第58話 反ヒールドルクス同盟③

「偵察隊によれば、敵の兵力は21000。こちらは18000。兵数では下回っています。ですが、やはり、敵は三つの軍の集合体であるという、弱点があります。それでしたら、かつてはダールマ王国の重装甲騎兵が、勇名をとどろかせていたと言えど、こちらの軍の方が、意思統一して動けます。でしたら、この平原を戦場にするのが適切かと」



 ヴィナール公国軍は、ランスウ郊外に軍を止め、軍議を行っていた。ヒューネンベルクの説明を聞きつつ、地図をのぞき込む、アンホレストにヒンギルハイネ。


「うむ」


 アンホレストが、うなずく。すると、ヒューネンベルクは、


「作戦なのですが、相手には、グーテルハウゼン卿がいます。なので、こちらも臨機応変に対応しないといけません。そういう意味でも、視界の良い平原が良いと思われます」


「うむ」


 アンホレストはうなずきつつ、気になった事があり、指摘する。


「では、これは何だ?」


 アンホレストは、ヴィナール公国の布陣予定地点に布陣した場合に、同盟軍が布陣するであろう地点の後方にある。大きくはないが、それなりの規模である森を指さした。


「これは、誘いです」


「誘い?」


「はい、亡きジーヒルホーゼ4世陛下の有名な作戦。その作戦に都合の良い地形があれば、やりたくなるのがさがというものです」


「そういうものか?」


「どうですかね?」


 自身有りげなヒューネンベルクの言葉に、アンホレストと、ヒンギルは、顔を見合わせる。


 ヒューネンベルクが自信を取り戻した事は、良い事だと思ったのだが、相手は、またグーテルだ、心配だった。そう二人は思ったのだが、


「相手は、あのグーテルハウゼン卿です。何をしてくるか分からない。そうです。負けて当然なのです。開き直ったら楽になりました。ハハハハ」


「いや、負けてはいけないのだが……」


 アンホレストは、あきれたが、ヒンギルは、何故か安心したのだった。





「う〜ん」


 戦場まで、後一日程と、なっていた。


 グーテルは、地図を見ながら悩んだ。すでにヴィナール公国軍は、布陣を済ませていた。


 そして、それに対してこちらが布陣しようとすると、気になるのが後ろの森だった。



 これはあれだよな~。誘ってるんだよな。面白いな〜。グーテルの中に、モアモアと嗜虐心しぎゃくしんが、沸き起こってくる。これが、お祖父様と似てるって言われる一因いちいんなのだろうな〜。



 フルーラと、アンディが僕の事を見て、見ないふりをしている。こういう時の僕は、良く、お母様やトンダルに言われるのが、面白い遊びを見つけた子供のような顔だと言われる。まあ、子供がやればかわいいが、いい大人がこれをすると、かなり怖いそうだ。



 さて、どうやって戦うかな~。僕は、目を輝かせて地図を見つめた。



 グーテルの考えがまとまった頃、開戦を前に、軍議が開かれる。


 僕達は、再び、ザーレンベルクス大司教の陣へと、向かう。


 出席者は、前回と一緒。地図が置かれたテーブルを囲むように座る。



「敵は目の前です。軍議を始めましょう」


 ザーレンベルクス大司教の、この言葉で軍議が始まる。


「で、どう戦うのだ?」


 またしても他人事ひとごとのような、アンドラーテ3世の声が響く。


「そ、それは、数で上回っているのですから、真正面から力尽ちからずくで……」


「それは無理だろ。前にそこの男が、こちらは、同盟軍だから、数で上回っていても有利じゃないような事を言っていただろ」


 アンドラーテ3世が、フェルマンさんを指さしつつ話す。


「そ、それは……」


 ザーレンベルクス大司教が黙る。


 まあ、戦場にも出たことないだろう人だ。無理はない。


 それよりもだ。ザーレンベルクス大司教軍の騎士団長が、やれやれって顔をしているのが、ムカつく。本来なら戦いの専門家たる、騎士団長が色々と言うなり、アドバイスするなりするもんだ。ね、ガルブハルト。


 僕は、ガルブハルトを見る。すると、


「俺は、肉体労働担当、グーテル様は、頭脳労働担当。それでバランスがとれてるんです」



 そうですね〜。では、頭脳労働担当が、話しますか。と、思った時だった。



「あの、よろしいでしょうか?」


「何だ?」


 僕の後ろに立っていたフェルマンさんが発言し、アンドラーテ3世が応える。


「良く地図を見たのですが、我々が布陣する場所の後方に、森があります。これを見て思ったのです、敵は失策しっさくをしたなと」


「ほ〜」


 アンドラーテ3世が、感嘆かんたんの声を上げ、皆も地図を、覗き込む。しかし、アンドラーテ3世は、何に感嘆したんだ?


「布陣した後方に森、これは天啓てんけいなのかもしれません。亡きジーヒルホーゼ4世陛下の、快勝を生んだ作戦です」


「うむ」


 アンドラーテ3世がうなずき、皆も身を乗り出す。


 調子づいた、フェルマンさんがテーブルに置かれていた指示棒を持って、作戦を話す。


「我がボルタリア軍と、ザーレンベルクス大司教軍の合わせて13500で、ヴィナール公国軍18000と正面から戦います」


「うむ」


「当然、数で上回るヴィナール公国軍が我軍を押し込みますが、我々がこの森まで下がりますと、あらかじめ隠れていたダールマ王国軍が、左右より現れ、敵を左右から挟撃きょうげき。一気に殲滅せんめつするのです」


 どうだ。と言わんばかりに、フェルマンさんが発言する。



 う〜ん、なるほど、レイチェルさんの言っていた言葉の意味が、分かった。教育しましょう。この僕が! 



 話を聞いて、アンドラーテ3世が、


「まあ、良い策だと思うのだが、何かあるか?」


「そうですね〜」


 僕が、口を開くと、皆の視線が、僕に集中する。


「まずは、敵軍はすでにこちらの数を、把握はあくしています。とすると、7500もの兵士が消えれば、何か策があるのかという疑念ぎねんを持ちます」


「なるほどな」


 アンドラーテ3世が、うなずく。


「第二に、なぜ我軍が布陣予定の後方に都合良く森があるのか? それは、敵がそれを誘っているからです」


 僕は、そこまで話すと、周囲を見回す。アンドラーテ3世は、表情変わらず。フェルマンさんは、真っ青な顔をしている。


「僕達が兵を森にせれば、開戦してからしばらくは、敵の優位ゆういに戦いが進められるのです。まして、13500対18000ならば一気に攻めれば、かなりの損害を、こちらに与える事が出来ます」


「そ、それでしたら、一気に下がって誘い込んで……」


 フェルマンさんの言葉に、僕はゆっくり首を振りつつ、


「一気に下がれば、軍の動きが乱れ、手痛ていたいダメージを受けるでしょう。さらに、敵にバレていれば、敵軍は森の手前で攻撃をやめて、すると伏兵は無駄になり、勢いにのった敵軍と、ただ戦う羽目になりますよ」


「うむ、なるほど。では、どう戦うのだ?」


 アンドラーテ3世は言うが、この人、本当に分かっているのか?



 僕は、話を続ける。


「それですが」


 僕は、ニヤニヤ笑いつつ、


「後方の森に、兵を伏せます」


「なっ! それでは、同じではないか」


 アンドラーテ3世が、驚きの声を上げる。


「はい、ですが、伏せるのはザーレンベルクス大司教軍の4500。それなら、16500対18000。急激な軍勢の崩壊ほうかいはありません」


「だが……」


 アンドラーテ3世が、疑問をていするが、僕は引き続き説明する。そして、


「ハハハハ! 面白いな。それでいこう」



 こうして、お互いが布陣して戦いが始まる事になった。反ヒールドルクス同盟軍対ヴィナール公国軍。人呼んで、ナルシュベルクの戦いが、いよいよ始まる。





 アンホレストは、前方を眺めた。さすがに戦いなれしているダルーマ王国と、ガルブハルトが指揮するボルタリア王国軍だ。見事な隊列だった。


 こちらと同じく最前列を重装甲騎兵が固め、その後方に重装歩兵が控える。そして、その後方に、兵士達。



 だがやや奇妙に見えた。ボルタリア王国軍が右翼、ダルーマ王国軍が左翼を担当しているようだが、やや距離が離れているように見えた。何か策があるのだろうか?



 だが、まあ良い。見渡した限りだと、ザーレンベルクス大司教の軍勢がいないということは、ヒューネンベルクの言ったとおり、後方の森に伏兵ふくへいとして潜んでいるのだろう。だったら、こちらが兵力ではわずかに上回る。



「この戦い勝ったな」


 アンホレストは、誰に言うともなくつぶやく。そして、目をヒンギルハイネへと、向ける。



 ヒンギルハイネは、自ら先陣を望み、アンホレストは、その望みを受け入れた。本来なら、自ら先陣に立って戦いたいアンホレストだったが、子供の成長を見守るのも一興いっきょうと思っていた。まあ、もう子供という年齢ではないが。



 では、そろそろやるか。アンホレストは、片手を上げて、その手を前方に突き出しながら、大音声だいおんじょうで叫ぶ。



「突撃〜!」


 角笛が、戦場になったナルシュベルクの草原に響き渡る。すると、重装甲騎兵のみで構成された、ヒンギル率いる先陣が動き始めた。


 ヒンギルを先頭に紡錘形ぼうすいけいとなった先陣が、敵めがけて駆けて行く。


「我々も動くぞ」


「はっ」


 アンホレストも兵を進める。中央部に先陣と同じく重装甲騎兵が、左右に重装歩兵を配した陣形になっていた。



 アンホレスト率いる第二陣も、先陣に続き突撃を開始する。


 ヒューネンベルクは、戦況を見つつ、指示を出せるように後方に控え、本陣を形成していた。



 ドドドドドドドド!


 戦場に馬蹄ばていの音が響き、砂塵さじんが巻き上がる。ヴィナール公国軍の騎士達が、突撃する。



 それに対して同盟軍は、左右に重装甲騎兵がどき、幾重いくえにも連なった重装歩兵が盾を構え、騎兵の突撃を受け止めようと待ち構える。


「愚かな」


 アンホレストは、つぶやく。



 普通、戦いにおいて、重装甲騎兵の突撃に対する対処法は、同じく重装甲騎兵の突撃にて対処する。当然大きな被害がお互い出る。しかし、大きな攻撃力同士の激突は、攻撃でもあり、防御ともなる。


 対して重装歩兵は、あくまで防御。繰り返しの突撃に対して、攻撃手段がないと、少しずつ損害が増え、やがて崩壊する。



 ヒンギルを先頭に、ヴィナール公国先陣が、同盟軍の重装歩兵部隊へと、突っ込む。


 ガッキーーーーーン!


 甲高い金属音がして、人や盾が飛ばされる。そして、さらに突破しようとする、ヴィナール公国先陣と、同盟軍の重装歩兵が激しくぶつかり合う。じわじわとだが、ヴィナール公国の先陣が、押し込んでいく。



「よしっ。我らも続くか」



 そう、アンホレストが思い、先陣に続いて突撃を敢行かんこうしようと構えた時だった。目の端にこちらへ向かって突撃を仕掛ける、騎兵の姿が目に入る。



「左右の重装歩兵! 防御態勢を取れ!」


 アンホレストは、慌てて左右に布陣した重装歩兵部隊に指示を出す。



 先程、左右に分かれた、ボルタリア王国、ダルーマ王国の重装甲騎兵が、左右からアンホレストのいる第二陣に突撃をかけてきたのだった。


「くっ!」


 手強い。アンホレストは、正直にそう思った。



 気付かずに前方だけに集中して、先陣に続いて突撃を敢行していれば、左右もしくは背後から挟撃され、大ダメージを受けていたであろう。



 アンホレストは、ゾクリと背筋を震わせる。


「グーテルか?」


 アンホレストは、敵陣にいる手強てごわおいっ子の姿を思い浮かべた。

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