第60話 反ヒールドルクス同盟⑤

「大変失礼しました。わたしの浅知恵などを披露し、申し訳ありませんでした」


 フェルマンさんが、軍議後、謝罪してきた。


「ですが、グーテル卿は、凄いですね。あのような策を良く思いつかれますね」


「策? はあ、まあ。え〜と、動物でも人間でも、例えバレバレのわなでも一つくぐり抜けたと安心したところに、罠があればあっけなくはまってしまうものですし。視線を誘導して、そこに集中させれば、見逃させる事も出来るんですよ」


「はあ」


 僕の説明が分かったのか、分からなかったのかは分からないが、フェルマンさんは、見事に戦ってくれて、勝利に貢献してくれた。



 唯一の誤算は、ザーレンベルクス大司教軍が、頑張って戦いすぎて、結構、損害を出した事だった。もう少し左右の軍勢が遅れていたら、どんな損害になっていた事か。


 ザーレンベルクス大司教ファンレートさんに言っても、あの騎士団長さんは、ファンレートさんの言うこと聞かなそうだな~。



 というわけで、一応呼び出して注意する。



「無理に戦わなくても、時間をかせいでくれれば良かったのです。そうすれば、ザーレンベルクス大司教軍の死者も、かなり減ったと思うのですが」


「ですが、騎士は死を覚悟して死地しちに飛び込むのが役目。それに、背を見せて逃げるなど、騎士のはじです」


「いくら死を覚悟してても、避けられる死もあったはずです。それだったら、適当にあしらいながら、後退してくれても良かったんですから」


 僕が、穏やかに、冷静にさとすが。


「ケッ、戦いもしない、ボンボンが」


 騎士団長が、そう言った瞬間だった。フルーラが動く。今回は、僕が戦いに加わらなかったので、戦いに参戦出来ず、ストレスもまっていたのだろう。


 ブン!


「フルーラ!」


 ガン!


「うっ!」


 ドサッ!


 ザーレンベルクス大司教軍の騎士団長さんは、フルーラの一撃に反応することすら出来ずに昏倒こんとうする。



 それよりもだ。うん、フルーラも成長したな~。剣は抜かず。さやのまま騎士団長を殴ったので、なんとか生きてそうだった。良かった。


「え、えと、申し訳ありません。グーテル様」


 フルーラが謝るが、


「生きてるみたいだし、大丈夫だよ。それに、フルーラも成長したなって、剣を抜かず鞘で殴るなんてさ」


「えっ!」


「ん?」


「あっ、わたし、剣抜くの忘れてました」


 えっ、どういうこと?



 どうやら、フルーラは、剣を抜いたつもりだったようだが、怒りのあまり、鞘で殴ったようだった。結果オーライ!



 それよりもだ。


「アンディ、これ、どこか捨てて来て」


「ういっす」


 アンディが手を伸ばしかけるが。ガルブハルトが、


「さすがに、捨てるのはどうかと、俺が、ザーレンベルクス大司教のところに持って行きますよ。ついでに話もしてきます」


「そう、よろしく」



 そう言って、ガルブハルトは騎士団長を片手で軽々抱えると、ザーレンベルクス大司教軍の陣に歩いて行った。



 この後、この騎士団長は、ガルブハルトの説明もあり、ザーレンベルクス大司教ファンレートさんに激しく叱責しっせきされ、職を解かれる事になる。まあ、どうでも良い話だ。





 こんな事もあったが、戦いが終わり、死者の確認や怪我人の手当、武器の回収、お互いの捕虜の解放などの、戦後処理を行っていると、アンドラーテ3世が、側近の方々と共に戻ってくる。


「さすがですな~、グーテルハウゼン卿。大勝利、おめでとうございます。御苦労様でした」


「ありがとうございます」


 一応、礼を返す。



 しかし、のん気なもんだ。だけど、したたかでもある。アンドラーテ3世は、僕に声をかけ、ザーレンベルクス大司教軍の所に行き、ファンレートさんに声をかけると、自軍であるダールマ王国軍の所に行き、騎士団長、諸侯、騎士、そして、兵士達まで声をかけ、慰労いろうしている。



 さすがですな~。中小諸侯の支持を得ているのは、こういうところだろうな。さて、僕も。


 そう思って歩きかけた時だった。


「グーテル様、どちらへ?」


 フルーラが聞いてきた。


「いや、皆の慰労に……」


「はあ。かしこまりました」


 と、フルーラ。だが、アンディは、


「また、ガルブハルトさんに、怒られるっすよ。似合わない事するなって」


「えっ、そう?」


「そうっすよ。グーテル様の売りは超然ちょうぜんとした、雲のようなところなんっすから」


「なに、それ?」


「ふむ。確かに……」


 フルーラまで〜。


「グーテル様は、普段はぐだぐだだらだらしてて、夜とかも庶民の飲み屋で皆と飲み、皆が、この人大丈夫か? 何て、思われてるのに。たまに神懸かみがかり的な活躍しているのが、受けてるんす」


「そうだな。確かに、グーテル様が、気を使って、兵士達に声をかけるとかは似合わないな〜」


 だそうです。


「分かったよ。どこも行かないよ。ふんっ!」


「グーテル様〜。いじけないでくださいよ~」


 フルーラが、慌てて僕に声をかけるが、アンディは、


「わっ、反応が子供」


「コラッ、アンディ。貴様! グーテル様に対して、無礼であろう!」


 僕の周りで、追いかけっ子が始まった。



 あ〜、はいはい。ちゃんと、しますよ。すれば良いんでしょ。





 そして、1291年8月26日、講和の話し合いが行われる事になった。まだ、お祖父様の死去から一ヶ月ほどしか経っていない。その間に一つの戦いが起き、そして、終わった。


 場所は、ザーレンベルクス大司教の陣。軍勢は遠くに下げられ、護衛の騎士のみが近づく事を許される。



 僕は、いつもどおり、フルーラと、アンディ。そして、ガルブハルトと共に、向かう。ガルブハルトは、戦後、忙しく動き回っていたので、ようやく顔を合わせる事になった。


「ガルブハルト、御苦労様」


「グーテル様も、御苦労様でした。しかし、相変わらず見事な戦術ですな」


「戦術? ああ、違う違う。狩猟と同じだよ。ガルブハルトが、良く言ってたでしょ。獲物の種類によって好む場所は、違うし。めやすい罠も違う。で、獲物を誘導して、確実に仕留める。獲物が、人間に変わっただけだよ」


「はあ。動物と人間は、違うと思うのですが……」


「一緒だよ。人間の違いは、野戦やせんを好むか、籠城戦ろうじょうせんを好むか。野性的なのか、頭脳的なのか、攻撃的なのか、守備的なのかとかね」


「はあ。もう、グーテル様には、戦場の常識が通用しないのですな~。良い刺激になりますよ。ガハハハ!」


 ガルブハルトが、高笑いする。これは、褒められているのか?





「で、では、ヴィナール公国と、ボルタリア王国、ダールマ王国、そして、ザーレンベルクス大司教領の講和会議を行います」


 ザーレンベルクス大司教ファンレート4世が、緊張の面持おももちで開会を宣言する。



 会談場所に入ると、叔父様がただ一人テーブルに目をつむって座り、ファンレートさんは、立っていてオロオロしていた。


 僕は、叔父様の左側に座り、その後現れた、アンドラーテ3世は僕の対面に座る。そして、最後にファンレートさんが叔父様の対面に座り会談が始まった。



 すると、叔父様が、


「あの策は、グーテルか? 相変わらず見事なものだ。そして、ダールマ王国軍も強兵きょうへいだな。今回は、負けた。だが、次は負けん!」


 と、叔父様が言い放つ。



 これは叔父様なりの、敗北宣言だろうか?


 だが、ザーレンベルクス大司教軍のことには触れていない、お前には負けてないぞという、意思表示かもしれないな~。



 さて、なんて言おう? と、僕が考えていると、アンドラーテ3世が、先に話す。


「いやいや、ヴィナール公国も強い強い。数ではこちらが上回っていたはずなのに、どこかの誰かのせいで、被害はこちらの方が、大きいのですからな~。グーテルハウゼン卿が、居なかったらどうなっていた事か」


 でへへへ〜。褒められた〜。じゃない!



 え〜と。ここは敢えて、叔父様も僕の事をグーテルと呼んでるから、ここは。


「叔父様。それで、講和についてなのですが、ボルタリア王国としてはこれ以上の戦いを望みません」


「そうか」


 で、どう出てくる? と、叔父様の反応を見ようと思ったのだが、



「なっ、教主様は、ヒールドルクス家に天罰てんばつをと申されたのだ。滅ぼすことかなわずとも、せめて領土を、切り取り国力を低下させないと……」


 と、ファンレートさんが、口をはさむ。う〜ん、どうもこの方、心に余裕がないな。


「だったら、一人で頑張れば良い。ザーレンベルクス大司教には、神聖教の神と、教主様がついておられるからな~。余は知らんが」


 と、アンドラーテ3世が言い放つ。


「そ、それは……」


 ついに、ファンレートさんが黙る。



 というわけで、叔父様は、


「こちらとしても、これ以上の、戦いは望まないのだが、どのようにすれば良いのだ?」


 と、三人の顔を、見回しつつ語る。


「ダールマ王国に関しては、王位継承争いから、離脱していただければ、それで良い。それとだな〜」


 アンドラーテ3世が、珍しく言いよどむ。


「国境に、関してなのだが、この場では無く。その〜、後日、改めて話し合いの場を持ちたいと思うのだが、いかがだろうか?」


 それに対して叔父様は、簡潔に、


「心得た」



 この国境に関しては、ちょっと複雑な事情があるようだ。



 叔父様が奪い取った領地は、キーレク家を筆頭とする大貴族の領地であり、アンドラーテ3世の王位継承を支持していない。


 となると、叔父様がダールマ王国側に返還すると、アンドラーテ3世にとって都合が悪い。なるほどね~。


 この話し合いがどうなったかは知らないが、この後、大貴族達と、アンドラーテ3世の間で戦いが起き、アンドラーテ3世が負けた。ダールマ王国の内部での争いは、はますます混迷を深めていくこととなる。



 さて、僕か、


「叔父様には、ボルタリア王国に干渉しないと約束していただければ、それで良いのですが、いかがでしょうか?」


「分かった。現王が即位中は、干渉しないと約束しよう」


「おねがいします」



 これで、僕はOK。現王が即位中はって、現王のヴェーラフツ3世は若い。というかまだ子供だ。これで、当分は安泰あんたいだろう。



 さて、後は、ファンレートさんだが、


「わ、我々としては、国境に関する申し合わせをきちんと守っていただければ、それで良いのです」


「それだけで良いのか?」


「そ、それは……。公式文書にして、調印式を行いたく思います」


「そうか、分かった」



 こうして、ザーレンベルクス大司教側との講和も決まった。だけど、ファンレートさんも、欲がないな。あれだけ損害が出たのだ、損害賠償金取るとか、領地を一部割譲かつじょうとか、希望するかと思ったのだが。聖職者の方は、欲が無いのかな?



「では、これにて講和会議を、終わります」



 この後、叔父様に話しかけようかとも思ったが、アンドラーテ3世と二人で何か話しており、僕はファンレートさんに見送られ、ザーレンベルクス大司教軍の陣を去った。



 そして、そのまま、僕達はヴィナール公国を離れ、軍をボルタリア王国に向け帰路についた。



 こうして、反ヒールドルクス同盟は、解散し、ナルシュベルクの戦いは終わったのだった。

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