第65話 選帝侯会議⑤

「グーテル様、グーテル様。起きてください。ガルブハルトさんの試合が始まってしまいますよ」


「んあ?」


「グーテル様! グーテル様! エイッ!」


「グハッ」


 久々にフルーラの一撃をくらい、目が覚める。


「うくっ、お、おはよう、フルーラ。だけど、ガルブハルトの試合って午後でしょ?」


「はい、その午後です」


「ん?」


「ですから、今は午後です」


「えっ!」



 僕は、慌てて部屋を飛び出すと、窓のある部屋へと駆け込む。太陽は、ほぼ真上にあった。


 部屋に太陽の光が入らないから、完全に寝坊したようだ、しかも午後。



 僕は、慌てて着替えると、闘技場へと、急いだ。お腹も空いているが、ガルブハルトの試合にいないってのは、大問題だ。



「では、これより、1回戦第2試合を行う!」



 部屋に飛び込むと、ちょうどリチャードさんが、試合前のアナウンスを行っていた。ぎりぎり間に合った~。


「おはようございます、グーテル。ぎりぎり間に合いましたね」


「おはよう、トンダル。って、おはようって時間なの?」


 トンダルに声をかけられ、僕が答える。


 トンダルは、フランベルク辺境伯のだ部屋があるのだが、リチャードさんがいないから、部屋に、誰もおらず寂しいから、ここにいるのだそうだ。



「いや、おはようって時間ではないですが、グーテルは起きたばっかりでしょ? だから、おはようです」


「ハハハ、そうだよね〜」



 僕は席に座ると、前方を見る。僕達のいる特別席は、部屋状になっているが、前方はバルコニーのようになっていて、開放的になっている。僕はそこにある座席に腰掛けると、木製の手すりにあごを乗せる。



「グーテル、だらしないですよ」


「はい、しーませーん」


 トンダルに軽く注意されたが、僕は手すりに顎を乗せたまま返事をする。


「エリスさんでないと、効果はありませんか。仕方がないですね」


「さいですね〜」


「はあ」


 トンダルは、ついにため息をついた。



 まあ、それよりもだ。試合が始まったようだ。


 ガルブハルトは、左半身ひだりはんみに構えると、右体側みぎたいそくに大剣の先を斜め後方下方に置き、構える。いわゆる脇構わきがまえと言ったところだろうか。



 対して、え〜と、誰だっけ? 相手は、アンディと同じく盾を持ち、剣を構える。左半身だが、盾でガルブハルトの視野をふさぐように構え、盾の右横に剣先けんさきを置く。


 これは、相手の攻撃を盾で受けて、前進しつつ剣で突くと言う戦法だが、相手はガルブハルトだ、どうなるだろうか。



 先に動いたのは、ガルブハルトだった。大きく一歩踏み込むと同時に、大剣を無造作むぞうさに相手の盾に向かって叩きつける。


 ガキッン!


 大きな金属音がして、相手が後方によろける。だが、ガルブハルトは追い打ちをかけず、その場にとどまる。


 相手は、体勢を整えると、剣を上段からガルブハルトにめがけて、振り下ろす。


 キン!


 だが、ガルブハルトは相手の剣を大剣で、あっさり受け止めると、相手を押し返し、盾に向かって、大剣を叩きつける。相手は、再び後方によろける。



 う〜ん、これは完全に、ガルブハルトは練習がてら遊んでるな~、可哀想かわいそうに……。



 しばらく打ち合っていると、相手の左手は盾を持っていられなくなったようで、どんどん盾の位置が下がり、最終的には盾を投げ捨て、両手で剣を構える。だが、その剣先は細かく震え。顔にもおびえの表情が浮かんでいた。



 両者が動く、お互い大きく一歩踏み込み剣を振るうが、ガルブハルトの大剣が先に届き、相手のどうをなぐ。


 相手は、後方へと吹っ飛び、床に叩きつけられた。練習用の剣だからはないが、かなりの衝撃しょうげきだろうな。



 リチャードさんが、相手を覗き込む、そして、


「勝者、ガルブハルト!」


 闘技場に大きな歓声が、こだまする。



 あっけなかったな~。まあ、だけど、ガルブハルトだしね。仕方がないかな。ガルブハルトは、ヘルムを外し、右手を高々たかだかかかげ、歓声に応える。



 この後は、少し休憩して次の試合だ。本日の最後の試合が、行われる。


「ふぎってさ〜、ふぁれふぁっけ?」


「グーテル、いいかげん、手すりに顎を乗っけながら話すのやめてください。何を言ってるのか分かりませんよ」


 すると、フルーラが、


「トンダル様、グーテル様は、次に戦うのは誰かと、おっしゃっておられます」


「はあ、そういう意味ではないのですが……」


 トンダルが、ため息、じりにつぶやくが、諦めたのか。


「次は、あの剣王ネイデンハートですよ」


 僕は、手すりから顎をあげて、


「そうだったね。ネイデンハートか〜。優勝候補でしょ、見ておかないとね」


「ええ」



 目線を闘技場に戻すが、すでに闘技場の試合会場には人は、いなくなっていた。





 しばらくして、ガルブハルトが、特別席にやってきた。


「ガルブハルト、御苦労様」


「ガルブハルトさん、流石さすがですね。さすが、英傑と呼ばれるだけの方ですよ」


「ガルブハルトさん、見事な勝利です」


「ガルブハルトさん、お疲れっす〜」


 僕が、トンダルが、フルーラが、アンディが、ガルブハルトに声をかける。すると、ガルブハルトは、


「いや、やはり剣での戦いは難しいですよ。ガハハハ」


 そう言いながら、右手で頭をかく。照れているようだ。



「次の相手は、どうなの?」


 僕は、ガルブハルトが、次に戦う相手の事を聞く。何せ、僕は寝坊して、その試合を見ていないのだ。まあ、大した事ないって聞いていたので、見る気も無かったのは、事実としてちょっとあったけどね。



「雑魚っすね」


 誰が答えるよりも早く、アンディが一刀両断いっとうりょうだんする。


「それは、言い過ぎだぞ。まあ、確かに大した事は無かったが」


「ほら、ガルブハルトさんも、雑魚って思ってるじゃないっすか」


「うっ、ぐっ」


 ガルブハルトが、言葉に詰まる。


「じゃあ、安心だね。ということは、問題は、ネイデンハートさんかな?」


「そうなるでしょうね」


 僕の問いかけに、トンダルが答える。


「じゃあ、次の試合、ちゃんと見ないとね」


「ですが、対戦相手が……。いえ、何でもありません」


「ふ〜ん、ガルブハルトは、ネイデンハートさんの次の対戦相手が、雑魚過ぎて参考にならないと」


 僕が、大声でそう言うと、ガルブハルトは、慌てて、


「グ、グーテル様、そんな事は……」


 まあ、部屋で区切られているとはいえ、バルコニー部から漏れ聞こえるかもしれない。それをガルブハルトは、気にしたのだろう。





 しばらくの休憩の後、次の試合が始まる。



「本日、最後の試合である。ザイオン公臣下剣王ネイデンハート対トリスタン大司教臣下バイアーノ」


 歓声が響く。剣王ネイデンハートさんの対戦相手がは、トリスタン大司教臣下のようだ。さて、参考になるだろうか?



 ヘルムをを小脇に抱え、ネイデンハートさんが入場してきた。



 白いはずの肌は日に焼け赤銅色しゃくどうしょくで、金髪のはずの髪はしおと日に焼かれ、白色に見えた。歳の頃は、三十代後半か四十くらいであろうか。鼻の下にはえた立派な口ひげが、貫禄かんろくかもし出す。そして、なかなかの容姿だ。


 イケメンというわけではないが、格好良い精悍せいかんな、おじさんという感じだろうか?



「いけすかないよね、ガルブハルト」


「えっ、いえ、そのような事はありませんが……」


 僕の言葉を否定する、ガルブハルト。


「えっ、だって、強くて格好良いなんて、ガルブハルトから見たら嫌じゃない?」


「いえ、ええと、俺も意外にいけてると思っているのですが……」


「ん?」



 僕は、ガルブハルトを見る。キリッとした濃い眉毛、男らしい顔立ち、しっかりとした骨格。うん、男ウケは良さそうだ。


「男に、もててもね~」


「は?」



 そんなくだらない話を、しているうちに、準備は進み。ネイデンハートさんは、ヘルムを被ると、右手に長剣、左手に盾を構える。


「へ〜、あの長さの剣を、片手で構えるのか~」


「ええ、凄いですね」


 僕の驚きに、トンダルも感心する。



 フルーラは、長剣を両手で操る。しかし、ネイデンハートさんは、そのフルーラ並の長剣を片手で操るようだ。さて、どんな戦い方をするのだろうか?



「よろしくおねがいします」


 ネイデンハートさんは、優雅ゆうが一礼いちれいすると、剣を構える。


「よ、よろしくおねがいします」


 バイアーノさんも、慌てて礼を返す。そして、こちらも剣を構える。バイアーノさんは、オーソドックスに普通サイズの剣と、盾を構えている。



「はじめ!」


 リチャードさんの声が響く。と、ネイデンハートさんが動く。


「速いっ!」


 アンディが、つぶやく。



 ネイデンハートさんは、一瞬で相手の間合いに入ると、そのままの勢いで全身の力で突く。


 バイアーノさんは、慌てて盾で防ごうとするが、強い突きに防ぎきれず、激しく後方へと飛ばされる。



 そして……。


「ま、まいった……」


 ネイデンハートさんは、あっという間に距離をつめると、バイアーノさんの前に立ち、首筋に剣先を突き付ける。


「勝者、ネイデンハート!」



 大きな歓声が起きる。ネイデンハートさんは、ヘルムを外すと、歓声に応える。


 うん、圧倒的過ぎて、全然分からないな。



 僕は、皆を振り返ると、声をかける。


「どうなの?」


 すると、アンディが、


俊敏性しゅんびんせいは分からないっすけど、凄まじい瞬発力しゅんぱつりょくっすね。そして、パワーもあるし、突き技だけっすけど、見事な体捌たいさばきっすね」


「そうなんだ~」



 僕は、ガルブハルトと、フルーラの顔を見る。ガルブハルトの顔は、ひきつっていた。フルーラは、何故か、ネイデンハートさんの動きを真似しているのか、後方で飛び跳ねていた。



「強い。強いです」


 ガルブハルトが、うめくようにつぶやく。


「さすが剣王だね」


「本当ですね」


 トンダルも、大きくうなずく。


 ガルブハルトと戦うのは、準決勝か。どんな勝負に、なるのか?



 僕が、そう考えたのだが、どうやら口に出していたようで、トンダルが、


「一応、我が国のアルキピアテスもいるのですが……」


「あっ、そうだったね。明日の第1試合か~、起きられるかな?」


「起きてください!」





 というわけで、翌日は、午前中に起きて、食事を食べて試合を見る。例のアルキピアテスさんの戦いだ。



「人間は、戦う為に生きるのか? 生きる為に戦うのか?」


 アルキピアテスさんが、何か話しながら戦っている。


「何、あれ?」


 僕は、トンダルに聞く。


「ですから、戦う哲学者なんですよ」


「え〜と?」


「アルキピアテスさんは、哲学者なんですよ」


「あ〜、だから戦う哲学者なのか。僕はてっきり、戦い方が哲学的なのかと思ったよ」


「そ、そうですか」



 まあ、実力はあるようだ。両手に剣を持ち、相手をあっという間に追いつめ、勝利した。これで、2回戦は、ネイデンハートさんと、アルキピアテスさんの対戦になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る