第67話 選帝侯会議⑦

 そして、フルーラの試合が始まる。アンドレアスさんとアンディの戦いが、パワーと技の戦いなら、こちらはパワーとパワーのぶつかり合いだった。



「わ、私は、バルベーラさんに憧れてました!」


「そうなの? ありがたいわ」


 バルベーラさんは、40歳いくか、いかないかかな? 結構ベテランの女性騎士さんのようだった。


 長剣を両手で構える。そして、全身の力を使い長剣を振るう。フルーラと全く同じ戦い方だった。



「はじめ!」


 リチャードさんの掛け声と共に、両者は、一気に間合いをつめ、長剣を振るう。全身の力が込められた、長剣と長剣が激しくぶつかり、火花を散らす。


 ガッキーン


 そして、両者共に、力を込めて鍔迫つばぜり合いをすると、今度は大きく後方へと飛び、再び勢い良く前方へと、飛びつつ長剣を振るう。


 ガッキーン


 激しく長剣同士がぶつかり合う。


「互角かな?」


「そうですな」


 僕のつぶやきに、ガルブハルトが応える。


 フルーラと、バルベーラさんは、戦い方は一緒だが、雰囲気は違った。


 純粋で素直そうなフルーラに対して、妖艶でしたたかそうなバルベーラさん。身長はややフルーラが高く、体格はバルベーラさんが少し立派?だった。



 戦いは、同じような攻防が、結構長い時間続く。僕は、バルベーラさんが、フェイントを入れたり、かわしたりしてバランスを崩して、追い打ちをかけたりするかもと思っていたのだが。バルベーラさんは、正面からフルーラと打ち合う。


「凄い打ち合いだね」


 僕が、感心してつぶやくと、アンディが、


「いや、バルベーラさんでしたっけ? 隊長があまりにも素直に迷いなく突っ込んでくるんで、自分も同じように戦うしかなくなってるんすよ」


「ああ、下手に躱したら、フルーラの一撃が飛んできて、どうなるか……」


 ガルブハルトも、アンディの話を補足する。


「となると、後は純粋な体力勝負かな?」


「はい」


 だそうだ。



 その時は、突然やってきた。一瞬だが、バルベーラさんの膝の力が抜け、対応が遅れる。それでも、懸命に剣を振るうが、フルーラの一撃に、弾き飛ばされる。


 すると、


「イヤーーー!」


 フルーラの掛け声が、闘技場に響き、容赦ない一撃がバルベーラさんを襲う。


 すぐに立ち上がるも、棒立ちになっていたバルベーラさんに、フルーラは、一気に間合いをつめ、そのままフルスイングした長剣が、脇腹に突き刺さる。


「グエッ」


 カエルがつぶされたような声をあげ、バルベーラさんが、真横に飛ばされ、動かなくなる。



 リチャードさんが、のぞき込み、


「勝者フルーラ!」


 救護者がバルベーラさんに駆け寄り、救護するが、すぐに、バルベーラさんは意識を取り戻し、立ち上がる。



 フルーラは、ヘルムを取ると、バルベーラさんに駆け寄った。ヘルムを取るときに、長い金髪が風でなびき、汗が飛び散る。そして、片手で汗に濡れた金髪をかき上げる、フルーラのキリッとした、ちょっときつめの顔があらわになる。



 ザワザワ。観客席でざわめきが起こる。



「バルベーラさん、大丈夫ですか?」


「ああ大丈夫だよ。だけど強いね〜、あんた」


「ありがとうございます」


「うん、楽しかったよ、またやろう」


「はい」



 バルベーラさんが立ち上がり、よろよろと退場する。それを心配そうに見る、フルーラ。



 そして、フルーラが振り返った瞬間だった。観客席から、地割れのような大歓声が起きる。


 そう、フルーラってあの性格を知らなければ、格好良いんだよね~。当然、男性にも、女性にも、モテる。


「キャーーーーーー! フルーラ様〜!」


「ウォオオ〜! しびれたぞ〜、フルーラちゃーん」


 フルーラちゃん? まあ、良いか。


 フルーラも、少し戸惑とまどいながら、歓声に応える。


「フルーラ様は、聖女様よ。みんなを導く聖女様なのよ!」


「あの激しい戦い、俺、戦慄せんりつしたぞ。うん? 戦慄の聖女?」


 再び、ざわめきが起き。


「戦慄の聖女様〜!」


「戦慄の聖女フルーラ様〜!」


 どうやら、フルーラの二つ名が決まったようだ。へ〜、二つ名って、こういう風に出来るのか~。



 ちなみに、アンディには、まだ二つ名は無い。そして、2回戦は、そのアンディとフルーラの対決だ。しかし、勝つのはアンディだろうな~。普段から、アンディが勝っている。相性の問題だろうか?


 だが、とりあえずは、これで1回戦全てが終わった。ボルタリア王国は、ガルブハルト、フルーラ、アンディ。全員が勝ち残った。僕としては、良かったのだが、この後、リチャードさんにちょっと苦言くげんていせられた。





 翌日は、試合もなく、のんびりとした時を過ごし、リチャードさん達と、ゆっくり食事を、とることになった。



 お互いの剣術大会の出場者も招き、食事する。最初から、フルーラとバルベーラさんは、意気投合したのか、二人で楽しそうに語り合い、ガルブハルトとアンディは、ちらちらお互い顔を見合わせ合いながら、アルキピアテスさんと何を話そうか悩んでいるようだった。気まずい空気が流れている。



 僕は、リチャードさんとトンダルと話していた。


「いや見事なものだな。3人とも1回戦突破か、素晴らしいな。だが、主催する側としては、盛り上がったので有難がったが、3人とも出場させて良かったのか?」


「やはり、3人とも出場させるのはまずかったですか?」


 リチャードさんの問いかけに、僕は質問で返す。


「うむ。まずくはないが、あくまで諸侯は、ライバルや敵でもあるのだ、ある程度は隠した方が良いこともある。現に、フランベルクは、正騎士団の最強騎士は、出場させていない」


「そうなんですね~、トンダルにちゃんと聞いておけば良かったです」


「そうですよ。一応、忠告したのですからね。ザイオン公国のネイデンハートさんも、フランベルクのアルキピアテスさんも、傭兵上がりですからね」


「そうだったね~」


 どうやら、貴族の子弟である騎士は、あまり出さないようだ。


「だが、盛り上がったし、それに……」


 そこで、リチャードさんは珍しく言いよどむ。


「まあ、出てても負けてたな。皆、強い。特に、あのネイデンハートだな」


「フフフ、私の次の対戦相手ですね」


 話を、聞いていたのか、アルキピアテスさんが、話に入ってくる。


「ああ、まあ、無理はするなよ」


 リチャードさんは、そう声をかけた。


「フフフ、任せて下さい」


 アルキピアテスさんは、自信あるようだ。どう戦うのだろう?



「そう言えば、早馬は着いた頃だろうか?」


「そうですね、日程的には到着してるかと」


 リチャードさんの呟きに、トンダルが答える。


 そう、叔父様と、アーノルドさんに向けて送られた早馬が到着した頃だろう。そして、二人は出発して、こちらに向かう。


 二人は、護衛騎士のみ連れて急いで向かってくる。そして、その間に、2回戦が行われ、いよいよ選帝侯会議は本番を迎えるのだ。





 そして、2回戦が始まったのだが。


「勝者ガルブハルト!」


 ガルブハルトは、1回戦と同じくあっさりと勝ってしまった。試合経過も変わらず、やはり練習のような戦いであった。



 そして、もう1試合は、剣王ネイデンハートさんと、戦う哲学者アルキピアテスさんとの戦いだったのだが、



「フフフ、勝てませんよ。絶対にね」


「ほ〜、自信満々ですね。では、その力、見せてください」


「全力を出さなくても、一捻ひとひねりでしょう」


「ほ〜」


 そう言われて、ネイデンハートさんは、不敵ふてきに笑う。



 おっ、面白くなりそうだな、僕は、期待に胸をふくらませた。


「その必要は、ありませんよ。私は、負ける戦いは、しない主義なんですよ」


「何だと?」


 ネイデンハートさんは、アルキピアテスさんが何を言っているのか意味が分からず。戸惑とまどいの表情を浮かべる。



 すると、アルキピアテスさんは、ネイデンハートさんに背を向け歩き始めた。


「フッ、わたしの負けです」


「なっ!」


 ネイデンハートさんと、リチャードさんの声がハモる。



 観客席にも呆然ぼうぜんとした空気が流れ、その後。モーレツなブーイングが起きる。そりゃそうだ。僕も、トンダルに、


「トンダル!」


「僕に、言わないでくださいよ」



 こうして、ネイデンハートさん対アルキピアテスさんは、ネイデンハートさんの勝利となった。2回戦1日目は消化不良に終わり、それは、2日目にも続く。





「勝者ウルリッヒ!」


 そう言われたウルリッヒさんも、戸惑いを隠せていない。激しいブーイングと、女性の大きな悲鳴が、聞こえる。



「はじめ!」


 リチャードさんの掛け声で試合が始まり、ウルリッヒさんは、パンツァーシュテッヒャーを構える。そして、さあ打ち込んでこいとばかりに、ウェルサリスさんが優雅に前に動く。すると、ウルリッヒさんが前方に飛び、パンツァーシュテッヒャーで突く。


 ウェルサリスさんは、後方に動きかわそうとするが、目測もくそくを誤ったのか、喉の辺りにパンツァーシュテッヒャーが当たる。


「グエッ」


 どこかで聞いたようなカエルが潰れたような声が響き。そのまま闘技場に倒れ込み、激しく後頭部を殴打おうだする。



 ウルリッヒさんは、再び構え、起き上がっているのを待つ。が、一向に動く気配のないウェルサリスさん。


 静まり返る場内。呆然とし、頭を抱えるリチャードさん。


「ハハハハハハハハハハハハ。な、何あれ、ハハハハハハハハ。ハッハッハハハハ」


「グーテル、笑いすぎですよ」



 これで、全ての期待が、フルーラと、アンディの試合に集まる。


「もう、アンディ様にかけるしかないわね」


「戦慄の聖女様が、この雰囲気を変えてくれるさ」


 だそうだ。





「はじめ!」


 リチャードさんの合図と共に、フルーラが動く。鎧を着てるのに、もの凄い瞬発力だ。


「イヤッーーーーーー!」


「ホイッっす」


 フルーラは、一瞬で間合いに入り、剣を小さく振りかぶり、振り下ろす。アンディは、その剣を最低限の動きで、中央にあった重心を、右足にずらし、左足を回転することによって躱す。見てる者には、フルーラの剣がアンディをすり抜けたように見えた。


 そのまま、アンディは、フルーラの剣の左側に入り込み、フルーラの左脇腹辺りを、剣で叩く。


「ウッ」


 一瞬、息がつまった、フルーラだったが、


「フッーーーーーー!」


 強引に呼吸すると、アンディがいるだろう場所に剣を振るう。しかし、当然のように、アンディはそこにはいなかった。再び、間合いをとって対峙する。



 再び、フルーラが動き、アンディが避ける。だが、フルーラが連続技のように、剣を振るうので、なかなかふところには入れない。


 まずは突いて、そこから少し振り上げて、右袈裟斬みぎけさぎりからの、返しての逆袈裟斬ぎゃくけさぎり。そこから、さらに突いたかと思うと、左右胴斬さゆうどうぎりを狙う。


 もう、こちらも、速くて見えにくいが、それを躱し続ける、アンディも見事だった。



 だが、フルーラの連続技が途切れる、呼吸する為に、一瞬、隙が出来た。すると、あっという間に、アンディが、フルーラの左脇腹に剣を当てて、駆け抜ける。


「うっく」


 呼吸途中に呼吸を止められて、フルーラの身体がぐらつく。


「フッーーーーーー!」


 再び、無理矢理呼吸するが、フルーラの呼吸が荒くなる。無尽蔵むじんぞうと思われたフルーラの体力が、乏しくなっているようだ。フルパワーで戦うフルーラ。省エネで戦うアンディ。面白いよね。



 う〜ん。これは、完全に相性の問題だろうな。フルーラのスピードでは、アンディを捉えることが出来ない。アンディは、フルーラの動きが止まる一瞬だけを狙って攻撃する。そして、



「勝者アンディ!」



 ついに、フルーラが膝をつき、アンディが、その喉元に剣を当てる。


「終わりっすね」


「アンディ……、参った」



 ブーイングと、歓声が入り乱れる。戦いは見応えあって良かったが、アンディが勝って気に喰わない方々が、いるのだろう。



「聖女様〜、聖女様〜」


 泣き叫ぶ観客もいる。フルーラが、聖女様ね〜。やっぱり暴虐ぼうぎゃくの方が良いような気もするが、それよりもだ。


「やっぱり、アンディ様ね。さすがよね」


「確かに速いな、神のようだ」


「だけど、聖女様を倒すなんて悪魔だな」


「さすがに悪魔は、可哀想だろ」


 というわけで、瞬身剣鬼しゅんしんけんきアンディだって。



 こうして、2回戦は終わった。いよいよ、叔父様達が、到着して、選帝侯会議の本番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る