第三章 グータラ殿下の乱世

第51話 お祖父様の葬儀①

 僕と、エリスちゃん、そして、フルーラとアンディの四人は、馬で急ぎ、お祖父様の下に向かっていた。



 向かうのは帝都ではなく、フォルト宮中伯きゅうちゅうはく領のゲルンハイム。



 お祖父様は、体調が回復し巡幸じゅんこうを再開。そして、フォルト宮中伯領に向かい、領内のゲルンハイムで宿泊し、出発するという時に、馬から転落。そして、亡くなったのだそうだ。



 崩御ほうぎょ一報いっぽうは、フォルト宮中伯が知らせてくれたのだが、その手紙によると、大変な混乱がみてとれた。



 僕達は、第一報の手紙を受け取ると、すぐさま出立しゅったつしたのだが、その後も行く先々で、次々と、手紙が届けられた。



 それによると、すぐさまフォルト宮中伯が自分の侍医じいを連れて、ゲルンハイムに駆けつけ、お祖父様の死を確認すると、マインハイム神聖国の各地にお祖父様の死を知らせる手紙を出すと同時に、死因しいんに不審な点がないか確認させ、毒や暗殺等の不審死ではなく、おそらく、病による突然死である事を、確認したそうだ。



 さらに、近隣きんりんの三聖者のうちの二人。トリスタン大司教、ミハイル大司教にも侍医を連れてきてもらう連絡をしてあるそうだ。目的は、もちろん、お祖父様の死因に怪しいところがないか。必死だね~。



 フォルト宮中伯は、自領でお祖父様が亡くなったので、自分が疑われないように必死なようにみえた。だけど、フォルト宮中伯にとって、お祖父様は居なくてはならない存在。殺したりして得な事はない。


 だから、誰も疑わないと思うのだが……。そうじゃないのかな?



 僕は、そんな事を考えつつ進んでいた。結構急いだので、四日目で総行程500kmの半分くらいを進んだ。いつもは、半分馬鹿にしたような目つきで僕を見る愛馬も、今回は真剣な表情で走っている。意外と頭が良いんだよんね〜。



 急いで向かっていた。だから、みんな格好がヨレヨレだ。特にいつもは馬車で移動しているエリスちゃんは、結構疲れが見える。今日は、早めに休んだ方が良さそうだな。



 僕達は、早めに宿を見つけ入る。



「エリスちゃん、大丈夫?」


 僕達は宿に入ると、早めに食事を出してもらった。急ぎ向かっているが、自分たちが体調悪くなったら、元も子もない。少し休みながら進んでいるが、まともに食事を、食べれるのは宿に入った時だけだ。



「大丈夫です。ちょっと、お尻が痛いですけど」


「見ようか?」


「結構です!」


 エリスちゃんが、ちょっとムッとして、怒る。うん、怒る元気はあるようだ。


「グーテル様、意外と陛下が亡くなられたのに、平気なんすね~」


「こらっ、無神経な事を言うな!」


 アンディが、僕と、エリスちゃんのやり取りを聞いて、そんな事を言い。フルーラがアンディを注意する。



「う〜ん? 平気だね。実感がないのかな? それとも、覚悟が出来ていたのか?」


 僕は、左右に首を傾げつつ、考える。



「そうですよね~」


 エリスちゃんが、ポツッとつぶやく。そうだった、エリスちゃんは御両親を亡くしていた。え〜と。


「ごめんね、エリスちゃん」


「へっ?」


「いや、ほら、エリスちゃんは御両親亡くされてるのに、僕が……」


「そうでしたね~。わたしって、天涯孤独てんがいこどくでした」


「へっ?」


「でも、今はグーテルさんもいるし、マジュンゴも、みんなもいるから、幸せで。あまり悲しいって、思わないんですよね~。むしろ懐かしいな~って」


「そうなんだ」


 良かった。エリスちゃん、御両親が亡くなった事とか思い出して、悲しくなっているのかと思ったら違った。じゃあ、なんで、なんか暗かったんだろう?



「そうか! やっぱり、お尻が痛くて。僕が見てあげるよ」


「だから、違います! 少し疲れているだけです!」


「そうなんだ、ごめんね」


「もう!」


 と、ここでフルーラの視線にも気付く。どうしたんだろ?


「フルーラ、食べ終わっちゃった? 僕の食べる?」


 見ると、フルーラの皿は、からになっていた。僕が、食べてない料理をあげようかな? 別に美味しくないわけじゃないよ。


「いえ、グーテル様。わたし、そんなに大食いじゃあ、ありませんから」


「そう?」


 いや、結構食べると思うけど。


「そうではなく、これからこの国はどうなって行くのかと思いまして」


「隊長も、お祖父様を亡くされたばかりの、グーテル様に不謹慎ふきんしんな事を、話してるじゃないっすか?」


「だから、今話すのはよそうと思ったのだ。だが、グーテル様が言うから……」


「はいはい、人のせい〜」


「貴様!」


 食堂で喧嘩けんかを始める二人。ちらほら集まり始めていた、他のお客さんの視線も集中する。


「はいはい、二人とも喧嘩しない。フルーラも、怒らない。はい、どうどう」


「グーテル様。わたしは馬ではありませんが……」


 フルーラが、かなしそうな眼で僕を見る。


「まあ、それよりも」


「はい」


「この国って、ボルタリア王国のこと? それとも、マインハウス神聖国のこと?」


「それは……。マインハウス神聖国でしょうか? 皇帝陛下は、マインハウス神聖国の皇帝であらされましたので」


「そう。だったら、変わらないよ。何も」


「そうでしょうか? それだと良いのですが、偉大なる皇帝だと皆が、言っておりましたので……」


「そうだね。確かに偉大なる皇帝だったけど、マインハウス神聖国の体制が体制だから、影響は、少ないよね~。むしろ、影響ありそうなのは、親族だね」


「親族ですか? グーテル様のような」


「そうだね」


「どのような?」


「お祖父様という、巨大な力を持った盾であり壁となってくれる人がいなくなり、僕達に敵意を持っている人がいれば、その敵意が僕達へと直接、襲いかかると」


「そうなのですね」


「うん、そういう意味では、これからが大変かも」


「そうですか、我々もしっかり気を引き締めて、グーテル様達をお守り致します。なっ、アンディ」


「うっす」


「よろしく頼むよ」



 僕達が、そう話した時だった。


「ふわあ〜」


「エリスちゃん、眠そうだね」


「ごめんなさい、グーテルさん。眠くなって来ちゃった。先に寝ますね」


「いや、僕達も早く休もう。休める時に休んでおいた方が良いしね」


「そうっすね。明日も朝早くから、移動ですからね」


「では、部屋に行きましょうか」


 フルーラが立ち上がりつつ、そう言うと、皆も立ち上がる。そこで、僕は、


「そう言えば、エリスちゃん、お尻……」


「グーテルさん、しつこいですよ。結構です! フルーラに見てもらうから、良いです!」


「は、はい。ごめんなさい」


 こうして、僕は、一人寂さびしく部屋に入ったのだった。早く寝よ。





 それ以降も僕達は、朝から晩まで馬を飛ばし、ゲルンハイムへと向かった。そして、八日目の夜遅く、ゲルンハイムに到着する。


 ゲルンハイムには、フォルト宮中伯の軍勢が滞在し、街を守っていた。ゲルンハイム自体は、そんなに大きな街ではないので、郊外に仮説の宿舎が作られ、僕達は、割り当てられた宿舎に入ると、泥のように眠った。



 そして、翌日、体を洗い、身を清めると、用意されていた喪服もふくに着替えて、お祖父様の遺骸いがい安置あんちされているという、ゲルンハイムの街の教会へと向かった。



 僕達は、フォルト宮中伯に案内されて、教会へと入る。


「グーテル卿、遠路えんろはるばるようこそお出でくださいました。皇帝陛下は、こちらにおられます」


「案内ありがとうございます」



 教会の中は、薄暗くヒンヤリとしていた。お祖父様の遺骸は、教会の奥の祭壇に安置されていた。周囲だけがぼんやりと蝋燭ろうそくの灯りで明るくなっていた。そして、何か良い香りが漂ってくる。



 お祖父様の周囲には花が飾られ、遺骸が腐らないよう冷やされているので、周囲は寒いくらいだった。



 お祖父様の顔は、白いものの、笑っているように見えた。眠っているだけで、今にでも起きそうだった。



 僕は、お祖父様の顔をそっとでる。とても冷たく硬かった。



「お祖父様、お疲れ様でした」


 僕が、ポツッとつぶやくと、


「ううっ。う」


 エリスちゃんが、泣き始めた。僕は、そっと手を握る。すると、エリスちゃんは、僕の胸に顔を押し当てて泣く。


 僕は、エリスちゃんの頭をでつつ、お祖父様の顔を見続けた。



「皇帝陛下の死には、不審な点はございませんでした。それは、トリスタン大司教と、マインツ大司教も証明してくれます」


「そう」



 僕は、フォルト宮中伯の話を、聞きながらぼーっとしていた。不思議な感情だった。悲しいけど、泣けない、喪失感そうしつかんが心を支配した。そうか。時に厳しく、だが、とても優しく、広い海のようなお祖父様はもういない。



 それ以降、僕は自分が何をしていたのか、記憶があいまいだった。



 そして、その夜、お父様、お母様、叔父様に叔母様達、そして、トンダルに、リチャードさんが到着した。これで全員がそろった。ゲルンハイムから、一番遠方いちばんえんぽうなのは、フランベルク辺境伯領とヴィナール公国なのだ。



 僕は、エリスちゃん達と共に、お父様、お母様の所に向かった。



 お父様、お母様は、やはり長距離移動で疲れていたが、暖かく迎えてくれた。


「グーテル。元気でしたか~!」


「はい。お母様も元気なようで……、ぐっ、ぐえ」


 お母様が、駆け寄ってきて、ギュッっと抱きしめる。うっ、く、苦しい。いつもより、パワーアップしていた。


「エリスちゃんも!」


 今度は、エリスちゃんをギュッ。


「く、苦しいです。お母様」


「あら、ごめんなさいね~」



 そして、今度は、お父様と挨拶。


「グーテル。あまりヒンギルをいじめるなよ」


「いじめてませんよ。向こうから向かって来たので、防衛しただけですよ」


「まあ、そうだな。しかし、アンホレストにも困ったもんだな」


「じゃあ、お父様がなんとかしてくださいよ」


「知らん。わたし達は、ハウルホーフェに戻ることにしたのでな」


「えっ。それって、僕のせいでは?」


「違うぞ、グーテル」


「そうですよ。あのバカ弟がいけないんです」


 お母様が、口をはさむ。


「まあ、そお、言うな。だが、考え方の相違そういだな。お義父とう様も亡くなられた事だし。良い機会だ」


「そうですか……」


「まあ、話は後だ。今日は、ゆっくり休ませてもらおう。疲れた顔で、お義父様に会うのは失礼だろう」


「そうですね。グーテル、エリスちゃんも、また明日。ゆっくりとね」


「はい」


 お父様、お母様は、ヴィナール公国からハウルホーフェに戻るようだ。まあ、でも、僕と、叔父様の関係悪化が原因だろうな~。


 大丈夫かな?

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