第71話 選帝侯会議⑪

 剣術大会が再開された。僕達は闘技場に集まる。諸侯達も集まり、闘技場は熱気であふれていた。


 次は準決勝。対戦は、ガルプハルト対ネイデンハートさん。そして、ウルリッヒさん対アンディだった。



「ガルプハルト、怪我しないように頑張ってよ」


「はい、そうさせて頂きます」


 と言いながら、練習は頑張っていたようだ。両手持ちの大剣がうなる。



 ネイデンハートさんは、長剣を片手で持ち、反対の手に盾を持って戦うスタイル。対して、ガルプハルトは両手持ちの大剣で戦うスタイル。


 どういう戦いになるのだろうか?



 僕は、各選帝侯に与えられた。観戦室に入ると、この前の食事会で気に入ったエスパーダ地方のワインを片手に観戦する。



 上が随分ずいぶん、騒がしい。名の知れた大きな領邦りょうほう諸侯は30程だが、小さな領邦諸侯まで入れると300あまりになる。奥様を連れた諸侯もいるだろうし、護衛の騎士や、世話係まで入れれば、2000人は、いるのかもしれない。



 と、そこへ。お父様が入ってきた。今は叔父様の所を離れ、自領に戻っているフレーゲルハウゼン・ハウルホーフェだ。


「やあ、グーテル。お誘いに甘えさせてもらうよ」


「お父様、ゆっくりして下さい。ワインもありますし。上は、混みすぎですよ」


「そうだな」



 実は、選帝侯会議が終わってすぐに、お父様には、挨拶していた。ちなみに、お母様は、ボルタリア王国にいる。僕の居ない間に、エリスちゃんに何かあったらいけないのだそうだ。



「お父様、遠路えんろご苦労様でしたお疲れでしょう」


「いやいや、特に移動だけだからな。疲れてはいない。それよりも、選帝侯会議の方が、疲れただろう。アンホレストを推薦したようだしな」


「選帝侯会議に関しては、正直、疲れてません。だいたい予想通りでしたし、ですが、叔父様に関しては疲れました」


「そうか?」


「ええ、予想以上でした」


「そうか。ハハハハ」


 お父様は、そう言って笑う。



 叔父様は、予想以上に傑物けつぶつだった。武だけでなく。頭脳面でも特筆とくひつする点が有り、自分の出来る事、出来ない事が分かっていた。熱い情熱を持ち、目的の為には、手段を選ばない。


 古い体制をみ嫌い、変革を求め、自信に溢れ、身内みうちと、信頼した家臣には極めて寛容かんようで、それ以外の者には冷酷れいこくだった。優れたカリスマ性と、大きな野心。



 まあ、選べるんだったらこんな人を皇帝にはしないだろうな。だって、国がどうなっていくかわからないし、自分が表舞台に立つことも出来ない。


 僕は、どう変わっていくか見てみたい。もし、手にあまるようだったら……。まあ、その時に考えよう。また、策士だの、呼ばれそうだ。



 観戦席に、僕、お父様、そしてトンダルと3人で座る。後ろには、フルーラと護衛の騎士達。


 お父様は、何やらトンダルと話している。



 僕は、後ろを振り向き、


「ねえ、フルーラ。ガルプハルト、勝てそう?」


「う〜ん? どうでしょうか? わたしには、分かりません」


「そうか、そうだよね」



 僕は、闘技場を見る。両サイドからガルプハルトと、ネイデンハートさんが入ってくる。


 ネイデンハートさんは、赤銅色しゃくどういろの肌、そして、潮に焼かれ白髪に見える金髪をなびかせ。立派な口髭をはやした精悍せいかんな顔つきの男だった。


 対して、ガルプハルトは、ネイデンハートさんを上回る体躯たいくを持ち、短く刈りそろえられた金髪と日に焼けてやはり赤銅色に見える白い肌。そして、顔は、キリッとした濃い眉毛、男らしい顔立ち、しっかりとした骨格。



「外見は、ネイデンハートさんの勝ちかな」


「そういう事、言うのは、やめてください」


 フルーラに、注意されてしまった。



 リチャードさんの声が、闘技場に響く。


「これより準決勝を開始する。まず第1試合。ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯臣下英傑えいけつガルブハルト対ザイオン公臣下剣王けんおうネイデンハート」


 歓声が沸き起こり、二人は歓声に応える。



 そして、ヘルムを被り構える。ガルプハルトは右足をやや下げて、大上段に剣を構える。ネイデンハートさんは、盾を持つ左手をやや前に出し、右手の剣の先端をすぐ突けるように、その盾の右横に添え、左半身ひだりはんみに構える。


「はじめ!」


 リチャードさんの掛け声と共に、ガルプハルトが動く。大きく踏み込んで、大剣を振り下ろした。ネイデンハートさんは、それを盾で防ごうと、盾を、斜め上にあげる。


「ガッキッーン!」


 場内に金属音が響き、火花が飛び散り、ネイデンハートさんが、1mほど、後方に飛ばされた。一瞬だが、信じられない事が起こったというように、ネイデンハートさんが、盾やガルプハルトを見る。硬い金属で出来ているはずの盾は、ぐにゃっと変形していた。



 ガルプハルトが普段持っている、ウォーハンマーだったら、すでに勝負はついていただろう。ネイデンハートさんの左腕はくだかれ、ヘルムが変形するくらいの勢いで、脳天を砕かれ即死かな?



 しかし、今回は、剣術大会。ネイデンハートさんの左腕は、痺れているようだが無事のようだ。ガルプハルトの息もつかせぬ連続攻撃を曲がった盾も使って、なんとかかわしていた。


 ネイデンハートさんは、ゆっくり下がりながら、体勢を整える。そして、反撃に転じた。



 ガルプハルトの剣の軌道をそらしつつ、横に回りこみ、剣を振るう。ガルプハルトの身体にネイデンハートさんの長剣が当たり、ガルプハルトの鎧から火花が飛び散る。


 だが、その程度でひるむガルプハルトではなく、再びネイデンハートさんにむけて、大剣を振り下ろすが、あっさりと躱され、再び攻撃を受ける。



 ネイデンハートさんは、上手く回り込みつつ、ガルプハルトの周囲を回りながら、ガルプハルトを攻撃する。



 と、今度は、ガルプハルトが後退し始める。こうなると一方的になった。ネイデンハートさんの攻撃を受けつつ、ガルプハルトも攻撃を返そうと大剣を振るうが、ネイデンハートさんに、攻撃が当たる事はなく。


「参った」


 追いつめられたガルプハルトの喉元のどもとに、ネイデンハートさんの剣先が添えられ、ガルプハルトが宣言する。


「勝者、ネイデンハート!」



 闘技場に大歓声が、巻き起こる。



 両者がヘルムを外す。その瞬間、どよめきが起こる。ネイデンハートさんの右目は腫れ上がり、額からは血が流れていた。ガルプハルトの最初の一撃でこうなったのだろう。


 もし、戦場だったら、あるいは、大剣に刃があったら、やはり勝っていたのは、ガルプハルトだっただろう。あらためて歓声が起きる。



「いや、強い強い。完敗です。ガハハハ」


 ガルプハルトは、笑いながら手を差し出す。


 ネイデンハートさんもそれに応え、握手しつつ、


「戦場でなくて良かったです。戦場だったら、俺は間違いなく死んでいたでしょう。戦場であなたと会わない事を、神に祈りますよ」


 この願いを神は受け入れる事なく、時には味方として、時には敵として二人は会うこととなる。


 この戦いを見ていたある人物によって、引き抜かれ、その人物に生涯しょうがいつかえる事になるのだ。



 こうして、準決勝第1試合が終わった。



「ガルプハルトお疲れ様。怪我は大丈夫?」


「ありがとうございます、グーテル様。ええ、特に怪我してないんですよ」


 そう言いながら、ガルプハルトは自分の身体を見ていた。頑丈がんじょうだね〜。



 お父様も、トンダルもガルプハルトの戦いを讃えていた。



「これで、アンディが優位に戦えるかね?」


「アンディが、決勝に行くことが、前程なのですが」


 フルーラがそう言うと、ガルプハルトは、


「まあ、アンディとの戦いになるでしょうが、戦場で生きてる人間です。ちゃんと対策をとってくると思いますよ」


 だそうだ。


「そう」





 観戦室にディナーの準備がされ、ガルプハルトも加わりゆっくりと食事をとると、午後の試合。アンディの試合の準備が始まる。



 アンディが入ってくると、大歓声が起きる。女性の悲鳴のような歓声が響きわたる。


 相変わらず、大人気ですね~。


 まあ、あの顔だからね。まさに端整たんせいな涼しげな顔立ちっていうのだろうか? アンディは、片手に剣、片手に盾を持つ。


 対して、ウルリッヒさんは、相変わらず両手に、パンツァーシュテッヒャーを持ち。長いマントを羽織り、長い手足を隠しかがんで歩いている。



「準決勝第2試合を行う。トリスタン大司教臣下怪僧かいそうウルリッヒ対ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯臣下瞬身剣鬼しゅんしんけんきアンディ」



 ウルリッヒさんが、パンツァーシュテヒャーを、自分の顔の前で交差するように構える。アンディは、ネイデンハートさんと同じような自然体に構える。



「はじめ!」


 リチャードさんの声が響くが、両者動かない。やがて、じりっじりっとアンディが前進を開始する。



 そして、ある程度まで進むと、足先で闘技場の床に傷をつける。何だろ?



 アンディは、さらにじりっじりっと前進する。と、その瞬間、ウルリッヒさんが動く、右足を前に大きく踏み込み、右腕を伸ばす。アンディは、その動きを、読んでいたように後方に飛ぶ。すると、


「コツッ」


 ウルリッヒさんのパンツァーシュテヒャーが、軽くアンディの盾に当たる。


 アンディは、やや自分が闘技場につけた線の後方に立っていた。アンディは、さらに素早く距離をとり、お互い離れ構える。



 アンディは、もう一度だけ、同じ事を繰り返す。すると、今度は、線の上に立った。これで、アンディの間合い確認は終わったようだ。激しく試合が動き出す。



 アンディは再び構えると、やはりじりっじりっと動き、おそらくウルリッヒさんの間合いに入ると、凄いスピードで、左右にフェイントを入れつつ、ウルリッヒさんに迫る。


 ウルリッヒさんも、前方に飛び、アンディを突くが、アンディには当たらず、そのままアンディは飛び込み、剣を振るう。ウルリッヒさんも、なんとか、剣で防ぐが、後方に逃げる。


 アンディが、追撃をかけると、ウルリッヒさんは体勢が崩れ防戦一方となる。すると、ウルリッヒさんが、両手を地面につけ、そのまま足を上げて回転し、アンディを蹴る。


 ウルリッヒさんの足先には、短剣が仕込まれていたが、アンディはなんとかそれを躱し、後方に飛ぶ。



 再びお互いが間合いをとり、構える。一瞬の攻防だったが、見応えのある攻防だった。自然に会場に拍手と歓声が沸き起こる。



 そして、再び、アンディが動く。先程と同じように、左右にフェイントを入れつつ前方に飛ぶ。ウルリッヒさんは、今度もなんとか防御するが、また防戦一方となり、そして、再び、両手を地面につけ、そのまま足を上げて回転し、アンディを蹴る。


 その瞬間、アンディが僕の視界から消える。


 後で、フルーラに聞くと、素早く前方に足から、ウルリッヒさんのマントの下にすべり込んだのだそうだ。



 アンディは、素早く前方に滑り込み、そのまま反対側に通り抜けつつ、回転軸となっていたウルリッヒさんの手を剣で強く叩く。そして、アンディは身体を素早く反転させ、ウルリッヒさんに剣を突き付けた。



 ウルリッヒさんは、両腕を激しく、剣で叩かれパンツァーシュテヒャーを取り落とし、うずくまる。


「ま、参りました」


 これで、アンディの勝利が決まった。決勝は、ネイデンハートさん対アンディとなった。



 凄まじい歓声の中、ウルリッヒさんがヘルムを始めて脱いだ。どこにでも居そうな平凡な顔があらわになる。まあ、こういう人の方が怖いよね。人混みにまぎれても気が付かない。まあ、あの長い手足で目立つか?



「決勝も頑張ってください」


「ありがとうございます」


 アンディが、爽やかに答える。

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