第48話 クッテンベルクの戦い⑤

 だが、ヒンギルハイネがクッテンベルクに辿たどり着き見た光景は、城門の前にしばられて転がされた守備隊の生き残りと、開け放たれた城門であった。



 さすがに、切れるヒンギル。


「おのれ! 俺を愚弄ぐろうするか、グーテル!」



 これが騎士の戦いだというのか、グーテル。理解できん!


 昔ながらの騎士っぽい、ヒンギルにとって、グーテルの行いは、騎士の行いとは思えなかった。


 ヒンギルのはらわたが煮えくり返っていた。だが、グーテルに遊ばれている自覚はあった。



 そして、再度叫ぶ。


「おのれ! グーテル!」



 さらに、クッテンベルクの街の中に入り屋敷に入ると、さらなる悲報がもたらされた。



 ヒンギルは、クッテンベルクの屋敷の自分の部屋に入り、椅子に腰掛け、一息ついた。



 しかし、ヒューネンベルクが部屋に飛び込んできた。


「ヒンギルハイネ様、食料庫がからです」


「なんだと」


 と、言ったものの、確かにその可能性はおおいにあった。これで、ヴィナール公国軍にある糧食りょうしょくは、今朝、糧船りょうせんから補給された、5日分のみとなった。



 短期決戦でグーテルを倒すか、再び糧船から補給を受けるかしかない。


「とにかく探せ、クッテンベルク宮中伯の軍がどこにいるか。探せ!」


「は、はい」



 ヒューネンベルクは、慌てて部屋から出て行った。静まりかけていた、グーテルに対する怒りが再燃さいねんする。


「グーテル、どこにいるのだ! 正々堂々勝負をしろ!」



 しかし、居場所はすぐに知れた。





 グーテルの周りにガルブハルト、フルーラ、アンディが集まってきた。


 そして、ガルブハルトが、僕に話しかけてきた。


「グーテル様、このような戦いで良いのでしょうか?」


「嫌だった?」


「いえ、ですが、戦っている気がしませんので」


「これから本格的に戦ってもらう予定だよ。最後の仕上げだけ、だけどね」


「かしこまりました」



 戦っている気がしない。まあ、実際、そうだろう。実際に戦ったのは、湖で待ち伏せして、銀を奪った戦いと、クッテンベルクの奪還だっかんの時だけだ。まあ、すぐにクッテンベルクからは、出てしまったが。糧食だけ奪って。



 あっ、そうだ。クッテンベルクで行った仕掛けの一つが、食料庫の建築だった。立派な屋敷の裏庭に、見栄えが立派な食料庫を建てる。


 そうすれば、当然のように、食料庫に一括いっかつして糧食を収める。すると、こちらは、いちいち探す手間が省けるというわけだ。



 実際、戦いらしい戦いはしていないのだ。だけど、実際戦ったらどうなったか。まあ、負けるよね。



 クッテンベルクの街の城壁は、低くもろい。ここに6000の軍勢が、立てもっても同数か、良くても8000位の軍勢となんとか戦えるくらいだろう。倍の軍勢なんて、とても、とても、無理。



 これと正面から戦えなんて、意味が分からない。だから、ヒンギル従兄にいさんと、ヒューネンベルクさんの頭を混乱させ、苛立いらだたせ、あせらせて、冷静な判断が出来ないようにした。


 そして、最後の仕上げだ。



「あっ、そうだ。ガルブハルト、戦っている気がしないんだったら、フルーラと模擬戦やったら?」


 すると、フルーラが目を輝かせて、


「よろしいのですか? グーテル様」



 さっきまで、アンディと模擬戦やっていたのに元気だね~。長剣を振り回しつつ1時間。アンディは、僕の足もとで疲れ果てて休んでいる。そりゃあ、そうなるよね。



「いえ、フルーラの相手は、疲れそうです。戦いに影響、及ぼしそうなので、やめておきましょう」


「そう」


「えっ」


 本気でしゅんとなる、フルーラ。感情表現豊かですね~。



 まあ、それよりも。そろそろかな?



 僕は、街道に目をやる。すると、軍がこちらに向かってくる。


「来たね」


「だけど、いいんすかね。兄弟でしょ」


 と、座って僕を見上げつつ、アンディ。だけど、今の世の中、家督かとく争いで、父子、兄弟、相争あいあらそうのは当たり前になっている。


「そうだね。だけど、彼が決めたことだからね〜」


「そうっすか」


「兄弟の愛情より、友情。素晴らしいご関係です」


 フルーラが何故か、感動している。



 まあ、それよりも、僕は、先頭を進む騎士に声をかける。



「トンダル! よく来たね。ご苦労様でした」


「グーテル。僕の愚兄ぐけいが、迷惑かけているようで、申し訳ありません」


 そう言いつつ、馬を降り、僕の前にきて、挨拶をする。そう、トンダルがフランベルク辺境伯軍を率いて、現れたのだ。その数、3000。



 本当は、怒り狂ったリチャードさんがフランベルク辺境伯軍、全軍12000を率いて救援に駆けつけると言われたのだが、丁重ていちょうにお断りした。


 それこそ、今度はフランベルク辺境伯と、ヴィナール公の戦いになってしまう可能性もある。それは、怖い。



 そこで、トンダルに3000名の軍勢を率いて、日時と場所を指定して来てもらった。うん、ピッタリだ。



「で、グーテル。我が軍は、どう動けば良いのでしょうか?」





 ヒンギルの下に、チェビホフ湖で停泊していた軍船から。伝令をもたらされた。


「も、申しあげます。クッテンベルク宮中伯の軍勢、再びチェビホフ湖に現れました」


「くっ。そこにいたかグーテル。今度こそ決着を」


「ヒンギルハイネ様、お待ち下さい。また、同じことの繰り返しとなります」


「では、どうしろと言うのだ、ヒューネンベルク」


「ここは軍勢を二手に分けるのです」



 ヒューネンベルクは、持っていた地図を広げ、ヒンギルハイネに見せる。


「チェビホフ湖に向かう街道ですが、我々が使った道はこちらですが、もう一本、ちょっと迂回うかいするのですが、こちらの道もあります」


「うん」



 チェビホフ湖に向かう道は、最短だとクッテンベルクの街の西側から出て、しばらく行って南へ折れ、まっすぐ南下してチェビホフ湖に至る道と、やや遠回りになるが、クッテンベルクの街の東側から出て、しばらく行って南へ折れ南下し、その後西に向かい、チェビホフ湖に至る二つの道がある。ヒューネンベルクは、そのことを言っているのだ。



「ですから、ヒンギルハイネ様には、こちらの道を進んで頂き、わたしは、こちらの道から向かいます」


「そうか」



 どうやらヒンギルに最短の道を進ませ、ヒューネンベルクは、少し迂回する道を進むようだった。


「こちらの道は、やや遠回りになりますので、わたしは早めに進みます」


「うむ」


「ヒューネンベルク様は、今度は糧食奪われぬように、荷駄隊にだたいを連れて糧食を持ってゆっくり進んで頂き……」


「うん」


「タイミングを合わせて、チェビホフ湖にて、クッテンベルク宮中伯の軍をはっsみ撃ちにしようと思います」


「おお」


「ですが、クッテンベルク宮中伯の軍が、仮にどちらかの街道を進んでも、兵数は互角。一方が戦っているうちに、もう一方の軍勢が湖に到着して、チェビホフ湖にクッテンベルク宮中伯の軍勢がいなければ、もう一方の街道を進み、クッテンベルク宮中伯の軍勢を挟み撃ちに出来るという寸法すんぽうです」


「なるほど、素晴らしいな~」



 ヒューネンベルクは、思いついた策を得意気に語り、ヒンギルには、最高の策に聞こえた。これで、勝てる。



 この時点で、グーテルの所には、援軍として、トンダルが駆けつけていたが、そのことを知らないし、知るすべもなかった。


「では、行くか」


「はい」



 ヒンギルと、ヒューネンベルクはそれぞれ半数の兵。6000ずつの軍勢を率い、出発したのだった。


「行くぞ! 出立しゅったつ!」


「お〜!」





「トンダルの策どおりだね~」


「何を言ってるんですか。グーテルだって、同じ考えだったでしょ」


「さあね」



 小高い丘の上、木々に隠れているが、その木々の間から、街道を早足で進むヴィナール公国軍が見えた。


 さて、そろそろかな? 僕は、ガルブハルトに合図を送る。いよいよだ。



「で、グーテル。我が軍は、どう動けば良いのでしょうか?」


 トンダルと合流後、僕達は、野営地やえいちの僕の陣地へと行き、簡易的かんいてきに設置した椅子に座りテーブルに置かれた地図を眺める。


「ん? そこは、ほら、トンダルがぱしっと作戦を考えてさ」


「ここまでして、グーテルに策がないわけ無いでしょ?」


「ん〜。分かんない〜」


「もう、わざとですね。分かりました。僕が、話せば良いんですね」



 そう、トンダルは言って、地図を指し示す。ガルブハルト、フルーラにアンディ、そして、フランベルク辺境伯軍の騎士団長が覗き込む。



「おそらく敵軍は、散々さんざんグーテルにおちょくられたので、今回は我々を絶対に逃さないように、軍を二手に分けます」


 そこで、トンダルは皆を見合わす。


「そして、一軍はこちらの街道をまっすぐ、もう一軍は、こちらの街道を遠回りですが、迂回する感じで、コチラヘとやってくるでしょう」


「なるほど」


 ガルブハルトが、うなずく。


「当然ですが、敵軍は我々を挟み撃ちにしたいので、遠回りする方が軍を速く動かします。そこで、我々はこの辺りで迂回して移動する軍を、待ち伏せて数で上回る我が軍が奇襲をかけます」


 ここで、僕が、ちょっと口を挟む。


「オーソンさんが言ってたけど、その脇の所、小高い丘になっていて木々は、はえているけど薄いから、そこから駆け下りて攻め込むのに良さそうだってさ。隠れる事も出来そうだよね。先を急いでたら、木々が薄くても見つかりにくいだろうしさ」


「ほら、グーテル。場所まで探っていたんじゃないですか~」


「えっ、知らないよ。オーソンさんが、たまたま、調べてくれたんだ。たまたま」


「そうですか? まあ、良いです。では、話を、続けます。我々は、迂回軍を破った後、今度はクッテンベルクに行き、そこを通過して、今度はこちらの街道を進み。そして今度は、もう一軍を背後から強襲します」


「なるほど」


 ガルブハルトが感心している。さすがトンダル、説明がお上手。まあ、そこはオーソンさんが探ってくれて、街道じゃない道を通って攻めれるのだけど。



 そこで、僕は、


「よしっ、じゃあ行きますか。素晴らしいトンダル先生の作戦で、サクッと勝利しましょう」


「グーテル……」


 トンダルが何か言いたげだが、僕は無視して、


「じゃあ、出発〜」

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