第59話 反ヒールドルクス同盟④

「う〜ん、フェルマンさんに、伝令。少しずつ下がるようにと」


「はっ!」


「ガルブハルトに伝令。ちょっと早すぎるし、勢いがありすぎる、少し抑えるように。左右からの騎兵の攻撃は、バランスが重要だからね」


「はっ!」


 グーテルのところから、矢継やつばやに伝令が、駆け出していく。


「ああ、全くもう〜」



 僕は、戦場であるナルシュベルクの草原から、少し離れたところにある丘の方を見る。安全地帯であるその丘には、アンドラーテ3世と、その側近達がいるのだ。



 アンドラーテ3世は、グーテルに同盟軍の総指揮を任せると、自分は、さっさと見物を決め込んでしまったのだ。


は、武人ではないのでな~」


 って、僕だって、武人じゃないよ。まったく。



 グーテルは、気を取り直して、自軍を見る。うん、少しずつ後退しながら、損害をあまり出さずに戦っている。左右に展開する、重装甲騎兵の動きもバランスがとれている。よし。今のところは、上手くいってるな。



 左右の重装甲騎兵を率いるのは、ボルタリア王国はガルブハルト、ダールマ王国はダールマの騎士団長。そして、中央の重装歩兵は、フェルマンさんに、率いてもらっている。



 軍議での、頭脳面ではいまいちなように見えたが、フェルマンさんは、攻撃面でも、防御面でも、指揮能力の高い良将だった。柔軟に対処して、的確に判断を下せる。それに、それなりに頭も良いし。レイチェルさんが、評価するだけはある。



 一番大変な、敵の重装甲騎兵の突撃を防ぐ。見事に同盟軍の重装歩兵を率いていた。敵の攻撃を防ぎ、出来るだけ損害を少なくして、徐々に後退する。誘い込むには、早すぎても、遅すぎても駄目だ。


「このまま、このまま」





 現在、ヴィナール公国軍の紡錘陣ぼうすいじんを、同盟軍が半包囲し、包み込むようになっている。先陣にあって、ヒンギルは、少しずつあせりを感じていた。落ち着け、落ち着け、押しているのは我軍なんだ。


 少しずつだが、敵軍は後方へと、下がっている。こちらが攻め込み、押し込んでいるはずだった。


 ただ、アンホレスト率いる第二陣は、左右からの同盟軍の重装甲騎兵の攻撃に対しての防御に、忙殺ぼうさつされて、前方に対する攻撃に厚みがなかった。



 ヒンギル率いる先陣の最初の突撃こそ、相手に充分な勢いで、長槍を用いた重厚な突撃が出来た。だが、二回目の突撃は、敵の重装歩兵に距離を詰められ、充分な距離が取れず、威力のあまりない突撃となった。


 その後は、ヒンギル率いる重装甲騎兵は、長槍を投げ捨て、武器を持ち替えて乱戦となっている。ヒンギル自身も、大剣に武器を持ち替え戦っている。


「我らが押し込んでいるぞ! 行くぞ~!」


 ヒンギルは、自らを鼓舞こぶするように、声を上げつつ、大剣を振るう。



 ヒンギルの欠点は、戦いに集中すると、周囲が見えなくなることだと、父親であるアンホレストや、ヒューネンベルクに言われた。だが、今日は周囲が良く見えた。


 良く見えたからこそ分かるのだが、手応てごたえがない。本当にこちらが優位なのだろうか? その思いが焦りを生み、さらに、自分の集中力をぐ。だから、周囲が良く見える。



 ヒンギルは、声を張り上げる。


「敵は下がっているぞ。優位なのは、我が方だ。攻めるぞ!」


「お〜!」



 そのヒンギルの戦いを見ながら、アンホレストもれていた。左右から攻め寄せる、重装甲騎兵の攻めに対して、重装歩兵部隊での守りと、重装甲騎兵による攻撃を使い分け、互角の戦いに持ち込んでいた。


 左右どちらかの攻撃が上回っていれば、そちらに兵を集中させれば良いが、今は、左右からの攻撃が均衡きんこうがとれ、どちらかに集中する事が出来なかった。なので、当然、前方に、兵力を回せなかった。


 焦るな、焦るな。


 アンホレストは、自分に言い聞かせながら、味方に指示を送る。


「右側押し込まれているぞ! 騎兵で押し返せ!」


 どちらかに駆けて行って、自分が、戦い現状を打開だかいしたい気分だった。だが、その瞬間、他方が崩壊ほうかいするだろう。難しい戦いを強いられていた。



 だが、少しずつ押し込んではいた。同盟軍の後方に、例の森が見えていた。


「そろそろか」


 アンホレストは、そうつぶやくと、全軍に指示を送る。


「全軍止まれ!」


 アンホレストの指示で、ヴィナール公国軍の動きが止まる。ヴィナール公国軍は、森の手前でピタリと止まる。



 すると、同盟軍は、少し慌てつつも、左右に展開していた重装甲騎兵も重装歩兵の前方にと戻りつつ、左右や、後方に深い森が広がる、お椀状わんじょうに木のない開けた地形の場所に布陣する。



 静けさが戦場を支配し、両軍のにらみ合いが行われる。



「さて、どうするのだ?」


 アンホレストが、そうつぶやいた時だった。左右の森から、すごすごと、ザーレンベルクス大司教軍が、バツが悪そうに出てくる。



 ヴィナール公国軍から、笑いが起きる。アンホレストも、


「ワハハハハ! ザーレンベルクスの生臭坊主なまぐさぼうずの匂いがプンプンしていて、伏兵がバレてしまったな~。ワハハハハ!」


 もちろん、ヒューネンベルクの作戦によってだったが、あえてあざけり笑う。気分は最高だった。



 見ていると、今まで戦っていたボルタリア王国軍と、ダールマ王国軍は、後方へと下がり、ザーレンベルクス大司教軍が、前方に展開する。



 アンホレストは、攻撃を再開する為に、号令ごうれいを発する。


「突撃だ!」


 再び、ヒンギルを先頭に、ヴィナール公国軍が駆ける。


 ドドドドドドドド!


 戦場に再び砂塵さじんが、舞い上がる。



 すでに長槍は投げ捨てていたので、通常武器による突撃だが、ザーレンベルクス大司教軍は、全軍で4500。騎士にいたっては、1500しかいない。


 そのうち、5、600騎位だろうか? 反撃の為に、長槍を持ち、重装甲騎兵として突撃を開始する。いくら疲れてない軍勢とはいえ、数が違う。


 こちらにも少し被害が出たが、あっという間に蹴散けちららし、ザーレンベルクス大司教軍は、重装歩兵。さらには、ハルバートを持った兵士達まで参戦する。



「ワハハハハ! 馬鹿め」


 アンホレストは、左右の森から出て来て戦い。こちらの攻撃にあわてふためくザーレンベルクス大司教軍を見る。



 指揮が行き届いていないのか、軍に統率が見られない。


「よしっ、叩くぞ! 付いてこい!」


 アンホレストは、ヒンギルを追い越すと、先陣に立ってザーレンベルクス大司教軍を討つ為に、馬を走らせた。



 すると、ザーレンベルクス大司教軍は、慌てて後方へと逃げる。奥には、深い森が見えた。森に逃げ込まれると、追撃は為難しにくい。



「追撃するぞ!」


「お〜!」


 全力でザーレンベルクス大司教軍も逃げるが、ヴィナール公国軍は勢いに乗り、みるみるうちにザーレンベルクス大司教軍へと、せまった。


 ヴィナール公国軍は、先程まで同盟軍が布陣していた、左右、そして前方が深い森となった、お椀状に木のない場所へと入り込む。



 よしっ、これでまずは、ザーレンベルクス大司教軍を叩き……。


 そこで、ふと我に帰る。ボルタリア王国軍は、どこだ? ダルーマ王国軍は、どこだ? アンホレストは、ザーレンベルクス大司教軍の後方を見る。そこには、森だけが広がっていた。



 そこまで考えた時だった。左右の森から、大音声だいおんじょうが聞こえた。


「かかれ〜!」


「お〜!」



 左右の森から、ボルタリア、ダルーマ王国の軍勢があらわれたのだ。左右からのはさみ撃ち、完璧なタイミングであった。



 アンホレストは、瞬時に判断する。


「防御態勢取りつつ、引くぞ! ヒンギル! 重装甲騎兵を連れて、下がれ!」


「は、はい!」



 小回りの効かない重装甲騎兵が、馬首を返し退却を開始する。しかし、その間も、左右から敵軍の重装甲騎兵の攻撃が、加えられる。



 アンホレストは、重装歩兵と共に、自ら剣を振るい、追いすがる敵をあしらいつつ、後退する。



 アンホレストは、考える。負けたな。だが、本当に恐ろしい奴だ、グーテルは。



 アンホレストには、いまだに、どうしてザーレンベルクス大司教軍の後方にいたはずのボルタリア王国と、ダルーマ王国の兵が左右から、あらわれたのかは、分からなかった。


 しかし、あらわれたのは事実だし、逃げないと全滅するのは、必定ひつじょうだった。さっきまでは、完全に勝てる状況だったのにだ。


 だが、どうやら逃げ切れそうだ。左右からの攻撃に本気を感じなかった。どうやら逃されているようだ。


 ヒンギルが包囲を抜け、麾下きかの軍勢を反転させようとしているのが見えた。アンホレストは、大声で命じる。


「ヒンギル! そのまま下がれ!」


「えっ!」


「後退するのだ!」


「はい!」


 ヒンギルは、こちらに向きかけていた馬首を再び返すと、再び後方に馬を走らせる。



 アンホレストは、ヒンギルの離脱を確認すると、再び剣を振るい後退を開始する。


 そして、


「よしっ、抜けたぞ!」


 アンホレストが、叫ぶ。すると、同盟軍の攻撃がピタリと止む。


 前方を見ると、ヒンギルが、ヴィナール公国の軍勢を再布陣させていたが、このまま戦っても、ずるずると損害だけが増えていくだけだろう。


「伝令だ! 同盟軍と講和する!」


「はっ!」


 伝令が、同盟軍の本陣へと、走る。


「終わったか」


 アンホレストは、ゆっくりと目を閉じた。





 グーテルは、アンホレストが包囲網から突破すると、安堵あんどのため息をらした。


「ふ〜。やれやれ」


 戦いは、これで終わりだろう。


 アンホレストが包囲網を抜けると、打ち合わせ通り、自然と戦いが終わる。



 激しく攻撃を加えていた、左右の重装甲騎兵も、戦闘態勢を解く。



 さて、このヴィナール公国を破った左右からの挟撃きょうげきは、実に単純なものであった。



 それは、戦いの前の軍議の時だった。



「後方の森に、兵を伏せます」


「なっ! それでは、同じではないか」


 アンドラーテ3世が、驚きの声を上げる。


「はい、ですが、伏せるのはザーレンベルクス大司教軍の4500。それなら、16500対18000。急激な軍勢の崩壊はありません」


「だが……」


 アンドラーテ3世が、疑問をていするが、僕は引き続き説明する。



「おそらくヴィナール公国軍は、伏兵ふくへいのあることを読み、森の手前で攻撃を止めます。すると、伏兵がばれた体で、ザーレンベルクス大司教軍が、出てきます」


「うむ」


「すると、視線は自然に、ザーレンベルクス大司教軍に集中します。そして、戦いが再び始まりますが、ボルタリア、ダルーマの重装甲騎兵は、後方の森へと走り、左右に分かれ素早く森の中を通り、左右からヴィナール公国軍を挟撃。ザーレンベルクス大司教軍、そして、重装歩兵部隊も、攻撃に加わり半包囲し、敵を討ちます」


「ハハハハ! 面白いな。それでいこう」


 アンドラーテ3世は、大笑いする。



 という作戦だったのだ。兵士達に森の中を馬が通りやすいように道を作ってもらい、これで準備完了。後は……。



 戦うだけだ。

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