第74話 穏やかな日々②

 だが、そんな穏やかな日々だったが、不穏ふおんな話が、中央より聞こえてきた。


「オーソンさん、ありがとうございます」


「はい、引き続き調査していきます」


「ええ、よろしくおねがいします」



 選帝侯会議から、半年が経った。そして、マインハウス神聖国国王アーノルドさんが、その仮面を早くも脱いだのだった。



 後継者が死去した、メイデン公国の継承権けいしょうけんを求めたのだ。直接メイデン公国との関わりがなかったのにだ。



 マインハウス神聖国の国王の権力の乱用。メイデン公国の領内諸侯より、選帝侯達に抗議があり、来年の春に選帝侯会議の招集が決まった。



 今回は、選帝侯のみの招集で、新たに君主を決めるわけではないので、色々、大袈裟おおげさなことはないけど。いちいち呼び出されるのは、迷惑だ。僕は、オーソンさんに愚痴ぐちる。



「選帝侯会議って、数年に一回なのに、毎年開催されたら迷惑だよね〜」


「ご苦労様です。ですが、早くも国王交代でしょうか?」


「いや、多分今回は、警告じゃないかな? その警告を無視したら、そうなるかもね」


「そうですか。落ち着かないですね。ですが、あの御仁ごじんは、何故なぜこんなに早く、こんな事をされたんですかね?」


「それは、傀儡かいらいなのが、嫌だったんじゃない?」


「そうなのですか」



 オーソンさんの報告で、アーノルドさんの国王就任後、宰相や、大臣に就任したフォルト宮中伯や、キーロン大司教、トリスタン大司教によって、政治が動かされ、それが嫌になったのだろう。


 それに、キーロン大司教は、国王の力を利用してキーロンの街を取り戻そうとして、トリスタン大司教や、フォルト宮中伯は、国王の力を利用して血縁関係を強化していた。


 誰も、力の弱いアーノルドさんの言うことを聞こうとしなかった。当然、自らの力を強めようと動く。それが、継承者の居なくなった、メイデン公国だったというわけだ。



「だけど言ってる事と、やってること違うね」


 戦争を無くしたいって言ってたのに、戦争が起きそうだった。これでは、信頼されない。


「そのようですな。しかし、他の選帝侯の方々も、かなりあくどいかと」


「まあ、そうだよね〜」



 僕は、オーソンさんが退出すると、部屋を出る。アンディ、フルーラ、そして、護衛の騎士達がついてきた。さすがにハウルホーフェのように自由には、動けない。


 まあ、それでも一応落ち着いている今のうちに、ちょっとのんびりさせてもらおう。



 僕は本宮殿の裏口を出ると、芝生の庭を通り抜け城壁に登る。


 大河モラヴィウ川が街の中を流れるヴェルダの街が、眼下に見える。オレンジの屋根と、所々に教会等の緑の屋根が見え、本当に綺麗だった。僕の好きな景色だった。


「さてと」


 僕は、城壁を降り、芝生に寝転ぶ。すると、すぐに、ヤルスロフさんと、デーツマンさんがやって来る。


「ワーテルランド王国なのですが……」


 ヤルスロフさんが、話し始めた。


「うん」


 僕は、目をつむって話を聞く。



 現在、ワーテルランド王国は、軽く揉めていた。原因は、フランベルク辺境伯リチャードさんの娘さんが、ワーテルランド王国国王バラミュル2世の3人目の妻として、入った事にある。何故か、女の子は大量に生まれるリチャードさんのお子さん達の一人だった。



 貴族共和制と呼ばれるワーテルランド王国は、貴族が話し合って決めてきた歴史があった。だが、バラミュル2世はその貴族の一人から台頭し、現在国王となった。そして、一人娘をボルタリア王国に嫁がせ、結びつきを強めた。


 そして、今度は、そのボルタリア王国と仲の良いフランベルク辺境伯リチャードさんの娘を妻として迎えた。


 そこまでは良かったのだが。今度は、ボルタリア王国の影響力が強くなる事に、一部の貴族が反発した。特に東方、ウルシュ大王国の属国とも言える、ローシュ公国にちかしい者達だった。



 ひどい内戦というわけではないが、バラミュル2世の娘であるレイチェルさんが、父親を心配して、一次帰国をしようとして、ワーテルランド王国国内に入ると、戦いが激化。慌てて、ヤルスロフさんがボルタリア王国第一師団を送り、さらにフランベルク辺境伯領の領内諸侯の一部がその動きに、同調。


 ボルタリア王国第一師団は、レイチェルさんを救出すると、さっさと引き上げたのだが、フランベルク辺境伯領の一部領内諸侯は、そのまま残留。国王軍、一部貴族反乱軍との戦いと、ワーテルランドで自領を守ろうとする貴族軍とフランベルク辺境伯領の一部領内諸侯が戦うという、わけのわからない状況になったのだった。


 それが、まだおさまっていない。



「いかがいたしましょう?」


所詮しょせんは、他国の問題だけど、一応、リチャードさんには手紙書いたんだけどね~」


「はい」


「リチャードさんにも、思惑あるみたいだね」


「そうなのですか?」


「うん、しばらく静観せいかんするしかないよ」


「かしこまりました」



 レイチェルさんの気持ちを考えれば介入かいにゅうしたいところだけど、したら多分、ローシュ公国や、ウルシュ大王国の介入をまねくかもしれない。


 特にウルシュ大王国の力を利用して勢力拡大をはかっているローシュ公国は、絶対動くと思う。そんな面倒ごと起こしたくない。



「というわけで、よろしく」


「はい、かしこまりました」


 ヤルスロフさんと、デーツマンさんは、去っていく。



 その後も、大臣達が交代でやって来る。あんまり、のんびり出来ないな〜。





 そして、翌年、再び選帝侯会議が行われる、フローデンヒルト・アム・マインへと、到着する。



 出席者は、ミハイル大司教、トーリア大司教、キーロン大司教、ザイオン公、フランベルク辺境伯リチャードさん、そして、僕。合計6人。


 んっ? 6人?



「フォルト宮中伯は、どうしたのだ?」


 リチャードさんが、ミハイル大司教ヴェルターさんに聞く。


「病気療養中だそうです」


「病気療養中? 本当だろうか?」


「そうとしか聞いておりませんので、なんとも」


 だそうだ。先年フォルト宮中伯は長年フォルト宮中伯だったルートヴィヒさんから、息子のロートリヒさんへと、代替わりしたばかりだった。そのロートリヒさんが病気?



 それに、ザイオン公だった。僕は、ザイオン公に訊ねる。


「ロードレヒ卿は、どうされたのですか? あなたが、ザイオン公の代理ですか?」


 確か、昔会った時に、叔父と言っていた人物だ。名は、確かアーレンヒルトさん。その顔には、疲労感がただよっていた。


「申し訳ありません。ロードレヒは、隠居しました。彼の子が成長するまで、わたしがザイオン公を引き受けました」


 隠居か〜。それにロードレヒさんは、まだ18歳。隠居は早すぎるし、何かあったのか? それに、子供いるのか〜。



 まあ、こうして、選帝侯会議が始まった。議題はただ一つ。


「廃位するべきだろう。勝手にやりすぎだ」


 リチャードさんが、怒りをあらわに発言する。だが、


「さすがに、それは性急せいきゅうすぎるだろう」


 と、ヴェルターさん。


「では、どうするのだ?」


「とりあえずは、警告するべきだろう」


「そんなことしても、言うこと聞くのか?」


 すると、キーロン大司教が、


「わたしが、いや、我々が注意する」


 僕は思わず。


「その権力を利用しようとした、あなたがですか?」


「そ、それは、どうしてもキーロンの街に戻りたかったのだ。それに、わたしだけではない。トリスタン大司教も、フォルト宮中伯も。だから、我々が責任をもって」


「キーロン大司教、あなた達だけの責任ではありません。選帝侯全員の責任ですよ。選んだ我々の」


 ヴェルターさんが言うと、トリスタン大司教は、


「ま、まあ、そうですね」



 確かに、僕も最終的に信任投票した。それに、叔父様だったらこうならなかったという保証もない。


 少し冷静になろう。


「では、どのような警告をしましょう?」


「そうですね。では、話し合いを」


 ヴェルターさんが、そう言うと、話し合いが始まった。



 結果、かなり強い警告を与える事になった。


 マインハウス神聖国国王として、王権の悪用は止めること。


 その代わり、皇帝直轄領の一部を在位中は、自由に活用して良いこと。


 ただし、退位後は返却すること。


 そして、自分が当初言ったように、調停人として、マインハウス神聖国の平和に尽くすよう。


 それで、この警告を無視した場合。次の選帝侯会議では、廃位についても検討する。と6人の選帝侯連名で、書状が送られた。



 さて、アーノルドさんは、どういう反応をしめすだろうか?



 その答えは、すぐに分かった。アーノルドさんが、メイデン公国に入り、内戦が勃発ぼっぱつしたのだった。争いは周囲に飛び火する。


 ボルタリア王国も、国境を接していたので、国境に派兵し国境を封鎖する。



 そして、メイデン公国の反アーノルド派が、叔父様に出兵を頼み、叔父様は兵を出した。



 叔父様のヴィナール公国と、メイデン公国は離れている、ボルタリア王国か、ミューゼン公国を通って行くのだが、叔父様は、ボルタリア王国とのさらなる関係悪化を嫌い、ミューゼン公国を通ろうとして、ミューゼン公とめた。



 先代ミューゼン公は、1290年に亡くなり、その息子が跡を継いでいた。


 ややこしいのは、この方の母親が、ダールマ王国の血筋であったことだった。叔父様が、ダールマ王国の王位を主張したことに不快感をしめした。


 現ミューゼン公は、叔父様に強い対抗意識をもったのだった。



「もう、迷惑だよな~」


「ですね。どうされますか?」


「う〜ん、ガルプハルト呼んで」


「はい」


 というわけで、ガルプハルトがやってきた。


「ガルプハルト、申し訳ないんだけど、南下して叔父様の軍に合流して」


「はい、かしこまりました。ですが、良いのですか?」


「うん、いいのいいの。すでに、フランベルク辺境伯軍もトンダルが兵を率いて向かっているから」


「はあ」


「大兵力で、牽制して戦争にならないようにね」


「グーテル様の発案なのですか?」


「ううん。違うよ。発案者は、トンダルかな?」


 リチャードさんから手紙がきたのだが、おそらく発案者は、トンダルのような気がした。


「かしこまりました。では、すぐに準備して、出立しゅったついたします」


「よろしく」


 ガルプハルトは、クッテンベルク宮中伯麾下きかの全軍を率いて出発した。





 やれやれ、マインハウス神聖国も、ワーテルランド王国も、ダールマ王国も騒がしい。


 どうやら、穏やかな日々は、長続きしなかったようだ。



 まあ、良い事は、僕とエリスちゃんの間に、二人目が誕生しそうなくらいかな? 男の子かな? 女の子かな? 名前、何にしよう?

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