第52話 お祖父様の葬儀②

 翌日は、お祖父様とお父様達が、対面している。そして、午後いよいよ、お祖父様の葬儀が始まった。



 まずは、昨日からまとっているが、皆、それぞれの色の喪服もふくをまとい、教会へと集まる。


 まとっている喪服は、全体的にくすんだ感じの色が多い。皆、着の身着のまま飛び出して来たので、フォルト宮中伯が用意してくれたものだ。あまり文句は言えない。



「なんか、枯れた草みたいな色だよね〜」


「グーテルさん!」



 教会の前に集まると、叔父様が僕の方に歩いてくる。なんか目の周りがれぼったい。泣いたのかな? 隣にいる叔母様は、バッチリ化粧をして、綺麗な顔をしている。


「グーテル。よく来てくれた。父上も喜んでおられるだろう」


「はい、叔父様も、遠路の旅路、お疲れ様でした」


「ああ。それでだ、グーテル。グーテルには、心臓を運んでもらいたい。良いか?」


「えっ! そのような重要な事を、僕が?」


「ああ、グーテルは父上のお気に入りだった。だから、やって欲しいのだ」


「かしこまりました。つつしんでお引き受け致します」


「頼むぞ」



 心臓を運ぶ。別に僕がお祖父様の体から、取り出して素手で運ぶとか、そういうわけではない。



 お祖父様の遺骸いがいは、元々、腐りにくいように内蔵を取り出して、防腐処理ぼうふしょりが行われている。エンバーミングとも言われる。だから、これだけ長期間、親族を待つことが出来たのだ。



 ただ、マインハウス神聖国の人間は、性格が大雑把おおざっぱなので、遠くまでの遠征とかで亡くなると、モス・テウトニクスという行為を、行う事がある。


 この行いは、神聖教教主はじめ、神聖教会から厳しく禁じられたので、最近は行わないが、プロセスとしては、遺体をバラバラにして、続いて、切り分けられた遺体の一部を水かワインで、数時間煮る……。止めよう、ワインが飲めなくなりそうだ。



 それで、内臓は壺に入れられ、遺骸とは別に運ばれるのだが、そのうち僕は、心臓を任されたのだ。葬列そうれつの先頭を進むし、重要かつ目立つ仕事だ。それを叔父様に任された。


 眠って壺を落として割ったり、あくびしたりも出来ない。頑張らないと。



 僕達は、教会の司祭様が祈りをささげる中、教会の中へと入る。そして、祭壇さいだんに向かい、お祖父様の周囲に集まる。



 教会の中では、修道士さん達が聖歌を歌い、司祭様も祈りを捧げ続けている。



 良い香りのする蝋燭ろうそくがどけられると、かすかに死臭ししゅうただよう。なるほど、蝋燭はこのためにあったのか。納得だ。



聖心せいしんを、持たれる方は?」


「あっ、はい。僕です」


 僕は、手伝いの修道士さんから、お祖父様の心臓の入った壺を受け取る。もちろん、壺は蓋をされて、封印がされている。



 そう言えば、聖心というのは、本来は、聖者の心臓という意味だ。マインハウス神聖国の独自のルールだが、マインハウス神聖国の皇帝は、亡くなると聖者の列に加わるのだそうだ。だから、お祖父様の心臓を聖心と言ったのだ。



 僕は、壺を持って教会の入口へと向かう。


 そして、外に出ると壺を上にかかげる。すると、外に残っていた参列者の方々が頭を下げる。気持ち良い〜。


 だけど、これはもちろん僕に対して頭を、下げているわけではない。お祖父様の聖心に対して、頭を下げているのだ。



 僕は、フォルト宮中伯に導かれ自分の愛馬へと乗る。愛馬も、色々と装飾されて、迷惑そうな顔をしている。


「頑張ろうな」


 僕が、壺を小脇こわきに抱えながら、片手で首筋を軽くポンポンと叩く。すると、


「ブフォ! ブルウウウ!」


「そうだな」


 え〜と、多分装飾が嫌だが仕方ない、頑張るか~。だと、思う。



 後ろを振り返ると、続いて、叔父様、お父様、ヒンギル、そして、リチャードさんがお祖父様の遺骸を持って出てきた。



 ここに、お母様が駆け寄って、お祖父様の遺骸にしがみつき、泣き始めた。周囲は、これを引きがそうとはせず。叔父様達も、立ち止まっていた。



 お祖父様の遺骸は花に囲まれ、経帷子きょうかたびらを着た上に、聖骸布せいがいふをかけられ、顔だけだした状態で、木の棒のついた木の台に乗せられている。これを四人で持つのだ。前を叔父様とヒンギルが、後方をお父様とリチャードさんが持つ。



 そして、なぜ、リチャードさんが持っているのかというと。運ぶのはもちろん男性の仕事だ。そして、叔父様、お父様、ヒンギルは順当だろう。


 で、領邦諸侯のうちの、筆頭であるフォルト宮中伯が持つはずだったのだが、フォルト宮中伯は老齢ろうれいだ。そこで、フォルト宮中伯が、リチャードさんに頼んだという。なんか、微妙なことになった。


 しかし、本人は嫌そうではないし、お父様と軽く話しながら、運んでいる。うん、大丈夫そうかな。



 続いて、内臓の入った壺を持ってカールと、トンダル、そして、誰だっけ? え〜と。お母様と叔父様の弟が出てきた。名前は……、忘れた!


 内臓部分は結構重そうだ。カールが、何かブツブツ文句を言って、トンダルが、何か言っている。おそらく、いさめているか、なだめているのだろう。



 修道士さんがやってきて、僕の馬の手綱を取り、引き始めた。大人しく進む僕の愛馬。えらいね~。


 で、向かうのは、墓地なのだが、この街ではない。お祖父様の希望だそうだが、シュタイナーという街にある皇帝教会と呼ばれる教会だへと、向かう。



 皇帝教会は、三百年ほど前に、その当時の皇帝が自分の墓として、建てた教会だった。ヴァルダの教会のように大きな教会ではないが、全員ではないが、多くの皇帝が眠っている。


 皇帝教会のあるシュタイナーは、ここから15kmばかり。結構近い。そして、同じフォルト宮中伯領にある。しかし、ゆっくり進んで、到着は明日の朝にする予定だ。



 僕の後ろは、修道士さんが、大きな十字架を掲げて進み。その後方は、騎士達が、マインハウス神聖国や、ヴィナール公国、ハウルホーフェ公国、そして、ボルタリア王国さらに、フォルト宮中伯領の旗を持って進む。


 ボルタリア王国の旗を持つのは、フルーラで、アンディがその護衛としてついていた。



 さらに、その後方は、お祖父様の遺骸を乗せた叔父様達が進み、お母様もトボトボ歩きながら、お祖父様を見つつ、ついて来ている。


 エリスちゃんが、馬車に、乗るように言ったようだが、しばらく一緒に行くそうだ。まあ、お母様は、かなり体力あるので、大丈夫だろう。



 その後ろは、トンダル達が馬に乗り、僕と同じように壺を持ち進む。


 その後ろは、聖歌を歌いつつ、修道士さんや、修道女さんが、続き。その後方に馬に乗った参列者さん。そのさらに後方に馬車に乗った参列者さん。そして、護衛の騎士団と続く。



 僕達は、この街の司祭さんに見送られ、教会を出発。街を出る。街中では、物珍しそうに、あるいはようやく静かになるのかと、安堵あんどの顔をしつつ、葬列を見送っている。



 街を出て、しばらく進むと、葬列は一旦いったん止まり、


「では、お預かり致します」


「よろしくおねがいします」



 僕は、お祖父様の心臓の入った壺を修道士さんに渡す。後ろでも、叔父様達も修道士さん達に、交代して、馬に乗る。トンダル達も同様であった。そして、葬列は速度を少し上げ進み。また、村や街に入ると、僕達に交代する。


 まあ、なんて手抜き。と思うかもしれないが、そこは許して欲しいな~。



 夜は、もちろん、フォルト宮中伯の手配で野営したり、宿で泊まったりするのだが、その昔は、ひと晩中騒いだのだそうだ。



 理由は、お酒飲んで騒ぐのが好き……、というのもあるかもしれないが、悪霊あくりょうや悪魔や、野犬等の獣が寄って来ないようにするためだった。


 だが、その行為は神聖教から見ると野蛮やばんな行いだそうで、今では代わりに、修道士さん達が交代で、祈りを捧げるように変わったのだった。



 というわけで、葬列は粛々しゅくしゅくと進み、シュタイナーの街へと翌早朝入った。





 シュタイナーの街も、凄く大きい街ではなく、こじんまりとした街だった。そして、街の人々に見守られながら、皇帝教会へとたどり着く、そこには、マインハウス神聖国の大司教筆頭である、ミハイル大司教が先に来て準備を、済ませて待っていた。



「皆様お待ちしておりました」



 僕達は、馬から降りて、皇帝教会へと入る。もちろん、お祖父様の心臓が入った壺を持ってだが。


「では、こちらに聖心を、置いてください」


 ミハイル大司教の指示で、僕達は、祭壇にお祖父様の遺骸や、心臓、内臓が入った壺を置く。


 教会内部は、たくさんの香りのする蝋燭がたかれ、さらにたいまつも掲げられ明るくなっていた。



 そして、ミサが始まった。



「偉大にして、愛すべき神聖なるマインハウスの皇帝、ジーヒルホーゼ4世陛下は、天に召されました。しかし、哀しむ事はありません。天に在す我らが父にして……」



 ミハイル大司教の祈りの言葉が続く。ミハイル大司教の祈りの言葉が、石の教会に静かに響く。時折、誰かが、すすり泣く声もする。



 そして、


「アーメン」


「アーメン」


「では、これより、埋葬を行います。まずは、グーテル卿、おねがいします」


「はい」



 僕は立ち上がると、祭壇に向かい、お祖父様の心臓の入った壺を持つと、ミハイル大司教に導かれ、祭壇の裏へと回る。


 そこには、歴代の皇帝のレリーフがあり、僕はお祖父様のレリーフの前に立つ。すると、修道士さんが、青銅製の扉を開ける。


 中は壺が納まるような、大きさの空間になっていた。僕は、そこに壺を置くと一歩下がる。すると、修道士さんが扉を締め、封印を施す。


 そして、ミハイル大司教が、祈りを捧げる。僕も真似をして、手を合わせた。



 僕が、席に戻ると、続いては、トンダル達だった。祭壇から壺を持つと、外に出て行った。内臓は、教会内部ではなく、裏手の墓地に埋葬するのだそうだ。理由は分からないけど、内臓は不浄ふじょうらしく、外なのだそうだ。



 そして、最後にお祖父様の遺骸であった。お祖父様の遺骸の埋葬場所は、教会の中だった。修道士さん達が、何人もで、教会の床の石を割れないようにそっと持ち上げる。


 そこには、石棺と呼ばれる、棺があり、叔父様とヒンギル、お父様とリチャードさんは、呼吸を合わせながら、静かにお祖父様の遺骸を石棺へと納める。



 ミハイル大司教が、


「では、最後のお別れです」


 すると、皆が、口々に別れの言葉をつぶやく。


 僕も、


「お祖父様、お疲れ様でした。ゆっくり眠ってください」



 石棺の蓋が、ゆっくり閉められ、教会の床も元に戻る。



 こうして、ミサは終わった。しかし、葬儀は、まだ終わってない。

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