第49話 クッテンベルクの戦い⑥

「トンダルの策どおりだね~」


「何を言ってるんですか。グーテルだって、同じ考えだったでしょ」


「さあね〜」



 小高い丘の上、木々に隠れているが、その木々の間から、街道を早足はやあしで進むヴィナール公国軍が見えた。


 さて、そろそろかな? 僕は、ガルブハルトに合図を送る。いよいよだ。



 ガルブハルトが率いる、重装甲騎兵じゅうそうこうきへいがランスを構え、戦闘態勢に入る。ランツィーラーと呼ばれる、この長い槍を構えた騎兵の突撃は、一撃必殺であり、敵に無慈悲むじひな損害を出す。



「突撃〜!」


 ガルブハルトの大声が響き渡り、突撃を示す、角笛つのぶえの音が鳴り響く。


「ゴゴゴゴゴ~。ドドドドド〜」


 その後は、地響きだけが支配する。





 角笛の音? 敵だ。どこだ? ヒューネンベルクは、無意識に右手の丘を見る。すると、頂上付近にボルタリア王国と、フランベルク辺境伯軍の旗が見え、中腹付近には、土煙つちけむりが舞い、それが、徐々に下ってくる。しまった! 待ち伏せか!



 ヒューネンベルクは、慌てて指示を出す。これが、ヒューネンベルクの非凡ひぼんなところであった。


「右手より敵の攻撃だ! 重装歩兵隊、たてを構え防御体型! 騎兵は、後方に周り、こちらも突撃をかける!」


「はっ!」



 ヒューネンベルクの率いる軍勢は、慌てて動く。なんとか重装歩兵が、盾を構え防御体型を引くが、騎兵の突撃の体勢整備は、まだ、とれていなかった。



「ドンッ!」


 ランスと、盾がぶつかる音が響き、周囲を、土煙が覆う。馬のいななき、人の悲鳴、甲高い金属音。ヒューネンベルクの耳を刺激する。その音が近づいてきて、通り過ぎ、遠くなる。そして、土煙が晴れる。



 すると、そこには盾や、鎧を切り裂かれ倒れる多くの重装歩兵。そして、突撃に巻き込まれた騎兵や、その他の兵士。


 多くの死者や、負傷者が戦場に倒れていた。鉄臭てつくさい、むせっかえるような血の匂いが、ヒューネンベルクの鼻を刺激する。



 負けたな。ヒューネンベルクは、頭の中でそう考えたが、言わなかった。まだ、やることはある。



 ヒューネンベルクは、軍に素早く指示を出すと共に、伝令を呼び寄せ送り出す。


「ヒンギルハイネ様に伝令だ。我らは敗北した。すぐに、ヴィナールに向けてお逃げくださいと。後、フランベルク辺境伯軍が加わり、敵の軍勢多数と」


「はっ!」


 そう言って、伝令は駆け去って行く。



 さて、ヒューネンベルクは、周囲を見回す。


 我が軍の中央部を突破し、反対側へと抜けた敵の重装甲騎兵は、ランスを投げ捨て、得物えものを変えて、こちらへと再び向かってくる。丘の方からは、残りの軍が、降りてきて、こちらへと向かってきていた。



 もはや、これまでだな。だが、少しでも多くの兵を逃さなければ。ヒューネンベルクは、剣を抜いて、全軍を鼓舞こぶする。


「まだ、負けたわけではない! 今、伝令を送り、ヒンギルハイネ様の軍勢は、チェビホフ湖を通り、こちらへと向かってきます。それまで、時間を稼ぎましょう。いきますよ!」


「お〜!」





 ガルブハルト率いる重装甲騎兵が駆け下っていく。角笛の音が聞こえたのか、ヴィナール公国軍が止まり、そして、ガルブハルト達の突撃に対して、対応する。



 早いな~。ヒューネンベルクさん、なのかな?



 ヴィナール公国軍の重装歩兵が、素早く動き盾をかざして、重装甲騎兵の突撃を防ぐように動き、その後方で重装甲騎兵が整列し、突撃体勢を整えていくが、こちらは、間に合わないかな?



 ガルブハルトを先頭に、ヴィナール公国軍に突っ込む。ランスに貫かれ、吹き飛ぶ盾や、人々。そして、勢いそのままにヴィナール公国軍の中央を突破し、騎士や兵士を切り裂きながら、反対側へと、出る。



 よし、僕達も行くか。



「じゃ、行くよ~」


「お〜!」



 僕は残りの重装歩兵や、兵士を引き連れて丘を下る。重装歩兵は、盾と槍を持ち、歩兵はハルバートで武装している。フルーラとアンディも続く。トンダルは、丘に残り、本陣を形成する。



 丘を下ると、重装歩兵は先頭に立ち、防御しつつ敵を押し込んでいく。兵士達は、その後ろから、ハルバートなどで、敵を攻撃する。



 このハルバートは、民主同盟が使いはじめ、僕もすぐに取り入れた。槍と斧がくっついたような構造で、長さは3mもある。


 間合いに入られたら、あれだけど、防御の薄い兵士達にとって、遠くから攻撃出来る利点がある。



 遠く見やると、ガルブハルトがウォーハンマーを振り回しつつ、敵を威嚇いかくする。ただ、近づいてくる敵には容赦なくウォーハンマーが振り下ろされていく。表現的には、ブン! グシャ、ドサッ。かな?


 圧倒的だった。



 こちらの重装歩兵隊は、ライオネンが率いて、着実に敵を押し込んでいく。敵が分断され孤立こりつし始める。うん、そろそろかな。



「フルーラ、アンディ。じゃ行こうか」


「はっ!」


 そう言うと、僕は馬を走らせた。左右前方には、フルーラとアンディが馬を走らせ、僕に敵が近づかないようにしてくれる。



 フルーラは、長剣を振るう。剣を振るう度に、敵の鎧から火花が上がり、剣を受けた敵兵は、後方へと、弾け飛ぶ。


 アンディは、二本の剣を左右に持って、馬を上手く操りつつ、最小限に剣を振るい、鎧の隙間に剣を挿し込む。すると、相手は、ドサッという感じで、倒れる。怖いね~。


 と、こんな感じで、混乱している敵中を突破し、目指すは、ヒューネンベルクさんだ。お父さんのヒューネンベルクさんには、大変お世話になりました。



 僕は、懸命に指示をだしている、ヒューネンベルクさんの前に出る。


「え〜と、ヒューネンベルクさん。クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンです」


「えっ!」


 ヒューネンベルクさんは、驚き硬直こうちょくする。周囲の護衛騎士達が、慌てて僕の前を塞ぐ。


「ああ戦いに来たんじゃないんで、気にしないで」


「はあ」


 あまりにも場違いな、僕の言葉にヴィナール公国の護衛騎士隊長さんは、変な返事を、返す。


「で、ヒューネンベルクさん、撤退してくれません?」


「撤退ですか?」


「そう。それとも命の限り戦い、ここで全滅するか?」


「うっ! いえ、撤退します。ですが……」


「はい、これ以上は戦わないで、チェビホフ湖から、船で帰る。アンダースタン?」


「はい、かしこまりました」



 僕は、手を上げる。すると、我が軍は戦闘をやめる。ヴィナール公国軍の人達は、戦闘が終わったことをさとり、その場にしゃがみ込む。


 生き延びたという安堵あんどの気持ちと、敗北感が心を支配しているのだろう。



 僕は、さらに話を続ける。


「それと、ヒンギル従兄さんとも戦いたくないから、伝令を出して」


「かしこまりました。すでに、伝令は出しておりますが、あの方のことです。最後、一矢いっしむくいようと考えるかと……」


「そうか、そうだよね」


 戦わざる得ないのかな。すると、


「ですが、グーテルハウゼン様。ヒンギルハイネ様のこと、よろしくおねがいします。何卒なにとぞ、生きてヴィナール公国に」


「うん。分かったよ」



 そう言うと、ヒューネンベルクさんは、湖に向けて進み始めた。



 さて次は。すると、トンダルが隣にやってきて、


「次は、愚兄ぐけいですね」


「うん、さて。じゃあ、行こうか」


 すると、いつの間に来たのか、オーソンさんが現れる。


「ヒンギルハイネ様の軍勢は、現在街道を南下中です」


「そう、ありがとう」


「このまま、最短で向かえば、伝令到着前に強襲出来ると思いますが……」


「しないよ、そんなこと。まあ、でも、とりあえずは、向かうかな」


「かしこまりました」



 僕達は、オーソンさんに案内されながら、街道を進むことなく、再び丘を登ると、森の奥へと進んで行ったのだった。





 ヒンギルは、街道を南へと進んでいた。チェビホフ湖への行程の半分ほど進んだ頃だろうか。前方から、すごい勢いで、馬に乗った騎士が走って来た。ヒューネンベルクからの伝令だった。


 報告を受ける。



「ヒューネンベルク様からです。我らは敗北しました。すぐに、ヴィナールに向けてお逃げくださいとのことです。そして、フランベルク辺境伯軍が加わり、敵の軍勢多数と知らせろとのことでした」


「負けた? 負けたのか? 逃げろだと、戦っていないのにか?」



 ヒンギルには、何が起こっているのかも分からなかった。が、グーテルのところに、フランベルク辺境伯軍が加わり、ヒューネンベルクは戦って負けたようだとは、分かった。



「フン、ボルタリア王国に、フランベルク辺境伯か。お祖父様に負けたコンビではないか。今度も、同じ目に合わせてやる!」


 自らを鼓舞こぶするように言葉を吐く。



 で、どっちに進めば良い? 


 ヒンギルは、考えた。このまま南へ向かいチェビホフ湖に向かえば良いのか? それとも、北へと戻りクッテンベルク方面に向かえば良いのか?



 ヒューネンベルクは、生きていれば、チェビホフ湖から逃走するだろう。だったら、南だな。


 生き残って脱出をはかっているならば、チェビホフにて、戦闘中だろう。それならば、ヒューネンベルクの兵の残党と、我々で挟撃きょうげき、出来る。


 すでに敗れていても、クッテンベルクに向かう、グーテル軍の背後を突く事が出来るかもしれない。


 だったら、このまま南へと向かおう。


 ヒンギルの頭には、逃げるという選択肢はなかった。



 しばらく進むと、また、前方より、伝令がやってきた。



「ヒューネンベルク様からの伝令です」


「ああ」


「我が軍は、クッテンベルク宮中伯軍に敗れましたが、好意により逃されました。ヒンギルハイネ様も、戦わず逃げてください。ヴィナール公国にてお待ちしております。とのことです」


「そうか。だが、戦わずして、逃げる事は出来ない」


「はっ」



 ヒンギルは、そのまま南へと向かった。戦わずして、逃げる事は出来ない。その気持ちだけが、心を支配する。

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