第56話 反ヒールドルクス同盟①

「お初にお目にかかります。クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン卿。わたしは、神聖教教主ニコラス4世聖下せいかの使いで、司教枢機卿しきょうすうききょうベネジェクト・アナーニと申します」



 僕は、ヴァルダ城の本宮殿の自分の執務室で、その人物を迎えた。


「アナーニ猊下げいか、はじめまして。わざわざ遠方まで、お越し下さり御苦労様です。クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンです」


 ニコラス4世は、現在の神聖教教主である。確か御歳おんとし64歳。そして、僕の目の前にいるのは、年の頃50歳位だろうか? そのニコラス4世の使いで、枢機卿団の最上位にある6人しかいない、司教枢機卿のベネジェクト・アナーニさんだ。


 枢機卿は、神聖教教主の顧問団のようなもので、その枢機卿団の中で、助祭枢機卿、司祭枢機卿、司教枢機卿と位が分かれているのだ。



 さて、神聖教教主様が、何の用であろうか?



「それで、どのような用件でしょうか?」


 僕が、聞くと。


 アナーニさんは、懐からうやうやしく書状を取り出すと、頭を下げつつ、書状をかかげ、


「こちらおそれ多くもニコラス4世聖下の書状である。つつしんでお受け取り下さい」


 僕は、同じように頭を下げつつ、書状を受け取り、封蝋ふうろうを割り、書状を開く。



 そこには、かなり強い言葉で、叔父様に対する非難の言葉が書かれていた。ザーレンベルクス大司教に対する度々の嫌がらせ、ニコラス4世が支援したダールマ王の王位継承に対する邪魔、さらに敬虔けいけんなるボルタリア王国に対する、戦争行為に対する非難。



 う〜ん。叔父様、随分嫌われたな。まあ、教主様が言いたい事、言っているのは、お祖父様の死が影響しているのだろうが。ちなみに、お祖父様と教主様の関係は良好だった。ダリア地方の大きな領土を寄進したからだ。



 さて。僕は、さらに読み進めた。


「出兵ですか?」


 僕は、顔を上げて、アナーニさんを見る。


「はい、そこに書かれているとおりです。反ヒールドルクス同盟の締結ていけつと、ヴィナール公国への出兵の神命しんめいです」


 そこには、速やかにヴィナール公国へ出兵し、天罰を下すように、書かれていた。天罰ね~。教主様は、神では無いのにね。



 だけど、う〜ん。これは断れない。神聖教教主の神命。まあ、無視したら、こちらが標的になる可能性がある。僕は良いとして、ボルタリア王国に迷惑はかけられない。それだけ、神聖教の影響力は大きいのだ。



「かしこまりました。急ぎ王や、重臣と話し合い、出兵の準備を致します」


「よろしくおねがいします。まあ、グーテルハウゼン卿は、ヴィナール公とは、叔父、甥の間柄あいだがらと聞きます。ご心痛しんつういかばかりかと思いますが、ニコラス4世聖下の神命なので、誠に遺憾いかんではありますが、何卒なにとぞよろしくおねがいします」


 ん? アナーニさんが、何か含みのある物言いをしてきた。アナーニさんとしては、あまりこの神命とやらを、良く思っていないと言いたいらしい。


「かしこまりました。ですが、そんな事を話して良いのですか?」


「はい。ニコラス4世聖下の事は、信奉しんぽうしてはおりますが、わたしは、ニコラス4世聖下の臣下ではありません。自分の考えもありますので」


「そうですか、それでは……」


 と、僕は言いかけたのだが、


「わたしは、あくまで使者です。それ以上でも、それ以下でもありません」


 無下むげに断られた。駄目か。


「かしこまりました。早急に、出陣致します」


「頼みます」



 アナーニさんが、居なくなると、僕は急いで準備を開始する。



「ガルブハルトに伝令して、戦支度いくさじたくをして、ヴァルダに来てと伝えて」


「はい」


 フルーラが、慌てて飛び出して行く。続いて、


「オーソンさんに、至急、ここに来るように連絡を」


「ういっす」


 そう言いつつ、アンディが飛び出して行く。それとほぼ入れ替わりに、フルーラが戻ってくる。おそらく適当な人物を伝令として、放ったのだろう。



 帰ってきたばかりのフルーラに、


「ヤルスロフさんと、デーツマンさんに、手が空き次第、こちらに来るように伝えて」


「はい」


 フルーラが、再び、飛び出して行く。そして、それとほぼ入れ違いで、アンディと、オーソンさんが入ってくる。


 はやっ!



「オーソンさん、連れて来ました~」


「アンディ、御苦労様。だけど、早かったね」



 僕は、オーソンさんを見る。今のオーソンさんは、白髪で、白い髭をはやし、森の隠者のような格好をしているが、これが、本来の姿ではない。会う時によって、若い男性だったり、女性だったりもする。



「フォフォフォ、ちょうど近くにおりましたゆえ」


「いや、アナーニさんの動き把握はあくしていて、何かあると思って、ヴァルダ城に居たんでしょ?」


「さすがグーテル様。まあ、そのとおりです」


「ふ〜ん。で?」


「はい、かつては、穏健おんけん融和的ゆうわてきな、教主様だったのですが、最近どうも色々な所に書状を出して、新たな同盟を組ませたり、戦いを起こしたり。何か、きな臭いですね」


「そうなんだ」


 僕は、少し考えるが、まあ、とりあえずそれは後だ。



「で、オーソンさん、悪いんだけど、叔父様に書状書くから、それを持っていって」


「はっ、かしこまりました。宣戦布告ですか?」


「いや、避けられるんもんなら、避けたいなと」


「なるほど。ですが、難しいでしょうな〜」


「まあね。叔父様が素直に頭を下げるとは、思えないからね~」


「そうですか」


 僕は、叔父様への書状をしたためると、オーソンさんにたくす。


「よろしく」


「はっ、かしこまりました」


 オーソンさんが、部屋から出ていき、しばらくすると、ヤルスロフさんと、デーツマンさんが、慌ててやってくる。



「お連れ致しました」


 フルーラが、厳しくけわしい顔で返事する後ろで、オドオドと入ってくる、ヤルスロフさんと、デーツマンさん。


 フルーラ、その表情で言ったの? 完全に、怯えているよ、お二方。



「お、お呼びだそうで」


「わ、我々、何かしましたでしょうか?」


 かつて何かよほど嫌な事が、あったのかな?



 僕は、二人に教主様の書状を渡しつつ、話す。


「どうやらまた、戦いになりそうだよ」


 二人は、仲良く二人で、書状を持ちつつ、応える。


「これは……。教主様の御命令ですか……」


「我々も、出陣しないと、いけませんな」


「それなんだけど、ヤルスロフさんと、デーツマンさんは、もしもの場合に、ボルタリア王国にいてもらわないと困るし……」


 と、僕が、言うと。デーツマンさんは、


「そ、そのような事は、言わないでください!」


 と、慌てるが、やや慣れてきた、ヤルスロフさんは、


「そうではないと思うぞ。グーテル様は、戦中のボルタリアの国政の事を、言っておられるのだ」


「そ、そうか。そうでしたか。それでしたら、お任せください」


「よろしくおねがいします。それで、兵なのですが……」


「それでしたら、国内外の諸侯しょこうに声をかけますが……」


「グーテル様の招集なら、すぐに集まるでしょう」


 ヤルスロフさんと、デーツマンさんが、気負って応えるが。僕は、


「それが、逆に集まって欲しくないので、第1師団から半数加える程度にしようかと思っているのですが。まあ、王太后様おうたいごうさまの許可が得れればですがね」


「それはもちろん、許可なさるでしょう」


左様さようです。ですが、そのような、兵数では、ヴィナール公国相手に厳しいのではないかと?」


「それなんですけど、おそらく、ザーレンベルクス大司教は本気できます。ダールマ王国も、教主様に認められたいので、ある程度本気でくるかと。とすると、僕達が、本気で兵を派遣すると、大いにこちらが優位になってしまいます」


「それは、良いことでは?」


 ヤルスロフさんが、首をかしげ、考える横で、デーツマンさんが、応える。


「一方的な戦いになっちゃ困るんですよ。適度に戦い、適度に勝利する」


「そうなのですか……」


 デーツマンさんは、いまいち分かっていなさそうだった。



 一方的に敵を倒せば、うらみが生まれる。ある程度、勝ったところで、講和を結び、さっさと引き上げる。それが一番だ。さて、それが上手くいくとも限らないが。


「かしこまりました。思う存分、戦ってください。どうか無茶はせず」


 ヤルスロフさんが言うと、


「そうですな。戦勝せんしょうを、お祈り申しあげております」


 と、デーツマンさん。


「お二方、よろしくおねがいします」



 その後、僕は、レイチェルさんに面会を申し込む。もちろん、すぐに、受理じゅりされて、レイチェルさんと、会うことになった。



 僕は、レイチェルさんに、教主様の書状を見せる。


 レイチェルさんは、書状を読み終えると、険しい顔で、こちらを、見る。


「教主様は、どうされたのかしら?」


「さあ? さすがに、分かれかねますが……」


「そうですね、ごめんなさい。それで、グーテルハウゼン卿としては、どうなさるおつもり?」


 どうなさるおつもり? か〜。さて、


「はい。今回も、第3師団を率い参陣さんじんしようかと。ただそれだと教主様いわくのボルタリア王国としてに反するので、第1師団から、半数をお借りしたく思うのですが、いかがでしょうか?」


 すると、レイチェルさんは、小首こくびをかしげ、何やら考える。そして、


「分かりました。それでは、フェルマン副騎士団長に率いさせましょう」


 フェルマン副騎士団長は知らないが、良かった。レイチェルさんは、言葉を続ける。


「若いけど、名門出身の優秀な子なのよ。鍛えてあげて」


「はあ」


 ん? 鍛えてあげて? 僕が? 違うな、ガルブハルトか?



「それで、他の貴族達には、声をかけないの?」


 レイチェルさんが、聞いてきた。他の貴族とは、ボルタリア王国の領内諸侯の事だろう。


「はい、兵数が多くなりすぎると、勝ちすぎてしまいますし、それに、人選も難しいです」


「そう。そうですね。分かりました。では、グーテルハウゼン卿、ボルタリア王国の威信いしんをかけて、教主様の神命頑張って果たして来てください。ただし、無茶はしないでくださいね」


「はい、このグーテルハウゼン。王太后様と、国王陛下の御為おんため誠心誠意せいしんせいい頑張ってまいります」


 と、格好良く言いつつ立ち上がったのだが、レイチェルさんが、


「グーテルハウゼン卿。国王陛下と、王太后様です。順番逆ですよ」


「あっ、申し訳ありません」





 まあ、こうして、僕達は素早く準備を済ませると、3000名の騎士、そして、6000名の兵士。総兵力9000を率いてヴィナール公国に向けて出陣したのだった。

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