第73話 穏やかな日々①

「ただいま〜、セーラちゃん、さみしくなかったでちゅか〜?」


「だあ〜。ば〜」


「そうでちゅか〜」


「グーテルさん、選帝侯会議、お疲れ様でした」


「エリスちゃんも、寂しくなかったでちゅか? じゃなくて、エリスちゃんもありがとう、ご苦労様。何事もなかった?」


「はい、お母様もいらしていたので、即位式を見に行くと言われて、帰ってしまわれましたが」


「そうか。お母様にも、お礼を言っとかないとね」


「はい」



 こうして、僕は日常生活に戻った。となると、まず最初にしないといけないのは。





「マスター、ただいま〜。これお土産」


「殿下〜、ガルプハルトさん、アンディさんお久しぶりですね~。お元気でしたか?」


 そう言いながら、マスターは、ガルプハルトとアンディに持たせていた袋を受け取る。


「重っ! なんですか?」


「エスパルダの赤ワインに、ボルトゥスカレ王国のグリーンワインに、後、日持ちしそうな食材に、ランド王国のスパイス」


「これは、これは、ありがとうございます。ですが、これは、殿下が飲んだり食べたりしたいってことですよね?」


「うん」


「かしこまりました。何か考えておきます」



 そして、夜。


「マスター、来たよ」


「殿下、お待ちしておりました。ガルプハルトさんも」


 ちなみに、アンディは、ガルプハルトに僕の警護を頼むと、借金返してきます。と言って消えた。しかし、ガルプハルトいわく。


「まあ、借金も返しに行ったんでしょうが、後は、女のところだと思いますよ」


 だそうだ。フルーラに、言ってやろう~。


 会うごとにプレゼントだの、お土産だの贈り、もちろん食事代も、それに人数が多い。毎日違う女性と会ってるんじゃないかってぐらいだった。そりゃ、お金がもたない。


「ふ〜ん」


 アンディが、モテるのは外見もだが、マメなこともあげられそうだ。



 僕達がカウンターに座ると、常連客の方々もやって来て、おもいおもいの場所に座る。


「あれっ? 殿下、ガルプハルトさん、久しぶりだね。どっか行ってたの?」


「お久しぶりです、ミューツルさん。ちょっと仕事で」


「ふ〜ん」


「貴様、興味ないなら聞くな」


 ガルプハルトが、そう言って、ごちゃごちゃと言い合いしつつ、ミューツルさんは、ガルプハルトの隣に座る。意外と仲良いのかな?



 そして、オーソンさんもいつの間にか僕の隣に座る。


「ニコラウス聖下せいかですが、どうやら死因は本当に病死のようです。ですが、行動が過激になった原因が病のようで……」


「そうなの?」


「はい、そのようです」


「ふ〜ん」


「それで、次期教主様ですが、当分、決まらなそうです」


「えっ、なんで?」


教主枢機卿団きょうしゅすうききょうだんが、細かく派閥分かれたようで、それをまとめ上げていくだけの、カリスマ性のある者もおらず。時間がかかりそうなのです」


「そう、ありがとう」


 いやっ、これはかえって良かったかな? アーノルドさんが皇帝になり、真の権力を握るのが先になる。



 まあ、そんな事をオーソンさんとボソボソ話していると、マスターが、


「はい、殿下。キンキンに冷やしておきましたよ!」


 そう言って、ボルトゥスカレ王国のグリーンワインを、持ってきてくれた。また送ってもらえば良いし、せっかくなので、


「ポルトゥスカレ王国の白ワインなのですが、皆様いかがでしょうか?」


 僕が、聞くと、


「俺はビールで」


「俺もビールが」


 と、ミューツルさん、ガルプハルトが仲良く断る。しかし、オーソンさんは、


「わたしは頂きましょう。殿下、ご馳走さまです」


 他にも二人程が、飲みたいとのことだったが、この時代、マインハウス神聖国では、庶民しょみんはビール、ワインは貴族の飲み物という意識も強かった。


 実際、値段もそうだし。僕も、ボルタリア王国の筆頭諸侯クッテンベルク宮中伯という地位にいなければ、こんなにワインを飲めてはいないだろう。



「では、乾杯」


 僕は、そう言って、はいかかげる。隣で、オーソンさんが、カウンターの奥で一人が、テーブル席の方で、もう一人が、同じように掲げる。


「ほお〜、これは、良いですな~」


 オーソンさんが、一口、味わって感嘆かんたんの声をあげる。そして、マスターも、


「では、わたしもご相伴しょうばんして、辛すぎず甘すぎず、フルーティーでありながら、スッキリと飲めますね~」


「気にいって頂いて、良かったです」



 僕は、そう言いながら、簡単にこのワインを説明した。ポルトゥスカレ王国は、カレの港という変わった国名の国で、エスパルダのさらに西にあること。


 ぶどうは、ポルトゥスカレの地ぶどうで、若摘わかづみのブドウを用いることで、フレッシュでアルコール度数の低い微発泡びはっぽうで緑色に見える、グリーンワインと呼ばれるワインになっていると話した。


 長かったかな?


「ほお」


 オーソンさんと、マスターだけがちゃんと聞いてくれたようだ。


「なるほど、確かに緑色に見えますね~」


 だそうだ。



 そして、マスターが、料理を出す。


「やっぱり白ワインには、魚でしょう。というわけで、今日の朝、モラヴィウ川で釣りしたら、かなりの量が釣れたんで、フリッターにしてみました。味はついてますけど、足りなかったら塩をつけて食べてください」


 そう言って、僕たちの前に置いた。結構な量だった。大きな魚は、切り身になり、小さな魚は、そのままの大きさで揚げられていた。


「フリッターっていうのは、ようするに揚げ物なのですが、今回は小麦粉に油を混ぜ食塩で味付けして卵黄と泡立てた卵白を混ぜて、それを魚につけて揚げてあります」


 僕たちは、揚げたてのフリッターに手を伸ばす。


 と、ミューツルさんが、マスターに聞く。


「で、なんの魚なの?」


「さあ?」


「えっ」


 全員の動きが止まる。するとマスターは、


「わたしも食べて大丈夫なんですから、大丈夫ですよ」


 だそうだ。僕は、おそるおそる口に入れる。


 ホクッ、ほろほろ。という感じで口の中でたんぱくな白身魚の味と、川魚独特の青臭いような香りが広がる。


 だけど、これは、美味しい。何かわからないけど。


 と、ガルプハルトが色々食べながら、


「これは、パーチですね」


 とか。フリッターでよく食べられるそうだ。


「これは、川スズキですね」


 とか。ノーザンパイクとも言うらしい。骨と内蔵とって骨切りするそうだ。マスターも実際そうしていた。


「これは、ナマズの稚魚ですね。どっかの養殖場から流れてきたんでしょう」


 とか、説明してくれた。他にも、マスとか、コイとかがいた。だいたい食べれるそうだが、さすがのガルプハルトも、


「これは駄目ですね~。小骨が痛い。フナの一種ですかね?」


「そうですか。ガルプハルトさんでも駄目なら、やめておきましょう」


「俺で、試したんですか?」


「はい」


 なんか、気まずい空気が流れる。



 僕は、ワインに合わせて、フリッターを食べる。川魚特有の青臭さが、ワインで流され、白身魚の旨味が残り意外と美味しかった。


 だけど、フリッターは、川海老とか、サワガニでも良かったような。いやっ、美味しい魚も多かったけど、何かわからない魚を食べるのは、嫌だった。それに……。


「だけど、ナマズとかは、一日二日綺麗な水につけておいてからの方が良いと思いますが」


「そうですか?」


 うん、ガルプハルトの言う通りだと思う。ちょっと泥臭かった。



 その後は、白ワインに合わせるように、野菜スープだの、パプリカと玉ねぎとマスのマリネなどが出てきた。すると、


「では、殿下、赤ワインにしますか?」


「うん、おねがいします」


「はいよ!」


 マスターが、赤ワインを持ってきた。エスパルダの赤ワインだった。


 また、同じメンバーが注文する。再度、乾杯して、今度も簡単に説明する。


 ブリュニュイの修道士さんが、ブリュニュイのワインの作り方をエスパルダ北部に伝え、エスパルダの地ぶどうで、ブリュニュイのワインの作り方で作られたワイン。


 華やかだが、ブリュニュイのワインより重くしっかりして、スパイシー。



 最近、僕のお気に入りだった。ちなみにお父様は、スパイシーすぎるそうだ。お父様の好みは、ランド王国南部のワインのみようだった。



 さて、これと合わせる料理は、


「マグロの頬肉の塩漬けを殿下が持ってきてくれたので、塩抜きして焼いてみました。ソースは、赤ワインソースにしたので、赤ワインにも合いますよ~」


「えっ、マグロって入ってた?」


「はい、入ってましたよ」



 そうだっけ? ランド王国の料理人さんに、余ってる食材分けてもらったけど、そんなのも入っていたのか〜。


 スライスされた、マグロの頬肉のステーキ赤ワインソースが、目の前に置かれる。うん、美味しそう。


 僕は、一口食べる。結構柔らかい、そして、お肉みたいだ。魚っぽさがない。凝縮された旨味が口の中に広がる。選帝侯会議で出た、マグロは、それなりに水っぽさがあったのだが、それがまるでない。


「これは、美味しいね~。さすがマスター」


「ありがとうございます」


「本当にお肉だね」


「そうですね。頬肉は筋肉ですから、魚っぽさがないですよね」


「そうそう」


 僕は、赤ワインと合わせる。やや、赤ワインのスパイシーさが勝ってしまうが、頬肉の旨味が赤ワインに合わさると、相乗効果で、旨味を強く感じた。マリアージュとは言わないが、美味しい組み合わせだった。



 そして、その後、鹿肉のスパイシー煮込みが出たが、この赤ワインにはこっちの方が合った。


「このスパイシーな赤ワインには、やっぱりジビエかね?」


「そうかもしれませんね~」


 マスターがそう答えると、ガルプハルトが。


「秋になって狩猟シーズンになったら、やりますか?」


「そうだね」


 久しぶりに狩猟に行くのも、良さそうだ。だが、まだ7月。秋の早いボルタリアでも、まだまだ先の話だった。



「そう言えばミューツルさん、いつまでボルタリアにいるんですか?」


「えっ? ずっといるよ」


「引っ越したんですね」


「えっ、引っ越し?」


「えっ、だって、ハウルホーフェ公国に、家があったんじゃ?」


「そう言えばそうだった。まあ、いいや。こっちの方が都会だし」


「いい加減だな」



 そして、くだらない話もしつつ、夜はふけていった。





 翌日からは、たまっていた仕事を片付けつつ、ぐーたらしつつ、穏やかな日々が始まった。

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