第69話 選帝侯会議⑨

「続いては、メインディッシュの魚料理です。ランド王国沖地中海マグロのフライ、赤ワインソースです。マグロという魚は、地中海にいる大きな魚で、珍しい赤身あかみの魚です」


「えっ、赤身?」


 僕はミスを悟った。知らなかった~。赤身の魚がいるのか~。


 マインハウス神聖国で食べられてる魚は、海の魚だと、干されたり燻製くんせいにされたニシンやタラだ。湖や川魚かわざかなだと、カワカマス、コイ、マスもいるが、白身魚だ。マスはピンクっぽい身をしているものの、白身魚だ。


 それに、赤ワインソース。完全に白ワインじゃない気がする。


 僕は、近くにいた給仕きゅうじを呼び、ワインを取りにいかせたのだった。


 さらに、シェフの説明は続く。


「赤身の魚ですが、肉ほどはしつこくなく、さっぱりしておりますので、中身は半生の状態で、フライにし、赤ワインソースをかけました」


 そのタイミングで、肉料理に出す予定だった、ワインが運ばれてきた。危ない危ない。メニューだけ聞いて、ちゃんと確認しなかった僕の責任だ。


「え〜、魚料理には続けてブリュニュイの白ワインと思っていたのですが、赤身の魚ということで急遽きゅうきょ、肉料理に出す予定だった。赤ワインを出させて頂きます。この後の肉料理には、また別の赤ワインを出させて頂きます」


「ほ〜」


「赤ワインは、皆様の予想通り、ブリュニュイの赤ワインです。ぶどうの品種はピノ・ノワール。ピノは、ランド語でピノは松、ノワールは黒という意味です。フルーティーで華やか、しかししっかりとした味のワインです。どうぞお召し上がりください」


「お〜、やはり、ブリュニュイの赤ワインは、美味しいですね~。で、マグロとやらを……。うん、美味しい!」


「本当ですな~、柔らかいがしっかりとした味もあり、それにこのフライというのがまた良い。サクッとした食感に続いて、流れ出すマグロの旨味うまみ


「そうそう、さらにブリュニュイの赤ワイン。私は、肉料理よりも、このマグロのフライと相性が良い気がします。さすがに、ワインに造詣ぞうけいが深い、クッテンベルク宮中伯」


「誠に」


 いや、これに関しては、偶然の産物だ。僕の手柄ではない。だけど、確かに、このマグロのフライと、ブリュニュイの赤ワインの相性は良かった。


 華やかでフルーティー、そしてやや酸味さんみのある渋みのあまり無い、ブリュニュイの赤ワイン。


 フライの油をその酸味が洗い流し、マグロの旨味をフルーティーさが補完ほかんする。何とも絶妙だった。



「ところで、アーノルド殿は、特に領内で行っている政策など、ございますかな?」


 今度は、アーノルドさんに話させる為に、フォルト宮中伯ルードヴィヒさんが、訊ねる。その答えは、


「特にありません。我が領内は、安定しておりますゆえ」


「そうですか」


 えっ、終わり? 僕は、慌てて、質問する。


「昔ながらの政策を、そのまま行っておられるのですか?」


「はい。左様さようです」


何故なぜですか?」


「えっ?」


「時代と共に、人も環境も変わります。だったら、昔、良かった政策も、今はそぐわないかもしれません」


「そうでしょうか? 優れた政策は、いつの時代でも、良いものではないでしょうか? 現に、我が国は安定しております。国内が安定しないから、他国へ攻め込むような事をするのでは、ないのですか?」


「アーノルド殿」


 ルードヴィヒさんが、たしなめる。どうやら、相手を非難するような話は、駄目なようだ。


 僕の話は、非難ではなく、疑問ととられたようだ。


 さて、どうしよう? 僕が、逡巡しゅんじゅんした時だった。リチャードさんが、口を開く。


「アーノルド殿の思い、誠に結構。ところで、その素晴らしい古の政策とはどのようなものなのです?」


「えっ、あ〜、え〜と……」


 アーノルドさんは、言葉につまる。さすがリチャードさん、素晴らしい返しだ。


「そうですね。古の政策では、土地政策が素晴らしいと」


 リチャードさんの眉がピクッと動く。


「ほ〜、我が国でもその土地政策で、貧富ひんぷの差が拡大し、農奴のうどが増えているというのに、貴殿きでんの国では、どのように対処されているのですかな?」


貧富ひんぷの差の拡大も、結構なのでは? 大地主によって土地が管理され、大きな農地となり、耕作効率もあがり、安定して税も納められる。良い事ではないかと」


「ふむ」


 リチャードさんは、あごをしごく、


「だが、それにより、農奴の生活は苦しくなり、逃亡する者も出てるとか、我が国では、最低賃金を決めているが……。それでも、苦しいようだが」


 さすがリチャードさん。ちなみに、僕は叔父様と同じく、農奴解放を支援している。農奴からの独立を希望する者に、土地や、職業の紹介をする程度だけど。


 叔父様のように、諸侯や、大地主から土地を取り上げて、再分配とか、逃亡農奴に土地を与えるという過激な政策はしていない。


 まあ、だから叔父様は、大地主や、聖職者、諸侯に嫌われ、農奴や、低所得者層、大商人に好かれるという複雑な状態になっているのだ。


「農奴は、農奴です。それは、大地主に任せておけばよいのです。働き手がいなくなり、困るのは大地主なのですから」


「ふむ」



 まあ、正論だな。アーノルドさんの考えは、マインハウス神聖国の諸侯や、聖職諸侯の共通の認識だろう。だけど、叔父様という過激な革新者の登場で、時代は変わりつつあるとも思うのだが。


 それに、ランド王国の台頭もある。野蛮と思われていた国は、人口も増えて、いまや、文化の中心になろうとしているのだ。国境は、押し込まれ、ダリア地方の支配権も怪しくなっている。


 さて、どちらが君主に相応ふさわしいのか? 僕は、周囲を見回す。



 リチャードさんは、再び目をつむり、腕組みをしている。


 ザイオン公ロードレヒさんは、キョロキョロと周囲を見回している。う〜ん、何を話したのか、理解出来ていないのかな? ザイオン公の叔父さんに頼りっぱなしで、自分の考えがないのだろうか? 昔は、利発そうだったのにな~。


 フォルト宮中伯ルードヴィヒさんは、アーノルドさんを感心したように見つめ、三聖者のうち、キーロン大司教ジークフリートさんと、トリスタン大司教バーモントさんは、これに同調しているようだ。


 で、ミハイル大司教ヴェルターさんは、何故か、僕を見てニコニコしていた。何だろ?



 次の料理が運ばれて、配られる。


「次の料理は、仔羊こひつじ肩ロース肉と茄子なすのパートブリック包み焼きです。パートブリックは、さきほどのガレットに似たような生地なのですが、その発祥は、エスパルダのさらに南、海を渡った、チュニセアの料理、ブリックを起源としております。ブリックは、薄い生地に卵や羊肉のミンチを挟み揚げた料理です。今回は、仔羊肩ロース肉と茄子を合わせて味付けし、パートブリックで包み、焼いております。ご堪能ください」


 さて、僕だ。余分に用意しといて良かった~。


「ワインですが、エスパルダの北部の赤ワインです」


 少し、ざわつく。それもそうか。世界最高と言われている、ブリュニュイの赤ワインの次だ。それに、エスパルダ。100年くらい前は、南の大部分を異教徒に支配され、今も、南の一部は異教徒に支配されているのだ。


 異教徒は、ワインを飲まないそうだ。だけど。


「エスパルダの北部、サンティアゴ・デ・コンポステーラが、巡礼の聖地となったことで、巡礼の修道士達が、ランド王国ブリュニュイのワイン技術を、エスパルダ北部のキリスト教諸国に持ち込みました。 それで、エスパルダ北部のワインはブリュニュイの影響を受けているのです。ぶどうの品種は、テンプラニーリョ。 エスパルダ地方の地ぶどうであるテンプラニーリョは、滑らかな渋味と適度な酸味に非常に繊細な味わいが特徴です。また、樽の香りが移りやすいことからオーク樽での長期熟成されます。長期樽熟成されたワインは、少しスパイシーで、スモーキーでもあり、重厚感のある味わいになります。 今回の仔羊の味にも、負けないと思います。どうぞ、お召し上がりください」


 さて、どうかな?


「うん、これは、旨い! 仔羊と茄子で味は比較的さっぱりしているのだが、中のソースが濃厚にこれを包んで、うん、バランスが良いな~」


「本当に、美味しいですな~。仔羊のしみ出る旨味、やや乳臭い風味を、茄子とソースが綺麗に消して美味しさを醸し出しておりますぞ」


「それよりもだ。皆さん、赤ワインです。いや〜、最初飲んだら、ブリュニュイに比べてと思ったのだが、このスパイシーさと、渋みがこの料理に合いますよ」


「どれどれ、うん、本当に」


「美味しいですね~」


 良かった、うまくいったようだ。やれやれ。



 そして、会話もお酒も進み、皆、酔っ払い。話も真剣な話から、世間話に移行していく。


「グーテルハウゼン卿は、お子さんは?」


「えっ。ええと、つい最近産まれました」


「おお、それはめでたい。神の御祝福があらんことを」


「ありがとうございます」


「かわいいでしょうな〜。男の子ですか、女の子ですか?」


「女の子です。名前はセーラです」


「そうですか。素晴らしい名前ですな~」


「ありがとうございます」


 なんて感じで話が、進んでいく。



 そして、デザートに、


「最後のデザートですが、レモンのサバランとルバーブのアイスとなります。サバランとは、ブリオッシュをお酒の入ったシロップにつけて、クリームや、果物をトッピングしたものですが、今回はさっぱりと、レモンシロップと、さくらんぼの蒸留酒キルシュヴァッサーを使っております。どうぞ、御賞味ください」


 デザートと一緒に、ハーブティーが配られる。ワインは、それぞれ各自で、飲みたい人は、飲んでるようだった。僕は、ハーブティーを啜っていた。



 その時、ふと、アーノルドさんと視線が合う。


「グーテルハウゼン卿は、戦いがお好きなのですか?」


「えっ、いえ、何故でしょう?」


「それは、戦いが上手だとお伺いしましたので」


「そうですか」


 僕は、周囲を見回すが、止めようとしていない。叔父様ではなく、僕に対してなので、よしとされたのだろう。


「そうですね。好きではありませんが、ボルタリア王国が、ハウルホーフェ公国が、家族や家臣が危険になれば、それを守る為に戦いますよ」


「そうですか」


「ですが戦いって、剣を持って戦うだけが、戦いではないのではないでしょうか?」


「どういう事ですか?」


「僕にとって、戦いとは、情報を集め、交渉したり、調略したり、あるいは、ちょっと策を仕掛けたり、全てが戦いだと思います」


「グーテルは、その辺の事、上手いからな」


 叔父様、余計な事言わないで、あれは、ちょっとしたミスなのだ。


「なるほど、でしたら、明日からは、我々の戦いということですか。ヴィナール公アンホレスト卿。御手柔らかにおねがいします」


「こちらこそ、よろしく頼む」



 こうして、選帝侯会議の本番の戦いが始まる。

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