第50話 クッテンベルクの戦い⑦

 眼下がんかをヒンギル軍が、通る。僕は、トンダルに声をかける。


「あれは、やる気満々だね~」


「ですね。では、さっさとやっちゃいますか?」


「いや。そんなに即答しなくても、どうしようかね?」


「グーテルが、珍しいですね」


「そりゃあ、従兄いとこだからね」


「わたしにとっては、実の兄なのですが」


「そうだね。で、どうする?」


「さっさと、やりましょう」


「はい、かしこまりました。トンダル様」


「なんですか、それ?」



 まあ、冗談はこのくらいにして、戦うつもりならば、同じ事を繰り返すだけだ。



 僕は、ガルブハルトに合図を送る。ガルブハルトは、やれやれという感じで、肩をすくめる。だが、それで手加減するようなガルブハルトではない。部下に指示して、突撃準備を進める。



 あっという間に、チェインメイルを着た大型の馬に乗り、ランスを構え、全身完全武装した重装甲騎兵じゅうそうこうきへいが整列する。


 そして、準備が整うと、角笛が響き、ガルブハルトの大音声が響く。



「突撃〜!」


「お〜!」



 ドドドドドド。地響きが響く。



 この突撃であるが、僕達の乗るお馬さんは大きくたくましく体力もあるが、足がとても速いわけではない。さらに、チェインメイルを着ている。なので、丘を下っているとはいえ、大迫力ではあるが、速いわけではない。しかし、人間が走るよりは、速いかな?



 だから、遭遇戦そうぐうせんなどの、重装甲騎兵の突撃は、騎士道精神から外れておらず認められているのだ。



 僕は、眼下を見る。そろそろ、ガルブハルト達が突入するが、敵軍は、いまだ対応しきれていない。各隊の隊長が指示を出しているようだが、統一された動きではない。おそらく、ヒンギル従兄にいさんからの命令が出ていないのだろう。



 そういう面では、ヒューネンベルクさんの方が、余程、優秀だろう。まあ、本人の戦闘力は、ヒンギル従兄さんの方が、上だろうけど。しかし、個々の武力で戦いが決着する時代ではない。


 当然、被害が大きくなる。



 ガルブハルト達の突撃で、混乱中のヒンギル軍は中央部を切り裂かれ、大きな被害が出る。


 さらに、僕達が追い撃ちをかける。重装歩兵や、兵士と共に丘を下る。



 ライオネンさんの指揮の下、敵を押し込む。反対側からは、ガルブハルト達、騎兵が大剣や、ウォーハンマーなどに武器を持ち換えて、突入してくる。


 あっという間に、ヒンギル軍は分断され、包囲された。



 僕は、周囲を見回す。すると、近くにヒンギル従兄さんが、馬に乗り必死の形相ぎょうそうで戦っていた。う〜ん、総大将が指示を出さず自ら戦う。もう指示が浸透しんとうしているならば良いけど、ヒンギル軍にその様子は見えない。指揮をとった方が良いんじゃないですかね~。



 僕は、そちらへと馬を進めた。フルーラ、アンディが、慌ててついてくる。



「ヒンギル従兄さん!」


「ん? グーテル、そこにいたか。いざ、尋常じんじょうに勝負だ!」


「一騎討ちですか? だったら、僕は受けませんよ。勝てませんからね~」


卑怯ひきょうな!」



 いや、卑怯でもなんでもないのだが、騎士道精神で一騎討ち挑まれたら、必ず受けないというおきてはないし、むしろ、叙任じょにんされた騎士達が、僕達の代わりに戦うのが普通なのだ。



 だけど、ま〜。本人が負けない限り、最後の一人まで戦いそうだよな~。


「分かりました。僕ではないですが、一騎討ちを受けようと思いますが、それで、納得してくれます?」


「ああ、勿論もちろんだ!」


「それで、ヒンギル従兄さんが負けたら大人しく、ヴィナール公国に帰ってくださいよ」


「ああ、それで良い。で、相手は、誰だ?」


 いつの間にか、戦場は静かになっていた。僕の動きを見て、ガルブハルトや、ライオネンが戦うのをやめて、ヒンギル軍は、戦う気力が残っていなかったので、自然に戦闘が、停止したのだった。



 と、フルーラが顔を輝かせて僕の前に立つ。フルーラか〜。手加減って言葉知らないからな~。下手したら、ヒンギル従兄さんは、あの世だ。


「フルーラ、ヒンギル従兄さんを殺さないように倒せる?」


「えっ! それは難しいように思いますが……」


 フルーラは、しゅんとなって後ろに下がる。代わって、ガルブハルトがこちらにやってくる。


「ガルブハルト。丁度、良かった。ヒンギル従兄さんを殺さないように倒して」


「かしこまりました」


 ガルブハルトは、そう一言返事を残して、いつの間にか、距離をとって一騎討ちの体勢をとっている、ヒンギル従兄さんの対面に立った。勿論だが、お互い馬上にいる。



「おお、ガルブハルト。貴侯きこうが相手か。勇名をせる、ガルブハルトが相手なら、相手にとって不足なし。いざ、尋常に勝負だ!」


「ヒールドルクス公。お相手仕ります」



 そう、お互いが声を掛け合うと、二人は、馬を進める。


 ドドドドドド〜! 馬の後方からは、土煙が舞い上がり、馬は全速力で駆ける。


 ヒンギル従兄さんは、大剣を、ガルブハルトは、ウォーハンマーを両手に持ち、進むと、すれ違いざまに、得物を振るう。


 ヒンギル従兄さんが、振り下ろした大剣を、ガルブハルトはウォーハンマーで受けると、そのまま軽々と押し返し、ウォーハンマーを振り抜く。


 すると、ヒンギル従兄さんは、自分の腕がかぶっていたヘルメットに当たり、大剣は後方に大きく弾き飛ばされ、ヒンギル従兄さん自身も馬から飛ばされ、後方へと、飛ぶと、地面に叩きつけられた。


 ヒンギル従兄さんの大剣は、回転しつつ宙を舞って、地面へと突き刺さる。



「ガルブハルト、見事!」


 僕が、叫ぶ。


「ありがとうございます」


 ガルブハルトが、頭を下げる。いや〜、強いね~。一撃だよ、一撃。それにこれで、終わった。



「ヴィナール公国の方々! これで、戦いは終わりにしましょう」


 そう言ったのだが、ヒンギル軍は、すでに、荷馬車を持ってきて、負傷して気を失っている、ヒンギル従兄さんを運びこんでいた。すでに、帰る気満々だね。



「ああ、そうだ。ヴィナール公国に帰り着くまでの兵糧、用意してあるから、持って行ってね」


「ありがとうございます」



 ヴィナール公国の騎士団長が、ヒンギル従兄さんの代理で、丁寧に御礼を言い、負傷者、死傷者も乗せた荷馬車を連れて帰って行ったのだった。


 ようやく終わったね。



 と、トンダルが近づいてくる。


「終わりましたね」


「とりあえずわね」


「とりあえず?」


「いや、叔父様、しつこそうだから」


「父上は確かに。ですが、被害も甚大じんだいです。数年は動けないでしょう」


「そうだよな~」



 そう言いながら、勝ったという喜びは、無かった。何というか。勝って得たものもないし、むなしさだけが残る。いやあ、従兄弟同士で戦うのは、精神衛生上良くないな。



 まあ、だけど。僕は、勝った喜びを全身で感じている、騎士団や兵士達を見る。


「皆、ご苦労だった! ヒンギルハイネの軍勢を破り、我が軍は勝利した! 皆のおかげだ、ありがとう」


「お〜!」



 こうして、クッテンベルクの戦いと呼ばれる戦いは終わった。僕が、王都ヴァルダを旅立ってから、ほぼ一月。



 ようやく、帰ってきた。長かったような短かかったような、そんな一月だった。





「では、勝利を祝して、カンパ~イ!」


 僕と、トンダル、そして、エリスちゃんは、カッツェシュテルンにいた。もちろん、アンディもいるが……、いつもの通りだ。


 そう言えば、ガルブハルトは、いない。今回の戦いで完勝だったとはいえ、死者、負傷者がいないわけではない。


 そのために、いろいろやることがあるのだ。騎士や、兵士の補充に編成。そして訓練。亡くなった騎士や、兵士の家族への報告と、その供養。



 これは、僕も共に行くと言ったら、厳しく止められた。これは、騎士団長の役割であり、僕は家族が今後生活していけるように、報奨金ほうしょうきんを出すのが仕事だということだ。主従関係はしっかりしろということだ。



 というわけで、ガルブハルトはクッテンベルクにいる。そして、僕は、王都ヴァルダに帰ってきて、え〜と、王太后様や、ヤルスロフさんや、デーツマンさんに勝った事を報告して、ああ、そう言えば、ヤルスロフさんには、泣き付かれてちょっと……。



 その後、援軍にトンダルが来てくれた事を話し、戦傷のお祝いをクッテンベルク宮殿で行った。他の貴族や、領民にもトンダルが味方したことが伝わり、トンダルはボルタリア王国に来やすくなりそうだった。



 そして、いよいよ明日は、トンダルがフランベルク辺境伯領に帰るので、ここに来たというわけだ。



「確かに何を食べても美味しいですね~」


 珍しく声を張り上げ、トンダルがめる。


「ありがとうございます」


 マスターが御礼を言う。



 マスターが作る得意料理である、豚肉のシュニッツェル、グラーシュ、スパイシー野菜スープ等が並ぶ。本当は、ヴァルダ川で、魚釣って、それをアクアパッツァとして出そうとしていたそうだが、釣れなかったのだそうだ。


「いや〜、今日は運が悪かったですよ」



 だそうだが、僕は、マスターがちゃんと釣り上げた事を見たことはない。ミューツルさん、曰く。期待するだけ無駄だそうだ。



 そして、トンダルは、これらの料理を食べつつ、冷たいピルスナーを喉に流し込む。


「久しぶりに、冷たいビールを飲みましたが、やはり良いですね。うん、すっきりします」


「でしょ。常温ビール飲む人の気がしれないよ」


「いや、それは言い過ぎですよ。あれはしっかりとした濃厚なコクを味わうもので、好みの問題なのですから」


「そうかな~?」


「そうなんです」


 等と話しながら、のんびりとした時間が過ぎていく。



 だいぶ夜も更ける。僕が、常連客のミューツルさん達と話していると、トンダルは、


「ですが、グーテルは凄いですね」


「ん? 何が?」


「いや、身分差を越えて平然と話している」


「いや、みんな常連さんばかりだし」


「そうですが、それがなかなか出来ないんですよ。わたしも含めてですが、貴族はえらい、領民は支配するものだと、思っていますからね」


「そうだね~。う〜ん。田舎だったからかな〜? 皆が、気楽に話しかけてくれたから、こちらも気楽に話せたんだよね~」


「そうですか」


 そう言いながら、トンダルは、目をつむり、何かを考える。


「どうしたの?」


「いや、何でもありません」


「そう」


 その後は、また、店が閉店するまで、語り合った。



 翌日、トンダルはフランベルク辺境伯領に帰って行った。


 それにしても疲れた。働きすぎたな~。しばらく、ぐうたらさせてもらおう。





 この年の残りは、僕にとって何も無いおだやかな年となった。それは、翌年の前半も続いた。だが……。





 神聖暦1291年の夏、7月15日。マインハウス神聖国を揺るがす、大事件が起こる。


 ジーヒルホーゼ4世。お祖父様が、崩御ほうぎょしたのだった。

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