第44話 クッテンベルクの戦い①

 カール3世の葬儀そうぎが終わり、も明けていないというのに、叔父様からの書簡しょかんが届く。


 ヤルスロフさんが、申し訳無さそうに書簡を持ってあらわれた。僕は、執務室でその書簡を開ける。


「グーテル元気か? 元気だったらこちらへ顔くらい出せ。歓迎してやるぞ」


「はあ〜」


 僕は、読みながらため息をつく。歓迎してやるぞって、どんな歓迎を受けるのか、分かったもんではない。


 それに。僕は、書簡をひっくり返して見る。封蝋ふうろうには、ヴィナール公からの正式な書簡だというあかし印章いんしょうが押されている。


 だったら、僕のことをグーテルと呼ぶのはおかしいよな。まあ、良いや。叔父様だし。


 僕は、続きを読むことにした。



「そう言えば、カール3世が死んだようだな。冥福めいふくを祈る。さて、そろそろ、喪も明けると思う。実は、ヒンギルの妻が死んでな。そこで、カール3世の妻だった、レイチャル殿との再婚などどうだ? 良い返事を期待している」


 はい? ヒンギル従兄にいさんの奥様が、亡くなったのは知っていた。フランス王の妹さん。国際問題になるかとも思ったが、そんなことはなかった。


 亡くなった時は、ヒールドルクスの地では遠いため、おくややみの書簡だけになってしまったが、ヒンギル従兄さんからは、丁寧なお悔やみの書簡に対する、感謝の書簡が届けたれた。


 それが、先年の事だった。そして、夫や妻を亡くした高位こういの貴族が再婚することは、当たり前の事だった。


 しかし、レイチェルさんは、まだ成長期のお子さんがいて、しかもそのお子さんが、王位にある。僕が、ほぼ政治を代行していると言っても、王になるための教えがあるのだ。


 まだ、6歳、母親の必要な年齢だろう。



 僕は、書簡から顔を上げて、ヤルスロフさんを見る。


「断る以外、無いよね」


「はい、ですが、どんな言いがかりを、後々言ってくるか」


「そうだよね~。となると、レイチェルさん、じゃなくて、え〜と」


王太后おうたいごう様ですか?」


「そう、それ。王太后様には、知らせずに勝手に僕が返事を出そう。クッテンベルク宮中伯きゅうちゅうはくグーテルハウゼンの名でね。だから、ヤルスロフさんも、いっさい知らないということで」


「かしこまりました。ですが、先年のこともあります。ヴィナール公が怒ってなにか仕掛けてくるのではありませんか? それでしたら、我々も軍を出せるように……」


「いや、いいや。正面からの戦いになって、大事おおごとになるのは、やだしね。まあ、でも、少し考えてから返書を出すよ」


「かしこまりました。では、これで失礼致します」


「うん」


 ヤルスロフさんが、下がると、僕も立ち上がり執務室から出る。あわててアンディが追ってくる。





 数分後、僕の姿は、呑処のみどころカッツェシュテルンにあった。奥の席には、女性に囲まれたアンディが。そして、カウンターには、僕とオーソンさんだけだった。


「数日前、ヴィナール公は、軍を率いてザーレンベルクス大司教領に攻め込みました」


「うん」


「それで、今朝、届いた密書ですが、すでにザーレンベルクス大司教は負けて、ヴィナール公国は、軍を引いたようです。ヴィナール公国に有利な講和こうわの条件を、ザーレンベルクス大司教に承諾しょうだくさせて」


「そうか、ありがとう。となると、次はこっちだよね~」


左様さようでしょう。ダールマ王国が落ち着いている今こそがチャンスと。しかし、みずから攻める気は、ないようですよ」


「そうなの? 意外だな」


「はい。ヒールドルクス公を呼んで、代わりに、カールケント様をヒールドルクスの代官だいかんとして派遣されたと」


「カール従兄さんが、ヒールドルクスの代官? 大丈夫か? いや、お祖父様が言ってたな、怖いぞって。カール従兄さんの事も、お願いね」


「そうですか……。では、そちらも探っておきましょう」


「頼む。それで、ヒンギル従兄さんが軍を率いるの?」


「はい。いよいよ、後継者として決まったと評判です。そして、新しくヒューネンベルク侯爵となられた方と共に、軍事演習を行っていると」


「そう、ヒンギル従兄さんがね〜。ふ〜ん」


 ヒンギル従兄さんは、騎士のカガミのような人だ。叔父様から命じられれば、キチンとこなすだろう。そして、ヒューネンベルク侯爵。どうも話に聞く限り、お父さんよりは、軍事面にさいのある方のようだ。


「さて、どうなるかな?」



 僕は、少しぬるくなってしまったピルスナーを、一気に飲み干すと、


「マスター、おかわり!」


「はいよ!」



 そのタイミングで、ガルプハルトが入ってくる。おっ、ナイスタイミング。


「マスター、俺にもピルスナーを」


「はいよ!」


 と、僕とガルプハルトの前にピルスナーが置かれる。乾杯して一口飲んだところで、


「ガルプハルト、先日、レイチェルさんじゃなくて、え〜と……」


「グーテル様、もうレイチェルさんで良いんではないんですか?」


「そうだね。レイチェルさんに、呼び出されてさ」


「はい」


「第2師団を解体して、半分こちらへ加えるって、言われたんだ。だから、よろしく」


「はい。って! えっ! 増えるんですか?」


「そう。ほら、カール3世が亡くなられたでしょ。それで、第2師団の指揮権持つものがいなくなったから、第1師団と、第3師団で半分ずつ加えましょうって」


「はあ、なるほど」


 本当は、レイチェルさんは、僕に第2師団全軍の指揮権をと言われたのだ。だけど、国王より、その配下の者が多く率いるなんてありえない。しかし、


「わたしは、軍事のことは、わかりませんでした。ですから、師団長任せだったのですが、その第2師団長が引退したいとの事なのですよ」


「はい」


「なので、その第2師団の指揮を、クッテンベルク宮中伯にお任せしようかと」


「えっ! それは、さすがに、いけません。陛下より、わたしの方が、多く兵を率いるなど」


「ですが、ヴィナール公との間で、色々あるのではないですか?」


「まあ、それは、そうなのですが……」


「わかりました。では、はんぶんこしましょう」


「はんぶんこ……。ですか?」


「ええ、半分こです」



 こうして、第2師団の半分の騎士500名と、兵士1000名が僕の第3師団に加わったのだ。合計6000。結構な兵力だ。



「だから、よろしくね。もう駐屯地ちゅうとんちに向かっていると思うから」


「はい、かしこまりました。ですが……。また、演習ですな。忙しくなるな」


 ガルプハルトが、ぽつぽつつぶやくように、ひとごとを言う。


「また、テルチ要塞ようさい使う?」


「えっ、さすがにそれは……」


「冗談だよ、冗談」


「はあ。まあ、良いですけど。わかりました。また、明日から、しばらくクッテンベルクか〜。今日は、美味しいものいっぱい、食べよう。マスター! 何か美味しい物ある?」


「ありますよ。まずは、ラタトゥイユ」


「ラタトゥイユ?」


 僕と、ガルブハルトの声がハモる。


「ええ。ラタトゥイユにするか、カポナータにするか悩んだんですが、今日はラタトゥイユにしました」


「カポナータ?」


 僕の頭の中に、さらに?が増える。


「ええ、どちらも野菜を炒めて煮込む料理なんですが、発祥はっしょうの国が違います。ラタトゥイユは、ランド王国で、カポナータは、ダリア地方なんですよ」


「へ〜」


 僕は、素直に感心する。


「で、作り方なんですが、ラタトゥイユは、玉ねぎやピーマン、ナスなどの野菜をオリーブオイルで炒め、トマトやハーブなどと一緒に煮込むんです。味付けはシンプルに、塩胡椒ですね」


「なるほど」


「カポナータも、玉ねぎやピーマン、ナス、パプリカを使って、後はオリーブとか、セロリを加えます。作り方もラタトゥイユと似ていますが、すべての材料を一度に炒めるのではなく、別に素揚げしたナスやパプリカなどを後から加えて煮込むんですよ」


「へ〜」


「で、味付けは、ワインビネガーとか砂糖を入れてしっかりとした味付けになるんです。ラタトゥイユは、比較的さっぱりとした味で、カポナータは、素揚げの野菜や、味付けをしっかりしているので、濃厚な感じなのが、一番の違いですね」


「なるほど」


「で、殿下。これと合わせるならキリッと冷えた白ワインなどいかがでしょうか?」


「良いね~。白ワイン下さい!」


「はいよ! で、ガルブハルトさんは、どうします?」


「う〜ん? 野菜か〜。どうしようかな?」


「だったら、ラタトゥイユをチキンシュニッツェルにかけるのは、いかがですか? 美味しいですよ〜」


「おっ、じゃあそれで。後は、ピルスナーをもう一杯」


「はいよ!」


「あっ、僕もシュニッツェルのラタトゥイユがけ、後で頂戴」


「かしこまりました、殿下。オーソンさんは、いかがされます?」


「そうですね〜。わたしも、ラタトゥイユと白ワインを頂きましょう」


「かしこまりました」



 というわけで、僕とオーソンさんの前には、ラタトゥイユと白ワインが、ガルブハルトの前には、チキンシュニッツェルのラタトゥイユがけとピルスナーが並ぶ。


 すると、ガルブハルトは、


「マスター。このラタトゥイユ、辛くしても美味しいですか?」


「えっ。辛くしても美味しいとは思いますが、辛くするんですか?」


「じゃあ、おねがいします」


「かしこまりました」


 マスターは、しぶしぶといった感じで、ラタトゥイユにレッドペパーを入れて、ガルブハルトに渡す。


 するとガルブハルトは、一口、ラタトゥイユを舐め。


「お〜。これこれ。この味。最高だな~」


 ガルブハルトは、本当に辛いもの好きだね。



 僕も、ラタトゥイユを口に入れる。野菜の旨味、そして、かすかな酸味が口の中に広がる。本当にさっぱりとしているが、野菜の味は濃厚だ。美味しい。


「美味しいね〜」


「ありがとうございます」


 うん、本当に美味しい。そして、ラタトゥイユを食べて、白ワインを流し込む。うん、ラタトゥイユと、白ワインも良いね~。


 そして、ガルブハルトも夢中に食べている。サクッと切る音と、美味しいそうに食べる姿だけで、よだれが出そうだ。


 僕達は、夢中で料理を食べた。

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