第47話 クッテンベルクの戦い④

「どういう事だ、これは?」


「さあ?」


 ヒンギルハイネと、ヒューネンベルクは、目の前の光景の意味が分からなかった。


「何なのだ、これは?」



 目の前には、クッテンベルクの街が見えた。街の周囲には、頑張ったら登れそうな高さの、申し訳程度の城壁が見える。そして、その城壁にある街道から続く城門は開いていた。


「閉じとかなければ、簡単に攻め込まれてしまうではないのか?」


「そうでございますね」



 ヒンギルと、ヒューネンベルクは、状況を上手く飲み込めず、馬鹿のような会話を続ける。しかし、ヒンギルは、ようやく決断する。


「こうしていてもらちが明かん。誰か中を見てこい」


 こう叫ばれて、仕方なさそうに数人の騎士が、馬のまま城門をくぐり中へと入る。



 しばらく待っていると、何事もなく出てきて。


「中に騎士や兵士は、おりません」


「そうか、ご苦労」



 どういう事だ? 何故いないのだ? この戦いは、クッテンベルクの攻防戦では、なかったのか?



 ヒンギルの頭が、疑問だらけになる。わからない。すると、


「ヒンギルハイネ様、わたしも、中に入り見てまいります。そして、住民にでも経緯けいいを聞いてまいります」


「そうか、頼む。あっ乱暴はするなよ」


「はい、かしこまりました」


 ヒューネンベルクは、そう言って、護衛の騎士を率い、クッテンベルクの街中へと、入っていった。



 ヒンギルが、何か起こったのかと心配になるほどの時間が過ぎ、ヒューネンベルクが街から出てくる。そして、


「ヒンギルハイネ様、やはりクッテンベルク軍は、おりませんでした。坑道こうどうの中まで確認したのですが」


「そうか」


「それで、街の住人によりますと、クッテンベルク宮中伯は、この街にいったん入ったようですが、一週間ほど前に軍を率いて、どこかに行ったそうです」


「どこに行ったんだ?」


 ヒンギルは、疑問をぶつけるが、その答えはヒューネンベルクも、持ち合わせていなかった。


「さあ? それはわかりかねますが」


「そうか、そうだな」


 消えたグーテル軍。ヒンギルは、とても気持ち悪かった。何を考えているのだ、グーテルは。


 だが、ヒンギルは、頭を振るとその考えを打ち消す。考えたってしょうがない。目標であるクッテンベルクの街は、ヴィナール公国軍が奪ったのだ。これで勝ちなのか?



「ヒンギルハイネ様、領主の館ではありませんが、貴族が銀鉱山の視察に来た時に、宿泊する屋敷があるそうです。そこで、今後の事を、話し合いましょう」


「そうだな」


 そう言うと、ヒンギルはヴィナール公国軍に野営やえいの準備をさせると、自分達は護衛の騎士を連れて、街の中へと入っていった。





「ヴィナール公国軍が、国境を越えました」


「そう、いよいよか。オーソンさん、引き続きよろしく」


「はい、かしこまりました」



 グーテルが、クッテンベルクに入って一週間ほどたった。特にやることなかったのだが、鉱山技師を連れて坑道こうどうに入り、ヴィナール公国が来た時に、採掘しにくいように手を加えたくらいだった。


 まあ、もう一つ行った事もあるのだが。それは、後々話そう。



「最後に、ここの坑道をふさぎましょう。さすれば、5日は、かせげると思いますが、はい」


「そう、ありがとう。じゃあ、おねがいします」


 すると、けっこう大勢の兵士が、集まってきて塞いでいく。


「グーテルハウゼン様」


「なに?」


 作業中、鉱山技師の方が、話しかけてきた。


「グーテルハウゼン様のおかげで、暮らしに余裕が出来ました。ありがとうございます」


「そうなの? 良かったね」


 どうやら、今までの忙しい毎日から、余裕が出来て、お礼を言われたらしい。



 今までは、銀の採掘は、ボルタリア王国の経済の中心だった。そのためにかなり無茶な、採掘を行っていたようだった。


 それで、改革によって必死に働く必要がなくなり、余裕も出て休めるようになった。ということらしい。



「昔のままだったら、新しい鉱脈が見つからなかったら、二十年ほどで掘りくしておりましたが、これで五十年はもちやす。ゆっくり新しい鉱脈を探せば良いですからね~」


「へ〜」



 こうして、僕達はヴィナール公国軍が近づいて来る前に、クッテンベルクを離れる。



「グーテル様、これからどこへ向かわれるのですか?」


 ガルブハルトが、近寄ってきて、僕に聞くが、


「そうだね、これからヴィナール公国にでも攻め込む?」


「いや、さすがにそれは……」


 これはガルブハルトも、冗談だと分かったようだ。


「しばらく、隠れる」


「はい?」


「だから、しばらく隠れて、ヴィナール公国軍を待つ」


 すると、フルーラが、


「待ちせして不意討ちして、ボッコボコですか?」


「フルーラ、それは騎士道精神に反するぞ」


 ガルブハルトが言うが、


「ガルブハルト、その通りだけど、その騎士道物語も、そろそろ終わりかもよ」


「そうでしょうか?」


「少なくとも、正面からぶつかり合う時代は終わったからね~」


「そうでしたね」


「だけど戦いの礼儀っていうのかな、どうなっていくんだろうね?」


「それは、分かりかねますが……」


「そうだね~」


 僕達は、オーソンさんに誘導されながら、どこかへと向かって行った。





「5日ほどで、採掘、開始出来るそうです」


「そうか」


 ヒンギルは、ほっと胸をなでおろした。クッテンベルクの銀鉱山は、いろいろと坑道が埋められていた。


 だが、鉱山技師の話だと、5日ほどで採掘を開始し、ある程度、採掘したら、それをチェビホフ湖まで運び、船でヴィナール公国へと運ぶ。



 そして、チェビホフ湖では、5日分の糧食を受け取り、クッテンベルクへと運ぶ。なんと効率の良いことだろうか。と、ヒューネンベルクの談だった。



 クッテンベルクの攻略に時間がかかるかと、多めに糧食を持ってきたのだが、攻略戦は無く。糧食に余裕がある。



 そこで、屋敷にあった大きな食料庫に、20日分の糧食はおさめた。採掘開始に5日、その後5日採掘して、5日分の銀を運ぶ。そんな感じで、良いか。と、ヒンギルは考えていた。


 懸念けねんされるのは、姿を消したグーテル軍の存在だったが。戦う気がないのかもしれないな。と、考え始めていた。



 そして、そのグーテル軍の場所が分かったのは10日後、銀を積んだ荷駄にだ隊と、その護衛の軍勢300名ほどが、湖へ向かって旅立った、その夜であった。



「なんだと! グーテルに銀を、奪われただと!」


「は、はい、クッテンベルク宮中伯の軍勢は、我々をチェビホフ湖で待ち伏せ。敵軍は総勢6000ほど、護衛軍では、為すすべもありませんでした。申し訳ありません」


「その兵力差では、仕方のない事だ。気にするな。しかし、チェビホフ湖にいたのか、グーテルは……」


 その時、ヒューネンベルクが部屋に飛び込んで来る。


「ヒンギルハイネ様!」


「おお、ヒューネンベルク聞いたか?」


「は、はい。申し訳ありません。わたしの考えが甘うございました。もう少し護衛の数を増やしておけば」


「相手は、6000だぞ。少し増やしたところで、結果は変わらぬだろうよ。それよりも、グーテルの場所が知れたぞ。何か、考えはあるか?」


「は、はい、それですが。今宵こよいは月夜、道も明るくございます」


「そうだな」


 ヒンギルは、窓から外を見る。確かに明るい。


「今から全軍でチェビホフ湖に向かい、クッテンベルク宮中伯の軍勢を叩く。というのはいかがでしょうか?」


「そうだな」


 場所が知れたのだ、グーテルの軍勢は6000。我が軍は12000。2倍はあるのだ、全軍で一気に叩く。これで、安心して戦える。ヒンギルは、そう思った。



「よし、分かった。では、行くぞ。敵軍はチェビホフ湖だ! 全軍で敵を叩く!」


「はっ!」


「全軍、出立!」


「はっ!」



 こうして、ヴィナール公国軍は、チェビホフ湖に向けて、全軍で向かった。少数のクッテンベルクの守備隊を残し。



 そして、翌早朝。チェビホフ湖に到着したのだが。


「グーテル達は、どこだ?」


「さあ?」


「探せ!」


「はっ!」



 ヒンギルは、周囲に偵察隊ていさつたいを放つ。しかし、


「周囲に敵軍の姿は、見えません」


「そうか。ヒューネンベルク、どういう事だ?」


「そ、そうですね。我々を恐れて、逃げたのかと……」


 ヒューネンベルクは、自信なさげにつぶやく。自信にあふれていたヒューネンベルクの目からは、すでに光が失われていた。


 だが、それも仕方がないかもしれない。戦争の常識が通用しないのだ。分からない、これは苦痛でしかなかった。



 だが、良い事もあった。


「申しあげます。我が国の糧船りょうせんが、こちらへと近づいてまいります」


「おお」



 ヒンギルは、朝日に輝く、チェビホフ湖を眺める。すると、確かに近づいてくる船群せんぐんがあった。軍船に守られるように囲まれた、複数の糧船が確認出来た。



 良かった。おそらくだが、グーテルは、軍船を持っていないのだろう。だから、銀を運んで来た部隊は襲えたが、湖上に逃げた糧船は追撃出来ず、被害をまぬがれたのだろう。


 ヒンギル達は、5日分の糧食を手に入れた。これで、糧食に関しては一安心だ。ヒンギルは、そう思ったのだった。



 だが、グーテルは、どこに行ったのだ?


 そう考えた時だった。クッテンベルクに残してきたはずの、騎士が馬に乗り、凄まじい速度で駆け寄ってきて、転がるように馬から降りると、転がるようにヒンギルの前にひざまずく。


「も、申しあげます。クッテンベルク宮中伯軍、クッテンベルクを強襲きょうしゅう。我が部隊、すべもなく敗れ。クッテンベルク陥落かんらく致しました!」


「そうか、報告ご苦労だった」



 そうか、グーテルの狙いはこれか。我が軍を疲れさせ、糧食を奪い。クッテンベルクに立てもる。我が軍は、5日以内にクッテンベルクを、攻略しないといけない。


 だが、クッテンベルクなど、簡単に落とせるぞ、なめるなよ、グーテル。



 それに、俺がクッテンベルクを攻め、グーテルがクッテンベルクを守る。当初の形に戻っただけだ。



 よしっ、これからがいよいよ本番か。


「急ぎ出立するぞ! これより、クッテンベルクを攻略する。行くぞ!」


「お〜!」

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