第72話 選帝侯会議⑫

 後は、決勝戦だけだった。だが、その前に領邦諸侯りょうほうしょこうによる、信任投票を行ってからになるのだが、さらに、その前に、領邦諸侯だけのパーティーが行われた。



 準決勝の翌々日、領邦諸侯と、剣術大会の出場者のみが、参加してパーティーは行われた。今回は、僕の主催しゅさいではなく、選帝侯会議を仕切る、ミハイル大司教ヴェルターさんの差配さはいだった。色々大変だよね。



「では、おおいに食べ、おおいに飲みましょう。そして、この会がもよおせる事を、神に感謝致しましょう。アーメン」


「アーメン」


 僕の周囲にも、人垣ひとがきが出来る。正直、何を話したのかは覚えていない。ただ、極めて下らない話も多かった。確かこんなだった。


「グーテルハウゼン卿は、お子様が生まれたとか?」


「はい、最近なのですが、女の子でかわいいですよ」


「そうですか。では、夜は、お寂しいでしょう」


「いえ、別に」


「いやいや、一人で寝るのは人肌ひとはだが恋しいでしょう。我が、末娘すえむすめなのですが、いかがでしょう?」


「はい? ええと〜。まだ、妻は生きておりますが……」


「いえ、そうではなく、側女そばめとして、いかがかと」


「はあ」



 そう返事を返しながら、ふつふつと怒りが湧いてきた。敬虔けいけんな神聖教徒でもないが、そういう事は、許されないだろ? と思っていた。第一、正妻も側女も両方とも不幸になる、そういう事は好かない。まあ、実際は、やってる人は多いが。


 僕は、丁重ていちょうに断った。


「申し訳ありません。今は妻が大事ですし、その気はありません。なので、その話はなかった事に、その娘さんに、良い出会いがある事を祈っております」


 すると、


「そ、そうですか。申し訳ありません」


 そう言って、去っていった。どうしたんだろ?


 だが、後で、リチャードさんに、


「人を殺しそうな顔をしていたが、どうしたんだ?」


 と聞かれた。どうやら顔に出ていたようだ。気をつけないと。



 それ以外にも、色々な人に声をかけられた。さすが選帝侯となると、忙しい。考える事なく、ほぼ反射的に返事を返していた。



 翌日は、昼頃まで寝てディナーを食べて、またダラダラした。



 そして、その翌日、諸侯による信任投票が行われたのだが、その時に予想外の事が起こる。信任投票は、あくまで信任投票であり、この君主を認めるかどうかという投票で、ほとんどの場合。あっさりと信任されるのだが。


「信任票が規定数に達しておりませんので、再信任投票を4日後に行います」


 ミハイル大司教ヴェルターさんが宣言する。まあ、信任投票なので、信任されるまで繰り返し、投票が行われるだけなのだが、しかし、今まで一回で信任されなかった君主は、いないそうだ。



「僕とリチャードさん、そしてヴェルターさんが信任しないに入れても、27票でしょ。とすると……」


 選帝侯のうち、僕と、リチャードさん、そしてザイオン公には10票。そして、フォルト宮中伯が8票、残りの三聖者が7票ずつの投票権を持っていた。合計59票。大諸侯が3票、それ以外の諸侯と、自由都市が1票ずつの投票権を持ち、おおよそ360票。


 全体で、およそ420票。信任規定数は、80%なので、おおよそ336票。僕達以外に、50票以上が不信任だった事になる。前例がなかった。今までは、選帝侯以外は、考える事なく信任に投票してきた。



 そして、フォルト宮中伯を中心に、不信任投票した人間の説得が始まる。だが、無記名投票だし、誰が入れたかわからないし、票数も発表されない。説得は、難航なんこうしそうだった。


 まあ、最終的には、僕達が信任に投票すれば良い事だが、まあ、それは最終的だ。



 そして、色々な噂話が流れる。


「帝国自由都市全てが、不信任投票だったらしい」


 とか。これで17票。


「メイデン公や、トリンゲン公も不信任投票したらしい」


 とか。まあ、これは、アーノルドさんと戦争して敵対関係にある。これは、分かる。だが、6票。


「小諸侯の結構な数が、ヴィナール公の政策の真似をし始めている。だから、アンホレスト卿に味方して、不信任投票したらしい」


 とか。これは、ランド王国や、ヴィナール公国に近い諸侯が実際に行っていた。これも、どうも正しいような気がした。ただ、11票くらい。まだ、足りない。



 どうも、先進的な諸侯と、守旧的な諸侯の対立になってるようだった。



「どうなるかね?」


 僕は、トンダルを呼んで、話していた。リチャードさんは、剣術大会の準備で忙しいようだった。



 信任投票は終わり、剣術大会を盛り上げて熱狂ねっきょうの中、終了。と考えていたのが狂ってしまって、珍しく慌てているようだった。



「そうですね、あまり長期間になると、帰ってしまう諸侯も出るでしょうし、いずれは、信任されると思いますが。ですが、それよりも、フォルト宮中伯の権力に影響が大きいでしょう」


「そっちもか~。息子さんに、代わるしね」


「ええ」



 今まで、御祖父様と共に、絶大な権力を有していた。フォルト宮中伯が支持した君主が、一回で信任されなかった。それは、すでに、フォルト宮中伯の権力の低下をも意味するのだろう。


「で、グーテルはどうするのですか?」


「どうするって、何が?」


「いや、信任投票です」


「ああ、フォルト宮中伯から頼まれたら、信任に投票するよ。僕は、素直だから」


「はあ。本当に悪い人ですね。グーテルは」


「何が?」



 結局、リチャードさんが慌てて準備し、三位決定戦なるものが催され、場をつなぐ形になった。



 三位決定戦は、ガルプハルトが勝ったが。どうもウルリッヒさんは、アンディとの試合で片方の手首を骨折していたようで、包帯でパンツァーシュテヒャーを固定して戦うという可哀想かわいそうな状態だった。



 そして、三位決定戦が終わった。その時、フォルト宮中伯ルートヴィヒさんが、僕の観戦室を訪れる。



「誠に申し訳ないが、次の信任投票で信任に、投票してもらえないだろうか?」


 どうやら、他の方々の説得が、不調だったようだ。


「良いですよ」


「えっ、良いのですか?」


「はい、もちろん」


「そうですか、ありがとうございます、ありがとうございます」


 大喜びで、部屋から出ていく、フォルト宮中伯。


 だが、静かな闘技場に、この声は響いていた。まだ、残っていた者達から、噂は広がる。


 フォルト宮中伯は説得に失敗し、クッテンベルク宮中伯に頼んで、信任に投票してもらったのだと。選帝侯内でのパワーバランスが、完全に変わった。





「信任票が規定数に達しました、これよりアーノルド・オルテルク卿を、マインハウス神聖国君主及びダリア国王に、選出致しました。そして、マインハウス神聖国皇帝位に関してですが、神聖教教主ニコラス聖下せいかは、きたる4月4日崩御ほうぎょされ。教主枢機卿団きょうしゅすうききょうだんも、次期教主様選定中のため、新たな神聖教教主様の即位後、あらためて皇帝位への即位のおうかがいをたてたいと思います。そのため、マインハウス神聖国国王として、即位式を行います」



 これは、アーノルドさんも不幸だよね。皇帝位につくことは出来ない。今のところ、だけど。


 神聖教教主におうかがいたてないと、皇帝になれないって制度自体もどうかと思う。


 御祖父様は、教主様に多額の寄付をしていたため、わざわざ、教主様がマインハウス神聖国に来るという、離れ業をやってのけたのだが。



 そして、ニコラス四世聖下の死去のタイミングが、ちょっと不審ふしんだった。前年激しく戦争を勃発ぼっぱつさせ、さらに十字軍を計画しての突然死。


 まあ、あの世界もドロドロと色々あるようだ。オーソンさんの報告を聞いて、嫌悪感を抱いた。



 まあ、でも、これで選帝侯会議は終わった。


 この後、ミハイル大司教領ミハイルに移動して行われる即位式には、出るつもりはなかった。となると、残された行事は、剣術大会決勝のみとなった。





「では、いよいよクライマックス! 剣術大会決勝戦を行う。ザイオン公臣下剣王けんおうネイデンハート対ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯臣下瞬身剣鬼けんしんしゅんきアンディ」


 全てが終わって開放感にあふれる、諸侯、騎士、そして従者達の大歓声が闘技場に、こだまする。



 そして、観戦室にいるメンバーはいつも通り。僕にお父様、そして、トンダルにフルーラ。そして、ガルプハルトが加わった。



 両者ヘルムを被り、構える。二人とも片手に剣、片手に盾とオーソドックスなスタイルだった。違いと言えば、ネイデンハートさんが、長剣。アンディが普通の剣であるくらいだった。



「アンディにとっては、不利な戦いになるかもしれませんね」


 ガルプハルトが、ポツリとつぶやく。


「そうなの?」


「はい、スピードではアンディ。パワーではネイデンハートでしょう。そして、技術では、ほぼ互角。となると体力勝負でしょうから」


「アンディも、結構体力あると思うけど?」


「いえ、体力的には普通です。奴は、省エネで戦っているので、そう見えるのですが」


「ふ〜ん」


 ガルプハルトの話だと、最低限の動きで剣をかわし、最低限の動きで剣を振るう。そして、短期決戦で勝つ。それだけの技術もスピードもある。だけど……。


「今回は、相手もかなりの技術があります。手を抜いて戦える相手ではありません」


「そうなんだ〜」


「短期決戦に持ち込めればアンディ。長期戦になればネイデンハートでしょうね」


「ふ〜ん」



 そして、戦いは1時間を越える長期戦にはなった。


「はあはあ」


「ふ〜。ふ〜」


 お互い呼吸が荒い、そして、アンディの動きが鈍くなった。


 こうなると逆転は難しく。結局。



「勝者ネイデンハート!」


 大歓声に混じって、女性陣の悲鳴も聞こえる。


「くそっ」


 アンディも、本気で悔しそうだった。僕は、


「アンディ君、敗北から学ぶ事も多いのだよ」


「では、グーテル様も、この後、一手いって、お手合わせ頂けますか?」


「やだ」


 ガルプハルトと戦ったら、僕は死んじゃうよ。



 まあ、こうして剣術大会も終わった。優勝はネイデンハートさん、準優勝はアンディ。そして、3位にガルプハルトが入った。文句のない結果だった。


「こんなに、貰っちゃいましたよ」


「俺もだ」


「わたしもです」


 剣術大会の出場者全員に、褒賞ほうしょうが出た。小箱に入った結構な金貨だった。気前良いですね~。


 何でも、ガルプハルトいわく、数年は遊び暮らせるそうだ。まあ、遊び暮らさないそうだけど。



 そして、アンディは。


「これで、借金返せる!」


 と、喜んでいた。


「お給金少なかった? 言ってくれれば……」


 と、僕が言い始めると、フルーラが慌てて、


「グーテル様、お給金は、多いくらいです。アンディは、女性にみついでいるんですよ。気前良く」


「へ〜」


 だそうだ。


 まあ、返せるなら良かった。次は、優勝だね。





 こうして、僕達は帰る事になった。リチャードさんと、トンダル、そして、お父様は国王の即位式に出席するそうで、一足先ひとあしさきにミハイルに向けて旅立った。即位式は、(1292年)7月1日に行われるそうだ。



「グーテル。手間をかけさせたな」


「いえ、ですが、残念です」


「いや、かえって良かったのかもしれないぞ。あんな小者こものにマインハウス神聖国の国王など、つとまるわけがない。すぐにボロを出すさ。そうすれば、自分達の見識けんしきが間違っていた事が分かるだろうよ、あいつらも」


「そうですね」


「ああ、では、気をつけて帰れよ」


「はい、叔父様もお気をつけて」

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