第55話 閑話 ガルブハルトとキノコ狩り

 それは、お祖父様が亡くなる、およそ一年前のこと。クッテンベルクの戦いの後始末も終わり、ガルブハルトもヴァルダへと戻ってきていた。秋の事だった。



「マスターさあ〜。そろそろ、行きますか?」


「ガルブハルトさん、行きますか? ってどこにですか?」


「ほら! 秋と言えば、あれでしょ?」


「秋と言えば? ああ、はいはい」


「というわけで、行きますか?」


「そうですね。行きましょうか!」



 隣で、飲んでいた僕は、考えていた。狩猟しゅりょいシーズンだな。ということは、狩猟か? だが、秋と言えばではないな〜。秋と言えば、何だろ?



「ガルブハルト、どこか行くの?」


「はい、マスターとキノコ狩りに行こうかと」


「えっ! 良いな〜。キノコ狩り」


「殿下も、行かれます?」


 マスターが聞くが、ハウルホーフェ時代と違い、適当にブラブラ出歩くには行かない。さすがに、それは、僕も分かっていた。


「う〜ん」


「グーテル様、俺は、クッテンベルクの件、一段落ついたんでしばらくゆとりありますし、マスターは、下僕げぼくを増やしたんで、いつでも大丈夫ですから、俺達が、日程合わせますよ」


「そうそう、下僕が……って、おい!」


 忙しいマスターの店は、新しく人を雇ったので、前よりは少し動きやすくなったそうだ。


「ありがとう。一応、皆に聞いてみて、行けそうだったら、すぐに連絡するよ」


「かしこまりました」



 こうして、僕は、翌日、ヤルスロフさんや、デーツマンさんに声をかけたのだが……。


「良いでは、ないですか。クッテンベルクの戦いもありました。少し休まれるのも、良いと思います」


「ヤルスロフの言うとおりだと思います。重要な案件あんけんも無いですし。いや〜、キノコ狩り、良いですな~」


 だそうだ。僕は、必要ないのかな?



 さらに、エリスちゃんに、


「休み取れそうだから、キノコ狩り行こうと思うんだけど、一緒に、行く?」


「う〜ん。山の中、歩き回る感じですよね? だったら、やめておきます。それに、クッテンベルク会をやる予定なので、ごめんなさい」


「クッテンベルク会?」


「はい。若いボルタリア貴族の奥様で集まって、月一でお茶会やっているんです」


「ふ〜ん。そうなんだ~」



 と、言うわけで、エリスちゃんには振られたものの、僕は休みを取り、ガルブハルトに連絡。マスターもOKで。キノコ狩りへと行くことに決まった。



 メンバーは、僕と、ガルブハルト、マスターと、護衛として、アンディが加わった。



 こうして、二泊三日、キノコ狩りの旅が始まったのだった。





「ぜえ、ぜえ、うえっ。ガ、ガルブハルトさん。ちょ、もうちょっとゆっくり歩きましょう」


「え〜、なんですか?」


 山の上、遠くからガルブハルトの声が聞こえる。


「で、ですから~! もう少し、ゆっくり歩きましょう!」


「おっ! キノコはえてましたよ! 早く来てください!」


「わかった~!」



 僕は、そう返事をし、山を登るスピードを速める。


「ちょ、ちょっと、ま、待って下さいよ〜。うわ〜」


 マスターが、転び山の斜面をずり落ちて行く。まあ、縦よりも横に大きい、その巨体は山登りには向いてないよね~。


「アンディ〜! マスターがすべった!」


「ういっす!」



 アンディが、斜面を凄いスピードで駆け降りて来て、マスターを助け起こす。


「あ、ありがとうございます。殿下も、すみません。ですが、大声でわたしが面白く無いみたいな、呼び方で、人を呼ばないでもらって良いですか」


「えっ。何で?」


「一応、自分では、面白い人間だと思っているので」


「ふ〜ん。わかった」


「ありがとうございます」


 と、上の方から、ガルブハルトが大声で、声をかけてきた。


「皆、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ~! マスターが、すべっただけだから!」


「だから、やめてください!」


 マスターが、本当に嫌そうに言う。



「ほ〜、いっぱいありますね~」


 マスターが、興奮気味に話す。確かに。僕は、周囲を見回す。



 斜面を登り切ると、平らな森があり、その森の中にいろんな種類のキノコがはえていた。


 ただ、僕はどんな種類のキノコなのかは、分からない。マスターも、アンディも多分同じくだ。なので、ガルブハルトの指示の下、収穫していくこととなった。



「グーテル様、そっちのオレンジ色のは、アンズタケです。その辺りは全部大丈夫だと思います」


「分かった」


 僕は、腰をかがめて、アンズタケを採る。キノコの茎?の部分を軽く持ち、ナイフで根元をカット。ガルブハルトが持つ、かごに入れる。


 ナイフで切るのは、根?を残して再度はえてくるのを期待するためだそうだ。



 しかし、良い香りだ。何本もとっていると、手が確かに杏のような香りがする。杏の香りがするからアンズタケ。なるほどわかりやすい。



 その後も、移動しつつキノコを採っていくのだが、


「ガルブハルト、これは?」


「どれですか? おお〜! さすが、グーテル様。それは、ヤマドリタケですね」


「ヤマドリタケ?」


 それは、見た目栗色の傘を持つ、大きなキノコだった。そして、良い香りがした。


 すると、マスターが、


「ヤマドリタケですか。ダリア地方や、ランド王国では、珍重されているキノコですよ。美味しいですよ〜」


「へ〜」


 熱く語り始めたマスターいわく、ダリア料理や、ランド料理としても良く使われるキノコだそうだ。


 ダリア地方では、ポルチーノ。ランド王国では、セップと呼ばれているそうだ。楽しみだな~。



 一日目の夜は、マスターが持ってきた調理器具で、手早くアンズタケのソテーと、ガルブハルトとアンディが捕らえた、ヤマウズラを調理して食べた。


「アンズタケだけは、結構汚れが入っているので、良く洗っても大丈夫なんですよ~」


「へ〜」



 保存の効く、硬めのパンと、キノコのソテーと、ヤマウズラの丸焼きという料理を食べた。お酒は、重いので持ってきてない。それが、残念だ。



 翌日も、山の中を歩きまわり、キノコを採取する。



 そして、気持ちの悪いキノコを見つける。灰色の傘から黒い物が垂れ下がる。これは毒キノコだな~。と、僕が見ていると。


「ササクレヒトヨタケですね。食べれるんですが、溶けているんで、やめておきましょう」


「溶けてるんだ」


「はい。ヒトヨタケという名前の通り、一日で溶けるんです。溶けて子孫を増やす。面白いですよね」


「そうだね」


 僕が、キノコをじっと見ていると、ガルブハルトが、


「まあ、食べても、旨いんで、帰るときに見つけたら、持って帰りましょう。傘が開く前が良いんですけど」


「うん。分かった」



 さらに、キノコ採取に勤しむ、僕達。ただ、アンディは、飽きてきて、マスターはついて来れない。というか、僕は、動き回るガルブハルトに、必死について行かないと迷子になる。僕は、必死に歩き、キノコを採る。



 そして、また夜。僕は、テントに入るなり寝てしまった。疲れた〜。と、夢うつつの状態で、ガルブハルトと、マスターの声が聞こえた。


「で、マスターの籠は、これですか?」


「そう。どうかな?」


 どうやら、マスターとアンディも、キノコ狩りを続けていたようだ。


随分ずいぶん、毒キノコ混じってますね~」


「そうか〜。やっぱり難しいね~」


「本当に。だから最初は、知っているキノコを採取するだけに、したほうが良いですよ」


「そうですね~」


 なんて、話している。ガルブハルト曰く、毒キノコは本当に危ないのもあるから、注意が必要なようだ。


「おっ、ワライタケが入ってますね~」


「ワライタケ?」


「ええ、幻覚症状出て、笑いが止まらなくなるとか」


「へ〜。そんなキノコもあるんですか」


「はい。まあ、これも破棄しましょう。だけど、これ採取、雑ですね~。どれが、どのキノコだか」


「ああ、すみません。歩くの嫌で、適当に周囲のキノコ採ったんで。アハハハ」


「マスターですか……。まあ、良いか……」


「いや、あの、その、ごめんなさい」


 ガルブハルトは、本当に怒った時は、無言になる。僕は、怒らせたことないけど。マスターは、その圧で、謝ったようだ。


 明日は、帰るだけだ。ゆっくり寝よう。僕は、完全に眠りに落ちた。





 そして、翌日、ガルブハルトが早朝から山の中を駆け回り、ササクレヒトヨタケと、もう少しのキノコを採取。その後、山を下り、ヴァルダへと帰り着く。



 その後、僕は一休み。マスターと、ガルブハルトは仕込みに入った。



 そして、その夜。



「今日は、キノコパーティーだって! 嬉しいね~」


 ミューツルさんが叫ぶ。今日は、常連客だけの貸し切りだった。


 まあ、結局。僕が採ったキノコは、アンズタケと、ヤマドリタケだけだった。ほとんどが、ガルブハルトが走りまわって採ったのが多い。種類も、アンズタケ、ヤマドリタケ、ササクレヒトヨタケ、キッコウアワタケ、そして、ニセイロガワリ。


 このニセイロガワリも、毒キノコかと思った。ちょっと力を入れて傘を触ったら、傘の裏の柔らかい部分が、青くなったのだ。だけど、毒キノコではないそうだ。


 本当に、キノコは難しい。派手な色は、毒キノコで、茶色とかは、食べられるとかだったらわかりやすいのだけどね~。



「はい、最初はシンプルに、アンズタケのソテーね」


 マスターが、僕の前に料理を置く。湯気が立ち昇り、鼻孔をくすぐる。う〜ん、良い香り。


「美味しいね~」


「ありがとうございます」


「いや、グーテル様。これに関しては、マスターが美味しい料理を作った訳ではなく、キノコが美味しいんですからね」


「まあ、確かに。そうだけど……」


「ガルブハルトさん、余計な事を言わないで下さい」


「まあまあ」


 言い合いしそうな、マスターとガルブハルトを仲裁するが、それよりも、僕は料理を食べるのに集中する。サクサクとした食感と、ややさっぱりとしたキノコの味だが、ベーコンの旨味が合わさって。良い雰囲気だ。



 次々と、料理が出てくる。


「続いては、ポルチーニのリゾットですね」


「ポルチーニ? リゾット?」


「殿下。ポルチーノの複数形がポルチーニなんですよ。そして、リゾットって言うのは、ダリア料理のチーズを使った麦の煮込み料理ですね。お米でもやるんですが、あいにく手に入らなかったので、今回は麦で作ってます」


「へ〜」



 まあ、これはもうポルチーニの旨味と香りがすごい。


 見ると、皆が、夢中になって食べていた。


「旨いね〜」


「本当ですな~」


「だろ〜」



 その後も、キノコスープだの、鹿肉のステーキのキノコソースだのを食べる。そして、


「最後に、スナック替わりにキノコの蒸し焼き作ったので、お腹まだ余裕ある人は食べて下さいね~」


 そう言いながら、マスターもビールを持って、カウンターに座る。僕は、マスターに声をかける。


「美味しかったよ。ご馳走様ちそうさまです、マスター」


「いえいえ、お粗末様そまつさまです。でも、良かったです。喜んでもらえて」


「本当に、美味しかったですな。さすが、美味しいキノコです」


 ガルブハルトが、またもや、ちゃちゃを入れる。


「だから、良いじゃないですか〜。皆が、喜んでいるんですから」


「そう、美味しいキノコに」


「む〜」


「ハハハハ」


 僕が笑うと、マスターとガルブハルトはお互い見つめ合い。そして、


「ガハハハ」


「アハハハ」


 二人も、笑い始めた。カッツェシュテルンに笑い声が響く。うん、今日も平和だ。



 僕は、キノコの蒸し焼きを皿に取る、良い香りだ。うん? 何だろ、この匂い。


「ガルブハルト」


「はい?」


「このキノコ……」


 そう言って、僕がガルブハルトにキノコの蒸し焼きの、のった皿を差し出した時だった。少し酔っていたミューツルさんが、


「おっ、殿下。食べないの?」


 そう言いながら、僕の皿にのった、キノコの蒸し焼きを食べる。


「あっ」


「ん? どったの?」


「あ、いや、え〜と。ガルブハルト、このキノコ、変な匂いしない?」


「えっ、ちょっと貸してください」


 ガルブハルトは、そう言うと、僕の皿を受け取り、匂いをぐ。そして、


「ワライタケ。混じってますね~。独特な香りがします」


「そう」


 僕とガルブハルトは、ミューツルさんを見る。すると、


「ウヒョヒョ、ウヒョ、ウヒョヒョヒョヒョ」


 ミューツルさんが、奇妙な声で、笑い始めた。


「ミューツルさん、どうしたんですか?」


 マスターが、慌てる。すると、ガルブハルトが、冷静に


「どうやらワライタケ、食べたみたいです」


「えっ、大丈夫なんですか?」


「多分。幻覚症状出てるだけで、死ぬことはないと思いますが……」



 僕達は、ミューツルさんを見る。命は大丈夫そうだが、目つきが、完全におかしい。


「ウヒョヒョ、ウヒョ、ウヒョヒョヒョヒョ」


 カッツェシュテルンに、ミューツルさんの奇妙な笑い声が響く。



 キノコを採取する時は、注意しましょう~。

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