第62話 選帝侯会議②

「セーラちゃ~ん。パパ行って来るからね~。待っててね~。お土産買って来るからね~。可愛かわいいね~」


「グーテルさん、皆さん、待っておられますよ」


「ん。そうか、そうだよね~、急がないとね~。じゃあ、セーラちゃん行って来るね〜。そうだ……」


「グーテルさん!」


 最終的にエリスちゃんに、怒られた。僕とセーラちゃんの涙の別れだった。まあ、セーラちゃんは、すやすやと眠っていたが。



 こうして、僕は、選帝侯せんていこう会議へと出発したのだった。



 今回は、騎士団を率いて向かっている。選帝侯のうち、ボルタリア王国、フランベルク辺境へんきょう伯、ザイオン公国は、結構な大国だが、一方、フォルト宮中きゅうちゅう伯、ミハイル大司教領、トリスタン大司教領、キーロン大司教領は、発言力はあるものの、そんなに大きな国ではない。


 ハウルホーフェ公国は、人口9万人で、300名の騎士がいたが、それよりはやや多いが、最大でも1000名を少し越える程度だ。


 なので、率いてきて良い騎士の数は、100名と決まっていた。



 その100名の騎士団を率いるは、騎士団長のガルブハルトが自ら率い、そして、何故なぜ後学こうがくのためにと、フェルマンさんが付いてきている。それもあって、ライオネンさんは、お留守番だ。


 そして、もちろん、護衛騎士隊を率いて、フルーラと、アンディもいる。



 そして、向かうのは、帝国会議場のある、皇帝直轄領こうていちょっかつりょうのフローデンヒルト・ア厶・マインだ。度々、帝都にもなったので、良く知っている。


 先程も言ったが、皇帝直轄領であるが、帝国自由都市でもある。皇帝に忠誠をちかい、納税を行うことによって、都市としての自由を得る。それは、自治権じちけんだったり、司法権しほうけんだったりである。


 また、ランド地方には、特権を持った商人が力をつけて、支配者として君臨くんりんするなんていう都市も、出来つつあった。



 そんなフローデンヒルトに向かいつつ、僕は、出発前のレイチェルさんとの会話を思い出していた。


「選帝侯としての役割、陛下に代わり努めてきて下さい」


「はい、かしこまりました」


「わたしとしては、特に考えもありませんので、自由にやっちゃってください」


「えっ。よろしいのですか?」


「はい、よろしいのです」


「かしこまりました。では、陛下と、王太后様おうたいごうさま御為おんため、このクッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン。立派に選帝侯、勤めて参ります」


「頼みましたよ。あっ、そうでした。選帝侯会議は、カール様いわく、魔物の巣窟そうくつだそうです。気をつけて下さいね。まあ、クッテンベルク宮中伯にとっては、良い遊び場かもしれませんけど。フフフフフ」


「はあ」


 だそうだ。


 魔物の巣窟か〜。どんな会議になるんだろうか?



 フローデンヒルトまでは、ヴァルダからだと、東へおよそ450km程行った所にある。


 そして、途中、バルデブルク大司教領のマークトショルゲストで、トンダルとリチャードさんと待ち合わせることになっていた。



 僕達が、マークトショルゲストに到着した翌日、トンダル達がやってくる。


 リチャードさんは、選帝侯会議出席のため、トンダルは、後学のためだそうだ。





「グーテル卿、久方ひさかたぶりだな。だが、相変わらず、面白いな」


「リチャード卿、お久しぶりです、お元気そうで何よりです。ですが、僕が、面白いですか?」


「ああ、反ヒールドルクス同盟だったか? 勝っただろ?」


「ええ、勝ちましたけど……」


「あんな同盟軍で、勝利するとわな、さすがに負けると思っていたぞ。ザーレンベルクス大司教が、足かせだからな」


「足かせ……ですか?」


「ああ、いくさを知らぬ坊主が出しゃばると、ろくな事がない」


「確かに、同盟に関しても、戦を知らぬ坊主の提案ですからね~」


 と、近くに来ていたトンダルが、たしなめる。


「グーテル、さすがに教主様を坊主、呼ばわりするのわ、どうかと……」


「あっ、トンダル久しぶり。でも、本当の事だよ」


「ハハハハ。確かにな」


御義父おとう様まで……」


「トンダル、小さな事は、気にするな。だいいち、これから、その坊主達の相手をしないといけないのだ。本人達の前では言えんのだ。少しは言わせろ」


「はあ、分かりましたよ」



 まあ、こんな事を話しつつ、およそ1週間で、フローデンヒルト・アム・マインへと、到着する。



 フローデンヒルトは、そんなに大きな街ではない、人口も1万人程度だが、交易こうえきや商業の街として栄え、帝国自由都市としての納税額は、トップだったりするのだ。


 旅装りょそうの行商人が、街道を絶えず行き交い、大河マイン川の支流であるモイニン川には、大型の商船が行き交う。



「なんか、せせこましい街だね~」


「せせこましいって、表現が悪いですよ、グーテル」


 トンダルが言うが、


「じゃあ、なんて言うの?」


「えっ。せわしない街とかですかね?」


「じゃあ、忙しない街だね~」


「そうですね」





 フローデンヒルトの街中に入ると、ミハイル大司教が、出迎えてくれた。


「皆様、遠路えんろはるばるようこそお出で下さいました。ミハイル大司教ヴェルターです」


「わざわざの出迎え、ありがとうございます」


 ミハイル大司教ヴェルターさんは、この時50歳後半で、30年近くミハイル大司教の地位にある。貴族の血筋だが、大貴族ではないのに、若い時から大司教を勤める。ということは、ヴェルターさんは、若い頃から優秀だったのだろうな。



 なにせ、ミハイル大司教は、教主様のいるロマリアを除いては世界で唯一、聖座せいざを名乗る事を許されているのだ。ミハイル聖座。まあ、誰もそう呼んでいるのを、聞いたことはないけどね。



 僕達は、カイザードームとも呼ばれる、聖ワルフォロメイ大聖堂へと、案内された。いくむねも建物の連なった、大きな教会だった。選帝侯だけでなく、諸侯達や、その騎士達まで滞在出来るようになっている。街のシンボルとなっていた。



 ここでは、選帝侯会議や、諸侯が集まった帝国議会が、数多く行われていた。今回も、最終的には、全ての諸侯が集まるのだろうが、それまでに僕達が、次の君主を決めないといけなかった。長期戦になるだろうな。



 まずは、次期君主の候補者を出す。そして、君主としての決意表明をしてもらい、最終的に話し合いの上、選帝侯会議にて次代君主を選び、その後に、諸侯が集まり帝国議会にて、承認を行うという流れになるのだ。



 僕達は、大聖堂の中を案内され部屋へと通された。大きな扉を開けると、何部屋もの部屋があり、それを辿たどって行くと、僕の寝泊まりする寝室となる部屋があるという、構造になっていた。その寝室には、窓まで無かった、徹底的に騎士達に守りやすい構造となっている。



 だが、僕がそんな所に、居るわけがなく。僕は、フルーラや、アンディと共に、大きな窓のある大きな部屋で、椅子に座ってくつろいでいた。



「申し上げます。トンダルキント殿下がお越しですが、お通ししてよろしいでしょうか?」


 入口付近を警備している護衛騎士がやってきて、僕に聞く。


「分かった。大丈夫だよ。お通しして」


「はっ!」



 トンダルが、なんの用だろう? まあ、用がないと来ちゃ行けない、というわけではないのだけれどね。



 トンダルは、部屋に入って来ると、豪華なテーブルを挟んで、僕の対面に置かれていた長椅子へと、座る。



「グーテル、そう言えば聞くの忘れていたのですが、誰が出ます?」


「誰が出ますって、何が?」


「あれっ? 聞いてないですか?」


「うん」


「そうですか……。え〜と、御義父上おちちうえは、名称上は式部しきぶ長官なのですが、実際に、期間中の余興よきょうのようなものをまかされてまして」


「そうだったね」



 フランベルク辺境伯リチャードさんは、式部長官。つまり、儀式ぎしきとか祭礼さいれいつかさどる役目という、名目上の役職を持っているのだが、今回、実際に余興を考えるようにとかの役割をふられたようだ。



 ちなみに、僕は、献酌けんしゃく侍従長じじゅうちょう。まあ、宴会部長と言ったところだろうか?


 重要な場面での、パーティーを任されているのだ。当然、食材集めから、料理人の手配まで、済ませていた。まあ、何が出て来るかは、後々のお楽しみだ。



 トンダルが、話を、続ける。


「というわけで、御義父上は、剣術大会をもよおそうと考えられまして、で、グーテルのところは誰が出るのかと」


 と、そこまで、言った時だった。


「俺は、出ないっすよ」


「是非、参加させてください!」


 アンディと、フルーラの言葉が、部屋に響く。


「アンディは、参加で」


「えっ」


 アンディが、絶句する、そして、フルーラは、不安そうな顔をする。


「フルーラは、相手殺さないように」


「えっ。よろしいのですか?」


 フルーラの顔がパッと明るくなる。


「うん、相手殺さなければね」


「あ、ありがとうございます」


 フルーラが大喜びし、アンディはがっかりしている。


「で、良いのかな?」


「いえ、あと一人ですね」


「そう、だったら、ガルブハルトだね」


「……、良いのですか? 全戦力紹介してしまって」


「ん? 知られて困る事は、ないけど……」


「そうですか。ならば良いのですが」


「そう言えば、フランベルク辺境伯領は、誰が出るの? リチャードさん?」


「出るわけないでしょ、確かにフランベルク辺境伯領で、一番強いですけどね」


「そうだよね〜。で、誰出るの?」


「そうですね。女傑じょけつバルベーラと、戦う哲学者アルキピアテスですかね」


「えっ、バルベーラさんも参加されるのですか?」


 と、フルーラが、興奮気味に話す。どうやら有名な人のようだ。


「ええ、参加しますよ」


「そうですか〜。よっし」


 フルーラが、嬉しそうだ。だが、僕が気になるのは、


「何、その名前? 女傑とか、戦う哲学者とか」


「えっ、二つ名のことですか?」


「そう、それ。格好良いよね~」


「確かに、そうですね」


「フルーラとか、アンディにもあるの?」


「知りませんね~」


「そうなんだ……」


「グーテルが、考えたら?」


「え〜と、戦う暴虐ぼうぎゃくと、色欲魔人しきよくまじん


却下きゃっかです! 何で私達が、大罪たいざいの名を与えられなくてはいけないのですか。グーテル様、ひどいです」


 神聖教信者としては、やってはいけない行いとして、大罪がある。そのうちの暴虐と色欲。まんまだと思ったんだけどな~。


「そうっすよ、そんな二つ名与えられたら、俺、二度と外歩けないっすよ~」


 フルーラが涙目になり、アンディも真剣に拒否する。駄目か〜、強そうなのにな~。


「じゃあ、暴風剣女ぼうふうけんにょと、貴公騎士きこうきし


「なんですか、それ?」


 トンダルが、ちょっとあきれ気味に言うが、フルーラは、


「暴風剣女。うん、なんか良いですね〜。ありがとうございます、グーテル様」


 と、何故か喜んでいる。そして、アンディは、


「隊長のは、本人気に入っているから良いとして、俺のは何なんすか? 奇行に走る騎士みたいじゃないっすか」


「そうか~、駄目か〜。なんとなく貴公子って言うから、それに騎士を入れてみたんだけどね~」


「貴公子……。貴公騎士か、良いっすね~」


 どうやら、アンディも気に入ったようだ。僕の目の前では、肩をすくめるトンダルがいた。


「やれやれ、変わった人達ですね」

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