第68話 選帝侯会議⑧

「叔父様、遠路えんろ御苦労様でした」


「ああ、グーテルも出迎えありがとう。それに、俺を推挙すいきょしてくれたそうだな。感謝する」


「いえ、別に当然の事をしたまでです。感謝される、いわれはありませんよ」


「そうか」



 叔父様が、ヴィナール公国から到着した。そして、アーノルドさんは、すでに到着しているようだ。僕は会っていないが、盛んに動いているようだった。何をしているのかは、知らないよ。まあ、想像はつくけど。



 で、皆が、そろったということで、選帝侯会議が再開するのだが、まずは、僕の企画の食事会だ。美味しい物を食べ、美味しいお酒を飲み、歓談かんだんする。そして、腹を割って話し合う、というわけなのだが、本当にそうなるのかな?





「冷たい前菜は、イカとボッタルガ・ディ・ムジーネの冷製カルボナーラ風でございます。ボッタルガ・ディ・ムジーネは、ボラの卵巣を塩漬けにし、乾燥させたものです。カルボナーラというのは、チーズ、卵黄を使ったランド地方のソースの事です」


 シェフが料理の説明をし、皆の前に皿が並ぶ。



 はじめて聞く料理名に、皆は顔を見合わせながら、恐る恐る口に食べ物を入れ、噛む。すると、


「う〜む。これは上手い」


「ええ、イカとは、これ程美味しい物だったのですね」


 などと、口々に皆が、驚きの声を上げる。マインハウス神聖国は、神聖教の教えに傾倒しており、うろこの無い海の生き物を嫌う傾向にあった。


 そして、何でも食べれそうな物を口に放り込む、ランド王国の食文化を、やや馬鹿にしていた。



 しかし、現在のランド王国の台頭たいとうを見て、その考えを改める者も多かった。まあ、最初の料理は、ダリア地方の料理だったが。



 今回、僕は、お祖父様の最後の妻だった、ブリュニュイ公の娘さん、ベアトリスさんの仲介で、ランド王国の宮廷料理人を呼んでもらった。


 ちなみに、ベアトリスさんは、お祖父様の死の前年にブリュニュイに病気療養の為に戻っていて、そのままブリュニュイ公国にいる。



 本当は、カッツェシュテルンのマスターにと思ったのだが。


「絶対に嫌です。そんな場所で、料理したら緊張で、死んでしまいますよ」


 だそうで、諦めた。



 さて、僕は立ち上がって、飲み物の説明をする。


 お酒を飲んで、ちょっと口が軽くなり、話もなめらかになるだろう。まあ、アーノルドさんは、下戸げこだそうだが、これは仕方がない。しかし、他の方は、大好きだそうだ。



「この料理に合わせたワインは、ボルトゥスカレ王国のワインです。白ワインですが、見た目グリーンに見えます。これは、通常よりも早く収穫した若摘わかつみのブドウを用いることで、フレッシュでアルコール度数の低い微発泡びはっぽうタイプなっています。冷製ですが濃厚なソースに合うように、 軽やかでさっぱりとした味わいのワインを選んでみました。いかがでしょうか?」



「確かに合う。この濃厚なソースに、さっぱりとしたワイン、良いですな」


「クッテンベルク宮中伯は、ワインにも造詣ぞうけいが深いとは……。さすがですな~」


「うむ、見事ですね。だが、このワイン、ぶどうも普通の白ワインとは違うのですかな?」


「さすが、リチャード卿。ええと、このぶどうは、ボルトゥスカレのぶどうであるロウレイロを使っているそうです。ロウレイロとは 現地の言葉で、月桂樹(ローリエ) を意味します。その名の通り、ハーブや白い花の清々すがすがしいアロマが特徴的となっています」


「ほ〜」


 アーノルドさんを除く、皆が、感嘆の声を上げる。すると、隣同士とか、限定的な範囲だが、雑談が始まる。


 よっし、このまま、美味しい料理と、美味しいワインで、会を盛り上げていこう。



 ああ、ちなみに、神聖教の神父さんは、神の血だの聖水だの言って、ワインを好む傾向にある。だから、三聖者の方々も、美味しそうにワインを飲んでいた。



「続いては、温かい前菜です。フォアグラのポワレ、シェリシュソースです。ガチョウにイチジクを与え肥大させた肝臓を、ポワレ。油でカリッと焼いた後、シェリシュを使った、やや甘みのあるソースをかけております」


 フォアグラ。実は、大変長い歴史がある。いにしえのダリア帝国で、ここマインハウス神聖国辺りで捕れたガチョウを、イチジクを食べさせて肝臓を肥大させ、蜂蜜を入れた牛乳に漬けた後に、調理していたそうだ。それを、ランド王国は復活させたのだろうか?


 さて、僕は、


「これに合わせるのは、ランド王国南方の赤ワインです。ぶどうは、マドレーヌ・ノワール・デ・シャラントです。マドレーヌ・ノワール・デ・シャラントは、地ブドウで元々はえていて、食用にならないがワインにしたら美味しかったという、ぶどうです。ワインは、やや濃く、若干甘みがありますが、スパイシーな味で、このフォアグラのポワレに合うと思います」


「フォアグラですか、古のダリア帝国風ですな~」


「うむ、ワインも素晴らしい」


「ああ、一口飲んだ時は、ブリュニュイの赤ワインに負けると思ったのだが、料理と合わせると違うな。これが、マリアージュというやつか」


 などと、いう声が上がる。そして、このタイミングで、話が始まる。



 皆、一応、選帝侯会議には関係の無い、話をするようだ。


「そう言えば、剣術大会だが、フォルト宮中伯のところは、惜しかったですな~。ハハハハ」


「それを言わんでくれるな。本人も落ち込んでおるゆえ、強くも言えんしの」


「そうですか、ハハハハ」


 フォルト宮中伯の臣下である、ウェルサリスさんは、トリスタン大司教の臣下である、ウルリッヒさんに負けたが、その負け方を揶揄やゆしているのだろう。キーロン大司教は、やや性格が悪いな。だから、市民に追い出されたのだろうか?


 そして、ややカチンときたのか、フォルト宮中伯ルートヴィヒさんは、


「ですが、1回戦で、そのウルリッヒに負けたのは、キーロン大司教のところの者でしたな~」


「ええ、まあ」


 ちょっと、雰囲気が悪くなり、会話が止まる。



「続いての料理は、スープです。イワシのオイルサーディン とズッキーニのガスパチョ です。ガスパチョとは、パン、ニンニク、食塩、酢、水で作るエスパルダ地方の冷たいスープです。今回は、ズッキーニを使い、イワシのオイルサーディンを乗せています」


「冷たいスープですか」


「お腹が、冷えそうですな」


「いや、しかし、口の中が、さっぱりしますぞ」


「へ〜。ガスパチョね〜。マスターに作ってもらおう」


 僕が、そう言った時だった。


「マスターとは? 雇っている料理人ですか?」


 悪くなった雰囲気を打開しようと、ミハイル大司教ヴァルターさんが、僕に声をかける。


「ええと、違います。近くの飲み屋のマスターです」


「?」


 ヴァルターさんの顔に、疑問符が浮かぶ。すると、リチャードさんが、


「ハハハハ、グーテル卿は変わっていてな。ヴァルタ城の近くにある領民の出入りする、バールに出入りしているのだよ」


「ほ〜」


 感嘆半分、呆れた感じが半分であった。ミハイル大司教、トリスタン大司教が興味を持ったようだ。


「わたしも、今度行ってみるかの」


「良いですな~」


 そんな声が聞こえた。その時。


「グーテルハウゼン卿と言えば、ヴィナール公と、つい最近戦っておられますな」


 と、アーノルドさんが言うが、ヴァルターさんが、すかさず。


「そのような話は、この場では相応ふさわしくないですぞ、アーノルド卿」


「これは、失礼致しました」


 また、気まずい空気が流れる。全く。



「続いて、スペシャリテになります。トウモロコシとエビとホタテ貝のガレット です。ソースは、野菜出汁を抽出ちゅうしゅつしてホワイトソースにしております。食べにくいので、丸めて手で食べてください。そして、ガレットとは、丸く焼いた物という意味ですが、今回は小麦粉を使わずブルトンヌ風に、そば粉を使っております」


「ワインは、ブリュニュイの白ワインにしました。この後も、魚料理なので通しで飲んで頂きます。ぶどうは、シャルドネ。ピノ・ノワールとグエ・ブランの自然交配によって偶然生まれた、シャルドネ村のシャルドネで作られた究極の白ワインです。フルーティーで華やか、味もしっかりしています。どうぞ、お召し上がりください」


「ほ〜、そば粉のガレットとは、はじめて食べますな~」


「手に持ってとは、何ともランド王国っぽいですが。確かに、これは、手に持ってでないと食べにくい」


「うむ、エビとホタテの食感と、このソースの旨味が口の中に広がって、何とも言えませんな~。さらに、この白ワインを口に、お〜」


「この白ワイン、味が強いかと思ったが、ガレットにも合いますな~」


 うん、これも高評価のようだ。よしっ。



「そう言えば、ランド王国と言えば、ヴィナール公はランド王国に造詣ぞうけいが深いとか?」


 トリスタン大司教バーモントさんが、叔父様に話しかける。おっ、叔父様に話を振ってきた。


「造詣が深というよりは、まあ、関係が深いという感じでしょうか?」


「ほ〜、どのような?」


「そうですな、まず、長男の妻として、ランド王の妹君をめとりましたし、まあ、惜しくも亡くなられてしまいましたが、後は、いろいろランド王国の政策を真似まねさせてもらっております」


「そうですか。政策ですか」


「ええ、金持ちのヴィナール市民を財務官にしたり、土地台帳を作ったりでしょうか?」


「人の動きの管理は、教会の仕事でしょう。それを、わざわざ……」


「ふん、自分達の土地は、自分達で管理しないといけないのだ。だから、不正ふせい横行おうこうする」


 叔父様の口調が、ややきつくなる。


「そのための、フープマイスターですよね」


「ああ、そうだ」


 僕が、そう言うと、叔父様は大きくうなずく。


 僕もその政策は取り入れさせてもらっている。



 マインハウス神聖国において、自分の領地の管理は在地ざいちの者に任せるのが慣習かんしゅうになっていた。だが、その管理を任された在地の者が、ちゃんとした人とは限らない。


 すると、収穫や収入を誤魔化ごまかしたり、賄賂わいろが横行したりなど、不正の温床おんしょうとなるのだ。その為に、フープマイスターがいる。


 中央から、ちゃんとした者を派遣し、管理させる。まあ、そのフープマイスターをちゃんとしているか監視する者も必要かな? と僕は思っていた。



 すると、キーロン大司教である、ジークフリートさんが、ちょっと強い口調で言う。


「ヴィナール公は、聖職者に対して、厳しいのではないか? 領内の聖職者の免税特権めんぜいとっけん剥奪はくだつしたり、裁判権を制限したりしているそうではないか!」


「ああ、それは、聖職者とは言えないような強欲ごうよくな者が多いからだ。ちゃんとしている者に対しては、ちゃんと対処している」


 すると、ヴァルターさんが、


「本当に、同じ聖職者として、なげかわしい者が、最近多くて困る、の〜、ヴィナール公」


「おっしゃる通りです」


 叔父様は、大きくうなずく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る