら良かったかもしれんな。いや、同じことか」
と、リチャードさんは、
僕達は、リチャードさんとパウロさんの話の間も、ホワイトアスパラを食べつつ、ポルトゥスカレ王国のワインを飲んでいたが、トンダルが、リチャードさんの話が、途切れたタイミングで僕に話しかける。
「しかし、父上がマインハウス神聖国の国王ですか……。大丈夫なのでしょうか?」
トンダルは、不安そうに聞いてくる。
「何が?」
「いや、周囲に敵ばかり作る人ですよ。不安しかないのですが」
というトンダルの言葉に。
「ここ最近は、味方も増えたんじゃない?」
「いや、どちらかというと、父上を支持している、グーテルの
「ランド王国の国王だって、ダルーマ王国のアンドラーテ3世だって。ほら、ここにいるフロードルヒさんだって。ねえ、フロードルヒさん」
突然、話を振られたフロードルヒさんが、口に入れたホワイトアスパラを
「ゴホッ。これは、失礼しました。まあ、そうですね。と言いたいところですが、正直に言うと、利害関係で
フロードルヒさんが、かなり正直に話す。
「だったら勝ち続ければ、良いんじゃない」
「そう
トンダルは心配症なんだよね。何が起こるかは、分からないと思うけど。
「まあ、ランド王国とは関係良好だし、ダリア地方には興味がない。だったら、叔父様の目は、フランベルク辺境伯領、ボルタリア王国、ダールマ王国。そこも今は、叔父様の一番強い
「そうですね。うん、そうでしょ」
トンダルは、そう言いつつ、考え込む。と、リチャードさんが。
「そこにちょっかい出すだけとは限らないぞ、グーテル君」
「えっ」
僕が驚くと、トンダルが。
「ニーザーランドと、マイン河ですよ」
「ニーザーランドは遠いでしょ? それにマイン河?」
さすがに、僕も分からなかった。するとトンダルが、
「ニーザーランドは、マインハウス神聖国の領土でありながら、
「なるほど」
「マイン河に関しては、
「そうか~、そうだね」
ニーザーランドに関しては、遠方だし興味無かったので正直知らなかった。マイン河に関しては、もしやるとしたら、叔父様に
だが、そうすると、マイン河で多くの利権を得ていたフォルト宮中伯、トリスタン大司教、キーロン大司教、そしてミハイル大司教を敵にまわす可能性があった。まあ、ミハイル大司教はそっちの利権に関しては、興味はなさそうだけど。
「で、どうするつもりだ、グーテル君は?」
リチャードさんの言葉に、僕は。
「そうですね〜。ニーザーランドに関しては、良く分からないので、とりあえず放置ですかね。マイン河に関しては、僕も一緒に動こうかと」
「そうか」
リチャードさんは、短くそう返す。
「トンダルは、手伝ってね」
「えっ、わたしがですか?」
「うん」
「分かりましたよ。あまり父上に関わりたくないのですがね〜」
トンダルは、嫌そうにそう言った。
「私、次の料理持って来ますね」
そう言って、パウロさんが立ち上がる。皆も、持ち込んだ白ワインを飲む人や、カウンター行ってスパークリングワインを飲む人もいた。持ち込んだ白ワインはすでに一本が空き、二本目に突入していた。
「温かいスープ、持って来ました」
パウロさんと、多分、他の店の従業員さんが、スープを持って帰って来た。おそらく、ツヴィーベルズッペ、要するにオニオンスープだ。
ミハイルのツヴィーベルズッペは玉ねぎをバターと一緒に薄茶色になるまで炒め。その後、小麦粉をふりかけてさらに炒め、温めたブイヨンまたは牛乳を注ぐ感じで作るが、今回のはブイヨンのようだ。卵黄とクリームを溶いて加えてもあった。
これは、ビールかな? だけど、ここでビール飲むのは、
「これは、ビールだな」
とリチャードさん。そして、トンダルもフロードルヒさんも同調する。
「わたしも」
「そうですね」
「グーテル様は、いかがします?」
パウロさんの言葉に、僕は。
「う〜ん、適当なワイン飲むから良いや」
「かしこまりました」
そう言って、パウロさんはビールを取りに行く。
僕は、昔ながらの作り方で作られている、ダリア地方の微発泡のやや甘い赤ワインを開ける。お店で冷やしてもらっていたので、やや冷たい。これならオニオンスープにも合うと思うけど。多分。
「お待たせしました〜。ビールです」
とパウロさんが帰ってくる。その手には黒ビール。やっぱりそうだよね~。おそらくポックだろう。苦味控えめ、アルコール度数高めの、トーストのようなビール。ちょっと、苦手なんだよね~。だけど、このオニオンスープには、合うだろう。
皆はビールを飲みつつ、オニオンスープを飲む。僕も、ダリア地方の赤ワインを飲むが。やっぱり、これはビールかな?
オニオンスープは、玉ねぎの旨味がスープに溶け出して、濃厚な旨味と甘みを出していた、そして、スパイスが味を引き締めていた。かなり美味しかった。
「そう言えば、グーテル君。マイン河は、一緒に動こうと言っていたが、どうするつもりなのだ?」
リチャードさんが、思い出したように話をし始めた。僕は。
「叔父様は、通行税を、ただにしたいようなんですが、さすがにそれは、難しいので。そうですね~、例えば、通航距離に応じて通行税を取って、それを通航量に応じて分配するとかですかね」
「ややこしいが、なるほどな」
今は、マイン河沿いに領地を持つ、領邦諸侯だけでなく、領内諸侯を含めた、各諸侯がマイン河沿いに城を築き、眼下に見えるマイン河を監視し船着き場を関所のようにし、通行税を巻き上げていた。
そのような城が増え続け、諸侯の財源になっているものの、都市の発展を
「はい、まあ、マインハウス神聖国の事を考えるなら、やらざるを得ないでしょう」
「結構言いますね~、グーテルハウゼン卿は。ですが、確かに」
フロードルヒさんも、うなずいていた。
「面白い。この国がどうなるか見ものだな。フッフッフッフッ」
「ですな、ハハハハ」
リチャードさんと、フロードルヒさんが笑うが、トンダルは。
「笑い事じゃない気がしますが……」
その後も、話が盛り上がる。叔父様の今後についてあーでもないこーでもないと。他にも、フォルト宮中伯家についてとか、後は、子供の話とか。そう言えば、トンダルは、まだ子供いないけど、その話とか。
アウフラウフとか、ザウアーブラーテンとか、グラーシュとかを食べつつ、赤ワインをパカパカと飲んで、夜遅くまで盛り上がった。楽しい夜だった。
そして、数日後、いよいよ叔父様の即位式が始まる。
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