第45話 クッテンベルクの戦い②

 僕達が、夢中になって食べていると、扉が勢い良く開く。


「ふ〜、疲れた! おっ、皆、何食べてんの? 美味そうだね~」


 と、ミューツルさんが入ってきた。


「あっ、ミューツルさん。お疲れ様でした。ラタトゥイユですよ」


 マスターが応えると、ミューツルさんはカウンターのガルブハルトの隣に座りつつ、


「ラタトゥイユって、何?」


「それは、ですね……」


 マスターが、再度説明しようとするが、僕は、


「野菜です」


「じゃ、いいや」


 ミューツルさん、即答。マスターは、慌てて、


「いや、そのラタトゥイユをチキンシュニッツェルにかけて食べると、美味しいんですよ~」


「へ〜。じゃあ、それ貰おうかな。後は、キンキンに冷えたピルスナー頂戴!」


「はいよ!」



 というわけで、ミューツルさんも、チキンシュニッツェルのラタトゥイユがけを頼んだのだが、僕も、追加で頼む。さらに、オーソンさんも続く。



 それを夢中で食べていると、ミューツルさんが、


「そう言えばさ、殿下」


「はい?」


「この国の国王、亡くなったんだって?」


「はい、正確には一代前の国王ですが、少し前に」


「ふ〜ん。でさ、今度の国王って、子供なんだって?」


「そうですよ。6歳です」


「6歳! すげ〜子供じゃん。でさ、だから、なんか国王の代わりに仕切っているやつがいるんでしょ」


「はい、それは僕ですね」


「えっ! 殿下なの。良かった~。じゃあ、何も変わんね~な」


「そうですね〜」



「良かった〜。じゃあ、何も変わんね〜な」か、ミューツルさんの言葉は、ボルタリアの民の言葉でもあるだろうな。


 変わんね~な。自分達が平和に幸せに暮らせること、それが、民の望みであり、それを為すのが、為政者いせいしゃの努めだろうね。そう考えている為政者が、どのくらいいるのだろうか?


 だけど、国王が残虐ざんぎゃくだろうが、横暴おうぼうだろうが、良い人だろうが、民には関係ないのだ。現に僕だってなまけ者だ。


 偉そうな事を言うわけではないが、民が幸せに暮らせる国は、国も富むのだ。それを為すのが一番なのだよ。うん。





 その夜、僕は、叔父様に返書をしたためた。


 どう書こうか悩んでいたのだが、正直に書くことにした。


 ヴァーツラフ3世、今の国王はまだ子供であり、まだ母親が必要であること、ボルタリア王国にとっても、必要な方であること。


 そのために断るが、あくまで、クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンの意見であり、レイチェルさんはもとより、誰にも相談していない事を強調した。



 そして、さらに手を打っておく。


 オーソンさんを呼び出して、


「これヴィナール公国との国境線から、クッテンベルクまでの詳細しょうさいな地図なんだけど、ヒューネンベルク侯爵が自然に手に入れるようにして」


「かしこまりました」



 僕は、クッテンベルク宮中伯という名だ。そのクッテンベルクは、僕の治める地ではないのだが、銀鉱山の街として有名なのだ。


 内務大臣であるデーツマンさんや、財務大臣のキシリンカさんの行った、財政や、税制改革で、ボルタリアの経済の支柱しちゅうでは無くなったが、大きな利益を産み出す銀鉱山は、叔父様にとって大きな魅力だろう。


 だから、あえて、軍才があるという、ヒューネンベルク侯爵に、クッテンベルクまでの詳細な地図を手に入れてもらう。こうしておけば、もしもの場合の戦場をしぼれる。



 さらに、リチャードさんと、トンダルに手紙を書く。叔父様との経緯と、ヴィナール公国との争いになるかもしれないことを。


 少し卑怯ひきょうだが、ボルタリアの王族、貴族は巻き込めないが、他国の人間が、好意で援軍を出してくれることに期待する。そして、トンダルは、叔父様の説得を期待するという。



 これで、どちらに転んでもなんとかなるかな? と、手を打った。さて、どう転ぶかな?





 しばらくして、叔父様からの返書が届く。さて、何が書いてあるかな。僕は、ワクワクしながら、もとい、ドキドキしながら、封蝋ふうろうを割り、書簡を開く。



「クッテンベルク宮中伯とやら、わかった。が、それで終わりではないだろうな?」


 おっ、怒ってるな。クッテンベルク宮中伯とやらって、僕だって知ってるし。それで終わりではないだろうな? って、脅しているのかな?



「クッテンベルク宮中伯とやら、だったらクッテンベルクの街を、我が国に寄越せ。有益ゆうえきに使ってやろう」


 言ってる通り、クッテンベルクの街は、銀鉱山の街だ。そんな重要な街を、ホイホイ差し上げます。なんて言うわけがない。叔父様も分かってそれを言っているのだ。要するに、喧嘩を売っているのだろう。


 まあ、僕としては、クッテンベルクの街か、レイチェルさんか、どちらか差し出せと言われれば、レイチェルさんだ。まあ、実際には、差し出さないが。



 さて、返書をしたためよう。丁寧に、お断りの返書をしたため、送る。



 そして、しばらく経って。叔父様からお怒りの書簡が届く。


「そうか、だったら力ずくで奪うまで。覚悟しておけ」


 だそうだ。これは、宣戦布告かな?


 用意しないとね。





「ヒンギル!」


「はい、父上!」


「グーテルに宣戦布告する! いよいよ、演習の成果を見せて貰うぞ」


 ヴィナール公国のヒールドルクス宮殿に、ヴィナール公アンホレストは、長男であるヒンギルハイネを呼び出した。


「えっ! グーテルに宣戦布告ですか? ボルタリア王国と戦うのでしょうか?」


「いや、グーテルは独断でこちらの要求をねつけたそうだ。だから、相手はあくまでクッテンベルク宮中伯。兵力は5000くらいか?」


「そうですか、グーテルが相手……」


「どうした? グーテルとは、戦いたくないか?」


 正直、ヒンギルは、グーテルとは戦いたくなかった。だが、この戦いを止められそうな、ヴィナールの領邦宰相りょうほうさいしょうであり、グーテルの父親である、フレーゲルハウゼンは、ザーレンベルクス大司教との講和の話し合いで、ザーレンベルクスにいる。


 止められないだろうな。だったら、父上の命令通り戦うしかない。ヒンギルは、覚悟を決めた。



「いえ、父上の命とあれば、グーテルと戦うことに、迷いはありません」


「そうか、わかった。ならば、ヒューネンベルク侯爵と共に、クッテンベルクを落とせ」


「はい!」


「ヒューネンベルク率いる、諸侯第一軍3000。そして、直轄ちょっかつ軍から9000を与える。クッテンベルク宮中伯に目にもの見せてやれ!」


 ヴィナール公国の総兵力は、18000。かなりの兵力を与えられたようだ。まあ、実際には、この時点でのヴィナール公国の兵力は、ダルーマ王国にわずかだが領土を持ち、20000は越えてたりするのだったが。


「はい!」



 ヒンギルハイネは、宮殿を後にすると、直轄軍を率い、ランスウの街へと向かった。ランスウの街には、ヒューネンベルク侯爵がいる。



「ヒューネンベルク、聞いたか?」


「はい、うかがっております」


 すでに、アンホレストの命令書は、ヒューネンベルク侯爵の下に、届いているようだった。


 先代のヒューネンベルクにどこか似た、優しい顔だったが、その目は、若さゆえの自信にあふれ、輝いているようだった。



「そこでだ。どうするか相談に来たのだが、ヒューネンベルク、何か考えはあるか?」


 正直、ヒンギルハイネは、真正面から敵と戦い、力の限り戦うのは好きだった。一騎討ちだって、誰にも負けない自信があった。


 しかし、お祖父様によって戦いは根底こんていから変わってしまった。そして、タイラーや、トンダル、グーテルという存在を目の前で見て、変わらねばとも思った。だが……。



 トンダルには、トンダルの考えた基本的な戦術を教えてもらった。とりあえず覚えたが、しかし、良く分からなかった。そして、グーテルにも聞いたが、こちらは、意味不明だった。


 トンダルいわく、グーテルのは、どうしたら面白くなるかとか、どうしたら相手が混乱するかな? とかの、思いつきの作戦なので、わからなくて良いとのことだった。



 だったらと、ヒールドルクス公国の統治を父上から任された時、グーテルの行いを真似したりしてみた。気軽に領民に話しかけ、庶民しょみんが行く近所の飲み屋に入って、領民の話を聞いてみた。そうしたら、領民も、いろいろ考えている事を知った。


 そして、自分で政治を行うのは無理だが、その考えを家臣に話して政治に取り入れてもらった。そうしたら、ヒールドルクス公国の治安は安定し、国力も増した。死にていだった国は、息を吹き返したのだった。



 すると、父上から呼び出しを受けた。


「良くやった、ヒンギル。やはり、この国の後継者はお前しかいないな。見事な、統治だった。次は、戦闘だ。実績を出してみろ」


「はい」



 こうして、ヒンギルは、ヴィナール公国に呼び戻され、代わって弟のカールケントが、ヒールドルクス公国の代官となって派遣された。


 ヒンギルは、カールの行いによって、ヒールドルクス公国が再び荒れるのではと、心配したのだが、政治に興味を持っていないカールは、統治を家臣に任せ、大きな影響は出なかった。


 しかし、カールは、奇妙な行いを見せる。民主同盟に、入っているそれぞれの街と、別々の条件で講和を結んだのだ。当然、民主同盟の中の横のつながりが乱れる。そして、一つの街をヒールドルクス側に寝返らせることに成功する。


 ヒールドルクス公国にとって、民主同盟に対する、初めての成果だった。どうやら、カールは、トンダルとは別の意味で、頭がきれるようだ。謀略家ぼうりゃくかとでもいうのだろうか?



「そこでだ。どうするか相談に来たのだが、ヒューネンベルク、何か考えはあるか?」


「あります。こちらを、ご覧ください」


 ヒューネンベルクは、紙をテーブルに広げて、ヒンギルハイネに見せたのだった。

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