第64話 選帝侯会議④

 リチャードさんが、箱の中に手を突っ込み、木札きふだを引き抜く。リチャードさんが名前を呼び上げると、闘技場に歓声が響く。



 ここは、大聖堂にある、円形闘技場だった。中央では、リチャードさんが、剣術大会の抽選をしている。僕は、トンダル達と共に特別席から、その様子を眺めている。



 特別席は、選帝侯や、そのお付きの方々で賑わいを見せている。そして、僕達の対面にある階段状になった席では、大勢の騎士達が立ったまま歓声をあげていた。


 僕達の頭上にある諸侯達の席は、まだほとんど諸侯は来ていないので、静まり返っていた。



 剣術大会の出場者は16人。ボルタリア王国と、ザイオン公国から3人参加して、他の国が2人ずつとなった。僕は、あまり知らないが、マインハウス神聖国に名の響き渡った人物の名が呼ばれると、歓声が響く。



「ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯臣下しんか英傑えいけつガルブハルト!」


 一際ひときわ、大きな歓声が起きる。英傑ガルブハルトか〜。


「ね~、英傑ガルブハルト」


「グーテル様、二つ名は、つけなくて大丈夫ですが」


「そう?」


「じゃあ、英傑さん」


「ですから、二つ名を呼ばないでください。恥ずかしいので」


「え〜、戦う暴虐ぼうぎゃくとか、色欲魔人しきよくまじんとかよりは、恥ずかしくないと思うけどな~」


 すると、フルーラと、アンディが嫌そうな顔をする。特にアンディが、


「やめてください!」


 だそうだ。



 ちょうど、その時だった。リチャードさんが木札を引き、名を呼び上げる。



「フォルト宮中伯臣下レオナール。これにより、1回戦第2試合は、ガルブハルト対レオナール!」


 観客席に歓声が、こだまする。


「ねえ、トンダル。レオナールさんって強いの?」


「さあ? 聞いたことはないですが……」


 そう言いながら、トンダルは後ろを振り向く。ガルブハルトはじめ、皆が横に首を振る。


「そう。だったら、二つ名は雑魚ざこ1だね」


「かわいそうですから、そんな風に呼ばないであげてください!」


 トンダルが、珍しく声を張る。



 その時、再び大きな歓声が響き渡った。


「ザイオン公臣下剣王ネイデンハート」


「剣王?」


 その僕の疑問に、トンダルが答える。


「彼は、優勝候補筆頭ですね。元々は、ニーザーランド出身だと言われていますが、傭兵として北部を中心に名をとどろかしたそうです。今は、ザイオン公の臣下ですか……。お金ですかね?」


「ふ〜ん。ガルブハルトとは、準決勝かな? 頑張ってね」


 すると、ガルブハルトは、


「どうですかね? 戦場では負ける気がしませんが、剣術勝負となると、わかりませんよ」


「まあ、怪我しないように」


「はい」



 抽選は進み、


「フランベルク辺境伯臣下戦う哲学者アルキピアテス。これにより1回戦第4試合は、マッチュ対アルキピアテス!」


 大きな歓声が響くと同時に、どよめきが起こる。


「なに? アルキピアテスさんって、そんなに有名なの?」


 僕が聞くと、トンダルは、


「まあ、ある程度は有名ですが、違いますよ。どうも有力候補が後半に片寄ったようで、1回戦から、激戦になりどうだぞと、どよめいたんですよ」


「そうなんだ~。アンディと、フルーラもまだだしね~」


「はい!」


 元気良く返事するフルーラに対し、アンディは、


「いや、俺らそんなに名が売れてないっすよ」


 だそうだ。



 となると誰だ?



 リチャードさんの声が響く。


「キーロン大司教臣下仁愛じんあいの聖騎士ドンファン・ティストリア!」


 大きな歓声と、人数は少ないだろう女性の嬌声きょうせいが響く。女性に人気なのかな?



「仁愛どころか、女をだます最悪の男みたいっすよ。まあ、かなりのイケメンみたいっすけど」


 この人は、アンディが知っていた。同類か?


「ふ〜ん」


 僕が、アンディを見ると、何か察したのか。


「俺とは別っすよ。俺は、女性騙してないっすから、逆に幸せを分け与えているんすよ。いろんな女性に」


「ふ〜ん」


「本当っすからね!」


 まあ、良いや。抽選は、進んでいた。



「トリスタン大司教臣下怪僧かいそうウルリッヒ。これにより、1回戦第5試合は、ドンファン・ティストリア対ウルリッヒ!」


 歓声がこだまする。だけど、怪僧って、神父さんとか、修道士さんとかにつけられる二つ名じゃないよね?



「なに、怪僧って?」


 トンダルに聞くと、


「何でも、元々は汚れ仕事を主に行っていた、修道士らしいですよ。ですが、強すぎて、変に有名になってしまったということらしいです」


「ふ〜ん。なんか、教会の闇を体現たいげんしてる感じだね」


「確かに、そうですな」


 ガルブハルトが、後ろでうなずく。



 だけど、アンディと、フルーラがまだだ。二人の対戦になったら、ちょっと嫌だな~。



「フォルト宮中伯臣下美麗騎士びれいきしウェルサリス」


 僕は、勢い良くアンディの方を向く。


「美麗騎士だって!」


「うわさには、聞いたことあるっすけど、良くは知らないっすよ」


 と、アンディ。すると、トンダルが、


「顔もですけど、心も高潔こうけつ清廉せいれんな人らしいですよ。フォルト宮中伯自慢の騎士ですよ」


「ふ〜ん。アンディは、顔は良いけど。性格は……、うん、アンディの方が良いや。高潔で清廉な人は、疲れるよ」


「あ、ありがとうございます? で、良いんですかね」


 アンディが、首を傾げている。


 さて、ウェルサリスさんの対戦相手も決まり、後は、4人だが。フルーラ、アンディの両方が残っている。



「ミハイル大司教臣下戦う城塞じょうさいアンドレアス」


「戦う城塞?」


「ええ、とても大きい方らしいですよ。何でも2mを越える身長で、力もとても強いとか」


「やっすね、そんなデカブツと戦うのは……」


 そう、アンディが言った時だった、リチャードさんの声が闘技場に響く。


「ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯臣下アンディ。これにより1回戦第7試合はアンドレアス対アンディ!」


「アンディは、嫌なデカブツ相手か~。頑張ってね」


 アンディは、嫌そうに、


「ウッス」



 さて、そうすると残ったのは、女傑じょけつさんと、フルーラか〜。最後で女性騎士対決か〜。事実は小説よりなりって言うけど、本当だな~。


(この対戦は、実際にくじ引きして決めました。なので、余計にです)



「フランベルク辺境伯臣下女傑バルベーラ」


 皆も分かってはいるようだがな、大きな歓声が起きる。


「バルベーラさんですね! 楽しみです! 対戦相手は、誰でしょう?」


 ん? フルーラさん? 冗談だよね?



「ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯臣下フルーラ。これにより1回戦第8試合は、バルベーラ対フルーラ!」


「えっ! 私ですか?」


 いや、フルーラさん、大丈夫か?



「これにより、全ての対戦が決まった! 明日より、試合を行っていく、以上だ!」





 ここは、僕達に割り当てられた練習場だった。


「フッ、ヤッ!」


「クッ、くそっ」


 アンディと、ガルブハルトが打ち合う。ガルブハルトも、珍しく背丈程もある大剣たいけんを振り回している。


 ガルブハルトは、身長190cm以上はあり、かなりの巨体でかなりのパワーがある上に、その巨体とは思えないスピードで動ける。


 そこで、アンディは、仮想アンドレアスってことで、ガルブハルトと訓練しているのだった。



 だが、ガルブハルトが繰り出す攻撃が、アンディにほとんど当たらない。ガルブハルトが遅いのでは無く、アンディが速すぎるのだ。というか、無駄な動きが少ないというのだろうか?


 アンディは、右手に剣を左手に盾を構え、前後左右に軽くフットワークをしつつ、軽快に戦っている。



 それに対して、普段ウォーハンマーを振るうガルブハルトは、得物えもののバランスのせいだろうか、どうも動きがスムーズではない。ウォーハンマーの重心は先端に、大剣の重心は手前にあり、振り回しやすくなっているのだ。



「ガルブハルトさん! 隙きありっすよ」


「ウッ!」


 力の強くないアンディの一撃も、的確に急所を攻めてくるので、一瞬、息が詰まるのだそうだ。



 だが、ガルブハルトも負けていない、大剣を右手一本で持ち、素早くアンディを左手で掴むと、右手一本で大剣を振り下ろす。が、アンディは、盾でその一撃をすらせつつ、大きく飛び退く。


 少しずつだが、ガルブハルトも大剣での戦いに、慣れていってるようだった。



 しかし、問題は、こっちだな。僕は、もう一方の戦いを見る。死屍累々ししるいるい、とはまさにこの事だな。まあ、死んではいないけどね~。


 練習場のすみには、フェルマンさんはじめ、フルーラに気絶させられた騎士達が、いっぱい横たわり並んでいる。


 やっぱり、ライオネンさんの方を、連れてくればよかったかな?



「では、次!」


「ひっ!」


 悲鳴が上がるが、他の騎士達から押し出されるように、1人の騎士が押し出され、フルーラの前に立つ。


「よ、よろしくおねがいします」


「よろしくおねがいします! では、行きますよ! エイッ!」


 掛け声は、可愛かわいらしいが、容赦ない一撃が、相手へと加えられる。


 大きく前に踏み込みながら、振りかぶった長剣を両手で振り下ろす。全身の力を使った一撃だ。


「ああ〜」


 相手の騎士は、盾で受けようとするが、その盾が勢い良く弾き飛ばされ、自分の頭に直撃し、昏倒する。ヘルムを被っているとはいえ、あまり関係ないようだ。ヘルムが、大きくへこんでいる。


「大丈夫ですか?」


 フルーラが近づき声をかけるが、反応がない。


「う〜ん。反応ないですね。では、次の方」


「ヒッ!」


 騎士達から、再び悲鳴が上がる。すると、


「フルーラ、俺とやろう。アンディは少し休憩だ」


「うっす」


「ありがとうございます、ガルブハルトさん」


「ああ」



 ガルブハルトが、この状態を見かねて、フルーラに声をかける。



 フルーラと、ガルブハルトの戦いが始まる。


 フルーラが鋭く踏み込み激しい一撃を叩き込むが、それをガルブハルトが剣でしっかりと受け止めると、そのまま、大剣を振り抜く。が、そこにフルーラはおらず、素早く左右に移動して、また鋭く踏み込んで一撃を叩き込む。それを、ガルブハルトが弾き、大剣を叩き込む。


 うん、ガルブハルトも、フルーラの時の方が戦いやすいようだ。大剣の振りが鋭くなり、フルーラの鎧にかする。まあ、フルーラは、気にしてはいないが。



 こうして、剣術大会の準備は進み、いよいよ、戦いが始まった。

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