第61話 選帝侯会議①

 僕は、カウンターの自分の席に座ったかと思うと、立ち上がり、ウロウロと店内を歩き、また座る。と、すぐに、立ち上がる。


「殿下。落ち着いてくださいよ〜」


 と、マスターが自分もカウンターの席に座りつつ、ビールを飲みながら、僕に話しかける。


「そっすよ、グーテル様」


 と言いながら、アンディは、窓の外をチラチラ見たり、外に出たり、こちらも落ち着かない。



 さらに、目をつむり、激しく貧乏ゆすりをするガルブハルト。巨体のガルブハルトによって、店が揺れる。


「グーテル様、落ち着きましょう」


「いや、ガルブハルトさんも、落ち着いてください」


 と、マスターに言われる始末だった。



 ここは、ボルタリア王国ヴァルダの街のマージャストナと呼ばれる城下町にある、呑処のみどころカッツェシュテルンだった。



 もう閉店時間はとっくに過ぎていたが、マスターの好意で、僕達は店にいさせてもらっていた。



 皆が、ビールを飲んでいるものの、まともに飲んでいるのは、マスターだけで、アンディは窓辺に立ち、ガルブハルトはカウンターに座り、僕は、店内を歩き回る。


 この状態がずっと続いていた。



 その時だった。アンディが、叫ぶ。


「隊長が、来ました!」


 全員が立ち上がり、入口を見る。すると、フルーラが飛び込んでくる。


「う、生まれました! 母子共ぼしともに元気です!」


「ありがとう、フルーラ!」


 その瞬間、僕は、扉から飛び出して行き。アンディも続く。


 ガルブハルトは、フルーラの肩をつかみ。


「で、どっちだったのだ?」


「女の子です!」


「そうか」


 ガルブハルトは何故か、ガッツポーズをする。


 そう、この日、グーテルと、エリスの第一子が誕生したのである。





 その日の朝から、屋敷の中を歩き回る僕の姿があった。そして、時たま、そ~っと、エリスちゃんの部屋を開くと、また、屋敷を歩き回る。そして、ついには、


「申し訳ありませんが、屋敷から出ててください。気が散ります」


 と言われて、屋敷から追い出され、アンディと共に、カッツェシュテルンへやってきたものの、先程の状態となっていたのであった。


 途中、たまたま店にやってきた、ガルブハルトも話を聞き、落ち着かない状態に突入し、やってきた常連さん達も、落ち着かない店の状態に早々に引き上げてしまったのだった。



 そして、フルーラから待ちに待った情報がもたらされる。


 僕は、城へ戻る石段を駆け上がる、途中の門も守衛しゅえいさん達が僕達が急ぎやすいように、開けてくれていた。


「おめでとうございます」


「ありがとう」


 門を通るたびに、そう守衛さんから言われ、僕はお礼の言葉を返す。



 石段を駆け上がると、僕達は、クッテンベルク宮殿に飛び込み、さらに階段を駆け上がる。


 もちろん、この時も門番さんが、門を僕達が駆け抜けるタイミングで開け、執事さんが玄関の扉をタイミング良く開けるという涙ぐましい? 行いが行われていた。



 そして、僕は恐る恐る、エリスちゃんの部屋の扉を開ける。


「うわっ!」


「グーテル、大きな声を出すんじゃありません! 赤ちゃんがびっくりするでしょ」


 と、僕の数倍の声で言うのは、僕のお母様だ。お母様は、エリスちゃんの妊娠をしると、単騎で早駆はやがけしボルタリア王国へと、やってきたのだった。だが、出産の立ち会いとか、手伝いとかはむいていなさそうだった。


 そのお母様は、僕が、そっと開けた扉の前に突然あらわれ僕を驚かせ、さらに大声で僕に話しかけ、


「し〜!」


 と、注意された。



 僕と、お母様は、抜き足、し足、しのび足でベッドに近づく、周囲のメイドさんや、お産婆さんばさんがその姿を見て笑う。



 僕は、ベッドに横たわるエリスちゃんと、赤ちゃんを見る。


 赤ちゃんの方は、本当に赤ちゃんというのに相応ふさわしい、やや赤い顔をして、すやすやと寝ている。


「小さいね」


「そうね、グーテルもこんなだったわよ」


 お母様の言葉を聞き、続いて、エリスちゃんを見る。


 汗などはいてもらって、着替えも済んでいるようだが、かなり疲れ切った、こちらも少し赤く上気じょうきした顔で横たわっていた。


「エリスちゃん、御苦労様。ゆっくり休んでね」


「はい」


 エリスちゃんは、短くそう返すと、目を閉じた。産婆さんいわく、初産ういざんの後が、体力も消耗しょうもうしていて、感染症にもかかりやすいそうだ。今は、ゆっくり休んでもらおう。



 すると、産婆さんが、


「お父様、赤ちゃんを抱っこされますか?」


 はい! と言いそうになって、僕は外から入って来てそのままだった事を思い出す。


「え〜と、後で、体を清めて、着替えてから、抱きます」


「そうですか。かしこまりました」


 その時だった。エリスちゃんが、目を開き、


「そう言えば、名前は決まりました?」


 しまった! 今日一日ソワソワしていたので、忘れてた。男の子の名前は、なんとかハウゼンで良いけど、女の子だ、どうしよう? え〜と、


「マ」


「マ?」


「マリ」


「マリ?」


「う〜ん! やっぱり、もう少し考える」


「はい、かしこまりました」


 僕は、エリスちゃんの部屋を出て、風呂場へと、向かう。



 そこからは、ぼ~っと考え事をしていたら、いつの間にか、カッツェシュテルンのカウンターにいた。



 僕は、先程の光景を思い浮かべる。落としたらいけないと、かなり緊張していた。抱くと温かくて、なんか良い香りがした。そして、寝ていたので目は閉じていたが、


「デヘヘヘヘ〜。可愛かったな~」


「なに殿下、急に気持ち悪い声で笑わないでよ。びっくりするよ!」


 隣で、ミューツルさんが、大きな声を出す。いや、僕が、びっくりするよ!



 その声を聞き、マスターが近づいてきた。


「ミューツルさん、殿下は我が子をさずかったばかりなんですよ。それだから、嬉しくて笑っちゃうんです。ミューツルさんも、わかるでしょ?」


「へ〜。そうなんだ、そりゃめでたい、殿下、おめでとね~」


「ありがとうございます」


「そっかそっか、殿下にも子供がね~。俺にも、いたんだよ娘がさ〜」


 いたんだよか〜。思い出したくないことだったかな? 悪いことしちゃったか。


「だけどよ~。俺が他の女と不倫ふりんしたら、かみさんが、怒って出てっちまいやがってさ~。それ以来、会って無いのよ」


「いや、それは……」


 僕が、言いかけると、


「貴様が悪い」


「そうですね」


 と、僕の隣、ミューツルさんの反対側に座っていたガルブハルトと、マスターが突っ込む。


「そうかな~?」


 ミューツルさん、そうだよ。だけど、貴族は、結構そういう人多い。僕は、しないけどね。



「そう言えばよ、名前なんて〜の?」


「それなんですよミューツルさん。名前、良いのが思いつかなくて」


「ええ、そんなの、神父さんに適当につけてもらえばいいじゃん! ぱぱっとつけてくれるよ」


「いや、そういうわけには、いかないんですよ」


「そうなの?」


「そうなのだ。馬鹿が」


「ガルブハルト、言葉きついよ」


「グーテル様、申し訳ありません」


 そう、庶民の場合、結構、教会に行って、神父さんに名付なづけてもらうなんて事も多い。


 だが、貴族は別。家としての伝統があったりするので、家長かちょうが名付けるのが普通なのだ。


 そして、今の家長は僕。というわけで頑張らないといけないのだ。だけど、お父様が居てくれれば、アドバイスもらえたのに。お母様は、護衛も付けず、一人で馬を飛ばしてやってきたのだった。危ないと思うよね?


 まあ、ヒールドルクスの鬼姫と呼ばれた、お母様を襲う人なんていないけどね。盗賊団に襲われても、まあ、盗賊団の方々の命が心配だ。



「名前どうしょうかな~」


 僕がそう言った時だった。珍しくカウンターのガルブハルトの隣で、大人しく飲んでいたアンディが、声を上げる。


「リリアとか、メイリンとか、フィリーネとか、どうですか?」


「ふん、それは、お前の女達の名だろ? そんな、あばずれと一緒にするな」


 と、ガルブハルト。


「でも、かわいいですよ。その娘達」


 と、アンディが言うが、ガルブハルトは渋い顔をし、マスターも、


「確かに外見は良いですが、性格は悪くなりそうですね~」


「何でだよ」


「いや、まあ、やめておきましょう」


 マスターがそう言ったので、アンディのは却下だな。マスターは、客商売。人を見る目は確かだ。


「でしたら、体が強くなるように、ガルパワーとか、ガルマハトとかいかがでしょうか?」


 いや、いかがでしょうか? じゃないよ。完全に、女の子の名前ではないな。それに、ガル何とかって、自分の名前を入れたのか?


 すると、マスターが、


「ガルブハルトさんは、ネーミングセンスが、壊滅的かいめつてきですね~」


「うっ。そ、そうですかね? それは、すむません」


 ガルブハルトが、しょぼくれる。


「だったら、マスターは良いのあるの?」


「えっ、わたしですか?」


 マスターは、少し首を、傾げて考えつつ、


「そ、そうですね〜。ア、アイリーンとか、ア、ア、アゼリアとか、ア、ア」


「それは、奥さんの名前じゃん」


 アンディが突っ込むと、


「アイリーンは、そうですが、アゼリアは違いますよ!」


「じゃあ、誰の名前?」


「へっ? え〜と、ランド王国にいた時に、憧れた女性の名前ですが……」


「えっ、それじゃあ、マスターも、アンディと変わらないじゃない?」


 と、僕が言うと、


「いや、違いますよ! 少なくとも、両者共に、性格は良いですから」


「そうですか~?」


 さて、どうしよう? 僕が、そう思っていると、ミューツルさんが、


「あのよ〜。ほら貴族様ってさ、良くさ、聖人様や、聖女様から名前とってんだろ? だったら、それから名前いただいてよ、マリアとかさ……。駄目だよな~」


 僕は、思わず叫ぶ!


「それだ!」


「えっ!」


 ミューツルさんが、びっくりした表情をする。


 そうだ、それが良い。ちなみに、お母様の名前のエリザベートも、元は聖典の登場人物で、アロンの妻にあたるエリシェバから来ている。


 ヘブライ語でエリシェバのエリは神、シェバは誓いを意味し、合わせて神は誓ったという意味となる。また、洗礼者ヨハネの母エリサベトにちなんでもいるそうだ。


 他にも、エヴァは、聖典に登場する最初の女性。ヘブライ語で命ある者という意味だし。ヘレンは、ダリア王国のコンスタンティヌス大帝の母、聖ヘレナからきているのだそうだ。



 まあ、さすがにマリアだと、短絡的だと思われるから……。


「セーラ!」


 僕は叫ぶ。


 ヘブライ語で、王女という意味だ。

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