第85話 叔父様の即位③

 その後も、僕と、アンディ、そしてパウロさんは3人でワイン小路こみちを回る。ただし、次からは味が分かるうちに帰る。そして、数日で全軒制覇ぜんけんせいは



 うん、やっぱり。最初に、パウロさんに連れてってもらった店が、美味しかった。



 ほとんど全部の店が、自分達の得意料理が数品と季節の料理が1、2品。そして、自分達のつてがあり、格安で手に入れられるランド王国や、マインハウスのワインを2、3種をグラスで出す店だった。


 そして、最後の方は、なじみの数軒に入りびたる事になった。





 即位式が直前に迫ってくると、僕も準備に加わっていく。


 まずは、フローデンヒルト・アム・アインから、帝国書記官長キーガンさんがやってくる。


「では、こちらが国王陛下の宣誓せんせい文の草稿そうこう文になります」


「ありがとう」


 僕は、その宣誓文の草稿を読む。が、マインハウス神聖国の伝統にのっとった文章であり、良く分からない。御祖父様も、おそらくこのまま読んでいたので、そのままで良いのだろう。


 文章内容は、要するに、マインハウス神聖国の君主になった事を感謝し神に祈り、マインハウス神聖国の恒久こうきゅうの平和を祈り、感謝する。まあ、そんな感じだった。



「良いと思います。あまりアレンジせずにそのまま読み上げた方が良いのですよね?」


「はい、その……。グーテルハウゼン閣下の御先祖様が、適当に言われてましたが、その時は、あまり良い事が無かったようですので」


 キーガンさんの言葉に、僕は固く決意する。叔父様には、ちゃんと読んでもらおう。


 おそらく、キーガンさんの言う僕の御先祖様とは、トレンティーノ3世様。ハウルホーフェ朝最後の皇帝だろう。何度も言うが、マインハウス神聖国に混乱をもたらし、神聖教教主様に、二度も破門され、異国の地で戦死した。


「分かりました。叔父様には、そう言っておきます」


「ありがとうございます。ああ、そう言えば、最後に独自性出されて、一言加えるのは構いません」


「そうですか。分かりました」


 そうか~。独自性ね〜、独自性か〜。叔父様は、なんて言うだろうか?



「それで、他の案件ですが、マイン平和令へいわれいの公布準備は出来ております。ですが、ランド王国の政策に関してですが、なかなか難しいです。マインハウス神聖国の国内制度が、なかなかランド王国と同じではないので……」


「それに関しては、ヴィナール公国で叔父様が行っている政策をそのまま公布するのが、分かりやすいかなと思うんですよね。実例があるので」


「はあ。分かりやすいかもしれませんが、なかなかマインハウス神聖国に即しているかと言うと、難しいと思うのですが」


 まあ、そう言いたくなるのは、分かる気がした。今までの制度と違うのだ。はい、そうですかと受け入れられないと思う。しかし。


「受け入れる受け入れないは、各領邦諸侯の判断に任せれば良いと思っていますから、草案そうあんさえあればそれで良いと思うんですよね」


「はあ、かしこまりました。とりあえず法案を出して、それを受け入れる受け入れない。そして、それをどう解釈するかも領邦諸侯次第で良いということですね」


 さすがギーガンさん、理解が早い。さらに、


「それともう一つ、帝国自由都市の権利の拡大に関してですが、帝国自由都市を内包ないほうする諸侯は、反発するでしょうが、良いのでしょうか?」


「それも大丈夫ですよ。叔父様は、帝国自由都市の権利を拡大させて、経済活動をより活性化させたいんですよ。税は納めてもらうけど、口は出さず。そして、商人達のやる気を出させて、経済活動を活性化、すると税収も多くなると」


「なるほど」


「そして、帝国自由都市を内包する諸侯の力を弱めたい」


「そうですか。絶対君主を目指すおつもりですかね?」


「かもしれません」



 ランド王国は、ランド王国国王フェラード4世によって、官僚制度かんりょうせいどの強化に努め、やがて絶対王政へとつながる中央集権化の第一歩を踏み出している。


 マインハウス神聖国は、選帝侯によって君主が選ばれる選挙君主制の国で、その力は制限されていて、制限君主制の国家なのだ。その意味でも違うのだ。


 叔父様は、少しでもランド王国に近づきたい、絶対君主になりたいと言う事なのかもしれないな。いや、世襲せしゅうで王位継承出来るフェラード4世が、うらやましいのかもしれない。まあ、そこのところの心情は分からないけど。



 ギーガンさんの話は、続く。


「だいたいこんなところでしょうか? おお、そう言えば忘れておりました。皇帝直轄領こうていちょっかつりょうですが、今まで通りで良いでしょうか?」


「今まで通りですか?」


「はい」


 ギーガンさんの説明によると、皇帝直轄領は、5000名の騎士と、10000名の兵士を保有出来る国力が有り、さらに帝国自由都市を多く内包しているので、かなりの税収が期待できるそうだ。


 ただし、ダリア地方に広がる皇帝直轄領は名前だけで、都市国家や小国が乱立し、ほぼ支配出来ていなかった。北部にある一部の諸侯が、朝貢ちょうぐするのみだった。



 まあそれ以外の皇帝直轄領の税収は、叔父様に全部入るわけではなく。帝国書記官達の報酬ほうしゅうや、施設の維持管理費や、軍事費等の費用を引き。残りの半分が叔父様の収入となるのだ。


 で、それ以外の部分はというと、宰相と、国務大臣、外務大臣、財務大臣で分けるのだ。宰相は僕で、国務大臣はミハイル大司教ペーターさんが、外務大臣はフランベルク辺境伯リチャードさん、そして、財務大臣には格下げになったものの、フォルト宮中伯ランドルフさんがついた。今まで、大臣だった、トリスタン大司教とキーロン大司教は大臣を外れた。



 そして、収入だが、宰相が残りの4割、他の三大臣が2割ずつ。これだけ貰えたら、小国のフォルト宮中伯家が裕福だったのも分かる。政治工作費も湯水のように使えただろう。僕は、何に使うか。ワイン……。いや、それは駄目だな。



「では、今まで通りでお願いします」


「かしこまりました」


 こうして、僕と帝国書記官長キーガンさんの話し合いは終わった。



 僕は後に、ルーサティアと呼ばれる地をこの増加した収入で買う事となる。こうして、支配する土地のない僕は土地持ちとなるのだが、別に支配する為では無かった。


 ルーサティアの地は、ボルタリア王国とフランベルク辺境伯領とワーテルランド王国に囲まれた小さな土地で、風光明媚ふうこうめいびな高原だった。


 ルーサティアの地に住むのは、スラヴェリア系の民だった。元々マインハウス神聖国内に住んでいたスラヴェリア系の民が、移り住んできたマインハウスの民に追いやられ、住んだのがこの地だった。そして、領邦諸侯に支配されず自治領となっていたのだが、なにせ産業が何もなく貧しかった。


 ハウルホーフェに似たこの地を、僕は別荘として使うことにしたのだった。ここに僕は広大なぶどう畑にワイン醸造所を作り、ルーサティアの地の経済は安定するのだった。



 僕はギーガンさんと話した後、叔父様に会うために、面会の申し込みをとる。叔父様は、即位式の準備に追われていた。ようやく夜になり、睡眠前に叔父様に会うことが出来た。


「ふう」


「叔父様、お疲れ様です」


「ああ、グーテル。お前もご苦労。で、何だったかな?」


「ギーガンさんからの報告ですが、叔父様の政治政策の公表の準備は整いつつあります。マイン平和令の準備も出来ました」


「ああ」


「そして、これが、宣誓文の草稿です。出来るだけちゃんと、このまま読んでください」


「分かった。しかし、ちゃんと読んでくださいとは、グーテルにしては、珍しい物言いだな?」


「はい、我が御先祖様が、ちゃんと読まなく適当にやったようです」


「うむ、そうか。グーテルの御先祖様?」


「はい、トレンティーノ3世です」


「ワハハハハ! トレンティーノ3世か。ならば、ちゃんと読まないといけないな。ああ成りたくはない」


「はい」


 叔父様は、そう言いつつ、宣誓文の草稿を受け取り目を通す。


「うむ。そう長い文ではないな。ありがとう、グーテル。それで、他には何かあるか?」


「そうでした。宣誓文を読んだ後、何か一言、言うのは自由だそうです」


「そうか、ありがとう」


「では、失礼致します」


 僕は、そう言いながら叔父様の下を離れる。叔父様は、ブツブツと言っていた。


「父上は何て、言われてたか……」





 いよいよ、叔父様の即位式が近づいてくると、領邦諸侯や、国外の来賓らいひんもやってくる。前回のアーノルドさんの時にはやって来なかった、国外の来賓の方々、ランド王国国王フェラード4世や、ダールマ王国国王アンドラーテ3世。それ以外の国からも国王の代理として、色々な国々から賓客ひんきゃくがやってきた。


 ミハイル大司教、キーロン大司教、トリスタン大司教が、それらの方々に対応する。即位式に関しては、マインハウス神聖国の三聖者の仕事なのだ。



 そして、僕は、フランベルク辺境伯リチャードさん、そして、トンダル、トリンゲン公フロードルヒさんを連れて、ワイン小路へと、やってきた。さすがに、いろんな店を回るわけにはいかないので、一軒の店を貸し切った。比較的高めの値段だった、スパークリングワインの店だ。ワイン小路の中では、立派な店構えだしね。



「飲み物何にします? ここの店のスパークリングワインも5種類ありますし、白、赤のワインは持ち込みお願いしたのでありますよ。あっ、後は、ビールもあるそうです」


「そうか、しかし、グーテル君は、本当に面白い。こういう店というのは失礼だが、こういう店に来るのだな」


 リチャードさんの言葉に、僕は頷く。


「ええ、来ますよ。まあ、この店というよりは、ワイン小路が面白いんですけどね。いろんな店まわって、その店の名物料理を食べつつ、おすすめワインを飲む最高ですよ~」


「そ、そうか」


 リチャードさんは、少し呆気に取られたように返事を返す。


「まあ、それよりも。せっかくなのですから、楽しみましょう」


 と、フロードルヒさんが言う。僕も。


「そうですね。では、スパークリングワインで良いでしょうか?」


「そうだな」


「私も、それで」


「では、ご一緒しましょう」



 お店のマスターが皆に、その日のおすすめのスパークリングワインを配る。


「せっかくでしたので、ランド王国シュプーニエのスパークリングワインを取り寄せました」


 わざわざ最高のスパークリングワインをこの日の為に、取り寄せたようだ。


「では、乾杯!」

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