第70話 選帝侯会議⑩

 いよいよ始まる。選帝侯せんていこう会議本番。ミハイル大司教ヴェルターさんは、鉄製の扉に鍵をかけると、その鍵をふところにしまう。



 各自、帯剣たいけんどころか、一切いっさいの刃物の所持も認められておらず。お互いに確認して入室していた。



 参加者は、選帝侯7人。ミハイル大司教ヴェルターさん、トリスタン大司教バーモントさん、キーロン大司教ジークフリートさん、フォルト宮中伯ルードヴィヒさん、僕こと、ボルタリア王代行クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン、フランベルク辺境伯リチャードさん、そして、ザイオン公ロードレヒさん。


 さらに、次代の君主候補、叔父様である、ヴィナール公アンホレストと、オルテルク伯アーノルドさんだ。



 9人は円卓に座る。司会を務める、ヴェルターさんが一番、上座かみざで、アーノルドさんが、一番の末席まっせきになる。



 そして、ヴェルターさんが、開式を宣言する。


「では、これより、マインハウス神聖国、及びダリア王国の君主選挙を実施する。まずは、神に感謝しよう。アーメン」


「アーメン」



 こうして、選帝侯会議は、始まった。


「では、ヴィナール公アンホレスト卿。では、君主になった時の、抱負ほうふと心構えをお聞かせください」


「はい」


 叔父様は、静かに返事して立ち上がる。



「私の父親は、偉大な皇帝だった。ヒールドルクス公国から皇帝になり、ボルタリア王国を破り、ヴィナール公国を獲得して、私はその統治とうちまかされました。そして、その領土を広げる事には成功した。だが、決して統治に関しては、成功したとは言えない。そこにいる、グーテルの父親、フレーゲルハウゼン殿や、ヒューネンベルクが、居なければ良い統治は、出来なかっただろう」


 そう言いながら、叔父様は周囲を見回す。うん、威厳いげんといい貫禄かんろくといい、普通の国だったら、本当に君主に相応ふさわしい人だろう。過激かげき言動げんどうと、行動。そして、短気な事を除けば。


「だから、実際に君主に成れればだが、皆の協力を頂き、国を盛りたてていきたいと思う。さらに、政策についてだが……」



 この後は、叔父様は、ランド王国の政策をした政策について語った。これは、今まで、なあなあだった土地管理をフープマイスターを使い徹底し、都市においては、大商人に特権を与え財務官ざいむかんに任命し、都市の経済、そして、徴税ちょうぜいを安定させるというものだった。



 これは、領内諸侯や、大地主だいじぬし等にとってはなやましい提案となるが、ここにいる領邦諸侯や聖職諸侯には、悪い話では、ないように聞こえる。


 だが、領内に帝国自由都市を内包ないほうする、キーロン大司教や、ザイオン公にとっては、都市がさらに力をつけるのは好ましく無かった。現にキーロン大司教は、キーロンの街から市民によって追い出されていた。


 さらに、ダリア地方の都市群が、さらなる力を持つ事も意味する。


 それに、領邦諸侯も領内諸侯に色々言われるのは面白くない。



「これで、私の話は終わりです」


 そう言いながら、叔父様は椅子に座る。拍手が起こるが、キーロン大司教は、あからさまに顔をしかめている。



 続いては、アーノルドさんの番だ。


「では次に、オルテルク伯アーノルド卿よろしくおねがいします」


「はい」



 アーノルドさんが立ち上がる。相変わらず、その年齢とは思えない、人形のように無機質で美しい顔だった。その能面のような顔に、作り笑いを浮かべて話始めた。


「私の国は、何の力も持たない、牧歌的ぼっかてきで小さく、でも平和な国です。領内には、争いどころか、犯罪も少ない本当に平和な国です」


 アーノルドさんは、舞台俳優のように大袈裟おおげさな動きを、入れつつ話す。


「私は、我が国のように平和な国を、マインハウス神聖国全土に広げたいと思うのです」


 んっ? どういう事? マインハウス神聖国全土を、牧歌的にしたいのだろうか?


「戦争で人が死ぬのは、本当に嫌な事です。私も数年前戦争に巻き込まれ、死にかけました」


 これは、トリンゲン継承戦争の事だ。そして、トリンゲン公フロードルヒさんが、勝者で、敗者となった父親に味方して敗れたのが、アーノルドさんだ。


「私は、アンホレスト卿のように武勇ぶゆうに優れておらず、グーテルハウゼン卿のように策士でもありません」


 えっ、僕? 僕は悪い策士じゃないよ。じゃなくて、策士でもない!


「それゆえ、皆様のお力をお借りして、フォルト宮中伯には、宰相さいしょうとして、他の方は大臣として、我が治世ちせいを助けて頂きたい。よろしくおねがいします」


 アーノルドさんが、椅子に座る。拍手が起こる。


 えっ、これだけ? 叔父様のように政策の話もないし、短かった。う〜ん?



 僕は、慌てて手を挙げる。これじゃ比べる要素がない。


「グーテルハウゼン卿、どうぞ」


「はい。アーノルド卿、マインハウス神聖国を平和にと言われましたが、具体的にどういう事をされるおつもりですか?」


「えっ、それは……」


 それは?


「わ、私が調停ちょうてい人となり、話し合います」


「なるほど」


 妥当な意見だった。何か領邦国家同士で問題があれば、アーノルドさんが自ら調停人となって、問題を解決すると言っているようだ。まあ、話し合いだけで解決出来るとは限らないけど。



「他の方、何か質問ありますか?」


 と、ヴェルターさん。だが、誰も何も言わない。


「では、お互いに議論していただきますよ。では、議題は……」


「はい」


「では、アーノルド卿」


「私は、どうしても、アンホレスト卿。なぜ、あなたがそんなに戦いが好きなのか聞きたいのです。確かに、避けられない戦いもあるでしょう。現に、私も巻き込まれました。ですが、あなたが起こした戦いはそうではない。違いますか?」


 すると、叔父様は、


「どの戦いを、そう言っているのかは、わからないが。相手に言って、こちらの思惑通りいかなければ、力に訴える事もある」


「その力に訴えるのが、良くないと思うのです」


「では、どうすれば良いのだ?」


「それは徹底的に、お互い納得いくまで話し合うのです」


「話し合いで解決するのならば、そうなっている。だが、ヒューネンベルクや、フレーゲルハウゼン殿が交渉して無駄なのだ。ならば、力に頼るしかあるまい」


「それは、当初の条件が、無謀なのではないですか?」


「無謀? 何が無謀なのだ? こちらの利益がない交渉など無意味だろう。こちらとして納得出来る上限の条件を提示し、お互い納得出来る妥協点を探るのが交渉だ。だが、戦争前の状況に戻せなど、話にならん」


「あなたのような人がいるから、侵略戦争が無くならないのだ!」


「なに?」


「まあまあ、お二方とも」


 そう言って、司会を務める、ミハイル大司教ヴェルターさんがなだめる。他の2人の聖者は、圧倒されているようだった。


 と、リチャードさんが、再び手をあげる。


「リチャード卿」


「ちょっと良いだろうか。話が漠然ばくぜんとしていて、わかりにくいように思う。わたしが知っている範囲で、話すのだが」


 そう言って、リチャードさんは周囲を、見回して、


「ザーレンベルクス大司教との揉め事だが、ザーレンベルクス大司教領では、良質な岩塩がとれる。それを国外に売って、かなりのもうけを出していたわけだが、国外に塩を運ぶには、船で川を下らないといけない。そして、その川はヴィナール領内も流れている。元々のヴィナール公は、ザーレンベルクス大司教領の船の通行に関税をとっていなかった。だが、アンホレスト卿は、関税をとることにした。ようは、通行料だ。フォルト宮中伯や、三聖者、そして、ザイオン公の領内を流れるマイン川沿いに、城がいっぱいあるのは何故か? それは、通行料を取るためだ。それで、国に利益をもたらしている。違いますか?」


 それを聞いて、指摘された方々は、こくんとうなずく。


「だったら、アンホレスト卿が通行料を取るのは、不自然ではないだろう。そして、それを守らない、ザーレンベルクス大司教と戦争になった。まあ、そういう事でしょう」


 すると、慌てたようにアーノルドさんは、


「そ、それは、一例に過ぎぬでしょう。リチャード卿。それに、あなたは、元々侵略者の味方、だから、アンホレスト卿の味方となるのか?」


 リチャードさんは、やれやれという感じで、首をすくめ。


「わたしは、アンホレスト卿の父上、先帝に負けたのだ。アンホレスト卿に味方する理由がなかろう。それに、さきの大戦で、ボルタリアの先先王に味方したのは、我が国に色々便宜べんぎを、はかってくれたからだ。我が国は、貧しい。だが、ボルタリアはいまだに、船の通行料をきちんと払ってくれるし、何より、我が国の耕作物、畜産物などを、率先して買い上げてくれているのだ。だから、協力したのであって、グーテルハウゼン卿に味方する道理はあっても、アンホレスト卿に味方する理由はなかろう」


「くっ」


 そう言われて、アーノルドさんは黙る。



 その後も、二人は議論を戦わせた。一応ニ日にわたり議論をしたのだが、特にこの後は、盛り上がる話題もなく、終わり。



 そして、


「ふう。うむ、これ以上はないですな。では、投票にしましょう。どちらに投票するか、理由も簡単につけて、投票してください」



 投票と言っても、どちらを支持するか言うだけだった。


「まずは、トリスタン大司教。おねがいします」


 トリスタン大司教バーモントさんが立ち上がる。


「わたしは、アーノルド卿を支持する。確かに、アンホレスト卿の施策は魅力だが、流石に性急すぎると思う。時代に合わせた変革は必要だが、それは今ではない。と思う」


 はい、まずは、アーノルドさんに一票。だけど、叔父様の政策自体は、評価してくれたようだ。


「続いては、キーロン大司教。おねがいします」


 キーロン大司教ジークフリートさんが立ち上がる。


「わたしは、やはり、戦争が嫌です。なので、アーノルド卿を指示します」


 はい、アーノルドさんに二票。やはり、無理かな?


「続いては、フォルト宮中伯。おねがいします」


「わたしは、アーノルド卿を信じておる。我が息子や、皆と手を取り合って国を良くしてくれると」


 はい、アーノルドさんに三票。これで追いつめられた。後、一票でも入ればアーノルドさんに決まる。


「続いては、ボルタリア王代行クッテンベルク宮中伯。おねがいします」


 さて、僕だ。


「わたしは、叔父様、アンホレスト卿を指示します。やはり、国には変革が必要だと思うのです」


 はい、これでようやく叔父様に一票。と言っても、僕の一票。


「続いては、フランベルク辺境伯。おねがいします」


「わたしは、アンホレスト卿を指示する。ランド王国をモデルにした土地政策、非常に魅力的に感じた」


 リチャードさんも、叔父様を指示してくれたようだ。これで、叔父様に二票。


「続いては、ザイオン公。おねがいします」


「えと、僕は……」


 僕はは、駄目だよ。まあ、出ちゃうときはあるけど、公式の場では、わたしは、か、わたくしは、何だけど。まあ、良いか。


「僕は、アーノルド卿を支持します。えと、戦争嫌なので」


 随分、情けない言葉だな。若き日のザイオン公を返してくれ〜。



 だけど、これで決まった。選帝侯会議においては、アーノルドさんをマインハウス神聖国の君主及び、ダリア王に選ぶ事に決まった。最後は。


「最後は、わたしですね。アンホレスト卿を指示します」


「えっ!」


 周囲から驚きの声があがる。司会を務めていた、ミハイル大司教ヴェルターさんが、叔父様を支持したのだ。そして、その理由も不可解なものだった。


「アンホレスト卿から続く未来に、わたしは、光を見たのです」


 ん? どういう意味だろ?


「ハハハハ、グーテル君も、好かれたもんだな。まあ、それよりもだ」


 リチャードさんが笑う。そして、ヴェルターさんは、


「ですが、選帝侯会議においては、オルテルク伯アーノルド卿を次代の、マインハウス神聖国の君主、及び、ダリア国王に選定する事となりました。この後、領邦諸侯による、信任投票を行います。これにて、選帝侯会議を終わります」



 そして、リチャードさんは、宣言する。


「選帝侯会議は、終わった。剣術大会を再開する!」

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