第63話 選帝侯会議③

 いよいよ、選帝侯会議が始まった。と言っても、初日は単なる挨拶と、ちょっとした無駄話で終わるそうだ。



 選帝侯会議が行われるのは、大聖堂内の奥にある、部屋だった。


 そこに選帝侯7人のみが入り、ミハイル大司教ヴェルターさんが、鉄製の扉に鍵を掛け、その鍵を懐に入れる。これで、ヴェルターさんが鍵を開けるまで、侵入も脱出も不可能となった。



 僕達は、円卓の周囲に立つと、ヴェルターさんの方を見る。



 一番上座にヴェルターさんが。ヴェルターさんの隣には、トリスタン大司教と、キーロン大司教が並ぶ。そして、トリスタン大司教の隣にはフォルト宮中伯が、キーロン大司教の隣には僕。さらに、フォルト宮中伯の隣にはザイオン公が、僕の隣には、リチャードさんと言う具合に並んでいる。



 ヴェルターさんが、開会を宣言する。


「これより、選帝侯会議を開催する。まずは、無事、皆が、集まり開催出来た事を感謝し、神に祈ろう」


 僕達は、手を合わせ神に祈ると、席へと着席する。



 続いて、ヴェルターさんが、名を呼び上げていく。


「まずは、ダリア王国大宰相だいさいしょうにして、ダリアの大書記官長であるキーロン大司教ジークフリート猊下げいか


 キーロン大司教ジークフリートさんは、1274年から大司教をしていて、確か現在40歳後半だ。白に黒の十字が描かれている法衣ほういを着ている。


 そして、ダリア王国大宰相とか、ダリアの大書記官長とかは儀礼的ぎれいてきな役職名であり、実際のものではない。だいいち、今は、ダリア王国が存在していない。それに、宰相と言うならば、どちらかというと、フォルト宮中伯のほうがそうだ。


「キーロン大司教ジークフリートです。よろしくおねがいします」


 ジークフリートさんが、頭を下げる。



「次に、ブリュニュイ王国大宰相にして、マインラントの大書記官長であるトリスタン大司教バーモント猊下」


 トリスタン大司教バーモントさんは、三聖者さんせいじゃの中で最も若い、30代後半だったと思う。1286年から大司教を勤めていて、キーロン大司教と同じく、白い法衣だが赤の十字が彩られている。


 で、マインラントの大書記官長となっているが、マインラントは混血こんけつが進んだものの、民族としては残っている。元々のマインラント地域に住んでいた部族だったが、北方から来たハウゼリア人によって、圧迫され、いにしえのダリア帝国に助けを求め、その支配下となった。


 そして、ブリュニュイ王国だが、現在、ブリュニュイ王国は無く、ブリュニュイ公国がある。ワインの産地として有名だが、マインハウス神聖国と、ランド王国の国境にあり、奪い合いの歴史になっている。



 バーモントさんも、ジークフリートさんと同じように挨拶され、次に移る。



「続いては、シュワーレン地方及びマイン川流域の国王代理及び、大膳職だいぜんしき長官であるフォルト宮中伯ルードヴィヒきょう


 ルードヴィヒさんは、お祖父様の最大の協力者であり、友人だった。年齢は70くらいになったと思う。1255年から、フォルト宮中伯として働いている。紋章と同じく白と赤の格子模様こうしもようの礼服を着ていた。


 そして、大膳職とは簡単に言えば、給仕係とか、食事係といったところであろうか。


 で、シュワーレン地方だが、マイン川上流域の名前で、かつては、その地域の監視を任されていたからの、名前なのだろう。



 次は、僕だ。


「さらに、献酌けんしゃく侍従長じじゅうちょうである、ボルタリア王国国王代理、クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン卿」


 僕は、オレンジ色の礼服を着ていた。これは、ボルタリア王国の色なのだ。


 で、献酌侍従長は、まあ宴会とか接待を仕切る人と言ったところであろうか。さあ、さっさと次行こう。



 紹介は続く。


「次は、ザイオン法地域における国王代理及び、侍従武官長じじゅうぶかんちょうである、ザイオン公国ロードレヒ卿」


 ロードレヒさんは、17歳となっていた。黄色と黒の縞模様しまもようの礼服を着ている。


 侍従武官長とは、文字通りだが、近衛騎士隊長と言ったところだろうか? 


 だけど、ザイオン法地域における国王代理というのが意味分からない。だが、フォルト宮中伯の名に代表される、宮中伯という役職は、そういう役割も兼ねていたと聞く、ザイオン公は、宮中伯ではないが、宮中伯という意味も兼ねているのだろうか?



 次が紹介としては最後になる。リチャードさんだ。


「最後に、財務侍従長にして、式部しきぶ長官である、フランベルク辺境伯リチャード卿」


 リチャードさんは、真っ赤な礼服をまとい、優雅に頭を下げる。うん、格好良いよね~。


 で、そんなに豊かでない、フランベルク辺境伯が、財務侍従長というのはおかしい気がするが、まあ、置いておこう。式部長官は、儀礼ぎれいとか祭礼さいれいつかさどる官職だ。



「それで、わたしが今回の選帝侯会議を取り仕切らせていただく、ハウゼリアの大宰相にして、ハウゼリアの大書記官長である、ミハイル大司教ヴェルターです。よろしくおねがいします」



 ヴェルターさんは、白い車輪が描かれた赤い法衣を着ている。


 そして、ハウゼリアの大書記官長のハウゼリアは、言うまでもなく、マインハウス神聖国のうち、ダリア地方とボルタリア、ヴィナールを除いた地域の名前であり、そこに住む人々の事だ。



 こうして、紹介が終わり、皆が円卓の周囲に、座る。



 すると、雑談が始まるのだが、まあ、そんな大した話では、無かった。


「だが、それにしても、ジーヒルホーゼ4世陛下は、偉大なる方であられた」


「確かに、そうですな。後継者探しにこれだけ苦労するとは……」


「ジーヒルホーゼ陛下は、皇帝の力を強化し、他国からの干渉も力や交渉で排除して」


「マインハウス神聖国の力は、強大となった」


「そうですね〜」


「あの偉大なるお方の後継者だ。選ぶのが難しいぞ」


「だが、あの方の治世は、基本戦いの歴史でしたね」


「だから、今度は力のない者を選び、戦いのない世を作るのも手かもですな」


「戦いは、嫌なものですね」


「ハハハハ。キーロンの街を失った、キーロン大司教が言われると真に迫りますな〜」


「くっ、それは、言わないでください」


「ハハハハ」



 キーロン大司教は、キーロン市民との戦いに負け、キーロンの街から追い出されたのだ。


 まあ、厳密げんみつにいうと、他の諸侯の戦いに巻き込まれたのだった。そして、敵となったのは領国の市民。だが、実際に負け、一年以上投獄され、キーロンの街を追い出され、フォルという街に今はいるそうだ。



「戦いといえば、グーテルハウゼン卿。2度も勝利されたとか。いくさがお上手ですな~」


「ありがとうございます」


「いや〜、お祖父様の才能を受け継がれたのですかね?」


「さあ? どうでしょうか?」



 まあ、こんな話を、しつつ初日は終わったのだった。翌日への布石ふせきをしつつ、といったところだろうか?





 そして、その翌日、本格的な議論が始まったのだが、ヴェルターさんのこの言葉で、会議は始まった。



「さて、いよいよ、次期、マインハウス神聖国の君主を選んでいくわけですが、どういう方が良いですか?」


 どういう方が良いですか? って、多分、根回しは終わっているんじゃないのかな?



 すると、フォルト宮中伯ルードヴィヒさんが手を挙げて発言する。


「良いだろうか」


「どうぞ」


 ルードヴィヒさんは、立ち上がって皆を見回しつつ、


「19年前の選帝侯会議において、わたしは、ジーヒルホーゼ4世陛下を推挙すいきょし選んだ。そのことは、間違っていなかったと、今もわたしは思っている。だが、その時は、わたしは、小国で人柄も良く野望もなく、そして年齢も高い。そのような人物を選んだと思っていた」


 そこで、一息つくと、ルードヴィヒさんは、話を続ける。


「だが、まあ、その当時のボルタリア王カール2世が、ボルタリア王国ばかりか、ヴィナール公国、ワーテルランド王国、さらにダールマ王国まで、支配地域を拡大していた事もあり、戦争になり、ヴィナール公国は、息子とはいえヒールドルクス家のものになった」


 ルードヴィヒさんは、そこで、再び皆を見回すと、


「その息子であるヴィナール公は、野望の強い方のようだ。現に、ダールマ王国、ボルタリア王国、ザーレンベルクス大司教領、そして、民主同盟だったか? と、度々たびたび、戦っておられる」


 う〜ん、ここまで言われると、叔父様を推挙しにくいな~。どうしよ?


 そこで、リチャードさんが、口を挟む。


「まあ、度々、負けているようだがな」


「確かに」


 選帝侯達が、口々に相槌あいづちを打つ。


「だからこそなのだが、ジーヒルホーゼ陛下の件はあるが、力のない諸侯で、人格者である方を選びたいと思うのだが、いかがだろうか?」



 それに対して、ジークフリートさんと、バーモントさんが拍手をし、賛同を示す。リチャードさんは、腕組みし目をつむり、ロードレヒさんは、しきりに首をかしげている。



 ヴェルターさんは、進行役だから、積極的には意思表示しないようにしているようだが、おそらく、同じ考えなのだろう。口を開く。


「なるほどですね。では、それに当てはまる良き方はおられますかな?」



 ルードヴィヒさんは、ヴェルターさんの方を向き、


「オルテルク伯アーノルド卿です。領邦諸侯の中で、最弱とも言える国力であり、我が孫の妻の父親で、人となりは良く知っているが、とても穏やかで誠実せいじつな方だ。そして、信心しんじん深い」


「お〜」


 おそらく信心深いってところで、三聖者の方々から、感嘆の声があがる。茶番ちゃばんだな。


 だいいち、このルードヴィヒさんの人物評は、お祖父様の時点で、あてにならない気がするが。だけど、どうしようもないか〜。



「では、アーノルド卿を候補者としよう。他に、何かありますかな?」


 ヴェルターさんが、皆を見回しながら聞く。


 すると、リチャードさんが、スッと手を挙げる。


「ちょっと、良いだろうか?」


「はい、リチャード卿、何でしょうか?」


 さすが、リチャードさん。さあ、ズバッと言ってやって下さい。


「グーテルハウゼン卿が、何か意見があるようだ」


 へっ? 僕?


 周囲の視線が、僕に集まる。え〜と、


「マインハウス神聖国において、君主は選帝侯会議で選ばれております。しかしながら、初代の大帝たいてい様からは六代、先王の指名があったとはいえ、世襲せしゅうで王位継承が行われております」


 ここで、一息つき、一応、周囲を見回す。


「我が家系、ハウルホーフェちょうも五代続きました。まあ、最後の方は駄目でしたが、数代は、マインハウス神聖国に安定をもたらしたと、思っております」


「なるほど」


 リチャードさんの声が、響く。


「ですから、お祖父様の指名はありませんが、国家の安定の為に、叔父様を候補とするのも良いかと思います。まあ、性格は、あれですが、それは、我々がカバーすれば良いかと……」


 すると、ヴェルターさんは、


「なるほど、一理いちりありますね。では、グーテルハウゼン卿は、ヴィナール公アンホレスト卿を推挙すると言うことで、よろしいですかな?」


「はい」


 僕が、うなずくと、ヴェルターさんは、


「では、オルテルク伯アドルフ卿と、ヴィナール公アンホレスト卿を呼んで、お二方の思いを聞かせて頂きましょう」


 こうして、選帝侯会議は、一旦いったん、休会し、二人の到着を待つことになった。その間は……。





「では、剣術大会の、抽選を行う!」


 リチャードさんの声が、響く。

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