第57話 反ヒールドルクス同盟②

僕達は、ザーレンベルクス大司教領の方面に、向かって進軍していた。



僕達の出陣のほうを聞き、ザーレンベルクス大司教が、使者を寄こしたのだった。


それによると、ザーレンベルクス大司教軍、ダールマ王国軍、ボルタリア王国軍がバラバラに戦うのではなく、一度ザーレンベルクス大司教領で一旦いったん集結し、共同戦線を張ろうということだ。



もちろん僕も、それが良いと思う。しかし……。



僕は、馬に乗りつつ、叔父様からの返書を眺めた。


「グーテル、忠告ありがとう。だが、神聖教教主が、何を怒っているのか、わからぬ。マインハウス神聖国の国内事情に口をはさむ事ではない。まあ、やるというのなら仕方がない。グーテルも、遠慮する事はない、思う存分やり合おう。では、戦場で」


「は〜」



確かに、叔父様の言うとおりでは、あるんだよな~。いくら影響力があっても、宗教が、政治に口を出しても、良い事はまるでない。


だが、叔父様も、多少はザーレンベルクス大司教とか、ダールマ王国に使者を送り、交渉すれば良いのにと。どちらかが軍を引けば、僕も喜んで兵を引く。そうなってほしかったのだが、まあ、仕方がないな。





「至急、国境に布陣している兵を戻せ!」


「はっ!」


急ぎ伝令が、駆け出て行く。


「いかがしたのですか、父上?」


伝令が慌てて駆け出て行ったのを見て、ヒンギルハイネと、ヒューネンベルクが、ヴィナール宮殿のヴィナール公アンホレストの執務室へと、入ってきた。


「ん? ああ、ヒンギルか。これを読んでみろ」


ヒンギルとヒューネンベルクは、渡された書状を見る。二人の顔は、読み進めるうちに、みるみる険しくなる。


「こ、これは……」


「反ヒールドルクス同盟……」


ヒンギルと、ヒューネンベルクは、言葉を失う。


「グーテルからの密書みっしょだ。奴の密偵みっていと名乗る者が、わざわざ運んできた」


「そうですか、グーテルが……」


ヒンギルの思考は、あまりの事態に止まっていた。だが、ヒューネンベルクは、


「でしたら至急、ダールマ王国のアンドラーテ3世と講和こうわを、あの御仁ごじんは、さとい方です。ダールマ王位継承を援護すると言えば、すぐに軍を引くかと。何でしたら、わたしがすぐに使者として……」


「よい」


ヒューネンベルクは、アンホレストが何を言ったのかわからず、聞き返す。


「へっ?」


「だから、行かなくてよいと言ったのだ」


「で、ですが……」


「ダールマ王国が兵を引いても、新たな敵が出てくるかも知れん」


「ですが、ダールマ王国が引けば、ボルタリア王国も兵を、引くかと……」


「ふん。確かにそうだろうが、我が国や、ボルタリアや、ダールマに対しても同盟が組まれ、戦線が拡大するだけかもしれないぞ。何せ、オルハン国とか言う、異教徒の国までに使者を送る男だぞ」


「そうなのですか……。しかし、そのような事、どこからの情報ですか?」


ヒューネンベルクが、感心して聞く。


「ま、まあ、蛇の道は蛇というやつだ」


「はあ」



実は、この情報は、グーテルの使う密偵から知らされた情報だった。まあ、この情報は、グーテルの指示ではなく、密偵の意思でもたらされた情報のように思える。



「それよりもだ。敵を倒すことだけを、考えるぞ」


「かしこまりました、父上」


「かしこまりました」


ヒンギルと、ヒューネンベルクが、応える。


「ですが、勝てるのでしょうか?」


ヒンギルが、心配げに聞くが、


「それは、分からん。だが、勝つしかない」


「そうですね。よっし!」


ヒンギルは、戦いに向けて気合を入れる。ヒューネンベルクも、


「ボルタリア王国軍は、9000と書かれています。それで、ザーレンベルクスも、ほぼ全軍で来るでしょう。ダールマは、6000から8000というところでしょうか? ですと、敵は20000以上ですか……」


「そうだな。ヒューネンベルク、頼んだぞ」


「はっ、早速さっそく


そう言って、ヒューネンベルクが飛び出して行く。


「ヒューネンベルクは、どこに?」


「ん? それは、勝つために、戦場を探しに行ったのだろう。大軍が動けて、我軍が少しでも有利に戦える戦場をな」


「そうなのですか……。そういう戦いもあるのですね」


「そうだな。さて、我々も勝つためにやることをやるか」


「はい、かしこまりました」


こうして、ヴィナール公国軍も、戦闘準備を急ぐ。





「やあやあ、良くぞお出で下さいました、グーテルハウゼン卿」


ザーレンベルクス大司教領の東端、ヴィナール公国にほど近い平原にて、ザーレンベルクス大司教軍と合流する。


ザーレンベルクス大司教軍は、およそ4500。全軍で6000なので、全軍で来るかもと思ったが、一部残したようだった。


「はじめまして、大司教様」


「いや、実は、はじめてではないのですが……。まあ、前にお会いした時は、先代の付き人でしたから、覚えておられませんよね。ファンレート4世とでもお呼びください」


「これは、失礼しました。今後とも宜しくおねがいします」


このファンレートさんは、前回、ヴィナール公国への旅の途中お会いした、ザーレンベルクス大司教とは別人だ。


先代は、今年の春に隠居いんきょされ、先代の付き人、というか、その下で司教をやられていた方が、大司教となったようだ。



「ダルーマ王国軍も、明日には到着されるとのこと、今日は、グーテルハウゼン卿もゆっくりとお休みください。ダルーマ王国軍が、到着次第、軍議ぐんぎを行いましょう」


「そうですね、では、遠慮なく」



そして、翌日。お昼過ぎにアンドラーテ3世に率いられて、ダルーマ王国軍が、到着する。その数7500。こちらも予想より兵力は少なかったが、よく見ると、色々な諸侯が多く見られた。


おそらく、アンドラーテ3世が、今、現状集まられる総兵力なのだろう。自分を支持してくれている中小諸侯を必死で集め、体裁ていさいを保ったのだろうか? 御苦労様です。



そして、ダルーマ王国軍の到着後、しばらくして、僕達は、呼び出しを受けた。軍議を行うそうだ。だが、軍議といって、何を行うんだろうか? どう偵察を行うとか、進軍の並び順だろうか?


どうやら盟主と、筆頭騎士団長が出席するらしい。


僕も、ガルブハルト、そして、護衛としてフルーラとアンディ、そして、しつこく参加を願ったフェルマンさんを連れて、ザーレンベルクス大司教の陣へと向かう。



「ダルーマ王国国王アンドラーテ3世だ。よろしくな」


「遠路わざわざお越し下さりありがとうございます。わたしが、ザーレンベルクス大司教ファンレート4世です。で、こちらが……」


「お初に、お目にかかります。ボルタリア王国国王の名代みょうだいとしてまいりました。クッテンベルク宮中伯きゅうちゅうはくグーテルハウゼンです」


「ああ」


アンドラーテ3世は、かったるそうに挨拶する。と、アンドラーテ3世の後方に控えていた方が、アンドラーテ3世に何やら耳打ちする。


「失礼した。かの高名こうめいなグーテルハウゼン卿だったか、よろしくな」


「高名ですか?」


「ああ、クッテンベルクの戦いで、ヴィナール公国を敗ったんだろ?」


「ええ、まあ、そうですが」


「だったら、高名だろ」


「ありがとうございます」


僕は、とりあえず礼を返しておくことにした。


「それで、どうするのだ?」


アンドラーテ3世が、他人事のように聞く。


「そ、それですが……」


は、グーテルハウゼン卿に聞いているのだ」


えっ。僕に?


「どうするのだ? とは?」


「ん? この戦いの落としどころだ」


落としどころね~。ということは、アンドラーテ3世も、ある程度のところで満足されるということかな?


「それは、教主様の神命しんめいのとおり、ヴィナール公国を打破し……」


と、ファンレートさんが、言い始めるが、アンドラーテ3世は、聞いてもいない。


「一度戦い、勝利をおさめ、講和でしょうか。ダールマ王国は、アンドラーテ3世陛下の正統王位である事の支持と、ダールマ王国領の返還といったところでしょう」


「ああ、妥当だな。だったら、こちらの方が数で上回っている。さっさと、真正面から、打ち破ってくれる」


と、アンドラーテ3世は言うが、そんなに簡単じゃないと思うよ。


「あの〜。恐れながら、正面からの戦いでは、こちらが負けるかと思うのですが」


と、僕の背後にいたフェルマンさんが、口をはさむ。うん、フェルマンさん、正解。


「何だと? この精強せいきょうなるダールマ王国軍が、負けるというのか?」


「そ、そうですが、こちらは、三つの軍が合わさった同盟軍です。ダールマ王国軍だけが強くても、三軍がそろって戦わないといけません」


「うむ、なるほどな。では、どう、戦う?」


「そ、それは……」



そりゃ答えるの無理だ。お互い陣容も分からなければ、布陣してもいない。



まあ、トンダルだったら、敵はこの辺りに、このような陣容で、こういう策でくるでしょう、と言って、さらにこちらは、こういう策で攻めれば勝てるでしょうとかやれるのだが、天才ならざる身では無理だ。


あっ、ちなみに、クッテンベルクの戦いの時は、狩猟と同じで、誘い込んで罠にはめたから、ああなったんだよ。今回は、違う。叔父様達が、自分達にとって良い戦場を決めるのだ。



「それは、ヴィナール公国軍の動きを見てみないと、わからないかと」


僕が言うと、アンドラーテ3世は納得したようにうなずく。


「そうだな。では、行くぞ!」


アンドラーテ3世は、そう号令をかける。もうこの同盟軍の、盟主めいしゅ気取りだな。まあ、良いか。扱いやすそうだし。



翌日、僕達は、陣を引き払い進軍を開始した。ボルタリア王国軍9000、ダールマ王国軍7500、ザーレンベルクス大司教軍4500の合わせて21000。これが、反ヒールドルクス同盟軍の総兵力だった。


はじめての大軍での戦いに、僕は少し緊張している。と思う。多分。



同盟軍は、国境にある川を越え、ヴィナール公国の領内へと、入る。周辺の偵察や、ヴィナール公国の動きの偵察も、ザーレンベルクス大司教軍が、行っている。ヴィナール公国とはよく戦っているので、詳しいからだそうだ。


だけど、


「急報、急報です! ヴィナール公国軍、公都ヴィナールから、こちらへ向かっております!」


って、遅いよ。オーソンさんからの知らせで、そんなのだいぶ前だ。


ヴィナール公国軍の現状は、ランスウの街で、ヒューネンベルク侯爵と合流し、すでに一部は、戦場となるであろう平原で、布陣の準備をしている。



大丈夫かな?

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